(二十)近習長の奮戦①
丑の刻
羽倉城
――御寝所前庭(前線)
話は再び前陣に戻る。
適勢における新たな強者の登場で、戦局を振り出しに戻された近習長達。
そこでもう一度、巻き返しの一手を打つために、近習長と月ノ丞は餓鬼の群れを掻き分け、元凶たる手長餓鬼に迫ろうとしていた。
「ごぶるぅ!!」
向かってくる餓鬼の迫力もまるで違う。それまで飢餓感だけに突き動かされていた餓鬼共の目の色が別物に変じていた。
そこに混じるのは明らかな“怯え”。
近習長の武威に、怯んでいたことさえ忘れさせる圧倒的な恐怖が餓鬼共を駆り立てていた。
「「ごぎるっ」」
「「ぶぐるあ!」」
「「ごぐごぶるっ」」
一切の余裕を捨て、死に物狂いで一斉に襲いかかってくる。その狂乱ぶりは追い詰められたモノのそれ。だが。
「笑止――」
不敵に呟く近習長が、爛れた花弁のごとき空中乱舞で襲い来る餓鬼共を冷静に撥ね除ける。
鉄鞭の描く線上に、餓鬼が最も重なる瞬間を見極め、渾身の力で大振りした。
ぶぉん、
ぶぉん、と。
たったふた振りで六匹の餓鬼を打ち殺し、そのままの勢いで効率的に対処――軽くひと暴れしたところで、周囲に蠢くものは絶えていた。
群れを抜けたのだ。
「弦之助様!!」
「――ん?」
惣一朗の呼びかけに怒り眉が強張った。
まだ距離のあったはずの手長餓鬼による棍棒が、天空より振り下ろされてきたためだ。
――――ズゴッ……ン!!!!
その信じがたい馬鹿力。
堅締めの敷地が棍棒の形に合わせて大きく窪む。
間一髪で身を投げ出し躱した近習長はその破壊力に唇の端を引き攣らせた。
「当たれば凄いが……く?」
その膝がかくりと折れる。
こめかみから流れ落ちる血に気付いて「擦ってこれか」と鉄鞭を落としてしまう。
ぐるるるるきゅう
また、あの音だ。
だが今なら分かる。
それが手長餓鬼の腹部から発せられし音であることが。
事実、手長餓鬼の金色の瞳は近習長のこめかみに縫い止められ、その薄い唇の端からだらしなく涎の糸を引かせ続ける。
そう、血を見てだ。
手長餓鬼は飢えに飢え、腹を空かせていた。
「……よもや“殺意”でなく“食欲”を向けられるとは、な」
本能的な嫌悪感に近習長の顔が歪む。
空腹をまぎらせるためなのか、棍棒を囓り始める手長餓鬼を小さな餓鬼共が怖れるのも分かる気がする。
この様子では共食いさえも厭わぬと察せられるからだ。
もしかすると奴らもまた、上位の捕食者から逃げてきただけなのかもしれなかった。
そんな想像をしたせいか。
「……まさか、さらなる化け物が湧き出るわけではあるまいな」
そこが餓鬼道に通じているかのように、近習長は手長餓鬼よりさらに奥――闇に溶け込む樹林の影を睨み据えた。




