(三十四)あふれる森の悪意⑤
「……このままでは……」
はじめは互していた戦線が、今にも崩れかねない状勢にあると知った八真が、
「金村っ、金村に弓兵を用意させろ!!」
伝者を介し、副将に専属の部隊構築を急がせる。さらに近くの兵を指差して、
「そこのお前、“槍持ち”を集めて鳥頭に突撃しろっ。今すぐだっ」
「は、ははっ」
「待て。お前はあの一画を突き崩せっ」
「お任せあれ!」
矢継ぎ早に命じて戦線の持ち直しを謀る。
それでも足りぬと、八真は横にいた兵の槍をぶんどり、
「うりゃっ」
足を動かさぬ鳥頭の太腿めがけて力一杯に投擲する。
痛みに吠える鳥頭。
そのままバランスを崩して倒れ込んだところを味方の兵が襲いかかる。
「もっと俺に槍を寄越せっ」
その方が早いと八真が猛ったところに、燃え盛る火の玉が飛んできた。
咄嗟に傘を開く八真。
激突の重さに両腕に力を込め、腰を落とすとほぼ同時に、炎が爆散した。
「……ぐぬぅ」
地面をこすりながら下がらされる八真。
辛うじて炎は避けられたが、まわりの兵は余波を受けて倒れ伏していた。
「くそ、どこからだ?!」
この火の玉は厄介だ。
何とか火の玉を封じ込めないと。
開いた傘を畳みながら、八真は周囲に視線を投げて火の玉を投げた者を見つけようとする。
「火焔玉の投げ手を捜し出せっ」
八真は周囲に呼びかけ、仮の伝者を後方に走らせる。
「金村に火焔玉捜索の組を作らせろ」
「はっ」
「発見次第、潰すように命じろと」
「ははっ」
せっかく盛り返した戦線の勢いを、ここで途絶えさせるわけにいかない。
「よいか、火の玉を潰すまでの辛抱だっ」
八真は兵らの尻を叩く。
「こらえきれば、勝機は我らの下へ転がりこんでくるっ。必ずだ! 俺と共に勝利を掴むぞ!!」
おおう!!!!
将の檄を受け、一度は膝を着いた兵が立ち上がり、顔を上げ、必死にバケモノへと刃を振るう。
その後、バケモノとの戦いはさらに激しさを増した。
数で圧倒しているにも関わらず、軽く二百を越える死傷者を出しながら。
それでも八真の陣頭指揮が功を奏し、火の玉の出し処を潰すまでに戦線を持ち堪えることができた。
そうなれば圧倒的兵数の利も活かされ、ついに戦いは犬塚隊の勝利で幕を閉じることになる。
ただし、喜びよりも強烈な疑念のみを抱かせる勝利であったが。
なにしろ戦いの相手が、宿敵諏訪でなくバケモノであるという信じがたい現実――戦い終わっても夢の続きではと疑る気持ちは、敵将の遺体と対面することでより濃厚になる。




