開かずの格納庫
格納庫から車で司令部らしい建物へと移動した雨宮は、周りを軍人に囲まれながらレンフィールドの執務室で彼女の部下という尋問官に質問をされていた。
「貴様の名前と所属を改めて名乗れ」
「日本国、航空自衛隊第8航空団第8飛行隊所属、雨宮 千暁2等空尉」
「あの青色の戦闘機────F-2と言ったか……それの、性能諸元を教えろ」
「具体的な諸元についてはお答え出来ません」
「そうか……話を変えよう。では……何故この基地から20kmの海上に突然現れた」
「自分は、北九州沖の空域で対艦攻撃ミッションの訓練を行っていただけです。訓練終了後に、雲の中に入った際に雷が機体を直撃しました。後の事は憶えていません」
この発言に尋問官は雨宮へ訝しむ目線を向けた。
「戦闘機で対艦攻撃をするのか!?」
尋問官や周りにいた人々は、小声で話し始める。
「はい。私がいた世界では、艦を撃沈させるには長射程のミサイルによるアウトレンジからの攻撃が主です」
「その……ミサイルとは?」
「申し訳ありませんが、詳しくはお答えできません」
雨宮はきっぱりと言い放つ。
「ごほん。では、話を戻すが……故意に領空を侵犯した、という訳ではないという事か?」
「はい。私はこの国、いえ、この世界自体知りません」
尋問官はレンフィールドへ向き直る。
「中佐、どうなされますか?」
「とりあえず、当分は私が面倒を見る。雨宮中尉、付いて来い。見せたい物がある」
レンフィールドは、そう言って立ち上がると部下達に待っていろ、と告げた。
雨宮は、部屋を出たレンフィールドの後ろ2歩くらい間隔を空けながら歩いた。管制塔が併設されている司令部らしき建物を出ると、目の前に止まっていたジープに乗り込んだ。雨宮は、助手席に乗り込む。レンフィールドは運転席に座るとエンジンを始動させた。
「君の機体のラウンデルは日の丸だったな?」
「――――」
レンフィールドの口から放たれた言葉に雨宮の思考は停止した。
「多分……いや、必ず君は、これから入る格納庫で動揺するだろう……今までのパイロット達のように……」
含みを持たせた言葉をレンフィールドは車を走らせながら呟く。
数分でレンフィールドと雨宮が乗る車は一棟の格納庫の脇に停車する。その格納庫は周りの格納庫と距離を開けて建てられており、扉には大きくゼロの数字が書かれていた。
「この格納庫は、整備員たちの間では開かずの格納庫とも呼ばれている。まぁ、私も……ここを開けるのは2回目だがな……」
格納庫を見上げながら呟くレンフィールド。雨宮も同じように格納庫を見上げる。
「入るか……」
車から降りた2人はレンフィールドを先頭に、格納庫のドアを開ける。雨宮に先に入るように促したレンフィールドは照明のスイッチに手を掛けた。格納庫の中は、光が入ってきておらず、真っ暗な闇だった。
「点けるぞ」
暗闇の何処かからレンフィールドの声が聞こえてくる。雨宮はお願いします、とだけ言った。
刹那、格納庫の電灯が一斉に点灯する。明かりの眩しさに目を覆う雨宮は、腕と腕の隙間から格納庫の中を見渡す。
「え――――」
雨宮はあまりの光景に言葉を失った。そこにはF-2を除く航空自衛隊が運用していた戦闘機達がずらりと並んでいたのである。
「なんで……ここに空自の機体が……」
雨宮は一番近くに留められていたF-15J イーグルに駆け寄ると、機首の機番と垂直尾翼の部隊マークを確認した。
「イヌワシ……小松の306空か……306? まさかな……」
雨宮はふと、航空学生で同期だった男の事を思い出す。雨宮と似た優しい風貌を持っていたその男は、小松沖で訓練をしていた際に事故を起こし殉職していた。が、直後の海底捜索でも機体が発見されず、雨宮は今でも日本海の何処かに沈んでいるのだろうと思っていた。
「あの、この機体――イーグルって言うんですけど、これのパイロットが何処に行ったか知ってますか?」
「いや、私がこの基地に赴任してきた時から、この機体があった。それに、先代の基地司令はもう戦死されてしまったから詳しいことは分からない」
「そうですか……」
イーグルの機首に手を置きながら言葉を発した雨宮は、1分間だけ目を瞑るとイーグルのパイロットに黙祷を捧げる。
「ここの機体は全て君の国が所有していた機体か?」
黙祷を終えた雨宮にレンフィールドは問いかけた。
「いえ、一番奥の機体だけは違います」
一番奥に駐機されている機体を指差した雨宮は、その横に留まっている機体に違和感を覚える。何かで見たような機体は銀色の外装を明かりで照らされながら佇んでいた。
「F-86F セイバー……爺ちゃんが乗っていた機体……だな。でも、何故だ? 何処かで見たことがあるような気がするな」
頭の中で雨宮の記憶が錯綜する。
ふと、祖母に見せてもらった祖父の写真からF-86Fと並んで映る写真を思い出す。
「……この機番……爺ちゃんと映っていた機体だ……」
雨宮はゆっくりと歩み始める。途中で目に入ってくるF-4EJ ファントムやF-104J スターファイターといった機体の部隊マークや機番を確認しながらF-86Fに手を触れた。
「この機体で爺ちゃんが来たとは限らない……でも、爺ちゃんが帰ったのなら……俺も帰れる……」
雨宮は機体を見ながら希望を覚える。そして、セイバーから目を格納庫の奥に向けると、青色のシートが掛けられている小型の航空機を見つけた。
「あの、このシート取ってもいいですか?」
すぐ後ろにいたレンフィールドに許可を求める。構わない、と言われた雨宮はゆっくりとシートを剥がす。
出てきた機体に雨宮は、自分の目を疑う。深緑の塗装にレシプロのエンジン。キャノピーには何らかの攻撃による被弾の跡。
そこにあったのは、零式艦上戦闘機────零戦と呼ばれる、大日本帝国が開発した傑作艦上戦闘機である。速力、上昇力、航続力を満たすために、極限まで軽量化したため、太平洋戦争初期は敵国であった米英の戦闘機に対して優勢であった。
「……これが始まり……なのか?」
雨宮は、深緑の飛行機を見ながらへたり込む。
コンクリートが敷かれた大地は冷たい冷気を放っていた。
どうも時雨です。
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