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(六)座して待っていられぬ



領都騒乱

危険エリア65%超

      

             ――領都『北門』内側





「左はダメだっ。右はどうなってる――?」


 駆け戻ってきた副隊長の視線を追って、隊長デナウも右へ顔を向ける。

 暗闇に塗り込められた『通り』は不気味に静まり返り、副隊長が左へ向かった時よりもだいぶ早めに出立したはずの班が戻ってくる気配はない。

 避難所エリアの防衛任務とちがい、都外避難者たちの警護にあたるデナウ隊が受け持つエリアの危険度は低いはず。

 特に中央の危険エリアから一番遠い右方面はなおさらだ。

 しかしアレの増殖は予想外の動きを見せるため、突然の凶事に見舞われたとしてもおかしくない。


「……」


 デナウが無言で爪先を右へ向けたタイミングで、暗闇の奥から足音に重なり荒い息づかいが近づいてきた。

 暗闇に浮かぶのは班長ほか4名の顔で、ひとりとして欠員はない。なのだが。


「隊長、見てくれよっ」


 息を弾ませ戻ってきた班長は、右手に大きくふくらませた布袋を抱え、喜色満面で報告する。


「アレにトドメを刺そうと入り込んだところが、荷駄屋本店で。しかもよほど慌てて逃げ出したのか、手つかずなまま。だったら“命懸けの代償”くらいはいいだろうってね。もちろん、みんなにも分け前を――」

「バカが」


 デナウの背後から進み出た副隊長が、最後まで言わせず斬り捨てる。


「……ぶぁ?!」


 致命傷を受けて血しぶき倒れる班長。

 思わぬ仕打ちに驚き、身を強張らせる班員たち。

 それへ血振りをした副隊長が、


「前に言ったはずだ、『俗物軍団オレら』は野盗じゃないと。ヤるにしても敵のシマでやれ――この恥さらしがっ」


 最後は班員らを冷ややかに見据えて吐き捨てる。

 あまりの理不尽さに唖然としたのは班員たちだったろう。

 『俗物軍団』では押しかけ用心棒や過激な取り立て屋をやって小遣い稼ぎをしている者もいる。それに比べたら火事場ドロボウなどカワイイもので、いちいち目くじら立てるほどではない。

 まして、班長は独り占めすることなく分け前の分配まで申し出ようとしていたのだ。なのになぜ、副隊長に剥き出しの殺意をぶつけられなければならないのか。


「……?!」


 班員のひとりが隊長に助けを求めて目を合わせるが、副隊長とはちがった無機質な視線で返されるだけだ。

 切羽詰まった彼は必死に訴えようとする。

 

「だ、団の――」

「これは隊の規律だ(・・・・・)


 応じるのは副隊長の非情なる言葉。


「そ、そんなの――オレ達はっ」

「そうか、転属したばかりだったな。なら教えてやる。“無闇に殺すな。奪うな。デナウに絶対”」


 これがデナウ隊だと。

 強ければ好き勝手が赦されるはずの『俗物軍団』にあって、団の方針にケチを付けるような隊規。もちろん、他の隊でも独自ルールはあるだろうが、ここまで苛烈な処断を実施する話は初耳だ。

 だが口にした副隊長の目は、本気も本気。


「イヤなら、分からせるまでだが?」

「……」


 虎にそう凄まれて、兎は黙り込むしかない。

 いや、自分たちを冷ややかに見ている隊員すべてを敵に回すと気付かされれば、答えはひとつ。


 ――ドンッ


 ひとりが血相変えて胸を激しく叩くと、ほかの3名も慌てたように拳を胸に当て、絶対服従・・・・を示す。

 こうして強制的にシツケを終わらせた副隊長は上官を振り返り。


ヤツら(・・・)の圧力が増している。ラインをもう一段下げないと。それに――」

「ああ。ヤバいのが混じりはじめた(・・・・・・・)


 デナウの言葉に「そっちもか」と副隊長はうなずく。


「右はどうだ?」

「……」

白いバケモン(・・・・・・)が出なかったか?」


 再度、語気強めに問われても班員らは「はひっ」と声にならない声を発して言葉を詰まらせるだけ。どうやらが効きすぎたらしい。

 副隊長が嘆息して。


「おまえら程度が生きてるんだ。まだ(・・)ってことだよな」

「つまり、“変異体”は中央部から送り込まれてるのか……」

「ヤツらの拠点ベースでもあるってか?」


 半笑いを浮かべる副隊長に、デナウは生真面目な顔で異論を唱える。


「あるいは“母体”かもしれん」

「なんだ、そら?」

「呪いの『感染決壊アウトブレイク』――都市伝説だ。聞いたことはないか?」




 それは神話伝承のひとつ。

 神々の不義で生まれた神の子が、疎まれ忌まれ、それゆえに愛を求めた。

 下界の、叶わぬ恋に身を焦がす男女の下へ現れては、祝福と試練を与え、誠の愛であるかを試す行為に耽った。

 成功すれば、女を殺して男を奪う。

 失敗すれば、祝福を呪いに変える。

 男は地獄に落ち、女は悪鬼を生み落とす器となって村や街を闇に堕とす。

 人間からすれば実に迷惑千万、救いのない神話。


 つまり『感染決壊アウトブレイク』とは、この神話にちなんだ狂犬病の流行を一般的に差していた――はずだった(・・・・・)




「この手の話は大陸のあちこちで耳にするそうだ。面白いのは、罹患者の症状が言葉どおりに狂犬のご(・・・・)とき振る舞い(・・・・・・)をすること(・・・・・)。その中から、人とは思えない力を発揮する者が現れ、さらにそれ以上のバケモノまでが現れるという眉唾な話もある――」


 デナウの話に緊張の面持ちでツバを呑むのは班員らだ。いや、副隊長以外の全員が、固唾を呑んで隊長の与太話に聞き入っていた。

 逆に闘志を滾らせるのは副隊長。


「確かにオモシロい話だな――つまりなんだ――あの小麦ヤロー(・・・・・)以外にも、厄介なバケモンが出てくるってわけか」

「都市伝説の通りになれ―― !」


 応じる途中でデナウは反射的に跳んでいた。

 ほぼ同時に副隊長も。

 しかし逃げ遅れた班員らのひとりが、すっぱり首を飛ばされる。ほかの連中も似たもので、何の反応すらもできなかった。

 ボトリと落ちて転がる生首が、隊員のひとりの足下に触れて。




「ぅ――」

 キィィ!!




 隊員の悲鳴を掻き消して、鼓膜をこすりあげる不快な啼き声が空気を震わせる。

 その声にようやく反応した班員らが剣に手をかけるよりも早く、そいつの両腕が薙ぎ払われた。


「かっ……」

「ぶっ……」


 ふたりが血煙を上げ、ひとりがびびって後退る。

 だから(・・・)そいつに踏み込まれて。

 即座に首を跳ばされる寸前――




 ――――ズドッ




 このハイスピードな展開で、どうやって追いついたのか、デナウの蹴りがそいつを吹き飛ばし、




 ザンッ――




 バツグンのタイミングで副隊長の斬り下ろしが決まった。

 叩き斬る勢いでそいつが地に倒される。

 『屍鬼』相手なら急所に入った時点で死に至る。

 こいつの場合は――


「これでヨシ、と」


 迷わず首を落とした副隊長がデナウを見て。


「気のせいか、こいつ(・・・)の数も多くなってないか?」

「そう思ったところだ」


 このとき、ふたりが想像したものは同じはず。

 一見、危なげなく対処したように見えるが、ふたりの強者が連携してこその勝利だ。このような戦いを、広い範囲で、都民を護りながらできるわけがない。

 だからデナウは北門へと走り出す。


「ラインの再構築を急ぐぞ!」

「続けっ」


 遅れず反応した副隊長も皆に命じる。

 ふたりの状況把握と判断は素晴らしく早い。それでも決断は遅すぎた。

 途中まではコントロールできていた都民避難の策は、ここから急激に瓦解をはじめていくのだった。




 ◇◇◇




 一方、『北門』外側では。

 できるかぎり『北門』そばへ近づこうとした一行は、避難の人波に逆らい押し分け、どうにか避難誘導の簡易指揮所にまでたどりついた。


 目指す『北門』までは100メートルほど。


 だが人波の圧力が強すぎて、これ以上前には進めない。ここらが潮時と判断したカストリックに否と発する者はいなかった。


「――緊急時ゆえ、礼節欠くことをお赦しいただきたい。とにかく一区切りつくまで、指揮所の空きスペースをご自由に使っていただければ」

「それで十分だ。感謝する」


 避難の陣頭指揮を執る指揮官は、顔にこそ出さなかったが明らかに迷惑そうな空気を態度に滲ませていた。これほどの規模で避難させている労苦を思えば当然であり、カストリックは挨拶もそこそこに、邪魔にならない隅で待機させてもらうことにする。


「このへんでいいだろう」


 とにかく敵視されないだけでもヨシとすべきで、天幕もイスもない兵士らが集まるだけの空間に、言葉どおりの空きを見つけるや、カストリックは地べたに直接尻を落とした。

 モーフィアも不満を口にすることなく腰を落ち着け、すぐに目をつむる。場馴れしているからこそ、休めるときにすこしでも休もうとして。

 だが魔境士族はちがうらしい。

 きっちり半刻後。




「――あのまま放っておいて大丈夫でしょうか?」




 一度も腰を落ち着けることのなかった3人へ不安の目を向けるモーフィア。

 カストリックは目をつむったまま、


「彼らには彼らの流儀があるのだろう」


 意に介すことはない。

 「“流儀”って――」それを言葉のあや(・・)と知りながらもモーフィアはもどかしげに顔をゆがめて。


「休めるときに休まずに、あとで体力勝負の足を引っ張ることにでもなれば――」

「すまぬ」


 そう声を差し込んできたのは月ノ丞だ。

 まるで存在すら消したかのように黙然と座していた彼は目を閉ざしたまま、もう一度、詫びの言葉を口にする。


「すまぬ――が、じっとしてもおれぬ」

「?」

「我らは“諏訪の侍”で、民を護るために我らの剣がある。それがたとえ諏訪の民でなかろうと……あの門の向こうにて、弱き民が悪鬼に脅かされていると思えば――」


 座して待ってなどいられない、と。

 それは過酷な魔境で生き抜くための智恵なのか、正義感の一言で終われない何かを――指揮所で一番端に立ち、両の拳を握りこんで『北門』をじっと見据えている3人の背より感じさせる。

 少なくとも、その思いはこうして会話に加わっている月ノ丞も同じなのだろう。得意なはずの仮眠をとることのできなかったモーフィアと同じように。


「……このお婆さん(?)は、別なようだけど」


 ただひとり、静かに目を閉じ座する剣士へ目を向けて、モーフィアは呆れたように口元をゆるめた。




 ◇◇◇




 さらに半刻が過ぎて。

 ようやく人波がまばらになってきたところで、突然、群集がざわついた。




「「「!」」」




 カストリックらが立ち上がるのに老婆剣士が遅れることなく合わせ、その時には播磨ら3人は動いていた。


 『北門』で悲鳴が上がる。

 断末魔に重なる獣声。

 

 ここでようやく指揮所でも気付いたらしい。

 「何があった?」と叫び、北門に注意を向けるが動き出しが悪い。

 焦れたカストリックが声を掛ける。


「『北門』に例のバケモノが出たようだ」

「なんだと?! 『俗物軍団』の連中は何をやってるっ」


 指揮官の口ぶりから察するに警護でも任せていたのだろう。


「結果で言えば、突破されたんだろう。それより早く感染者を排除し穴埋めもしないと、脱出した都民にまで広がるぞ」

「分かってるっ」


 礼など構っていられないほどに気が動転する指揮官。


「とにかくオレ達が時間を稼ぐ――」

「ま、待ってくれ! そんな少数では――」


 指揮官の制止を聞こえなかったことにして、カストリックは走り出す。その間にも北門では悲鳴が上がり続け、吐き出される人波の勢いがぐあっ(・・・)と増していた。


 獣声に混じって、耳障りの悪い、甲高い啼き声が夜気を切り裂く。

 一瞬置いて、何かが宙に飛ばされて。

 それが四肢の一部と認識した播磨が、


「のけいっ――」


 殺気で群集を押し退け、前を急ぐ。それに先んじるのは水音だ。


「――」


 隙間と思えぬ隙間を水が流れるようにすりぬけ、播磨と風吾を置き去りにする。いや、


「ひゅうっ」


 人波を切り裂くように駆ける風吾はまさに疾風。

 水音に迫る勢いで後を追う。


 だが『北門』まではあと半分。


 その間にも血の惨劇は広がり、必死に逃れようと3人に向かってくる人波はさらなる圧力を増して進行を阻んでくる。


「くっ……この!」


 播磨の足がにぶる。


「……ちっ」


 続けて風吾の進みも。

 その中で水音だけが人波の圧力を見事にいなして『北門』にたどり着く。


 そこにいたのは、なまっ白い人間だ。


 破けすぎてほぼ肩に引っかけるだけのボロ服に、頭髪も髭もすね毛もツルリとなくした白肌の人。

 元は都民であったろうことは間違いない。

 ただ、口まわりにべったり付いて胸元まで垂れ落ちている血糊が、今はそうではない(・・・・・・・・)と証明する。


「――」


 変わり果てた人間の姿に思わず息を呑んだ水音。その目の前で、




 キィイ!!




 甲高い声を発した白肌が、人間離れした瞬発力で飛び込んできた。だが。



 さんっ――――



 一瞬ですれ違った白肌の右腕が、朱線を走らせボトリと落ちる。

 刹那に剣の心境に入っていた水音は、ややまぶたを閉じかけた、冷水を思わす表情で振り返った。


「――っ」


 迎えるは白肌の凶相。

 腕の痛みよりも“飢え”に染められた目が、裂けた唇が、血肉を寄越せと水音に迫る。


「た、助け――」

「きゃあああ!」


 ふいに、他方から走り寄ってくる都民たち。

 伸ばされる手を水音はするりと避けて背後に迫る屍鬼を――髪振り乱しヨダレをまき散らす別の都民の首を裂く。

 別の屍鬼も。

 そのまた別も。

 瞬く間に3体を仕留めた水音へ、


 キィィ!!!!


 ひと息つかせず迫る別の白肌。




「――しぃ!」




 斬り伏せたのは風吾。

 失速して地をすべった白肌の半身が断たれ、その傷は心臓に達していた。

 「どうよ?」といった感じで水音を見やる風吾だが、彼女の関心は別に向けられている。無論、ほかの屍鬼を葬っていた播磨の方ではない。




「――あの白肌をあっさりか。隊員にほしいくらいだな」




 そう声をかけてきた第三者に、だ。

 浅黒の長身な戦士。

 装備が血濡れているが身ごなしの軽さから、すべて返り血であろうと思われる。水音の腕前を認めながら動じもしないのは、彼もまた、相応の実力者だからなのだろう。 


「まずは、取りこぼしを処理してくれた礼を言う」


 この戦士は何者か?

 ニコリともしないで彼は淡々と告げるのだった。

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