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(二)存亡の危機②



「叔父上の云う『城落ち』する道に先などない」


 誤魔化しは許さぬとばかり、弦矢はいかに進退窮まっているかを説き示す。


「【東】は海、【北】にはこの潰し合いにほくそ笑む相馬氏が我らの退路をしっかと閉じ、残る【西】も同様――霊峰白山の未踏地が立ち塞がる“手詰まり”だ。

 しかるに、儂には頼りとするべき縁者も同盟も他領におらぬ。この地しかないのだ。皆と同じにな。なれば己の散り際くらい、儂に決めさせろ――」


 その声は腐ることなく平素と変わらず。

 野性味あふれる黒瞳にも怯えの色はなく、ただ最後の戦を前にして、静かに闘志を滾らせる。


 しかし隻眼がひとつきりしかない目の端で捉えるのは、あるじの膝元だ。


 『白山四家』のひとつに名を挙げられて三十年――諏訪家を己の代で終わらせる無念さに、若き当主の両手は、己の膝をしっかと鷲掴んでいた。なればこそ。




「まだ、終わりませぬ」




 石を磨り潰すような隻眼の声が、目前に迫る受け容れがたい運命を、断固と拒絶する。


「この無庵むあん、決して分のない策を具申したわけではございませぬ」

「じゃが今も云ったように、道は閉ざされておる」

「恐れながら」


 弦矢の指摘を承知しながらも隻眼の気概は揺るがない。


「東と北に活路はなくとも、西は単なる未踏の地。人が踏み込めぬと勝手に決めたのは、我らの内にある“怖れ”であって神や仏ではありませぬ」


 その不遜にして大胆なる発言に弦矢の目が見開かれる。


「それを叔父上が言われるか」

「……」

「猟師でさえ深入りを拒む禁足地の奥深く――神代の頃から息づくナニカを鎮めるため、領主代行として儀式を執り行ってきたのは、そなたであろう」

「いかにも。あの地が危険なのは百も承知。承知なればこそ、あの“忌み地”を抜けられると言えるのです」


 ぬけぬけと隻眼は言い放つ。

 まるで御伽話のような話題であるが、出るのだ――本当に(・・・)


 だから諏訪では贄を捧げ、納めの儀式も行われる。

 これまでも。

 これからも。


 要するに事実を知る白山地域の者ならば、尻に火が付いても逃避先に選ぶことがない愚策中の愚策。それをこの隻眼めは――。


 どこまで本気かと確かめずにはおれぬ弦矢が、初老に残されしひとつ眼をのぞき込み――やがて止めていた息を吐き出すかのような勢いで、大きく息をついた。


「――――思い切ったことを考えおる」

「そうでなくば、『白狐』めを出し抜けませぬでな」

「まさか――」


 思わず舌の上に苦みを感じさせる厄介な人物の名を耳にして、弦矢の精悍な顔つきが大きく歪められた。

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