第三話《連れ去られる妹》
残酷な描写あり
カナは目を覚ました。
一気に頭が冴えていく。理由は屋敷の中に充満する殺気だった。
「何、この悪意を凝縮したような殺気」
泥棒とかじゃない。普通に生活していれば絶対に遭遇しないと思う高密度高品質の殺気。
『ぐあぁぁぁぁっ!』
男の悲鳴が響いてカナはびっくりした。この声は確か華音の護衛忍者のやつだった気がする。
つまるところ最悪な状況らしい。護衛忍者だって弱くないそこら辺の賊に返り討ちに会うわけない。ただ者じゃないんだな。
華音は大丈夫だよね?
さっき脱ぎ捨てた制服を着る。まあリボンは付けないけど。部屋を出るとあまりの臭いに吐き気を催す。
「この臭い……血? その割には妙に生臭い気がするけど……」
それにところどころに弱々しい気がちらほらある。正確には弱っている。
走って華音の部屋へ向かう。その途中、女中さんが廊下に倒れていた。
「大丈夫!?」
カナは女中さんに駆け寄る。
「花奏様……」
顔が青い。まるで投げ捨てられた人形のように手足がだらんとしている。とりあえず場所を移動しようと抱える。
「これは……」
重い。別に体重が重いとか失礼な話をしてるわけじゃない。生物というのは基本的に力を入れている。例えば漫画で美男子が女子をお姫様抱っこをしているシーンとかある。このお姫様抱っこされている女子の意識がはっきりしているのと意識を失っているのではお姫様抱っこしている男にかかる負担が段違いなのだ。気絶している人間は余程軽くない限り一人で運ぶのは困難。そしてこの女中さんははっきり言って小柄だしたぶん体重も軽い方、しかしかなり重い。まるで気絶している人間を抱えているようだった。
全然体に力が入ってない。
「花奏様……逃げてください」
「あんたを置いて逃げられるわけないじゃん。それに華音も心配だし」
一先ず女中さんを安全そうな部屋へ運ぶ。
「駄目……です……いくら……花奏様でもあれには……」
「いいからここで休んでて、動けるようになったら警察に電話して」
再び華音の部屋へ向かう。道中に護衛忍者共が倒れている。
「くっ……惨いな。臭いの原因はこれだったのね」
言葉にするのも躊躇う程それは凄惨だった。見たところ軽い怪我で右手がなくなっている程だ。これだけ言えば凄惨さがわかる。
「まるで食い散らかしたみたいだ。それに護衛忍者が蟹みたいに」
殺意の塊が華音の部屋の中から冷気のように流れて来る。
扉を開けるとそこには全身黒ずくめの男が立っていた。右手には護衛忍者の女の胸ぐらを掴み上げている。護衛忍者の右目から血が流れている。そして部屋に響く咀嚼音。
黒ずくめの男は護衛忍者の女を投げ捨てる。護衛忍者の女は受け身も取れず乱雑に転がる。男はカナに気付いているのかいないのかベッドの上で恐怖に震えて尻餅を付いている華音にゆっくり近寄る。
華音はカナの方を一瞥する。しかし気付かないような素振りをする。
「おいっ、この殺人鬼!」
カナは華音から注意を反らそうと大声を上げる。黒ずくめの男はゆっくりとこっちに顔を向けた。
顔は見えない。ただ唯一、赤く渦巻く眼だけが覗いている。
「魔眼!?」
カナは構える。
まさか魔眼持ちとはね。厄介だ。
黒ずくめの男はゆらりと動く。
「駄目! カナちゃん逃げて!」
華音の声と同時にカナの体から力が抜ける感覚に陥り、黒ずくめの男が距離を詰めて来た。
「まず……」
足から崩れそうになるのをこらえて、足を引き黒ずくめの男の拳を掌で受け流す。
一撃で決めてやる。
カナの指先が男の喉元を突く。普通の人間ならば食らえばひとたまりもない急所だ。しかし力があまり入らなかったからか浅い。男はカナから距離を取る。その間もカナは体力を奪われ続けていく。
なるほど、あの魔眼は見た者から体力を奪うのか。そしてそれを自分の身体能力に転化している。受け流してわかった。化物みたいな力だった。おそらくこの男は屋敷中の人間から力を奪って身体能力に変えている。
「ほほう、お嬢さん見た目に寄らずなかなか良質な力をお持ちだ。奪われ続けて尚立っていられるか。他の忍者共は一目で崩れ落ちたというのに」
「そうだね、カナも忍者達の不甲斐なさにはがっかりだよ。でもまだいける。今度はその首の骨をへし折ってやる」
「雰囲気が変わりましたな。これはやばいかもしれない」
「きゃっ!」
黒ずくめの男は華音を米俵のように抱え上げた。そのまま窓ガラスをぶち破り逃走した。
「待て!」
カナもそのまま裸足のまま追いかけていく。
「カナちゃん来ちゃだめ!」
「うるさい! 黙って待ってろ!」
体力を奪われたせいかいつもより走るのが遅い。普段ならあの程度なら今頃追い付いてるはずなのに。体が重い。
男は静止しようと試みる警備員の手をねじきり口に運ぶ。敷地の外へ走る。
「くそ、あの化物が!」
黒ずくめの男はさらに速くなる。だけどカナを振り向かずに走ってるからか体力は奪われず段々回復してきた。こっちもペースが上がっている。このまま体力が回復すれば全速力で追い付くと思う。
「体力の回復が早い、しかも足も速い。まるで化物ですな」
距離を詰められずしばらく追いかけていると男がとある建造物に向かってると気付いた。魔宮だ。
魔宮の出入口の前にいる受付らしき人が驚いた表情でカナ達を見ている。黒ずくめの男はそのまま魔宮へ入って行く。
「待って、カナちゃん止まってください!」
華音は必死に叫ぶ残念ながらあんたの言葉を聞く程お人好しじゃない。体力も回復してきたしね。
カナもそのまま魔宮へ入る。しかし、何か壁のようなものに激突した。鈍い音が回りに伝染する。壁に体を預けてずるずるとカナは崩れ落ちる。
「カナちゃん! カナちゃん!」
「どうやら賭けは上手く行ったようですな」
カナはぐわんぐわんする中意識を保とうとするが意識が遠のいていく。駄目、このままじゃ華音が連れてかれちゃう。
周りにいた人達が何事かと囲み始める。
再びカナの意識は闇に落ちた。




