第一話『変態とカナ』
例えば兄弟がいるとする。その兄弟が兄でも姉でも弟でも妹でもいいし、複数いてもいい。ここからが例えの本題、その兄弟は自分と比べて優れていたか劣っていたか。もし自分が他の兄弟より優れていたと答えるならその人は幸せ者だろう。逆に劣っていたと答えるなら同情するけど可哀想とは思わない。なぜなら優劣というのは努力次第で簡単に逆転できるからだ。
ここでカナの話をしようか。
カナのフルネームは大神院花奏、まあ日本にある貴族五大公爵家って呼ばれる一つ大神院の直系として生まれて来たわけよ。まあ大神院の当主とかその妻とか次期後継者とか前代とかその辺の話は今は関係ないから置いとくね。特別取り上げるような人達じゃないからね。
そうそうあの人達は特別じゃない。カナから――――いや、大神院の一族みんなの共通認識だしカナも他の家族もぶっちゃけ血統の上に成り立つ人間でしかないんだよね。
それで兄弟とか優劣とかの話に戻るんだけどさ。カナんとこはカナが四人目の五人兄弟なの。次期当主の一子長男、次期皇帝護衛の二子次男、別の五大公爵家と婚約している三子長女、現在ぴちぴち女子高生の四子次女カナ、そしてJCの五子三女。それでまあカナから上は所詮は優劣という次元でしか語れない凡人達。そう、五子三女は特別なのよね。
妹は平凡なカナと違って特別スペシャルミラクル人間。肩書きを加えるなら千年に一人開眼する《運命の神眼》を開眼したJC。まあどんなに努力しても追い付けない天上人というわけさ。テストで百点取っても運動会で一番になっても誉めてもらえない、だってそんなのカナじゃなくてもできる平凡な事だもんな。だけど妹は何もしなくてもちやほやしてもらえる。本当にズルいよ。
だからカナは努力するのやめちゃった。だって努力は奇跡に勝てないんだから。勉強も武道も舞踊も作法も全部ぜ~んぶ。
そんなわけでカナは家族に期待を寄せられない生活を送っているのです。
「改めてお願いしたい。僕と一緒にダンジョンに潜ってくれないか?」
さっきの通りカナは女子高生。女子高生という事は平日には学校がある。そして今は昼休み、カナは同じクラスの平賀翠太郎というオタク男子に絡まれている。黒縁眼鏡に黒髪に地味な髪型、背はカナより少し高いくらいでひょろい。だけど陰キャってわけじゃなくて友達はカナが知る限り多い方だし顔もいいと思う。
「別にカナを誘わなくても他の子誘いなよ。つか面倒くさいし」
「確かにこの学校にはダンジョンを攻略するうえでパーティメンバーに事欠かない。大神院の友人は弓矢の名手だし、このクラスの委員長は妖狐を師に持つ妖術使い、隣のクラスには若干十歳で仙人になった天才もいる。さらにそのまた隣のクラスには――――」
平賀君はこの学校にいるなんか凄い人達を力説している。
何回も聞いた台詞なのでこの間にダンジョンの話をしようか。日本には戦国時代からダンジョンがある。どうも外国にはないものらしい。ダンジョンの中には魔物っていうのがいるけど、こいつらはダンジョンから出て来ては害を与える。だけど同時に中には高度な武器や兵器が眠っているらしく、魔物が強力なダンジョンに比例して強力になるとか。ダンジョンが現れ始めた戦国時代は強力な武器や兵器を持ってる武将が戦で勝ったみたいだし、数十年前の世界戦争では日本は他国を蹂躙したらしい。日本がダンジョン兵器で吸血鬼軍やエルフ軍を虐殺したのは世界でも有名な話なのです。
まあ長々説明したけどカナはダンジョンについてあまり詳しくないのよね。だって興味ないし。
「――――しかし、僕はそんな誰よりも君が一番強くて…………えっと、その………可愛いと思う」
「……ありがとうね♪」
平賀君は顔を赤らめて恥ずかしそうに言った。残念ながらカナは毎回この台詞にときめいてしまう。本気度が伝わって来る。ちやほやされてる妹に嫉妬とコンプレックスがあるカナは誉め言葉に弱いのです。
実際、平賀君は不良娘と化したカナと違って真面目で誠実な男子生徒、性格も明るめでたぶん陰ではモテる。うん、ここまでなら普通の優秀な男子生徒でしかない。しかしですね、カナはこの後に来る台詞で全てがパーとなるわけですよ。
「うん、長くて染めた金髪も僕は似合ってると思うよ」
平賀君の言う通りカナは高校デビューして髪を金色に染めた。カナを真面目だと思ってたらしい友達は随分驚いてたなぁ。
「それより僕はあれに一目惚れして君をパーティメンバーに誘おうと決めたんだ」
昨日も同じような台詞聞いたなぁ。クラスの人達も友達もにやにやしながら見てるよ。
「そう僕は君の御足の踵落としに惚れた! あんな鋭い踵落とし僕は初めて味わった! その時高校デビューでダンジョンに潜ろうとした僕は思ったね、一緒にダンジョンに潜るなら妖狐の弟子でもましてやショタ仙人でもない、この子だってね! ミニスカートでむっちりした淫靡な白肌の太ももを見せ付けて美麗という単純な言葉でしか言い表せない美形なふくらはぎ、ニーソじゃなくてハイソというのも僕的にはポイント高かったね! 天を突く足に見惚れていた僕は踵が落ちる刹那々々が目に焼き付き気が付けば顔に甘い痛みを感じながら地面に伏せていた! そして僕を神々しく見下ろす大神院さんの足が――へぶっ!」
カナは平賀君の尻を蹴った。平賀君は地面を転がる。
思わず足が出ちゃった。でも普通に考えてこの台詞はあり得ないでしょ。
「ご、ごめん平賀君!」
カナは雑に倒れている平賀君に駆け寄った。
ムカついてたけどちゃんと加減したし脛で当てたから刀で言うところの所謂峰打ちだから大丈夫だと思うけど……。別に蹴りたくて蹴ったわけじゃないんですよね。
平賀君は涎を垂らしながらカナを見上げた。目から怯えた色が窺える。胸がズキッとする。
「ごめんやり過ぎちゃったね」
「す……すみ……」
「平賀君が謝る事じゃないよ! 蹴ったカナが悪かったんだから」
「ありがとうございます!」
怯えた顔とは一転平賀君は恍惚な気持ち悪い笑顔でお礼を言って来た。
カナは今度こそキレたね。
「フェイントか貴様! この変態サッカーボールが!」
「ま、待ちなよカナ! それは洒落にならないって!」
「そうだぞ! 確かにこいつはお前に蹴られて喜ぶ変態野郎だが椅子で殴るのは不味い!」
「離して! 蹴ってダメなら撲るしかないじゃない!」
右手で椅子を持ち上げてるカナを友達とクラスの屈強な男子達が止める。
教室内が慌てと笑いのざわめきに包まれている。つまりいつものいざこざである。
そして狂戦士となっているカナの目の前で平賀君が堂々と立ち上がる。
「待ちたまえ君達!」
平賀君の一声で教室に静寂がやって来た。みんな彼を注目する。平賀君は眼鏡をクイッと掛け直した。その挙動に注目が集まる。
「確かに僕は入学式の踵落としの時から大神院さんに蹴られた痛みが僕達の年齢では通常言い表してはいけないような感覚に変換する能力を身に付けた」
果たしてこの世界でここまでいらん能力があっただろうか。
「日本にはこういう諺がある『押してだめなら引いてみろ』」
「つまり何が言いたいの?」
カナは嫌な予感を感じつつ聞いてみた。
「つまりだね……。蹴ってだめなら殴ってみろという事さ」
「「「それ引き戸だったら意味ないやつだ!」」」
平賀君以外の人達が総じてツッコミを入れた。
「おいおい、待ちなよ。引き戸? 何を言ってるんだ君達は。僕が言いたいのは新しい扉が開くかもしれないという事だ」
「何言ってんの……こいつ」
友達が引いたように言った。
カナは考える。つまり平賀君の話を統合すると解決策はこれしかない。
「だったらその扉……壊れるまで殴ってあげるよ☆」
「うんうん、それもまた一種の扉が開くだね」
「あぁもうっ!」
ああ言えばこう言う!
「もう授業が始まるな。じゃあまた来るよ」
そう言った平賀君はカナの一人挟んだ前の席に座った。
これでわかる通り平賀君は変態なのだ。今までもなんか妹と関わりを持とうと年が近いカナに接触して来た人達はたくさんいた。しかし平賀君の場合言葉の節々から本気な思いが伝わって来る。ただ一点頭が変態じゃない事を除けばだけどね。