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(四)存亡の危機④



「それ故に我が軍切っての猛将――『軍神』篠ノ女(しののめ )万雷(ばんらい)の登用にござります。あの者ならば、例え寡兵であっても、敵を容易に城へ近寄らせることはありませぬ」

「万雷か……」

「その麾下『雷四つ』もおりまする」


 近隣どころか白山地域一帯に武名を轟かせる猛将の名と精兵の存在を耳にして、弦矢も頬の強張りを自然とゆるめさせる。その様子に「ご安心召されたか」と隻眼の声も一段と力を増して。


「いかに『白狐』が化かしの術を弄しようとも、この『慧眼』いるかぎり、若の命は守り抜いてみせまする。そうなれば――」


 当主へ己の身体を正対させ、


「気掛かりはむしろ、“刻の浪費”にこそありまする。なればこそ、早急に我が策をお受け頂きたく」


 今一度、座したままの上半身を折って願い出る。


「『城落ち』の屈辱など一時のもの。たとえ皆、今は千々に離れても、若さえご無事なれば……我らは必ずや、その御旗に再び集いまするっ」


 まるで誓いの言葉のごとく。

 全兵士の、全領民の意志を伝えるかのような熱量で、隻眼は一言一句に力を込める。


 だが苦し気に、眉間に深いシワを寄せつつも弦矢ははっきりと首を横に振った。

 拒む真の理由は、次の言葉にあった。



「守るは“諏訪の血”でなく“領民”ぞ」



 忠義に感謝すれど、譲れぬものがある――絞り出される懊悩おうのうに、隻眼があらためて己が尽くすべきあるじに顔を向けた。

 「やはり間違いではなかった」と張り詰めていた頬を微かに緩めながら。


「その“諏訪の信念”をこそ、皆は守りたいのでございます」


 そうして申し合わせたように、隻眼ほか三人そろってこうべを下げた。


「むぅ……」


 まさに感無量。

 これほどの想いを向けられて、感じ入ぬはずがない。

 代々受け継がれてきた“先祖の教え”を信じ、自身の指標としてはきたものの、まさかこれほど臣下や民に支持されているとは思いもしない。


 若き当主の呻きは、“先祖の教え”の偉大さを実感し、胸を満たした畏敬の念が、思わず口からこぼれた結果であった。だが、


「だからこそ――」


 首肯できるはずがないと、弦矢は低く低く声を洩らす。

 認めた先の惨状を容易に想像できるが故に。

 そうとも。

 隻眼は「刻を稼ぐため」と明言しているが「勝つ」とは口にしていない。いかな万雷といえど、策の『白縫しらぬい』に武の『犬豪』を同時に相手取って勝てるはずがないのだ。それはつまり、



 たくさんの血が流れる。

 兵の――守るべき領民の血が。 



 “信念”を守っても、その傘で庇護すべき領民がいなければ何の意味がある?

 いやそれ以前に、民に犠牲を強いる“信念”に、守るべき価値なぞ本当にあるのだろうか――。


(逃げるのでなく、儂こそが敵の前に立ち、皆の“盾”となるのが諏訪家の在りざまではないのかっ)


 腹の底より膨れ上がった熱の塊が、弦矢の体内をうねって、その唇を震わせる。


「叔父上――」


 口にしかけた思いを、しかし弦矢は言葉にできなかった。

 先ほどは“ただの策”としてしか捉えていなかったが、今は違う。


 皆の覚悟を知った今は――。

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