(二十二)近習長の奮戦③
「二番手の剣で倒しよるか……」
彼の得手が別にあると知るが故に、思わずこぼした近習長の感慨に返事があった。
「ひとりで為したわけではありませぬ」
「?」
「そやつの手を借りればこそ」
月ノ丞が視線を落とす先に半身を潰された異人が倒れていた。すでに事切れた瞳が虚空に向けられたまま、光を失っている。
「……逃げなかったのか」
「逃げても無駄と分かっていたのでしょう」
確かに並の腕前では抗えまい。今もそうであったように逃げた後で追いつかれ、単独戦闘を強いられるよりは、この場に留まり集団戦に活路を見出すのが賢明ではある。それでも。
「“任せろ”と。囮の役を負ってくれなければ、もっと苦戦していたのは間違いなく」
「言葉が?」
「そのように、聞こえただけです。定かではありませぬ」
要領を得ぬ月ノ丞の説明に近習長は特に追求しなかった。
それよりも気になる事実に気付いたからだ。
「城壁が……」
これまで霞がかっていた幻が、そこに実体を伴い存在していた。
もはや塀向こうに物の怪を吐き出し続けた樹林の影は見えず、周囲へ首を巡らせば、すべてが元通りに戻っていた。
ただし、無残に千切られた異人の骸や死屍累々と散らばる餓鬼共の遺骸と、むせ返るような血臭を除いては。
そうとも――少しづつ身を侵す極度の疲労感が夢や幻であるはずがない。
「戻った、のか……?」
「そうだとよろしいが」
期待と疑念を混ぜ合わせた近習長の声に月ノ丞は慎重に同意を避ける。
それでも近習長は安堵の声を洩らす。
「櫓に人もおるようだ。戻ったとみて間違いあるまい」
「これも何者かの“術”なのか……」
月ノ丞の疑念に答えられる者はいない。
立ち尽くす二人の間に安堵や困惑が混じり合う空気が広がる中、「残念ながら、そうではない」と否定する声。
「――若」
「ご無事で何より」
反射的に一礼する二人へ「あれだ」と弦矢は顎をしゃくって視線を促す。あまりに深刻げな面差しに怪訝そうに従った二人もそこで気付く。
「な――?!」
「これは――」
それは驚愕と畏怖と様々な感情が混ぜ合わされた声だった。
天夜に描かれた真円なる満月。
橙色に濡れた月はこれまで見たこともないほどに大きく、それも重なるようにして二つの月が浮かんでいたのだ。
これは夢か幻か?
だが頬をつねるまでもない。近習長に至っては、少なからず餓鬼に噛みつかれた痛みを確かに感じているのだから。
弦矢が苦々しげに唸る。
「事が収まったとはとても思えぬ。むしろ始まったばかりと思えぬか」
「始まり……」
その意味を反芻するかのごとく口の中で転がす近習長。
「そうじゃ。あれを“吉兆”とはさすがに思うまい。むしろ神仏の条理が歪められし出来事。そうでなければ、亡者なぞが湧き出るものかっ」
「確かに、あのような不条理。何をどのようにすれば起こせるのやら」
途方に暮れる近習長に「この際、手段についてはどうでもよい」と弦矢は切り捨てる。
「思うのは、これが奴らの侵攻と時期を同じくするその一点のみ。今ならば、これほどの禍々しき大仕掛けを為せるからこそ、奴らが同盟軍を起こし“諏訪潰し”を企てたとも考えられる」
「まさか、そのようなことが――」
「現に、亡者に襲われたのは事実」
そう賛意ともとれる発言をするのは月ノ丞だ。
いつもであれば、慎重論を唱える者が考えていたのは、とある危機。
「されば若、そうだとするならば――」
「うむ。万雷達もただでは済むまい」
今頃はきっと。
不気味な双月を睨む弦矢の声が重く響く。
だが実際は、彼らの想像を越えていた。
この驚天動地の凶事は、諏訪軍どころか敵対している同盟軍をも巻き込んで、その禍々しき猛威を振るっていたのだ――。




