第10話・悪夢の果てに
「マイ、返事して」
「マイちゃん、ツルギちゃん、何か言って」
皆の必死の呼び掛けにも全く反応が無くなってしまい、司令室は重い空気に包まれていた。
「司令、あれを見てください」
オペレーターの少女が指さす方を見ると、下半身しかないブロッケンの脚が突然止まり、崩れ落ちるように大地に膝を着いていた。
その腰の上では、球体がメチャクチャに蠢いていた。
そして、ある一点が内側から突き上げられるように歪に膨らんだかと思うと、それを突き破って何かが飛び出していた。
【ギャギャギャギャギャ~~~~~~~~っ】
ブロッケンの絶叫が響き渡る中、黄色い炎と、何か液体らしきものを血のように迸らせながら、その鋭利なモノが球体を切り裂いた。
そこから炎と共に噴き出した液体が滝ように流れ落ち、瓦礫と化した大地に降り注いだ。
ジュシュジュジュ~~~~~~~っ
大地が瓦礫ごと溶け落ちていく。
その時、球体にできた傷口を力ずくで引き裂きながら中から何かが姿を現した。
それは、全身の装甲がどろどろに溶け、まさに変形途中のブロッケンのような漆黒の巨人だった。
「あれは?まさかハーケリュオン?」
「うそ?」
エマやハルカがそう思うのも無理なかった。
切り裂かれた球体から辛うじて上半身だけ覗かせるそれは、その手に持つ、やはり溶けかかったランスがなければハーケリュオンだと分からないほど無惨な姿をさらしていた。
「あれ、ホントにハーケリュオンなの?マイちゃんとツルギちゃんは生きてるの?」
リンが不安そうな声で呟く。
「マイ、聞こえる?返事して」
リンの声を打ち消すかのようにアンナが叫ぶ。
その刹那、
ハーケリュオンは両手でランスを持ち上げ、自らの足下の、下半身しかないブロッケンに深々と突き刺していた。
【ギィニヤャ~~~~~~~~~っ】
その胸の中心で燃えていることが辛うじて分かる赤い炎が、溶けかかる装甲の隙間を走るように腕を伝ってランスへ流れた
瞬間、
ドゴオォォォォォォオンっ
ランスが赤い炎を噴き上げながら前にスライドするように打ち出され、ブロッケンの巨大な下半身を内部から破裂させていた。
だがそれは、ランスの性能を遥かに上回る破壊力だった。
「なにが起きた?」サンドラが叫ぶ。
「ランスが暴発しました。使用不能」
「腐蝕に耐えられなかったか」
内部から破裂したブロッケンの身体は一瞬で崩れ落ち、ハーケリュオンは成す術なく崩落に飲み込まれ、その下敷きになっていた。
「・・・い、マイ、おきて」
(・・・・・)それは、遠くから聞こえる小さな声だった。
「・・・・・・マイっ、お願い、起きてっ」
(だれ?どこにいるの?どこから呼んでるの?・・・どうして私を呼ぶの?)マイは周りを見渡した。だが、誰もいなかった。
「マイ、起きてっ、ツルギを止めて」
(・・・ツルギ、ツルギを止める?)マイにはその言葉の意味が分からなかった。
何より激しい睡魔に襲われ、起きる気力も湧かなかった。
「このままだとみんな殺されちゃう。マイ、お願い。ツルギを止めて」
(・・・殺される?みんなが?なんで?)言葉は分かるが思考がまとまらず困惑するマイ。
その時だった。
「マイ、起きろ~~~っ」
「!?」耳をつんざくアンナの声に、彼女は思わず目を開けていた。
そして、その目に飛び込んできたのは異様なものだった。
マイの目の前で何かが蠢いていたのだ。
(何これ?尻尾?)
そう。それは、蛇ともトカゲとも違う鱗で覆われた、マンガやアニメに出てくるようなドラゴンの尻尾そのものだった。
「・・・」
神々しい光りが消え、血のような赤い光りに満たされたハーケリュオンのコックピットの中を、所狭しと動き回る尻尾。
だがマイは、それを呆然と見ていた。
彼女の視線が尻尾をたどり、その付け根に到達した時に見えたのは、なんと人間だった。
いや、人間と呼ぶのが果たして正しいのか?
そこにいたのは異形の者だった。
マイからは後ろ姿しか見えなかったが、体型からそれが女性なのだろうということは想像できた。
だが、その頭からは左右に大きなツノが生え、その鍛え抜かれた背中からは翼竜を彷彿させる翼が生えていた。
そして腕は、二の腕から先が鱗に覆われ、その指先からは鋭く尖る大きな爪が伸びているのが見える。
更に視線を下げると、くびれたウエストと引き締まったお尻の下で、2本の脚が腸骨のあたりから少しずつ広がる鱗に覆われるように太股の途中から一つになって尻尾へとその姿を変えていた。
そこにいたのは、人間のような上半身と竜の尻尾のような下半身を合わせ持つ生き物だった。
(なに、これ?私、まだ夢を見てるの?)それはまるで、昔見た、父が好きだったSF映画でも見ているかのようだった。
しかし、そんなマイを置き去りにして、目の前のそれは、この世のものとは思えないほどの絶叫を撒き散らしながら、鋭い爪が伸びる手を縦横無尽に振り回していた。
『よくも~っ』
そう叫びながら振り回す腕とともに、コックピットの内壁を通して見える外の景色に映る漆黒の腕も寸分たがわず動き、指先から伸びる刃物のような爪で眼前に迫る敵を一撃で切り裂いていた。
全方位から迫る6体のブロッケンに対し、眼前の異形の者は、ただ力任せに腕を振り回しているようにしかマイには見えなかった。
が、その一撃一撃の破壊力は凄まじく、あるブロッケンは巨大な爪に頭をもぎ取られ、またあるブロッケンは、マイの目の前で妖しくうねる尻尾に合わせて動く、ムチのようにしなる装甲の鎧に覆われた巨大な尻尾に叩き潰され、そこに襲い掛かろうとした別のブロッケンは、取って返した尻尾の先端に胸を刺し貫かれ、最後に残ったブロッケンも、その長すぎる尻尾に全身をぐるぐる巻きにされ、バキバキに締め上げられながら、もう片方の手の爪で頭を斬り落とされ、その傷口に突っ込まれた腕にそれを引き抜かれていた。
それは、5本の爪に捕らえられた、黄色い炎を噴き上げる塊だった。
「・・・あれは、コア?」マイは戸惑いながらもその様子を見ていた。
確かにそれはブロッケンのコアだった。
だが、その形は今まで見てきたものとは明らかに違っていた。
そして、ブロッケンの身体の表面がドロドロに溶け落ちて、中から何かが姿を現した。
「!?」それを見たマイは言葉を失った。
(何これ?夢でも見てるの?)
「チーム45、サイガイア、識別信号消えました」
しかし、リストバンドから聞こえてきたお返事の少女の悲痛な声が、それが現実だということを教えてくれていた。
そう。コアを失ったことで黒いアメーバー状の物体が流れ落ち、目の前で無惨な姿をさらすそれは、間違いなくギアだった。
そして、間髪入れず目の前の異形の者が、何かを握り潰すような仕草をすると、ハーケリュオンがその手に握るコアを切り刻むように握り潰していた。
「サイガイアのパイロット2名、生命反応ロスト」
「え?」
リストバンドから聞こえた言葉の意味が分からずマイが戸惑っていると、そこにサンドラの声が飛び込んできた。
「マイ、聞こえるか?聞こえるならツルギを止めて撤退してほしい」
「ツルギを止める?司令、それはどうゆう意味ですか?」
だが、こちらからの声は届いていないらしく、サンドラは一方的に話し続けていた。
「今、ハーケリュオンが戦っているのはチーム22と45のギアだ。ブロッケンに機体を乗っ取られている」
「!?」
「ヤツらはコックピットブロックをコアにしていて、しかもその内部でパイロットたちは生きている」
「・・・そんな」
「おそらくは、いや間違いなくブロッケン化したギアを我々に攻撃させないためだ」サンドラが言葉を絞り出すように話し続ける。
「ブロッケン化されたギアを止めるにはコアを、コックピットブロックを破壊するしかない。だが、それではパイロットたちの命が失われることになる。
かといって攻撃を躊躇すれば被害が更に増え、今後も多くのギアがブロッケン化されるだろう。
ヤツらの目的は、自らの手を汚さず我々に同士討ちをさせ、戦力を消耗させることだ」
「・・・そんな、ブロッケンがそんなことを思い付くなんて」
「ヤツらは我々が考えるよりずっと高等な生命体なのかもしれない・・・だから今はツルギと一緒に逃げてくれ」
「・・・ツルギ?」
マイは改めて目の前の異形の者を見た。
その者の頭からは2本の大きなツノが生え、真っ赤な宝石のような瞳からは血の涙が流れ落ちていた。
だが、半狂乱になって叫び続けるその横顔にマイは見覚えがあった。
「・・・ツルギ?ツルギなの?」
そう。それは、変わり果ててはいたが間違いなくツルギだった。
(なに、これ?どうゆうこと?)マイはワケが分からなかった。
『よくも~~~っ』
しかしその間にも、ツルギ同様に変わり果てた姿になったハーケリュオンが新たな攻撃を仕掛けてきたブロッケンを斬り裂き、コアを引きずり出して破壊していた。
「チーム45、マクナリウム、信号消えました。パイロット2名の生命反応ロスト」
「・・・つ、ツルギ」
マイは立ち上がった。
いや、立ち上がろうとしたが身体に力が入らず、竜のように姿を変えたツルギの、敵を威嚇するコブラように真っ直ぐ起立する下半身に、倒れるように背後から抱き着くのが精一杯だった。
「ツルギっ」
ツルギを見上げながらマイが呼び掛けると、ツルギは振り返りながら彼女を見下ろした。
「ツルギ、聞いて」
その瞬間、マイは丸太ほどもある尻尾に凪ぎ払われ、コックピットの内壁に叩き付けられていた。
「がはぁ」
『邪魔をするな~~っ』
血を吐きながら崩れ落ちるマイを尻目に、ツルギはそう吐き捨てると、尻尾で押し潰され、形を変えながら起き上がろうとしていたブロッケンの胸の中心に腕を突き立てていた。
腕はブロッケンの背中まで貫通し、鋭く尖る巨大な爪が伸びる指がコアを切り刻むように握り潰していた。
「チーム45、スカイグレイブ、信号消えました。パイロット2名の生命反応ロスト」
「・・・くっ」起き上がろうとした瞬間、マイの全身を激痛が走った。
それは、厳しい訓練に耐え、数え切れないほどのブロッケンと死闘を繰り返してきた者でなければ、確実に意識を失っていたほどのものだった。「くっ、ごほっ、ぐはぁっ」
身体を起こしただけで激痛が胸から全身に走り、食いしばる歯の間から泡まじりの血を吐き咳き込む。
どうやら折れたあばら骨が肺に刺さったらしい。
「・・・っ」
それでも彼女はなんとか立ち上がると、一歩足を引きずる度に全身を襲う激痛に顔を歪めながら、今度はツルギの前に出て、そそり立つ竜のような下半身に倒れるように抱き付いた。
そしてツルギを見上げた。
「ツルギ、私よ、マイよ、こっちを見て」
だが次の瞬間。彼女の巨大な爪が伸びる禍々しい腕が、まるでハエでもはらうかのようにマイを払い飛ばしていた。
しかも、その一瞬の間隙を縫って、獣型へとその姿を変えた3体のブロッケンが3方向から同時にハーケリュオンツに襲い掛かっていた。
自らをなぎ払おうとする巨大な尻尾の直撃を受け、その鋭い爪に斬り刻まれながらもハーケリュオンに取り付き、その肩口や背中や腰に深々と牙を立て噛み付いていく。
すると、ブロッケンの身体の表面がアメーバーのように溶けながら、3方向からハーケリュオンの機体を飲み込むように、浸食するかのように広がり始めた。
「ヤツらハーケリュオンもブロッケン化するつもりか?」
「マイっ」アンナが叫ぶ。
「っあ、うぅぅ~~~」
その頃マイは、血が滲むほど唇を噛みしめ、飛びそうになる意識をなんとか繋ぎ止めていた。
ツルギの一撃は、彼女の右腕を斬り落とし、背中にも幾重にも並ぶ深い傷を刻んでいた。
真っ赤な血が、背中に並ぶ傷口からどくどくと溢れ、腕の切り口からも滝のように滴り落ちていく。
マイは瀕死の重症だった。
「くぅ、うぅっ」
彼女は歯を食い縛り、膝をガクガク震わせながらなんとか立ち上がった。
だが、唇は紫色に変色し、その顔からは生気がみるみる奪われ、土気色になっていく。
マイは霞む目でツルギを見た。
ハーケリュオンはアメーバー状のブロッケンに首を締められていた。
もがき苦しみながら必死の抵抗を試みるように掻き毟るツルギの首に、どす黒い痕が巻き付くように広がっていく。
『が、はぁ』
しかし、ハーケリュオンの首を締めるアメーバーは水のように掴むことも斬ることも出来ず、ツルギは泡唾を吐きながら、のたうち回るしかなかった。
『うぅ』ツルギが白眼を剥いた。
ズサズサズサズサズサズサズサズサっ。
その時だった
ハーケリュオンを体内に飲み込むように、1つに融合しようとしていた3体のブロッケンの全身に、突如として巨大な槍状の物体が突き刺さった。
〝ドゴオォオオオオオオオオオオオオンっ″
しかもそれは、次の瞬間には耳をつんざく轟音と共に大爆発していた。
「サンダー・アロー全弾命中」オペレーターの少女が叫ぶ。
「間に合ったか」
サンドラが思わずほっとしたかのように見つめるモニターには、こちらに向かって飛来する無数の巨大な影が映っていた。
「AIギア部隊、到着しました」
「よし、ブロッケンに攻撃を続行しつつ、ハーケリュオンを救出する」
「了解」オペレーターの少女がキィボードを叩くと、無数のAIギアがハーケリュオンを取り込もうと融合し巨大化しようとしているブロッケンたちを空中からぐるりと包囲すると、その手に持った大型銃が一斉に火を吹いた。
バババババババババババババババっ。
ブロッケンがみるみる串刺しになり、次々に巻き起こる爆発の炎の連鎖に飲み込まれていく。
「司令、こんな攻撃をしてコアは大丈夫なんですか?」アヤが心配そうに訊ねる。
「大丈夫だ」サンドラはモニターか視線を逸らさず、そう答えた。
元々サンダー・アローは身体のどこにあるか分からないコアを攻撃するために開発された、体内の奥深くまで突き刺さり爆発する兵器だ。
だが今回は、ブロッケンのコアの位置が胸の中心だと分かっているので、サンドラはサンダー・アローを別の目的に使っていた。
それは、ブロッケンの内骨格となっているギアの胸部以外を完膚なきまでに破壊すること。
そうすればブロッケンはギアに寄生する意味を失い撤退するか、ハーケリュオンへの融合をより急ぐか、いずれにせよ今のままではいられないはずだ。
ツルギとマイならその間隙を縫って今の状況を打破できるはずだとサンドラは確信していた。
〝バババババババババババババババァァァンっ″
その間も、サンダー・アローは絶え間なく射ち続けられ、それが爆発するたびにブロッケンの身体がえぐられるように大きく変形し、元に戻ろうとするそこに新たなアローが撃ち込まれ、更なる爆発の連鎖が広がっていく。
するとブロッケンは、その中心にハーケリュオンを閉じ込めたまま、まるで波打つように、四方八方にアメーバー状の襞をめちゃくちゃに広げ始めた。
そしてそれが、ムチのようになって全方位に伸びたかと思うと、自らを攻撃する複数のAIギアに一瞬にしてぐるぐるに巻き付いて、有無を言わせず手繰り寄せていた。
ギアが触手に締め上げられ、全身をバキバキにへし折られて黒いアメーバーに飲み込まれていく。
「AIギアが吸収されます」オペレーターの少女が悲痛な声で報告する。
「まさか、破壊された身体のパーツをAIギアで補うつもりなの?」エマは驚きを隠せない様子で隣にいたアンナの顔を見た。
「司令、これでは逆効果です」だがアンナは、そんな彼女の言葉を聞く素振りも見せず、サンドラを詰め寄る視線で見つめていた。
皆の間に動揺が広がっていく。
だが、サンドラは冷静だった。
彼女が手元の赤いボタンを押した。
その瞬間、
〝ドゴゴゴオォォォォォオオオオンっ″
大地と大気を震わすほどの轟音が響き渡り、ブロッケンの身体が、内側から引き裂けるように、破裂するように大爆発していた。
サンドラが飲み込まれた複数のAIギアを自爆させたのだ。
【ギャギャギャギャギャ~~~~~っ】
その瞬間、ブロッケンはハーケリュオンを捨てるように3体に分離すると、それぞれが禍々しい漆黒の鎧のような装甲に覆われた獣、翼竜、海竜へとその姿を変えていた。
その刹那、翼竜型ブロッケンの胸を貫いて鋭く尖る何かが飛び出していた。
黄色い炎を噴きあげるコアを鷲掴みにするそれは、ハーケリュオンの爪だった。
「つ、ツルギ、待って。それは・・・」
マイが必死の思いで呼び掛ける。
だが、その声はあまりに弱々しく、その耳に全く届いていないかのようにツルギ=ハーケリュオンはコアを握り潰していた。
「チーム22、ガルーシア、信号消えました。
パイロットの、ミラとリンダ両名の生命反応ロスト」
そうオペレーターの少女が報告する間にも、海竜型ブロッケンがワニのような口を大きく開き、その内側に並ぶ鋭利な歯を、まるでチェーンソーのように回転させながら、空中を飛んでハーケリュオンに襲い掛かっていた。
しかもそれは、獣型ブロッケンとの同時攻撃だった。
〝ドガガガガガガガガガっ″
海竜型と同様に、刃のような歯を回転させる口を大きく開き、獣型ブロッケンがハーケリュオンの顔に噛み付いていた。
ギャガガガガガガガっ。
いや、その牙は顔面の直前でハーケリュオンに受け止められていた。
〝ドゴオォオオオンっ″
それと同時に、海竜型ブロッケンが、大きく開いたその口にフルスイングで放たれた尻尾を叩き込まれ、そのまま瓦礫の大地に叩き付けられていた。
〝パパパパパパパパパパパパパパパァァァァァァンっ″
上下に無理矢理開かされた口の中で超高速で回転する歯が、ハーケリュオンのツメに当たり次々に破断していく。
そしてハーケリュオンは、大地に打ちのめした海竜型ブロッケンの胸の中心を尻尾の先端で貫きながら、目の前の獣型ブロッケンをそのまま上下に引き裂いていた。
〝バキバキバキバキバキバキバキバキバキっ″
2つに裂けた身体の間からコアが溢れ落ち、その手がそれを空中で掴んだ。
「ツルギ、だめっ」
マイは再びツルギの大蛇のような下半身に背後から抱き付いた。
「ツルギ、私よ、マイよ。ねぇお願い、やめて」
だがツルギは全く聞く耳を持たず、それを握り潰していた。
「チーム22、ダリアント、信号消えました。パイロット2名、ミラとリンダの生命反応ロスト」
「ツルギっ」マイが叫ぶ。
その間にも、ハーケリュオンの蠢く尻尾が胸を貫いた海竜型ブロッケンをそのまま持ち上げ、目の前に運んでいた。
そして、その手が尻尾に刺し貫かれたコアを掴み引き抜いた。
「ツルギ、待って、やめて」血まみれのマイが、息も絶え絶えに懇願する。
しかし、コアは呆気なく握り潰されていた。
「ツルギっ」
「チーム22、グラスティア、信号消えました。パイロット2名の、レインとヨーコの生命反応ロスト」
「ツルギっ」マイが声にならない声でそう叫んだ直後だった。
彼女の首に何かが巻き付いたかと思うと、マイは一気に持ち上げられ、そのままツルギの眼前に運ばれていた。
マイの首に巻き付いていたのは彼女の尻尾だった。
「・・・っ、ツルギっ」
首を容赦なく締め上げるそれを何とか振りほどこうともがく。
が、重傷を負ったうえに片腕を失った今のマイにはどうすることもできなかった。
力なく空を蹴る足を伝い、血が雨のように滴り落ちていく。
「・・・くぅぅ」
マイは、首に巻き付く尻尾を掴んでいた手を離し、ツルギの方に伸ばした。
「つ、ツル・・・ギ」
ツルギはそれを敵意剥き出しの目で見た。
そして、その薬指にはまる指輪に気付いた。
『!?』
ツルギが躊躇の表情を見せた、その一瞬を突くように、マイはそのまま血まみれの手を伸ばし、彼女の頬に触れた。
そして、彼女の唇に自らの唇を重ねた。
『!?』
驚いたツルギは思わず尻尾を緩め、支えを失い落ちそうになったマイは、慌てて彼女の首に抱き付いた。
いや、抱き付こうとしたが、身体に全く反応せず、彼女は成す術なく落ちた。
はずだった。
「!?」
だが、彼女は落ちてはいなかった。
ツルギが咄嗟にマイを受け止めていた。
しかも、ツメでマイを傷付けないように、腕で包み込むように抱き締めていたのだ。
そして、そのことに一番戸惑っていたのは、他ならぬツルギ自身だった。
“どうしていいのか分からない”
そんな表情でマイを見つめるツルギ。
2人とも裸のため、身体が重なり合うことで、互いの大きな胸も密着し、それらが互いをはじくようにたわわに弾む度に、その中に埋もれたツンと尖る桜色の蕾がコリコリと擦れ会う。
その感触に戸惑うツルギの手がぴくっぴくっと小刻みに震えるのを自分の肩越しに見たマイは、最後の力を振り絞って左手を伸ばし、右の肩越しに見えるツルギの左手を恋人つなぎで握った。
『!?』
その瞬間、驚きの表情でただ呆然とマイを見つめるツルギに、彼女は再び不意打ちのキスをした。
『!?』
そして、それが不意打ちであるにも関わらず、ツルギも顔を逸らすことなくそれを受け入れていた。
何故かはツルギ自身にも分からなかった。
でも何故か、拒否することも突き放すこともできなかった。
すぐに鼻だけで息をすることが苦しくなり、自分の唇をこじ開けようとするかのように舐めるマイの舌に誘われるように、ツルギは口を開け、戸惑い気味に彼女の舌を受け入れた。
どうしていいか分からず縮こまるツルギの舌を、その存在を確かめるようにマイの舌がなぞったかと思うと、今度は全体を舐めあげ、すくい上げた舌に自らの舌を絡ませていく。
「・・・ぅん、っふぅ」
『・・・っうぅ、んふぅ』
甘い吐息を漏らしながら互いに求め合う唇の中で、舌の先同士でツンツンつつき合ったり、互いの舌を吸い合ったり、舌がまるで別の生き物のように唾液にまみれながら絡み合い、重なる口元から唾液がまるで愛液のように滴り、顎から首へと流れ落ちていく。
いつの間にか、ツルギから怒りが消えていた。
そしてマイは、ようやく唇を離した。
「・・・ツルギ」
「・・・ハニぃ?」
“何故自分がここにいるのか分からない?”
ようやく我に返ったツルギは、キョトンとしながら、そんな声でマイを呼んだ。
「おはよう、寝すぎだぞ、ツ・・・ル・ギ」
そう言いながらマイは、崩れ落ちるように意識を失った。
〈つづく〉