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(二十一)近習長の奮戦②



 一拍置いて近習長が気合いを入れ直したところで、


「弦之助様、ここは私が」

「いや、任せてもらう」


 身を案じてくれる惣一朗の申し出を彼は固辞する。横目にもう一匹の手長餓鬼と対峙する月ノ丞の姿を意識すれば。


 あの寒気のするような猛撃を華麗に避け、反撃してみせる武の煌めきに、彼とて対抗心が沸かぬはずがない。


「しかし――」

「儂がなぜ、近習の長を仰せつかっていると思っておる」


 その言葉ではっとしたように口を噤む惣一朗。彼の脳裏に過ぎったものと同じであったのか、近習長は自負を込めて告げた。


「決して縁故ではない。当主を護るに相応しいと、純粋に実力で認めさせたからだっ」


 特徴的な怒り眉は決意の表れが滲み出たもの。

 子供ながらに己を識り、智でなく武で兄を支えると、そう取り組んできた熱意が引き結んだ唇と吊り上がった眉を造り上げたのだ。


 その気勢に煽られたか、手長餓鬼もまた、見た目に似ず甲高い咆哮を月天に響かせ、棍棒を振るう。


 彼我の距離は一軒強(約2.3m)――それを余裕で届かせる一撃が、唸りを上げて横殴りに襲い掛かってきた。


「――っ」


 深々と頭を倒して前へ跳び込む近習長。

 背中越しにぎりぎり猛打をやり過ごし、頭を上げさらに一歩進めたところで、返しの次打を咄嗟の跳躍で飛び越した。


 しかし先の脳震盪が抜けきってなかったか、無理が祟り平衡を崩して膝を着く。それを見逃すような手長餓鬼ではなかった。


「ごぶる!!」


 遠心力は効かせずとも十分な威力の打ち下ろし。


 受け止めるべき鉄鞭を落としていた近習長はしかし、立ち向かうように腰を上げ、さらに深く踏み込み――ただゆるやかに掌を差し伸べた。


 迫る棍棒を優しく包み込むように。



「ぎぇ?!」



 何が起きたのか、緑の巨体が独楽のように回り、勢い余ってひっくり返る。

 軽い地響きの余韻。

 なのにさほどの痛痒も感じさせず、すぐに慌てて飛び起きる手長餓鬼。その喉頸に二本のクナイが突き立った。


「……?!」


 瞬間的に身を反らし硬直する手長餓鬼。


「余計な真似を――」


 吐き捨てながらも、その隙を見逃さず近習長が滑り寄る。

 脇差しを抜き放ち、手長餓鬼の発達した腹筋と大胸筋の隙間へと――そこだけは鍛えられぬ鳩尾に白刃を刺し通す。


「……っ」


 それでも手長餓鬼は即死することなく、近習長を怪力で叩き払った。

 毬のように軽く弾かれ、大柄な近習長が地面を何度も転がりようやく止まる。



「……この、馬鹿力め……」



 しびれが全身を襲い、力が入れられない。

 必死で上半身を起こそうともがく近習長の視界の隅に、その時、さっと天夜に舞う鳥の影が映った。


 それはうずくまる手長餓鬼の背に下り立つと、鋭い爪を首筋に突き立てた。


 二度。

 三度。


 羽ばたくような仕草に苛烈さを込めて。

 その魔鳥と見えた姿の惣一朗が、手長餓鬼の喉頸を剣山のごとき無数のクナイで瞬く間に埋め尽くす。


 やがて身動きを止めた巨躯の上ですっくと立ち上がった。


「……獲物を横取りした形になり、申し訳ありません」

「構わん。脅威を取り除くのが目的だ」


 謝罪する惣一朗を赦すと口にしながら、近習長は仏頂面のまま。何気に月ノ丞の様子をうかがえば、そちらもすでに戦いが終わっていた。

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