(一)存亡の危機①
ところ変わって――
舞台は【ヒノモト】、東北地方のさる辺境。
戦乱の続く【戦国時代】へと物語は移る。
ただし、コレは我らの知る日ノ本にあらず。
妖術秘術が現実となり、舞台となる現F県の地理史実とも異なる道を歩む。ゆえに――。
阿武隈の代わりに【霊峰白山】を頂点とする大山脈が存在し、国人である【相馬氏】に公然と異を唱える【諏訪】【犬豪】【白縫】の土豪が幅をきかせ、四つ巴の覇権争いが長く続いていた。
そして今。
膠着していた情勢に致命的なキレツが入れられようとしていた――。
永禄元年(1570年)
陸奥国南部
――諏訪領『羽倉城』
「――――できぬ」
重苦しいほどの沈黙を破るのは、苦渋に満ちる拒否の声。
その“欲したものと異なる決断”を聞かされた家臣四名は、「やはり」と予期していたような諦観をその身に滲ませ、粛然と受け止めた。
いや、はた目に顔色ひとつ変えずとも、心中での落胆たるやいかほどか。それだけ知恵を絞りぬいた献策であり、諏訪家は未曾有の危機にあった。
もはや一刻の猶予もない。
なのに、一縷の望みすらあるじによって絶たれた今。
場の空気が先とは異なる理由で重苦しくなり、さすがにその責を感じたか、あるじがおもむろに口を開く。
「叔父上――」
床を背に、夜着一枚きりで無造作に胡坐をかく若き当主が、向かって右に座す、眼帯が目立つ初老に目を向ける。
「『慧眼』と謳われし其方でさえ見通せぬ“諏訪の将来”ならば――儂は敵に背を向ける最後なぞ、選ぶつもりはない」
「何を申されるっ」
隻眼が呻きにも似た声を上げるのは、当主がすでに見切りをつけ別の覚悟を決めたと察したがため。
「先も申し上げたとおり――」
「それのどこに将来がある」
皮肉でも自虐でもなく、ただ事実を告げることで隻眼の口をつぐませて。
「何より――――もはや手遅れだ」
濁さずはっきりと、自身の天寿が尽きたるを当主――諏訪弦矢は口にする。
いっそ清々しいまでの面差しで。
その脳裏には、先ごろ耳にした、にわかには信じがたい奇襲の報が蘇っていた。
それはまさに“晴天の霹靂”であった。
突如として、物々しい軍影がこの羽倉城より南へわずか三里先(約12㎞)――街道上に現れたとの凶報を受けたのは、ほんの一刻前。
数にして、およそ五千――。
月明かりに映える旗印から察するに、その正体は諏訪家と同じく『白山四家』に謳われし『白縫』と『犬豪』の精兵からなる強力無比な侵略軍。
なぜに気づけなかった?
いやそれ以上に、敵対すれど手を結ぶことなどあり得ない『白山四家』による共闘に、誰もが驚き戸惑い、城内の混乱は一層極まった。
それでも動揺する家臣の尻を叩き、かき集めた兵は千にも満たず、辛うじて出陣させたはいいものの、正直、足止めにさえなるまいと思われた。
もはやこれまでか――。
驚天動地の侵略劇に為す術もなく、思わず天を仰いだのは、当主弦矢だけではない。
誰がどう見ても――コト始めの前から、居城間近に軍を寄せられていた時点で、彼ら『諏訪』の命運は尽きていたのだ。