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(十八)幽玄の一族②



 弦矢の足の甲に生暖かい液体がかかり、脛にもねちゃりと不快な感触を感じとる。


「む……?」


 即座に弦矢は気付く。

 四つの人影を結ぶ菱形の線上に、恐るべき切れ味を持った“何か”が仕掛けられていると。


 しかし、そうと気づけぬ餓鬼共は、飢餓の衝動に突き動かされるまま、前を走る仲間に続いて生死を分かつ境界線を安易に踏み越え、ことごとく肉の塊に変じていく。



 げっ、ぎゃ、っば、ぶっ、びょ、ごぅ、がぁ、ぎい、ぎゅ、げぇ、びゅ、じょ、ぎょ、びゃ、でぃ、ろっ……



 その数の多さに、弦矢の周囲は瞬く間に生臭い湯気でむせ返り、しばらくここに身を晒すだけで、臓物の臭いが肌にまで染み込みそうなほど。


「……何とも凄まじいな」


 幾度もいくさを経験している弦矢でさえ、鼻にシワ寄せ閉口せずにはいられない。それほど容赦の無い術であった。




「『糸々剪陣(ししせんじん)』――触れる者すべて、冥途へ葬り出す『結界陣』さ」




 右手から聞こえる得意げな少年の声に「青汰せいた……?」と弦矢が名を呼べば。


「邪魔立てして申し訳ありませぬ。叱責は後でいくらでも」

朱絹あけぎぬ、か」


 左手から詫びる冷え切った女の声に、前方の影も話しを繋げる。


「まさか御寝所近くで御当主の手をわずらわせたとあっては、我ら『方位護持者』の名折れというもの」

「まあ、そういうわけでお察しあそばせ」


 最後の柔らかな物言いは後方の影。


「玄九郎に胡伯こはくまで。おぬしら――人前に出てよい(・・・・・・・)のか(・・)?」


 この状況で、おかしなことを弦矢が案じるのは無理もない。実は言葉を交わす機会はありながら、惣一朗以外で一族の者(・・・・)を目にしたのは、これで二度目にすぎないからだ。




 『幽玄の一族』――。

 古くから諏訪家の当主に陰ながら仕え、諏訪者を含めた人目を忍ぶことにより、暗殺をはじめとした敵の謀略をことごとく阻止してきた影の功労者。


 特に“稀代の幻術士”と謳われし忍びの『飛び加藤』に先代当主の命を狙われ、見事撃退した逸話なぞ、彼の術士が唯一仕損じた“驚愕の一事”として、白山のみならず日ノ本全土に響き渡るほど。


 天下に名だたる『日ノ本七忍』と互角――意に反し、今や陰者の世界では知らぬ者なき存在となってしまったが、一方で諏訪の重臣達を心から畏怖させ、あらためて深く信頼させる一事となったのは間違いない。


 そうして今なお、自らの存在を消すことを第一にし、影ながら役目を全うしてきた彼らであったが。




 弦矢の懸念に、四人は平然と首を振った。

 なぜなら――


「我らの主命は“諏訪の当主を護ること”」


 先頭に立つ玄九郎がぼそぼそと答え、続けて琥珀が話しを締めくくる。


「そのためであれば、“一族の掟”には目を瞑っていただくだけのこと。現に――惣一朗殿も」


 琥珀の言葉に促され、弦矢が前陣の方を見やれば、ちょうどこちらへ頷いてみせる惣一朗の姿があった。


 まさか今の会話を耳にしたわけでもあるまいが、以心伝心――手練れの一族同士であれば、通じるものくらいあるのだろう。


 惣一朗の肯定は護持者達へ向けたものと理解できる。


 「それにこの奇っ怪な状況」と声変わりしていない鈴の音のごとき声音で付け加えるのは清太だ。


「“銀髪の妖術師”の次は“餓鬼道の亡者達”……これ以上、事がややこしくなる前に、臨機応変に対処するのは当然でしょ」

「本来なら、先に『城影』が動くべきだが」


 ぼそりと不満の言葉を漏らすのは玄九郎。

 城内の”裏“に目を光らせるべき者が何をやっていると。

 「そういえば見かけないね」と清太も不審がり、そこで思いついたように案を出す。


「まだあちこちに“靄”も残っている。……何か関係があるとか」

「城壁だけでなく人も消し去ったと? バカバカしい」

「そうかなぁ? この不細工だって」

「軽口が過ぎる。御当主の前よ」


 もはや当主を置き去りにして言い合いを始めた仲間を、冷ややかに咎めるのは朱絹だ。


 一見して何とも悠長に会話を交わしている彼らだが、『結界陣』による血みどろの宴は今も続いている。

 その違和感の大きさに苦笑を浮かべる玄弥。


(……いや、頼もしいというか……)


 その味方さえ畏怖させる力により、ほどなくして状況は大きく一変した。

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