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(五)『俗物軍団』襲来(中編)

とある時期 とある処にて――



 血臭と生暖かい臓物の臭いが石室に立ちこめていた。

 中央では荒い息を吐き、全身を血と汗ともろもろの汚液で濡らした偉丈夫がうつろな目でただ一人立ち尽くす。

 頭頂部を割ったのか、流れ出る血で片目が見えなくなっており、無数の擦り傷が誇りでさえあった胸当て鎧(ブレスト・メイル)はあちこち陥没し、胸部を護るという役目を達成できなかった苦悶を表しているかのようですらある。

 偉丈夫の手はもはや剣柄を握る力さえ入らず、ずり落ちかけた幅広の剣(ブロード・ソード)が右手から垂れ下がっているようにしか見えなかった。

 偉丈夫の精神が限界を迎え、意識が遠のこうとしたその時。


「――ここまできて、手放すつもりか?」


 背後から思わぬ声が掛けられ、すべてが抜け落ちていたはずの偉丈夫の相貌に“驚愕”という表情が蘇る。

 危険な遺跡の奥深くだというのに、落ち着き払った足音がゆっくりと近づいてくるのを今の偉丈夫に認識することは叶わない。ならば、彼が驚く理由とはこの場に居ぬはずの者が現れたことによるものであった。

 朦朧とした意識の中でなお、その声を聞き間違うはずがない。


「よく見ろ、目の前にあるものを」


 その声に促され、偉丈夫の意識が目前に向けられる。

 いかなる仕掛けか、石室に踏み入るなり灯されたいくつもの大型ランプが赤々と燃え上がり、偉丈夫の眼前で大岩のごとく頽れた粘土偶像ゴーレムの成れの果てを照らし出していた。

 事前に情報を得ていた上で、万全の人数と装備、組織構成で臨んだにも関わらず、何度も偶然が敵の手助けをしたこともあって、彼が率いる組織は甚大な被害を受け、文字通り壊滅した。奇跡的にリーダーであった彼一人を除いて。

 そうして多大なる犠牲を払って退治した強敵は、生き物でさえないただの絡繰り人形。周囲で骸を晒している長年連れ添った友や部下達が、その命を捧げた代わりに得た成果としては、天秤に掛けるまでもない不釣り合いな獲物と言えよう。

 偉丈夫にとってみれば、これまであれほど欲していた“勝利”に何の感慨も抱かないのは初めての経験でもあった。

 無論、声がそれ(・・)を差していないことは

すぐに理解できた。

 長身である偉丈夫だからこそ、大きな骸の陰で見えにくくなっている小さき人影を見逃さずに視認する。


それ(・・)こそが、お前の手に入れた“力”だ」

「……の?」


 一見して地味だが、品の良い敷布に無数の『神意文字ルーン』で組まれた精巧な魔術紋が描かれている――その上に佇む小さき人影を無感動な目で偉丈夫は見つめる。

 彼が記憶しているのは、敷布の上で目覚めたその人影が、戦いのはじめに、小柄な体躯に不似合いな“多面体の箱”を転がした行為である。

 まさか、それが粘土偶像ゴーレムを動かした『魔術工芸品マジック・クラフト』だとでもいうのか。

 そんなものが(・・・・・・)手にした“力”だと。

 その疑念に答えることはなく、声は偉丈夫を淡々と讃える。あるいは、諭すように言い聞かせる。


「これは、誰かが犠牲になったわけではない」

「……」

「これは、誰かが成し遂げねばならなかった事だ」

「……」

「お前がただひとり、生き残り、成し遂げたのだ」

「……れが」


 そうだ、と声が肯定する。

 犠牲という考えは仲間に対する侮辱だ、と。

 皆で目指し、結果としてただ一人、成し遂げてみせただけだと。


「哀しむな、誇れ」

 そう、哀しんではいけない。


「留まるな、踏み出せ」

 そう、迷ってはいけない。


「“力”が必要なのだ」


 そうしなければ、抜け出せないのだ。そうしなければ、また、地べたを這い、泥水をすする惨めな暮らしが待つだけだ。

 チャンスなど云うほど転がっていない。感知した瞬間、いや「そうかも」という瞬間には手を伸ばしていなければならない。

 なぜなら、抜け出せるのはほんの一握りの者だけなのだから。それは偉丈夫だけでなく、死んでいった者達も全員が嫌と云うほど分かっていたことだった。

 だからこそ、どれほど準備をしようとも、死ぬ可能性が高いことを承知した上で、誰一人欠けることなく挑んだのだ。

 チャンスは掴んだ。

 そして目前に、泥沼のような現状から抜け出すことを可能とする“通行証パス”がある。


それ(・・)を手にしろ、ガンジャス」


 もはや声に促されるまでもなく、尽きたはずの力が腹の底より沸き上がり、偉丈夫――ガンジャスの身体を前へと動かしていた。

 それは確かな未来へと繋がっている。

 力で切り拓く未来へと。

 数年前まで伐採を生業とする樵夫しょうふであった男の相貌は、知らず喜悦に歪み、温和な様相を醜く変容させていることに当人は気づきもしなかった――。


         *****


『ヴァル・バ・ドゥレの森』 その奥地――



 再び間を空けて対峙したところで。

 仲間の剣士が『俗物軍団グレムリン』と名乗っても、女剣士の冷めた目付きが変化することはなく、ガンジャスは小さく舌打ちをした。


「こんなド田舎に棲んでる蛮族が『俗物軍団おれたち』を知るはずもないだろう」


 分かった風に諭しつつ、そのくせガンジャスは不快感を隠すことはしなかった。蛮族だろうと獣だろうと、自分達の姿を目にし名を耳にしたら、怯え卑屈にならなくてはならない。まして、目の前の女中ごときが生意気な目付きを向けてくることなど決して許してはならないのだ。それを。


「もちろん、これはただの挨拶です。我々はただ、速やかに人を捜し出せればいいのですから」

「人を?」


 抑揚のない声に、相手がどう思っているのか見透かすのは難しい。「そうです」と構わず剣士が話を続ける。


「会いたがっている人がいましてね。我々は捜し出し送り届ける役目を受けてます。エルネという名の少女や一緒にいる者達をご存じではないですか?」

「この森が危険であることは承知だな?」


 質問に質問で返されても「もちろんです」と剣士は冷静に受け答える。聞いてるガンジャスが苛つくようなやりとりだが、『俗物軍団』として負った任務を失敗させるわけにはいかないと懸命に自制する。その際、無理矢理抑え付けた怒りが唸り声となって洩れるのは勘弁してもらうしかないが。


「知っての通り、ここは小娘が踏み込むようなところじゃない。なのになぜ、あんたらはいると思ってる? しかも、ここまで辿り着けるとでも?」

「理由などどうでもいいです。この森へ向かったという情報がある以上、捜さないわけにはいかないだけで。それとふたつめの質問には“はい”と答えましょう。少女と共にいらっしゃる方々は、この国でも最強の一画ですから」


 自信を持って応じる剣士に「だからって、ここにいるとは限らないだろ」と女剣士は鼻で笑う。


「正直、私もそれは考えなくもなかったのですが……どうやら、そちら(・・・)にご厄介になってるようですね。間違いなく(・・・・・)


 そうして、ちらと後ろに視線を投げた先には、ガンジャスの後ろに隠れるようにして立つ小柄なローブ姿がある。その意味するところを知るのは、ガンジャスをはじめ仲間達だけだ。


「もういいだろう、ケトル」


 話しに進展が見られぬと感じて、ガンジャスはもう我慢するつもりがなかった。相手が非協力的なのは明らかである以上、このまま茶番を続けても埒があくことはない。

 ならば、自分達の流儀でやればいい。

 強者にのみ赦された特権の行使を。


「あの中にいるのは分かってるんだ。とっとと小生意気な女中をどかして(・・・・)中に入るぞ。――おい」


 口を開きかけた剣士を無視してガンジャスは無造作に後ろ蹴りを放ち、背後にいた小者を軽く蹴飛ばす。

 不意を打たれた小者が苦鳴すら上げられずに地べたを転がり下がる。それは戦いに巻き込まぬよう配慮した行為であり、同時にある仕事をさせるための催促にもなっていた。


「……」


 慣れているのか、ぎこちない動きながらも無言で立ち上がった小者が、何を求められたか承知しているかのように懐から大きな“多面体の箱”を取り出した。

 それは銀色の面に黒色で絵文字が刻印された奇妙な装飾の箱であった。蓋らしき部分がどこかも分からず、恐らく容れ物というよりは置物オブジェであろうと思われる。だが、淡い微光を発するところをみるに、単なる観賞用の品物ではなく、紛れもない『魔術工芸品マジック・クラフト』の逸品であることは確かだろう。 

 問題は、それをどう使い、いかなる効能を発揮するかだが。


「我は請い願う――」


 少年のように高く澄んだ声が祈りの言葉を紡ぎはじめ、その声に魔力でも込めているのか、その場を支配した音律に誰もが動きを止めて聞き入ってしまう。


「宿業の金輪。選択の銀矢。刻下いまより猛き争いにおいて。我らに吉凶を差配し給へ」


 紡ぎ終えると同時に、箱を中心に目に映るすべてが歪んだような感覚を覚えたが、それも一瞬のこと――気づけば小者がぽんと箱を放り投げていた。

 その場にいる皆の視線を一身に集めながら、箱が鈴鳴る音を小さく響かせ転がり止まって、示した面に陽が昇る簡易な絵柄を誰もが見とる。


「“昇陽”か――」


 その意味するところを理解しているらしいガンジャスが嬉しげに目を細めて唇を舐めた。まるで託宣を受けた邪教の巫女のごとき喜悦は、箱の絵柄と関係あるのは確かだろうが、だからといって場の空気もガンジャス当人も外見上何かが変わったようには見えない。


「剣士がまじないか――?」

「俺にとっては常識だよ」


 女剣士の揶揄にガンジャスは憤ることなく冷静に返す。確かに先の剣撃には度肝を抜かれたが、それでも感情を揺さぶられないのは、今や絶体の勝利が保証されたも同然だからだ。

 目の前の女が強者であることを認め、それなりの怪我を覚悟すれば、倒せぬ相手ではないと。


「ひとつ、教えておいてやろう」


 絶対的な自信が、ガンジャスをいかに自分が有利であるかを語らずにはいられなくさせる。


「戦う者にとって、常に備え鍛えねばならぬものは心・技・体の三要素。しかし、俺だけが四つ目の要素を強化することができるのさ」

「まさか“智恵”じゃないよな?」

「違う――“運命”だよっ」


 云うなり地を蹴ったガンジャスは、突進する勢いで女剣士に迫った。勢いそのままに腰を利かせ、大振りすることなく鋭い斬撃を放つ。

 肝心なのは粗雑にならぬこと。

 あとは“運命の昇揚”がいずこかのタイミングで自慢の鉄剣を相手の身体にぶち当てさせてくれる。それまで己がすべきことは、過信し手を抜くことなく、きっちりダメージを与えられるよう懸命に剣を振るうことだけである。


「好きに逃げるがいい。だが、お前の命はすでに俺の掌中にあるっ」

「……」


 余計な力みが一切ない洗練された斬撃でガンジャスが女剣士を追い立てる。

 気持ちに余裕があるからこそ、ガンジャスは態勢を崩すことなくキレのいい攻撃を繰り出し続け、その切れ目のない暴風のような攻撃の中、一瞬でもアクシデントが発生すれば女剣士が致命的な一撃を受けるのは自明の理であった。

 

 それこそがガンジャスの狙い。

 そしてシンプルだが、己の高度な戦闘術を土台にするからこそ可能となる、彼固有の『宿業戦術』のすべて――。


 ガンジャスは『戦士』であるだけに、ある程度の武器を使いこなすことができる。それはあらゆる戦術に対応できる有能さを発揮し、戦場では重宝される能力でもある。

 しかし逆に言えば、どれだけ高レベルで武具を扱えたとしても、何かに特化した他の『幹部クアドリ』には一歩譲ることを示してもいる。そして彼らほどの戦闘上位者になれば、その差は勝敗を区別するに十分な要素と成り得た。

 それをはね除ける“力”こそが“強運招来”の『魔術工芸品マジック・クラフト』であった。

 心技体の能力差や武具の相性は訓練や工夫で差を埋め覆すことも可能だろう。しかし、“運命”に手を入れられては、いかなる工夫も為す術はない。

 軍団の中では最も地味な“力”でありながら、『幹部』の誰もが本気で戦うのを忌避する者こそがガンジャスなのである。


「どうしたぁ、姉ちゃんよっ」


 屈強な身体を持て余すことなく、練り上げられた動きでガンジャスは剣を走らせる。


「避けてばかりじゃ俺の思うツボだぜ?」


 挑発は相手の隙あるいは油断を誘うため。いずれ(・・・)必ず当たる(・・・・・)と知るからこそ、少しでも早めに実現させるため、相手を揺さぶるべく小細工も織り交ぜていく。

 しかし内心舌を巻くのは、通常ならとっくに獲物を捕まえているはずの剣撃を、細肩に長刀を担いだ状態で涼しげに躱し続けている女剣士の力量だ。


(片目のくせに死角も躱すか……なんてぇ女だ)


 しかも切り株やら何やらで足場も悪く、すぐにでも強運が発動しそうな状況で、今なお五体満足でいるなどと、驚嘆に値する出来事だ。


(それだけ実力差があるとでも……? 馬鹿な)


 ガンジャスの見立てでは『探索者』で云うところの『片翼』あるいは次段の『双翼』あたり。強靱な肉体を有する『怪物』を倒すために重量級の武器を使うのだろうが、だからこそ、対人戦では攻撃の回転力が低すぎて一撃頼みの防御一辺倒になってしまう――正しく今のように。


(だが、俺だけは他の連中と違ってお前の猛撃を受け止められる――)


 それは女の攻め手を封じたことを意味し、逆にこちらの攻撃は、強運によって必ずヒットする。すべては時間の問題と冷静に計算したガンジャスは思わず唇を吊り上げる。


 ――勝った。


 その後の愉しみ(・・・)を考え、飢えた仲間が躍りかかる前にきっちり確保せねばと画策しながら嘲りを口にする。


「そんな長物を振り回せるのは、格下相手だけだろうに」

「まったくだな」


 それが女剣士の“同意”だと気づいたときには、ガンジャスの幅広の剣(ブロード・ソード)が勢いよく弾かれていた。


「むっ?!」


 間合いは己の剣にあり、女の長刀を振るうには近すぎたはずだ。それをいかに工夫で凌いだか、地面すれすれに斬り下ろされた長刀に、しかし、ガンジャスは勝機を確信する。


「殺れっ、ケトル!!」


 はじめから一対一のつもりはない。プライベートなら拘りもするが、任務中ならば惜しむことなく吐き捨てる。

 必要なのは任務を達成すること。

 その過程は基本的にどうでもいい。

 女相手であろうとも、片目の不遇であったとしても、刃向かう時点で“壊す対象”にすぎなかった。

 その時だけ、女を愉しむ趣向も忘れ去り、訪れるであろう勝利にガンジャスはただ満足を覚える。


 ――――っ


 眼前の女剣士が消え、代わりに仲間の剣士が現れても、ガンジャスが浮かべた笑みが消えることはなかった。


「できれば、そいつの胸は斬らないでほしかったな」

「それなら心配には及びません」


 二刀を振るったままの剣士ケトルがいつもの調子で受け答えてくれる。


「――触ることもできませんでしたので」

「なに?」


 思わぬ理由に眉根に力を込めれば、視界の隅で、薄ら笑いを浮かべる女剣士が「だから三人で来いと云ったろ?」と諭してきた。

 偶然・・――そう脳裏に過ぎったところで、ガンジャスは噴き上がる怒りを自制することができなかった。


「おい、小僧っ。お前裏切ったな?」

「!」


 ガンジャスが真っ先に怒気を叩きつけたのは、後方で立ちすくんでいた小者のローブ。憤怒の気を当てられた小者がびくりと震えて、弁明もできずにただただ、その場に立ち尽くす。

 分かっている。そんな度胸があいつにないことくらい。

 だが、ならば未だ以て女剣士が無傷でいられる理由が他に思い浮かばないのも事実であった。だからこそ苛立ち、八つ当たりせずにはいられなかったのだ。


「よそ見をしてる場合か――?」


 その一撃を防いだのは、それこそ偶然にすぎなかった。丁度、剣を構えたところに衝撃が加わり、ケトル共々薙ぎ払われたのだと気づいたときには、強化した運が行使されたと知って小さく舌打ちする。

 できれば防御でなく攻撃に回したかったからだが、まだまだ限度内でもある(・・・・・・・)――いや、限度を超えても手はあるのだが。


「私の剣を二度も――」


 近くで聞こえた低い呟きは、女剣士の剛剣を十字受けで防いだケトルのもの。


「ガンジャス、二人で(・・・)やりますよ」

「ああ」


 剣士の割り切った決断は早かった。

 これまでにない真剣なその声にガンジャスが否やを示すことはない。今いる立ち位置が蛮族どもの城砦外であることを考えれば、恥じ入るべき停滞と言えるからだ。

 『俗物軍団グレムリン』の『幹部クアドリ』が三人もいながらにして、敵の砦門にさえ届かぬなど、これが戦場であったら物笑いの種である。

 「本気を出す」など戯言をぬかしている場合でなく、即刻に結果を出す必要があった。


「望みどおり二人でやってやる」

「そうかい」


 明らかに空気が変わった二人に気づいたろうに、小憎らしい女剣士はいまだ冷笑を浮かべたままである。

 もしかすると、彼女が口にしたのは正確には三人であり、それに至らぬうちは本気でどうとでもなると思っているのかもしれない。

 だが、生意気な――とは、もはやガンジャスが憤ることはない。あるのは確実に仕留める、という気概のみである。

 ケトルが二刀を携えたまま、ゆるりと右に回り込んでゆく。

 気づいたのは、女剣士が先ほどの切り株の上にまたも立っているということ。

 そこでようやくガンジャスも躊躇うことなく身体を投げ出す覚悟を決める。


こいつ(・・・)はそういう相手だ――)


 幅広の剣(ブロード・ソード)を強く握りしめ、ガンジャスはゆるゆると深く息を吐き出した。

 続けて深呼吸を二度、繰り返す。

 すぐさま体内を巡り始める熱い生命の波動を感じ取る。これまで数度の『昇格アンプリウス』で獲得した潜在能力を効果的に引き出す手法。

 眠れる不活性の細胞が目覚め始め、身体能力が飛躍的に向上してゆく昂揚感がガンジャスを包み込む。


「――!」


 女剣士が敏感にもガンジャスの変化に気づいたようだ。蛮族にも秘術があると聞いたが、確かに“魔境”で生き抜く奴らなら、『戦気』を操る術を知っていても不思議ではない。


(だが、それがどうした――)


 互いに制限リミットを設けていたのなら、これで切り札不在の全開バトルになるだけだ。

 見たところ、この場にいる強者はあの女ひとり。ならば、持ち得る戦技スキルのすべてを使って速攻でカタをつければよい。


「ふぅ――」


 最後にもう一度、息を吸い、丁寧に『戦気』を練り上げるべく、へそ下を意識して吐ききる寸前――


 ぐがあああああっ


 左手から獣のごとき雄叫びをあげて、仲間のローブが目の前を疾駆していった。


「な――」


 先制のため、同時に練り込んでいた剣技スキル発動の精神集中がキャンセルされて、ガンジャスが思わず目を見開く。

 “三人掛かり”をしないのは、したくても(・・・・・)でき(・・)なかった(・・・・)からだ。仲間のローブがそんな器用な真似ができないことを二人とも知っているが故に。しかし。

 奇しくも“三人掛かり”が実現したものの、戦況が混沌となるのを確信して、ガンジャスの相貌には歓びよりも不安の影が深く刻まれるのであった。

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