(三)覇道の終焉③
「六天」――。
誰もが『覇王』と呼び、自らは『魔王』と称する皇帝が、その“王威”を知らしめるべく、手ずから選抜し鍛え抜いたという直下の騎士達。
たとえ専用装備を代替え品にしていても、さすがに千人に一人と言われる“栄誉の証”を――己の魂にまで刻み込んだ矜持までを、穢す真似はできなかったようだ。
だが今は、ふたつに断たれたシンボリックなアザに一騎当千を顕すパワーを感じることはない。
「帝国最精鋭の近衛兵が、剣すら抜かせてもらえぬとは……聞きしに勝る腕前だ」
五体目の遺骸を横目に見やりながら、鞘に収められたままの剣を彼らは冷徹に分析する。
警護の観点に立てば、奥へ行くほどに武力の高い者を配置するのが道理であり、なのに、六体目の騎士でさえ、剣を半身だけ晒すのみで首を斬り飛ばされていた。
床に転がる生首が、己の無力さを悔いることもできずに無表情を保っていることが、相手の底知れぬ実力を感じさせる。
「何が起きたか気づきもせず、か」
「おそらくこの者は隊長格――“異能持ち”であっても、あやつの前では稚児と同じというわけだ」
「だから我らも一人でなく、三人なのだろう」
そもそも、単独任務が常である自分達を三人も召喚する非常識ぶり――その意味する本当のところを彼らはようやく実感していた。
「『位階二位』か。……いよいよ現実味を帯びてきたな」
「今さらだ。それに剣の技で云えば、位階など関係なく、やつらは強い」
実感が込められる言葉に「確かに」と三人目が同意する。
「『教練師』殿であれば詳しく見極めたであろうが、云っても詮無きこと。いずれにせよ、やつらの強さはこの身を以て知っている」
さも当然といった風に装いながらも、三人の眉間のシワは深くなり、唇は硬く引き結ばれていた。
その高まる緊張感はほどなく頂点に達する。
ふいに彼らの歩みが遅くなったのは、見えざる敵に臆したわけでも、通路の奥に赤々と燃え上がる炎が見えてきたからでもない。何者かの声が朗々と響き渡ってきたからだ。
それはまったく想定されていない状況であった。
人間――
五十年――
詩を詠み上げるように。
独特な咽の使い方と不思議な旋律は初めて耳にするもの。
先頭のひとりがうかがうように振り返れば、残りの二人は無言を通す。
分かるはずもない。
何かのヒントになればと詩の内容を理解したくても、聞き覚えのない言語で謳われるためだ。彼らは共通語や『四族』の独自言語だけでなく、数種類の言語を操るほど優れているというのに。
いやそれ以前に、彼らの持つ<ある情報>と照らし合わせるからこそ、当惑せずにはいられないのだ。
そう、彼らが知る限り。
この奥にいるのは、襲撃者であろう<因縁深き相手>と大陸制覇に王手を掛けた――『覇王』と畏怖されるゲイリッジ・フォン・ドルヴォイその人だから。
人間―― 五十年――
下天の 内を――
くらぶれば――
近づくにつれ、白煙は太く濃さを増して目を浸みらせ、炎の燃えさかる音が高くなり、鼓膜を強く震わせる。それらの音に負けじと、朗々たる壮年の声が通路いっぱいに響き渡る。
夢幻の ごとくなり――
それは身内に溜め込む感情を、さらりと吹き流す不思議な風だ。
砂を握り締めた拳を流水に浸すと、どれだけ強く握りしめても、砂がいつの間にか流され消え去るように。
己の内に満ちていた戦意を気付けば薄れさせる。
決意や責務を。
哀惜や憤怒を。
知らず知らずのうちに、あらゆる感情を身の外へするりさらりと流されてしまう。
「なんだ、これは……」
「『呪歌』か?」
「ありえる。『覇王』なら、秘匿されし吟遊詩人の特殊スキル持ちをひとりくらい抱えていても不思議ではない」
声に呪力の波動は感じられない。
だがそこにしか原因は見出せない。
仮に襲撃者が行使するにしても、それよりも素早く接近し皇帝の首を奪る方が手っ取り早く済む。つまり歌を詠む理由など襲撃者にはない。
これは間違いなく、『覇王』側による仕掛けであった。