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(十六)悪夢の防衛戦⑤



 つるりとした禿頭に尖った耳。

 暗緑色の肌に突き出た腹は、他の餓鬼と見た目に変わりはない。


 ただし、成人男性の腰か胸当たりまでしかない低身長の餓鬼にしては、逆に目線を上げねばならない上背があった。


 異様なのは、その腕の長さ。


 やせ細り骨張っていたそれまでの餓鬼と違い、意外と筋肉質な腕は、猫背であることも相まって、地面にまで届かんとする長さがあった。


 しかも手には粗末だが大振りな棍棒も握られ、肩に担がれていた。


 夜目にも湿り気を帯びたそれ(・・)が、赤黒い血だと気付いたのは、離れてても漂ってくる濃厚な鉄臭さのせいだ。


 まるで打ち殺された数十体分の怨霊が染みついたようなドス黒い凶器は、目にしただけで気を呑まれそうになる。

 そんなひと目で分かる危険な怪物が二体。



「**ゴブリン」



 異人の呟きを三人とも耳にしたが意味は分からない。

 それは物の怪の名か?

 あるいは己の不運をののしっただけなのか。唾棄し憎悪さえこもる言葉に、何を知っていると質したかったがそれどころではない。

 

「……“真打ち”の登場か」


 足下から顎先まで血に塗れた近習長が、怯むことなく『手長餓鬼』を睨めつけた。




 ぐきゅぅぅぅ……ぅるるるぅ!!




 再び響く奇っ怪な音に、煽られた餓鬼共が一斉に喚きだし、必死になって動き出す。こちらを襲うためというよりは、手長餓鬼から逃げるため――そう思わせる必死さを醜い面貌に滲ませて。

 これでせっかくの転機も露と消える。


「むうっ。――あれが親玉だと思うか?」


 流れを変えられず、呻きを洩らしながらの近習長の問いかけに、応じたのは月ノ丞。


「どちらにせよ。あれ(・・)と数の力の組み合わせでは、さすがに抑えきれぬかと」

「なら、儂らで大物を沈めるぞ」


 躊躇なく、“壁役”という己が職務を放棄する選択を近習長が即決する。これにはさすがの月ノ丞も念を押さずにはいられない。


「――よろしいので?」

「構わぬ。“攻めて護れ”――それが当主様のご所望だ」


 太腿にしがみつく餓鬼の頭を、石塊のごとき拳骨で叩き壊し、近習長は憮然と応じる。

 思い浮かべるは真面目ぶった兄の顔。


「どうせ、隙あらば自分も暴れるつもりであろう。まったく当主の自覚があるのやら、ないのやら……だが、そうはいかぬ(・・・・・・)

「確かに。あの者達(・・・・)がいれば、若の出番などありますまい」


 何かに思い当たった月ノ丞も同意する。それが近習長が前線へ出張って来れた理由であったろうと。


「ならば気兼ねなく――」


 それまで、左右への動きに加え剣の届くぎりぎりの範囲まで手広く攻撃対象としていたものを、月ノ丞はあっさりと放棄した。


 慎重に歩を進めつつ、あくまで進行の妨げとなる餓鬼のみを的にする。取りこぼした輩など気にも留めず。


 同じく近習長も攻め手の意識を前掛かりにさせ、亡者の波から突破することに重きを置く。


 当然ながら戦いの流れは、後方で踏ん張る二人に過大なる負担を与える方向に変わり、二人にとっては餓鬼の猛威が段違いに増した。


 だが、近習長達の言動を聞き漏らさず、局面の変化を捉えていた惣一朗は異人に指示を出していた。


「先に大物を狙うっ。お二方の背を護ることだけ考え、餓鬼共はやり過ごせ!」

「*ダト?!」

「こやつらに構うなと云うておるっ」


 先ほどより、異人の云いたいことがなぜか理解できるような気もするが、気のせいだろう。


 言葉も通じなければ、餓鬼共のわめき声もうるさく邪魔をして、意思の疎通はままならない。声を張り上げる惣一朗が近習長の背を指差す。


「弦之助様の後ろにつけ! 後ろだ!!」


 異人が不審な目を向けてくるが、何とか意図は伝わったらしい。


 惣一朗自身、ちらと背後へ不安の目を向けるも、いらぬ世話だと無視を決め込み、正面を睨むのみ。


 そう、何も案じる必要は無い。


 当主のそばにいるのは、隻眼と老爺の二人だけでなく、彼と同じ一族(・・・・・・)から選ばれし(・・・・・・)『影衛士』がついているのだから。

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