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(二十四)エース戦決着



夕暮れ

領都側の砦門


                 ――本棟南口





(おまえの疾さには馴れた)

(次こそ『粉砕護撃』でへし折るのみ)


 揺るぎない自信をもってドッシリと構えるルアドに合わせ、剣士もユラリと右構えをとる。

 かと思えば、そこから左構えに切り替え、さらに剣先は留まらず下へと流れ落ちて。


 まるでこちらの隙をさぐるような剣の動き。


 ルアドはそれを視線で追わず、ただ剣士の目を見据える。そこで起きるであろう何らかの“兆し”を見逃さないために。

 それでも“剣の動き”を放置せず意識のすこしは割いておく。“構え”にはそうするだけの意味があり、遣い手の狙いを知る手掛かりになるからだ。


 実際、剣士は無視できぬ“奇妙な構え”をとる。


 地に触れそうな位置でキープする剣先を前へゆるりと進め、自然と前のめりな姿勢となり、初見の相手を惑わしにかかる。だが。



(下から突き上げる、変則の剣――)



 ルアドは冷静に剣士の狙いを読みとる。

 すでに頭の中では、中段・下段回し受けによる迎撃パターンが組み上がり、さらには足に対する攻撃さえも想定済。


(さあ、初手をゆずってやるんだ。小細工など弄せず、とっととかかってこいっ)


 そのルアドの気持ちが剣士に伝わったのか。




 スッ――――と。




 剣先が地を這うように滑り出し、それが剣の間合いに入る寸前でピタリと止められる。

 けれど勢いあまったか、剣士のカラダだけはグウッと前掛かりに突っ込んで、一瞬、頭部がルアドの前へさらされてしまう。

 まるで殴ってくれと差し出すように。

 あまりの無防備さに思わず手が出そうになり、


「――っ」


 誘いだと気付いて自制する。

 それはルアドの思考・反応に一瞬の硬直を招き、それをこそ(・・・・・)狙っていたように、気付けば剣士が大上段に――剣を前から後ろ、背を回して遠心力を利かせながら――目にも留まらぬ速さで振りかざしていた!!



 それは大引けのあとから寄せる高波のごとく。 



 避け――ダメだ。

 迎え討てっ。


 見上げる位置から迫るのは、まさに海水数トンの圧力を感じさせる剛剣のひと振り――ルアドは極大の危機感に突き動かされるまま、全身全霊の破壊式防御で受けにいく。




「――ぐぅっ」




 雷に打たれたような衝撃が、ぶつけあった一点から全身に迸り、耐えきれなかったルアドの太い左腕が大きく凹まされていた。


(バカな。まさかスキルだと――?!)


 いや、切れ味の鋭さに“受け”がわずかに遅れ、螺旋と戦気の収斂がハンパになっていたのも事実。

 いずれにせよ、この結果は必然だったのだとルアドは思い直す。


(しかし――!)


 先の攻防と違い、こちらも様子見は終えている。

 そう。

 “受けは攻撃の予備動作”――“イェン派”の拳理が防御の結果を無視して右の拳撃をすでに放って(・・・・・・)いた(・・)


 ――ちいっ


 体勢を崩されていたせいで躱される。

 それでも桁外れな威力の余波だけで鼓膜をやぶったか、剣士の耳から血が垂れて、一瞬だけ意識を朦朧とさせられたようにその眼光がわずかに翳ったのを見逃さない。


「へあっ」


 ルアドは顔面に向かって拳の二連打で囮とし、肘を支点に回した高速の手刀を剣持ちの手に切りつける。

 だが剣士はことごとく躱す。

 はじめの二連打などはほぼ直感で対処したのではと思えるほどの神憑りなディフェンス。

 しかもフェイントが確実に見破られるせいで、ルアドは反撃さえ許してしまう。普通ならそうならない。身を退く動作が剣の間合いつくりに直結し、斬撃へと繋げる凄腕の剣士だからできること。


 顔面。

 喉。

 鳩尾。


 鍛えられない部位を狙って剣が閃く。

 残像さえちらつかせるスピードにルアドの両眼がカッと開かれた。



 【護撃ブロック・ショット・双輪】――



 ルアドはもはや敵の狙点に意識を割かず、ただ上半身を最速最強のガードで盾のごとく覆い、くるものすべてを叩き折りにいく。――それも一瞬のち。


 内腿。

 脇の下。


 折れずに弾かれた刃がすぐに急所を狙って舞い戻り、受けきったと安堵しかけたルアドの全身を総毛立たせた。


(な――?!)


 剣士の攻撃が尽きない。

   終わらないっ。

     切りが無い――!!


 まるですべての急所と刃が弾力性の何かで繋がってでもいるように、強く弾けば弾くほどに強烈な勢いで跳ね返ってくる!



「ぬおおおおおあっ」



 ルアドは喉を全開にして吼えた。

 怖れを吹き飛ばし、持てる力を振り絞るために。

 右腕は火膨れを起こさんばかりに熱を持ち、左腕は痺れて感覚がなくなっている。それでもルアドは“受け”のスピードを全力で底上げする。

 それしかない。

 そうしなければ――――



「……っ」



 すぐにルアドは限界を迎え、『黒鉄』の効かない脇腹に刃を浅く入れられた。

 痛みよりも戸惑いがルアドの頭を占める。


 ヤツの剣は見切ったはずだ。

 事実、まだ辛うじて目で追えているし、スピードだって負けていない。

 この、昂ぶる戦気がオレの基本性能を劇的に底上げしているはずなんだっ。

 なのに。



 ――――右!



 察しても“受け”が間に合わない。

 反応し、動き出し、トップスピードに至って目的地にたどりつくまでに遅れをとってしまう。



 ――――左上!



 ダメだ。

 やはり遅れる。

 何が悪い?



 ――――右下!

 ――――顔面!



 見ろ。見ろ。

 剣士の動きを死ぬ気で追い続けろっ。


 焦りがルアドの集中力をさらに引き出して、異常な興奮が体内を巡る戦気をかつてないほどに練り込ませる。それがルアドの五感を研ぎ澄ませて。

 だから分かった。

 反応でもなく、トップスピードでもなく。

 動き出しからトップ・スピードに至るまでの



 

(そうか。これも“練度の差”か――)


 


 いくらスキル自体のスピードが速くても、一撃必倒の威力を誇っても、“一瞬の差し合い”で劣ってしまえば、それらの効果が十全に発揮することはない。

 

(それがこの領域での戦い――)


 だから双子の高弟は“強者との手合わせ”を必須と告げたのだ。ギリギリの戦いの中でしか気づき、学べないこともあるために。


(だがオレには、その経験がないっ。6年も積んだ苦行でもヤツに届かぬとあっては――)


 そんな弱気が拳をにぶらせたか、剣士の攻勢に耐えきれなくなったルアドの身が徐々に押し込まれはじめる。

 むしろ、ここまで持ち堪えられるのは、真剣に取り組んだ6年の修練と才気の為せるものなのだが、今のルアドに気づけるはずもなく。

 ジリ貧のまま終わりかと思わせたところで、




「ルアド……っ」




 ここまで見守っていたギルドレイの声が発せられる。その不安たっぷりな声音にまじる、祈りに似た響きにルアドの弱まっていた眼光が一瞬で戻り、



(――そんな顔をするなっ)


 

 折れかけた気持ちを踏み止どまらせる。

 気張らないわけにいくまい。

 拳を握り締め、歯噛みするリーダーの顔を目にしては。

 彼は班としての決戦を託すしかなかった自分の不甲斐なさに憤りを感じ、そして、



「勝て――」



 そう要求しなければならない身勝手さも恥じながら、それでもなお、声を振り絞って仲間に理不尽を強いてくる。




「勝つんだっ――――」




 ギドワのために。

 辺境のために。

 自身の胸を壊れんばかりに叩くギルドレイに、


「――――そうだな」


 ルアドは別の意味で気付く。

 

(そうだ。オレが(・・・)勝つ必要はない)

(相打ちで十分っ――) 


 あとはリーダーに任せるだけでいい。

 そう思えば打つ手はある。


 たった数撃で気絶確定の捨て身な策が。


 気付いてすぐルアドは後退の足を強引に止めた。

 左腕を捨てるつもりでガードした次の刹那、




龍拳ドラゴニック・フィスト】――――




 拳の届かぬ間合いから速いだけの空撃ちする。

 剣士はヤケになったかと思うだろう。

 ジリ貧がゆえの悪あがきと。

 それがおまえの――



「?!」

「……!」



 まさか、不可視の拳圧が剣士に視えたのか。

 咄嗟に剣の柄と剣先に手を添える“受け構え”の体勢をとり、ほぼ同時に何かの衝撃を受けたかのように石床の上をずり下がる。

 それだけで済まされるものか。

 事実、剣士の構えが大きくゆるんだ。

 効いているっ。


 【酔足】――


 隙を突いて懐に飛び込むルアド――それも予測不能な幻惑の足運びで。それが場にとどまることを剣士に危険視させたか、ダメージを負いながらも素晴らしい反応と速さで後退る。


(逃さんっ)



 刻みの瞬歩。

   ――さらに!



 剣士のなめらかな体捌きに対処して、ルアドはスキル瞬歩を小刻みに使い、強引に追いかけて。




龍爪ドラゴニック・クロウ】――――




 右の五指を抜き放ち――ルアドには指二本が限度――指先から伸びる鋭い刃気で斬りつけた。


 それにも構えてみせる剣士。


 だが受け止められたと思えた不可視の刃は、剣をすり抜けた位置から剣士の右胸を捉えて切り裂き、確かなダメージを与える。



 どうだっ――――



 内心の雄叫びをルアドは眼光に宿らせて。

 しかしその代償はぬるくない。

 二連発の『龍技』に戦気をごっそり持っていかれて身体ブーストが一気に落ちてしまう。これ以上使いすぎると『黒鉄』の効果まで失い、脆弱な素手で剣と向き合うことになるほどに。

 それでも剣士へのダメージを優先させた。

 剣術の凄さに惑わされるが、相手は鎧なしの生身であることを忘れてはいない。


「……それがおまえの弱点」


 ルアドは血濡れた剣士の胸を見ながら指摘する。


「たった数撃で倒せるのが、おまえの真実だっ」

「ならば、早々に為すべきであったな」


 浅くはない裂傷を負いながら、剣士は平静そのもので、むしろ不敵に言い返す。


「もはやおぬしの拳は見極めた。次の一撃で終わりにさせてもらう」

「――ふざけたことを」


 追い詰められたのはオレではなくてオマエの方だと。防御不可の『龍拳』を対処できまいと。睨み付けるルアドに剣士が答える。


「拙者の言葉がウソかマコトか……次の一撃を受けてみれば分かること」

「確かに――」




 ――――大人しく受ければな!!




 【酔足】で意識の死角に入り込み。

 【咬噛み】で腹と腿へ同時に貫き手を叩き込む。


 それらすべて避けられるのは承知済。

 それほどの強敵と認めているから。

 だから一度きりの【幻身】をここで使うっ。




 ブブンッ――――




 超高速の移動が瞬間的にルアドのカラダを左右ふたつにズラし、一瞬後にはそのふたつが消えて剣士を完全に置き去りにする。


 迷わず剣士が振り返る。


 ルアドはすでに乾坤一擲を放つ体勢っ。


 それでも剣士が上回る。

 振り向きざまの一刀が銀線を引いて襲い掛かる!






 ――――かかった(・・・・)!!!!






 ルアドはあえて遅らせた。

 攻撃を当てるか否かのせめぎ合いに追い込んで、必死に攻撃を仕掛けさせ、それ以外の選択肢など意識から飛ばさせる状況をあえてつくった。


 その狙いは武器破壊(・・・・)


 剣士へのダメージ狙いと信じ込ませ、確実に目的を果たせるように仕掛け続けた、その結果。





「――――?」





 ルアドの鎖骨が折れて。

 剣が胸部にめり込んでいた。


「……ぶっ」


 咳き込んで血の泡を吹く。

 なんで。どうして。

 わけが分からない。

 痛みよりも頭を占める疑念。戸惑い。


 渾身の一撃が剣を捕らえたあの瞬間、拳には何の感触もなく勝手に止まり、逆に押し込まれ――気付けば剣を食らっていた。

 

 何が……まさか『撃力霧消バニッシュ・ボルト』を?!

 そこから……やはり使えたのか(・・・・・・・・)……

 あの刹那に、正負の極地を、瞬時に切り替え打ち込んだ……?

 そんな、そんなことが……






「裏波ノ太刀【波沈み】――」



 



 その技の名であろう。

 静かに告げる剣士の声が、意識を薄れさせるルアドに正答であると示していた――。

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