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(一)領都の災禍



旅程最終日

日没後

      

                ――辺境領都





 大戦後は、日が沈むと同時に人の気配が絶えるはずの領都にて、ある異変が起きていた。


 他人を拒絶するように堅く閉ざされるはずの家屋の扉が開かれ、その要因となった火の手が街のあちこちで上がり、いつもなら野良猫だけがうろつく通りに逃げ惑う人々の影が踊った。


「バ、バケモノ――!!」


 取り乱した父親が子供を置いて走り出し、


「スリン、やめろっ。落ち着くんだ!」

「痛っ、ちょ――」


 人目も気にせず取っ組み合いどころか噛みつきありのケンカまではじめる夫婦が現れた。

 さらに人々の不安を煽るのは、獣のような唸り声と断末魔かと思えるような苦しげな呻き声が、裏通りから聞こえてくることだ。

 火事にケンカに暴力や猟奇事件……家屋に侵入して騒ぎを起こす気の触れた者まで。それはもはや街区の自警団で抑えられるレベルの話ではない。

 なにしろこの狂気的な騒ぎはすでに、都の半分以上のエリアで巻き起こっており、その狂乱はさらなる広がりを見せていたのだから――。




 ◇◇◇




「これで終わりか?」

「いえ、まだ3組の家族連れが残ってますっ」


 部下の苦しげな返答に、「間に合わなければ切り捨てるっ」と班長は声を低めて言い放つ。


「ヤツらはすぐにでもここにたどり着く勢いだ。まだ健在な多くの民まで巻き添えにはできん」

「……はい、急がせますっ」


 血相変えて駆け去る部下を見送る余裕もなく、班長はそばで整然と待機していた他の部下たちに指示を出す。


「よし、ここで『通り』を塞いでヤツらの侵攻を食い止めるぞ。緊急措置だ、遠慮なく近場の民家からありったけの家財を持ってこい!!」

「「「「ハッ」」」」


 誰も疑念など挟まず意気込んで散開し、その場に留まる班長だけは、城とは反対の方へ厳しい目付でカラダを向けた。

 鼻をつく焦げ臭さに眉をしかめながら、班長はいくつもの炎と煙が立ち上る街並みを警戒する。



 ……っ

 !? ……!



 時折、生存者らしき者の悲鳴や嬌声が聞こえてくるが、それもすぐにやんで後方から響いてくる避難の喧噪だけが耳に残る。


(やはり、無理か――)


 この先はもう彼の知る街ではなくなった。

 あの陰気な空気さえ懐かしくなるほどに、目に映る街並みの影には、生者を毒する邪気が満ち、無垢なる魂を闇に引きずりこまんとするモノドモ(・・・・)が蠢いていた。

 それだけに、イヤでも生と死の境界線に立っているのだと実感させられ、『通り』に目を光らせるベテラン班長に過度な緊張を強いる。


「班長、人手が足りなさすぎますっ」

「角向こうにあった荷駄を使おう!」

「それにしたって――」


 早くも大量の汗を流す部下たちが懸命にバリケードを築きはじめるが、時間と物量の問題の前にはいかんともしがたい。


「ハンス!」

「はい、班長っ」

「逃がした一般人から男手を引っ張ってこいっ」

「え……」

「家族の命を助けるためだと言えっ。辺境の男ならそれで理解する」


 有事に馴れた辺境下士官の見切りは早い。

 この期に及んで箝口令もあるまいと。

 部下も総力戦になると察して、小さくもしっかり頷き駆け出していく。


「他も同じだとすれば、危ういな……」


 班長の懸念はもっともな話だ。

 城前の街区を避難地として都民を集め、最小街区でなら護りきれると踏んだ“遮断の策”。これを成立させるために6班編制で動いているが、実際に事に当たってみると人手がまったく足りていない。

 仮に1箇所くらい構築が遅れてもフォローできると踏んでいたが、逆に完成させられる箇所の方が少ない現実を班長は察してしまう。

 

「クソッ、『俗物軍団グレムリン』の主力がいれば、積極的な殲滅戦だって可能だったものを。……まさか、そこを狙われた? いや。しかし……そうでもなければバケモノなんかが……」


 そうだ。

 そもそも、ヤツらはどこから湧いて出た?

 なぜにこのような状況に陥っているのか。

 あまりにも理解不能な状況に、班長の意識は目の前の問題から外れて大いに頭を悩ませる。


(いかん、そんな話はあとだ――)


 首を振って邪念を払う班長。

 今は迫りくる脅威に全力で対処することが自分の務めと思い直す。

 実際、通りの向こうから、角の小路から――ひと目で正気とは思えぬ様相の人影がゾロゾロと湧き出してくる。




「くっ……もう来たか」 

 



 かたわらでは、共に警戒にあたっていた術士が精霊術の準備に入る。


「頼むぞっ」

「善処します」

「ダメだ、やり遂げろっ。時間を稼ぐだけだ」


 班長だって分かってはいる。

 それでもやってもらわねば。

 そんな彼らの意気込みに何の影響も受けず、生者を闇に引きずりこんでさらに数を増やしたモノドモが、ヴァインヘッセ城を目指すのかのようにジワジワと迫ってくるのであった――。




 ◇◇◇




 一方、洞穴門を抜けた『送迎団」は。

 状況的に砦門が襲われることはないと考え、ケガ人と捕虜の面倒をみさせる者を残してヴァインヘッセ城を目指す方針をとった。

 

「本来であれば、ここでの戦いが、最後のはずであったが……」


 カストリックが懸念したのは、遠くからでもはっきりと分かる領都の火事。

 尋常じゃない火の手の数は、外敵による襲撃か暴徒による反乱を勘繰らせ、だからこそ戦力をそろえるべし、となった。


「少なくとも、辺境伯にとっては不測の事態。そうなれば、城も安泰だと言い切れまい」

「それでは、大公陛下や姫様がっ……」


 息を呑むモーフィアにカストリックも深刻な表情でうなずく。


「あちらの状況によっては、馬車の護衛を捨ててでも、おふたりの身柄確保を優先する。当然、街中の障害を強行突破し、城に直接乗り込むことも覚悟しておく必要がある」

「そんな……この人数で」

「むしろ、少数の方が突破力はある。……問題は、移動の手段だが」


 そう悩ましげに目を伏せるカストリックに月齊が、


「幸い、砦には人数分の馬がおります。急ぎ向かうことは可能かと」

「騎乗は?」

「私ともうひとり以外は――」


 こうして馬車より先行する特別班を編制し、選抜されたメンツが騎乗の人となるのだが。




「――おい、あんま動くなよ」

「動いてない」




 小柄な風吾が水音を抱え込むような感じで騎乗するのには無理があった。


「いや、さっきからムズムズしてるだろっ」

「ムズ……汚らわしいっ」

「な――」


 固まる風吾。それに侮蔑の目を突きつける水音。

 そんなふたりの言い合いを眺める老婆剣士がボソリと洩らす。


「……わちしに、そんな時代はなかったねぇ」

「よければあげます」

「ざけんなっ。乗せてやってるのはオレだぞ?」

「別に、頼んでないわ」

「確かに勧めたのは、わちしだねぇ」

「~~~~っ」


 キィとなった風吾が天を仰ぎ、睨む。

 もうどうでもいいとふて腐れる少年に「ずいぶんと余裕なものだ」と助け船(?)を出すのは、気難しげな表情の播磨。


「今度こそ、本当の(・・・)最後の戦いが始まるかもしれぬというに……今から心構えをしている凡人の拙者とは(・・・・・・・)、モノがちがうらしい」

「え、今から……?」


 軽く驚く風吾に、水音は無表情で無言。

 だから老婆剣士が相手する。


「すぐ都に着くわけでもなし、今から気負ってどうするね。……なんなら、おまえんさが水音でも乗せてみるかえ? 男は女子おなごを抱くと安らげよう」

「ちょ……?!」

「え?!」


 無表情を派手にぶち壊した水音が老婆を睨み、風吾が見るからに狼狽えるのを、「無用だ」と播磨だけは冷静に拒否をする。


そういう面まで(・・・・・・・)凡夫ではないのでな」


 そこでチラと目を向けられ、


「「それはそれで!!」」

 

 焦る水音と風吾の声が重なった。

 こらえきれずに艷やかな笑みを浮かべるのは老婆剣士。



「おうおう、こそばゆいのぅ――」



 ふたりの反応が初々しくて。

 珍しく柔らかい物腰をみせる老婆を横目に

「ふん」と不快げに鼻を鳴らすのは播磨。

  

「じゃれるな餓鬼共。いいかげん出立せぬと、かすとりく殿らもほれ――呆れておられる」

 

 こうして馬を駆った一行の視界で、今や領都の影は大きくなっていた。

 それは立ちのぼる炎の大きさも同じで、夜空を赤く染め上げる大火の迫力に一行の表情は自然と引き締められる。

 

 やはり、か――。


 じっと先を見つめたまま、口を開く者は誰ひとりいなかった。

 

 


 ◇◇◇




 そして領都を望む山中では。

 ふたつの人影が、月の光を打ち消すように赤く浮き上がる都の異変を眺めていた。

 それは想定外の出来事だったらしく旅マントに身を包む軽装な男が軽く首をかしげて。


「……これは、どういうことなんだ?」

「それをオレに聞くのか?」


 呆れたように聞き返すのは勇ましい口調の女。

 こちらは革鎧の胸ポーチや腰のベルトにナイフ代わりのポーションを差し込んで、斥候スタイルを採り入れているが、れっきとした『薬師』である。


 どちらも戦いに向いたスタイルでないのに、ふたりがやってきた方角には、帝国領まで続く山岳地帯があるきりだ。


 まさか、そこを抜けてきたのか?


 さらに言えば、昼の下で見れば鮮やかな赤髪が特徴の女薬師は、数日前に魔術学園都市の教室にこつぜんと姿を現わした者でもある。

 何がどうなれば、彼女がこの時この場に姿を見せるのか? 


 実は興味深いナゾを秘めたふたりであったが、彼ら自身が関心を強く持つのは眼下で起きている都の異変だ。


「いやだって、まだ『検閲』もしてないのに問題発覚してる感じだぜ。拍子抜けというか、何があったかさすがに気になるだろ」

「だからってオレに聞いてどうする」

「ツレない姉さんだな」


 ヘラリと笑う旅マントを横目に女薬師はさりげなく問いかける。


「あんな情報程度であんたらが動くとはな。実はとっくに有力な情報を掴んでたんじゃないのか?」

「――」

 

 旅マントの表情は変わらない。

 まるで仲間同士のようなノリで気軽に接してくれるが、その実、重要ネタに関することを一度だって洩らしたことはない。

 それをここまでの短い付き合いで理解している女薬師は、あっさり引いて先を促す。


「それでどうする」

「付き合ってくれるのか?」

「まさか。自国でヘンな誤解を招く行動はとりたくない」

「おい、仮にも『聖戦』への参加だぞ? 栄誉こそあれ、“ヘン”てことはないだろ」


 珍しく生真面目な顔で反論する旅マントに女薬師は冷徹に返す。


「あんたの価値観・・・を批評するつもりはないが、こっちに押しつけるのはやめてくれ」

「……」

「拗ねるな」

「拗ねちゃいない。オレに対してそんな口をきく勇気に感心してたんだよ」


 そろりと洩らした声音にこめられた確かな圧力。

 それだけで気弱な人間の心臓を止めてしまうレベルだが、女薬師は清々しいほどの笑みを口元にたたえて受け流す。


「別にあんただけを特別扱いしないさ。オレは常にホンネで言わせてもらうだけだ。その方が通りがい(・・・・)()んでな」

「……強気だねえ」


 旅マントにみなぎっていた圧力が消える。

 気分を害した様子はないから、悪ふざけだろう。

 とはいえ、女薬師は平然としてみせたものの、皮膚はひりつき産毛が逆立っていたのが真実だ。

 今だけの相棒は、彼女にとってあまりに危険な男であることを思い知らされる。

 それでも自分を曲げないのが彼女だが。


「とにかく、あんたら向きの事件(・・・・・・・・・)は起きたんだ。約束どおり、事を収めてもらう。もちろん条件付でだ」

「やっぱ強気だねえ」

「強気なものか、それしか要求できない自分の弱さに泣きたいくらいさ」


 そう吐き捨てる女薬師は隠すように一度うつむいて、すぐさま顔を上げ、「違えるなよ?」と旅マントを睨む。


「バケモノを支援する人間がどうなろうと構わないが、無関係の人間を拷問し、巻き添えにするような暴れ方はやめてもらう。それくらいの力加減はできるはずだ。……あんたを追い詰めつめるような存在がいなければ」

「……」


 最後のセリフに反応して、旅マントの目がはじめて女薬師に向けられる。

 “調子に乗るな”と無言の圧力をかけてくるのに彼女はひるむことなく、


「難題か、『十字軍クルセイダーズ』?」


 強気に挑発すれば、「ノせられてやるよ」と旅マント。


「それがあんたの望んだ“報酬”だからな」

「……」

「信用ないな。まあ、そうだろな。()()()()はそうだろう」


 その視線を女以外の何か、すべてに向けて。


「だがよ――“約束”てのは、そもそも神が定めた崇高な誓いで、軽々しく結んだり安易に破っていいもんじゃないんだよ。少なくとも『聖市国オレたち』にとってはな。 

 それともうひとつ。加減知らずの脳筋どもと一緒にするな。魔力の扱いでオレの右に出る者はいないんだぜ――あの学園都市のジイさんでもな」


 その声に含まれる圧倒的な自負。

 それが事実であることを、誰もが大陸に響き渡る『異名』と語り草で知っている。

 

 いわく『イチの魔術師』。

 いわく『百壁』。


 どちらも魔力の扱いに精通することに関連させた異名であり、彼が型破りな存在であることを物語る。

 不動の支援職として地位を固める魔術師が、絶対的な戦闘職として前線に立つ、希有なる存在――エディア・バーレット。

 彼は魔術師にとって必須の『触媒』を取り出す素振りも見せず、都に視線を戻して一歩前に出た。


「とりあえず、ここで別れるか」

「あとは――」

「好きにするさ。『聖市国こちら』であんたに望むことは、もうない」


 その言葉を最後に、唐突にエディアのカラダが宙へはじけ飛んだ。

 そうとしか思えない勢いで飛び去ったが、ただひとつきりの魔術しか使えない彼に飛翔の魔術は不可能。

 ならば今のはなんだ?

 新たなナゾをひとつ残し、鼓膜を切り裂くような鋭い風鳴りを響かせ、旅マントを象る矢が領都に向かって飛んでいく。


「……アレが『魔術師』だと?」


 女薬師は伸ばしかけていた腕を下ろして拳をつくった。それが“不吉を司る矢”であるかのように厳しい顔つきで睨みながら。

 猫科を思わす野性的な美顔に滲み出るのは、不安や懸念。


「あんなフザケた力で、好き勝手やられたら……」


 それを想像し耐えられなくなったように、彼女はエディアの後を猛然と追いはじめる。

 このまま傍観することなど、できるはずもなかったから――。

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