第八話《次期大神院公爵と九十九条》
世間で地獄変事件と呼ばれる事件から三日が経つ。政治関係者や警察はそれらの対応で忙しい。我が大神院公爵を含む五大公爵もてんやわんやしている。
自己紹介をしよう。俺は大神院公爵の第一子にして長男、次期公爵の大神院一葉だ。
そんな俺もここ最近は忙しい。地獄変事件に加えて一番下の妹が何者かに連れ去られた世間では大神院華音誘拐事件の事もある。父親は主に地獄変事件、俺は大神院華音誘拐事件と役割を決めているがこれはあくまで主導で進めていく程度の意味でお互い必要となれば手を貸すという約束だ。
しかしこれが難航を極めている。大神院華音誘拐事件は世間に大々的に公表された。これは俺だけが決めた事ではなく五大公爵家の公爵や次期公爵など家の中でも特に重要な人物が出席する会議で決まったものなのだが、この公表は囮だ。確かにこの公表は日本各地から情報を集めるという名目もあるし、監視に目を光らせるという意図もある。一般人には華音を慕う者、同時に《運命の神眼》にあやかろうという者がたくさんいる。これ自体はかなり有効だと俺は考えている。しかし真の狙いはそこじゃない。
真ん中の妹、花奏の存在だ。お手伝いさんや護衛の話だとちょうど花奏が家にいたらしい。そして誘拐された華音を追いかけたとか。
真の狙いは花奏を動き易くするための陽動。精鋭の護衛を蹂躙するような敵の強さに対抗できる自由に動ける戦力が現状花奏しかいなかったのだ。
俺は飲み屋に入る。貴族御用達の高級居酒屋だ。場所は予約を取っている個室。
「やあ、御苦労様一葉」
「そっちこそ御苦労様、桃子」
この女の名は九十九条桃子。五大公爵家が一つ、九十九条家次期当主、俺と同じような立場にある人間だ。
俺は桃子の向かいに座る。
「もう酒は頼んでるわ。いつものでしょ?」
今日は気分を変えて違うのを頼もうと思ったんだが仕方ない。
「それで、今日は何で俺を呼んだ? 今の俺はお前以上に忙しいって知ってるだろ?」
「う~ん、まあね」
桃子は惚けた様子で目を反らす。
「もう学生じゃないんだから俺だってそんな頻繁に飲みになんて来れないぞ」
「そんな事言って~、今日だって忙しいのにわざわざ時間作ってこそこそ誘いに乗ってんじゃん」
「たまたまだ。捜査も行き詰まってるからな」
「華音ちゃん? 本当にあんたのところは運悪いねぇ」
「そう思うなら誘わないでいただきたい」
「まあまあ、君の好きな軟骨唐揚げだぞ~♡」
「わかったから箸を寄せるな! 恐いから!」
「別にいいじゃない元婚約者なんだし」
そうこの桃子は俺の元婚約者なのだ。今は違うけどな。
「元婚約者なら尚更だめだろ」
「ちぇ~」
桃子はがっかりしたような様子だ。
この桃子とは学生時代まで婚約していたのだが、大学時代も終盤に差し掛かった頃に当時の次期当主となるはずだった長男が死んでしまったのだ。次男坊は大神院家同様次期皇帝近衛騎士となる事が決まっていたため、第二子長女の桃子に次期当主の白羽の矢が立ったのだ。その煽りで俺とこいつの婚約も破棄となった。
「あんたはいつからそんなつまらない男になったの?」
「俺は元からつまらない男だ。今までは認めたくなかったがな」
成人してわかる。俺は大神院家次期当主という肩書きがなければ本当にただの平凡な人間だ。
「つらまないかつまらなくないかは自分じゃなくて他人が決めるの。自分が自分を評価するなんて一番当てにならないんだから。人間なんて案外自分の事なんかわかってない生き物だもの」
桃子は梅酒を一気飲みする。相変わらずこいつの酒の飲み方やばいな。
「それで君は何でわざわざこんな密会の場を設けた」
桃子が脇目も振らず既に待機してあった梅酒を手に取る。
「それで華音ちゃん誘拐事件の進展はどう?」
「君には関係ないだろ。これは大神院家の問題だ。いくら君でも首を突っ込まないでくれ」
「そういうわけにもいかないのよ。この件に関しては五大公爵家だけじゃない、身分が下の貴族達も華音ちゃんの事で動きがある」
「どういう事だ?」
「一葉のそういう純粋なところ好き。でも今は悪知恵を働かせてね。ま、要するにこれを機に大神院家や皇帝に恩を売ろうって魂胆」
「そう言われても大神院に爵位上げるような権限はないぞ」
「大神院と太い繋がりが欲しいんだよ、みんな。上手くいけば皇帝とも太い繋がりを作れる。下位の貴族からすればこんな一隅の機会ないもの。それに仮にその辺上手くいかなくても華音ちゃんの《運命の神眼》の能力による加護をもらえるかもしれない」
華音の神眼か、あれの能力は凄まじい。その能力は運命諸とも人に遵守させる力がある。一億円手に入れろと華音が神眼で命令すれば過程はどうあれ結果一億円が手に入るのだから。
「そういう意味なら五大公爵家なんかもどこかきな臭いな」
「九十九条の私が言うのも説得力ないけど私も一理あるな。特に地獄変事件から金剛倉公爵家に怪しい動きがある」
金剛倉家、五大公爵家の内の一つだ。
「あの超能力一族が華音となんの関係があるんだ?」
「詳しい事はわからないよ。ただ地獄変事件の調査とは違うところで怪しい動きがあるってだけだから。世間では無関係という体で報道がされてるけど五大公爵家は華音ちゃんの誘拐と地獄変事件第六地獄変は結び付けてる。花奏ちゃんの証言でね」
大神院家ひいては五大公爵家達は華音の動向をすぐに探り当てると同時に花奏の動向もすぐに探れた。華音の影に隠れがちだが花奏も人並み外れている。少なくとも俺達は花奏が華音を連れ帰って来ると半ば確信していた程だ。
華音が誘拐されたのは今回が初めてじゃない。幼少の頃、花奏は国際暴力団から見事無事に華音を奪還して見せた。
その事があったからはっきり言えば俺も安心していた。しかし結果は最悪、華音が誘拐され地獄変事件で容疑者と思われる男と協力者は死亡し足跡が途絶えてしまった。
「可哀想だよね花奏ちゃんも」
「かなり気に病んでたな」
俺が知る限り花奏はこれまで失敗や挫折といった経験がなかった。それどころか今回の地獄変事件第六地獄変がここまで大規模な被害になったのは自分のせいだと言い出した。
「藪をつついたら蛇ならぬ《暴食の魔眼》をつついたら《空魔機械鷹乃女神》が出るんだもの。あんなの誰も想定してなかった。本当だったらあの地獄のような状況で女の子の命一つ救っただけでも褒める事だよ」
「そこに関しては大人の責任だからな。十五歳の少女に期待して知らないところで丸投げして責任を負わせるなんて大人として最低だ」
それでもこんな事を軽々しく口にできるのは事件の当事者じゃないからだろう。
「一葉……私もさ、何かあれば協力するよ」
「急にどうした」
「五大公爵家……だけじゃないけど今貴族は水面下で大まかに真っ二つに分かれてる。さっき言った大神院に恩を売りたい奴ら、華音ちゃん誘拐事件と地獄変事件を結び付けて大神院家に全てを擦り付けようとしてる奴ら。金剛倉だって別のところでこのタイミングで何か企んでる。貴族だけじゃない、政治関係者や資産家も思惑を持って今回の件を好機と捉えて動き出してる」
「ははは、正に権力オリンピックだな」
笑えない。
「でも私は家の方針がどうなろうと一葉の味方だから」
「別に俺に協力してもメリットないだろ。婚約も解消されてるし」
「協力じゃなくてミ・カ・タ♡ 確かに婚約は解消しちゃってるから簡単に協力関係にはなれないけど私個人ならこうやって一葉と世間話くらいはできるよ」
俺は苦笑いを浮かべる事しかできない。
「こんな事してたらスキャンダルだろ」
「ふふ、もしかしたらメディアは家の事情で婚約が破棄された大神院と九十九条の次期公爵同士燃え上がる禁断の愛とか婚約なんて時代遅れだから自由恋愛とかで世間が味方に付くかも」
「そんな無茶苦茶な」
「数秒前に自分が言った事も忘れた? メディアなんて所詮権力でねじ曲げられるんだよ。昔から権力者はこぞってやってたじゃないか」
これは酔ってますね。間違いない。嫌だなぁ、桃子が酔うと大変なんだよ色々。赤ずきんが狼襲うみたいな展開が本当にあるとは当時の俺は思わなかった。婚約時代ならともかく今やったらアウトだ。俺だけの問題ならともかくお互いの親が黙ってない。というか華音拐われて俺達のせいで花奏が傷付いてるのに失礼だから。
「一応公の場だからそういう発言は控えろ。どこで忍びが聞き耳を立ててるかわからないんだから」
俺も桃子も護衛に忍者が付いてるが用心に越した事はない。
「だって~、こっちは凄く本気で結婚するつもりだったのに……あの鬼ばばあっ! 長女ってだけで次期公爵に任命しやがって! 私なんてやっと好きな人と結婚できると思ったのに」
「それを本人の前で言うか?」
婚約破棄になってからこいつは酔うといつもこうだ。いや、思ってくれるのは嬉しいけど飲む度にこれだから流石にな。
「はぁ……今日は帰りたくないなぁ。咲清に泊まろうかな」
咲清ってこの辺にある色宿の名前じゃないか、露骨過ぎんだろ!
「泊まるなら普通の宿にしろ。一人で行っても寂しいだろ」
「そうだよ、一人で行っても寂しいから一緒に行こうよ」
「セクハラやめろ」
「昔はよく一緒に行ったのにつれないな」
頭痛くなって来た。俺まだ酒飲んでないのに。
「話がないならもう帰るぞ。最近寝不足だから早く寝たい」
「寝不足……ふ~ん」
桃子は何を察したのか冷たい表情になる。
「もしかしてもう新しい恋人とかできた? 寝不足になる程楽しんだんだ」
「違う、仕事だ」
まあ、桃子の言葉が的外れかと言われればそうでもない。恋人はできてないが両親は俺に新しい婚約者を用意していた。確か伯爵の令嬢だったか、今年二十になる娘だ。本来なら地獄変事件があった日の翌日に顔合わせをする予定だったが大神院家の方が大変な状況になったため延期になった。ちなみに寝不足の原因は本当に仕事、正確には誘拐事件と地獄変事件の対応で忙しかったというものだ。桃子と会うためにわざわざ仕事を詰めた。
「前にも言ったがお互い次期公しゃ――」
その時、俺の言葉をスマホのバイブが切った。誰だ?
どうやらメールだったようだ。今時メールとは珍しいが。横で据わった目で見ている桃子を見てみぬフリをしてメールを見る。
送り主はメールアドレスで示されている。だけど知ってる相手、あえて登録してない人物だ。桃子には見えないようにメールを開く。
近い内にできるだけ早く密会する約束を取り付けてほしいらしい。どうやら早急に対応しなければいけない案件があるとか。
「誰?」
「秘密だ」
俺は返信する。迷う事などない。
「そういえば九十九条公爵は今回の件はどういう行動指針なんだ?」
「急に何?」
「答えたくないならいい」
今のメールはとある五大公爵の一人からのものだ。想像以上に今回の件は俺が思ってる以上にあらゆる勢力の思惑が絡んでいるらしい。
「桃子、君はさっき俺の味方でいてくれると言ってくれたね」
「うん、だって私はまだ――」
「君のそういう素直なところ好きだ」
「っ!? 本当に一葉は……」
どうやら俺はまだ貴族としてまだまだらしい。
桃子が言う俺の味方でいてくれるというのはつまり裏を返せば九十九条は大神院に対して静観してるか何か思惑を持って敵対する可能性があるという事だ。
「悪いけど俺はもう帰るよ」
テーブルの上にお金を置く。何か食べた記憶とか全然ないが癒し料という事で多めに置いておこう。
「ごめんね、こんな事でしか力になれなくて」
「大丈夫だ。他の家にどういう思惑があろうとこれは大神院の一族の問題だ。さっさと解決して思惑とか陰謀とか全部潰すよ」
俺は荷物を持って個室を出ようとする。そこで思い出す。
「そうだ、今日の君は一層魅力的だったよ」
桃子は恥ずかしそうに頬を紅く染める。
「もう……そういうのはもっと雰囲気ある時に言ってよ。でもちょっとかっこよかった」
「そう、じゃあまたね」
俺は個室を出る。
「話は終わりましたか?」
護衛の忍者が背後に現れる。
「ただの飲んでただけだ」
軟骨の唐揚げ一つしか食べた記憶ないが。腹減ったな、帰りにラーメンでも食べるか。
地獄変事件
日本で起こった史上最悪の大量殺人事件と言われ、その死亡者数は約26000人。日本の六ヶ所でほぼ同時に行われ第一地獄変から第六地獄変まである。




