(二十六)沸き立つ森
「あれは、“煙”……?」
「いいや、“靄”だな」
冷静に訂正する八真の言葉に、華美丸は産毛のように柔らかい細眉をひそませる。
ぶありと、木々の合間より沸き立つ勢いの濃霧は山火事によって巻き上がる黒煙を想像させ、しかしこれほどの強烈な濃霧など見聞きしたこともない。
それは八真だとて同じこと。
「それにしても、あそこまでは……」
八真が呻くのは、月天へ逆巻く濃霧の動きに変化が起きたゆえ。
一度、高々と昇り詰めた濃霧がゆるやかに下がりはじめ、それに合わせるように、右も左も見える範囲の樹林一帯から、白波に似た靄が大きく波打つように草地へと溢れ出してきたのだ!!
「あれはなんぞ?!」
森近くに立っていた歩哨も当然気付いて狼狽えた動きを見せ、
「おい、誰かっ」
「誰でもいい、人を呼べ!!」
同様に隣の陣営でも歩哨が騒ぎ立てはじめる。
だがそれは、森を覆い尽くさんばかりに溢れ出す靄のせいばかりではなかった。
「なんだ、敵か――?」
「わからん、だが」
「いいから、人を呼べと云うたろうっ」
歩哨より森から離れて見守る八真達にも、彼らが何故にそれほど慌てるのか、すぐに知れることになる。
突然、樹影の足下より幾つもの人影が、靄を振り払う勢いで駆け抜けてきたからだ。
「***!!」
「**っ」
何かを叫びながら、あるいは足をもつれさせながら、それだけは遠目にも惹きつける鮮やかな銀髪を振り乱し、靄を抜け切ったたところで、全員が立ち止まった。
「「「――――っ」」」
何かに驚いたように、その場でたたらを踏んだ全員が、八真達の方を凝視している様子でその理由は明らかだ。
そいつらにしてみれば、そうだ。
森を抜けた途端、千人に達する兵達が群れを成して夜営している絶景を目にすれば、誰もが度肝を抜かれるに違いない。
予想だにしなかった圧巻の光景に、呆気にとられた銀髪達の様子が遠目にも感じられ、しかし、樹林内より「ほぉう」と梟に似た鳴き声が聞こえてくると、全員が反射的に背後を振り返った。
釣られて八真達の視線も。
何かがいた。
少なくとも、銀髪達にとっては千の兵士よりも脅威を感じさせるほどの何かが。
その背中から伝わる極度の緊張感。
これから何が起きるのかと、八真達が固唾を呑んで見守る中。
ざわり、と樹々が揺れ、それの影が靄の向こうでちらついた刹那、鋭い声が発せられる。
「****っ」
先頭にいた銀髪が腕を振り、仲間に森と反対の方へ促した。
逃げろと。
樹木の枝葉が揺れる――銀髪達の背丈に比して、頭三つ四つは高い位置の枝葉が、風もないのに揺れている。その意味するところを彼らは当然知っているのだろう。
「**――!!」
もう一度、まるで自身の恐怖を振り払うかのように、先頭の銀髪が叫んだ。そこで我に返った仲間達が弾かれたように動き出す。
ほぼ同時に、靄を全身にまとわりつかせながら、それが悠然たる動きで姿を現した。




