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(二十一)情動の刃



夕暮れ

領都側の砦門


                 ――本棟正面





 ハッ……、ハッ……


 気付けば呼吸が乱れ、顔には汗の珠がびっしりと浮かんでいた。

 刃を交えてから一分と経ってもいないのに、エンデリオは早くもカラダが重たくなるのを感じはじめる。そんな上級探索者と思えぬ体たらくに不満を覚えるのは当人だけではない。




「どうした……まだ何も始まってなどおらぬ。まさか、異境の兵卒ツワモノが“力”、この程度だなどと言うまいの――?」




 うっすら浮かべる笑みに嘲りを含めながら、老婆はひゅるりと刃を振るう。




 カ、


    キ、



  ――カッ




 一瞬で三撃。

 いや、四撃だ。二撃目のあとにあった一撃に反応できず、エンデリオの左胸が浅く斬られる。


「……くぅっ」


 遊ばれている。

 いや、こちらの腕前を冷徹に測っているのか。

 この状況を打開すべく燈明の剣でめくらましを仕掛けるが、まるで意に返すこともなく、切れ味鋭い応撃で返されて。

 あるいは、超絶の身軽さで空中からの意識外攻撃を仕掛けても、やはり、はじめから分かっていたような反応で難なく対処されてしまう。

 しかも、だ。


「ふん。どうにも刃がにぶりよる(・・・・・)。なんぞ、おもしろぅ“術”でも使うたか……?」


 懸命に間合いをとるエンデリオをその場で悠然と見送りながら、歳にそぐわぬ小さき赤い舌で、ちろりと下唇を舐める老婆。

 信じがたいことに魔術の概念がないはずの蛮族が【聖者の包容セインツ・エンブレイス】の影響力に薄々ではあっても感付いたらしい。


(――なんなんだ、この婆さん)


 エンデリオは胸の内で大いに苦みを噛みしめる。

 あれほどの切れ味で“にぶい”とか。

 そもそも、神の慈愛に触れて悪意を保てること(・・・・・・・・)それ自体が、どうかしているというのに。


 鉄製の胸当てを切り裂く(・・・・)ほどの切れ味を保てるなんて――


「……それほどの憎悪や怒りを、あんたからは感じないんだが、な」

「なんだい?」

「なに、すこしだけ不思議に思っただけだ」


 独り言に反応した老婆にこれ幸いと、エンデリオは呼吸を整えるために答える。


「殺意や戦意ですらない。なのに確かに感じる、至高の御方より受けている“慈愛”を切り裂くほどの“情動”――あんたを衝き動かすモノは何なのか、と」

「ホホ。戦場いくさばで、しかもわちしを相手に考え事かえ」


 でも、嫌いじゃないと老婆。


「あんたら男はすぐ“技”に走りよる。相手の剣をどう受け、反らし、攻めるかと。じゃが、得物を振るうに何より必要なモノは――持ち手の“情”ぞ」


 そうしてゆるりと上げた剣先を老婆はエンデリオに突きつけて。




「見えるかえ? この――わちしの情念が」




 その剣先に何かが付着しているわけではない。

 だからと、魔力を感知できないエンデリオに、何かの気配を掴めるはずもない。それでも、だ。


 


「――――っ」



  

 老婆から離れたこの位置で、突きつけられた剣先を喉元に感じた(・・・・・・)

 そして、互いにじっとしているにも関わらず、その剣先がゆっくりと喉にすべりこんでくるのを確かに感じて、エンデリオは思わず身を退いた。




「――い、いまのは――?!」




 これが老婆の“情”だとでも?

 その場から一歩も動いていない老婆は、ただ艶然と笑むばかり。

 その、強さの底をまったく見せない老婆に、エンデリオは服の下で滴る汗を冷たく感じとる。


 戦いは、呑まれたら終わりだ。


 武器を交える以前に心が負けを認めてしまう。

 そんな対峙する者にしか分からない戦慄を味わされるエンデリオを勇気づけるように、




「余裕ぶってられるのは今のうちだぜ、婆さん!」




 場の悪い空気を察したらしい、まだまだ戦る気十分の仲間が声を張り上げ、背後から術による追加支援がかけられる。




戦友霊の護りガード・オブ・バトルバディ・ソウル】――攻撃3回を凌ぐ防護魔術。


魂活の聖霊鳥セイント・バード・オブ・ソウルゲイン】――鳥を象る回復の力を飛ばす。


賦活の霊光ソウルレイ・オブ・アクティベイション・神経】――賦活の霊波で反射速度を向上させる。




 そうとも。エンデリオたちが術士3人という変則すぎるパーティ編制を選択した狙いがコレだ。

 前衛の人数を絞り込むことで強化支援の多重施術を可能にした支援特化の(・・・・・)パーティ戦型。これによって時間が経つほどにエンデリオへの支援は増強されてゆき、従来はレベル4の戦闘力が5、6へとアップさせることに成功する。

 格上の敵を喰らうほどの強化が見込めるのだ。

 だからこそ。




「――オレ自身が、折れるわけにいかんっ」




 腹に力を込め、持ち得る勇気を絞り出しながら、エンデリオは『遺跡』ですらお目にかからなかった難敵をにらむ。その眼光には、大自然に巣くう獰猛な捕食者たちを怯ませるだけの力すら宿っていたのだが、


「いいじゃないか――」


 老婆はただ愉しげに応えて。




「そのたっぷり着飾った“まじない”ごと、ぬしを断ち切ってくれようぞっ」




 老婆が傲然と宣言し、エンデリオは圧に反応して渾身のバックステップをする。まさかそう出るとは思わないであろう、相手の意表を突くために。


「?!」


 しかしエンデリオは我が目を疑った。

 たった今、自分のいた場所にその身を斜めにした(・・・・・)老婆が現れ、

 次のさらなるバックステップ後には、またも今いたばかりの位置に、逆向きの斜めに身を倒した姿の老婆が現れた。

 

 そのあまりにも奇態奇妙な運足と。

 そして認識をかきまぜるような体捌きに。


 視界がぐにゃりと歪み、エンデリオの思考や動きまでもがにぶったところへ、




 左、右、右――ひら、ひらひらりと。




 刃の動きが木の葉のごとく変則的に舞い、移りながら斬りつけられて。


「くぅっ?!」


 必死にかざした剣にかすりもせず、キキィと耳障りな擦過音と共に、受けばかりの魔術防護が2つも切り裂かれていた。




【刃の化粧――舞い落ち刃】




 予測のつかぬ刃の斬り下ろしは、まるで羽毛か落ち葉の散り様の如し。

 受けることも許さぬ太刀筋は“秘剣”と呼べるほどの代物であったが、見るがままに名付けられた技名であることからも分かるように、彼女の剣に師はおらず、つまりは“無流”の一技にすぎぬ。

 当然ながら、その術理は老婆の中にしかなく、言の葉を用いたところで三も伝われば良しとせねばならず、ために継ぎ手も望めなかった。


 故に彼女だけの、一代限りの絶剣。


 いや、彼女はそれを“剣”とすら呼ばぬ。

 ただ、刃あるきり――と告げる。

 それを体現するかのように鍔無しの白柄をひとふり携え、彼女はひたすら“斬り道”を歩んできた。


 そうして今。

 不運にも剣の修羅と対峙するはめになったエンデリオは、手合わせ程度のふれあいで、どうしようもないほどの格の違いを思い知らされていた。


「なんだ、今のは……?」

「驚いてる場合かね――」


 気付けば耳元でささやかれ、


「――!」


 反射的に振るった剣は空を切り。

 そしてすぐ耳障りな切り裂き音が、最後の魔術防護が失われたことを気付かせる。


「くぬっ」


 それを代価にして、エンデリオは強化した反射速度任せに、目で追わず、腕だけ伸ばして最速の迎撃を行う。


 これでもダメか。

 分かっていたとも!


「おおっ――」


 間髪置かずに蹴りを放つ。

 血が舞った――宙には切り離された腕(・・・・・・・・)。蹴りの反動でズレたということは。



 まさか、先の一瞬でやられていたのか?



 そう察するまもなく、視界の隅で白光が閃く。

 柄を握る手に何も感じることなく、燈明の剣が断たれた。それも三つに。

 それどころか、両の肩当ても斬り飛ばされて。


「……ぅ……ぁ」


 もはや反応することも許されず。

 さらに先と同じく、胸鎧ブレスト・プレートの存在などないように、今度は逆字に胸を切り裂かれていた――。




 ◇◇◇




 そして本棟北口では――。

 足を止めて迎え討つ体勢を取った盾士に対し、その細い影は躊躇なく近づいてきた。

 音もなく、すべるような足運びにシーレンはゾクリと身を強張らせる。


(こいつは、マジでヤベぇ――)


 職種クラスは違えど相手の力量を見抜けるのは、彼もまた相応の実力を持っているからだ。だから、ティエリの戻りを待っていられないと判断する。


 オレがやるしかない、と。


 そう腹を決めた時に、

 

「ぅお?!」


 盾士が頭部を斬られそうになって思わず声を上げていた。

 

 速く滑らかで、それでいて精確無比。


 細い影の剣が大盾を回り込むようにして鋭く斬り込んでいた。

 これは通常なら考えられないことだ。

 守りに特化した盾士は、経験則からくる膨大な攻撃パターンから相手の攻め手を感じとり、確実に防ぐすべを会得している。

 レベル3の常人域を突破した仲間なら、その防御術は城砦級。スタミナ切れでもしないかぎり、攻めあぐねた敵もスタミナ切れにまで追い込まれるはずなのだ。


「『レベル4盾士』を相手に格の違いをみせつけるとか――」


 ふざけるな、と。

 シーレンは扉を開け放った部屋から――敵の真横から矢を放つ。


 スキル『束ね撃ち』による三本撃ち(トリプル・ショット)


 しかも今のシーレンは、先の連携重視の通常弓装備ではなく、本来のレギュラ―装備――複合弓コンポジット・ボウなどに替えている。

 材料と特殊構造による強靱さアップで威力もスピードも通常弓の三割増しだから、奇襲攻撃の成功は約束されたようなものだった。


 しかし細い影は身を沈めて躱す。


「――だよなっ」


 狙い澄ました盾士が、盾の中段を両手でつまんで盾下をめいっぱい蹴りつけ、猛烈な勢いでグルンと回転した盾が細い影に直撃した。

 だけでなく、勢いのままに影の身を浮かせ、



「もらった――」



 シーレンがスキル『早撃ち(クイック・ショット)』で二の矢を放つ。番えたのは、当然、『疾風の矢羽』。

 今度こそ、確実に当たるはずだった。

 シーレンが興奮のあまり叫ぶことで、相手への警告にならなければ。


 細い影は、腕と上半身の力だけで、まるで魚のように盾の上で跳ねた。



 ――――!!



 その空隙を矢が貫く。


「ちぃっ」


 だが逃がさない、と。

 シーレンは『瞬間集中フラッシュ・コンセントレーション』でまだ宙にある細い影を捉え、さらに『早撃ち(クイック・ショット)』の重ね掛けで

三射目を狙う。


 弓士が脇役モブとの認識は間違いだ。

 シーレンというエース級の存在と出会ってないだけの無知。

 大陸でも、まだまだ立場が低く、その扱いを変えたい念いが、シーレンを厳しい修練に耐えさせた一面がある。 


 だから、スキルの多重行使にも耐えられる。

 普通の弓士なら終えぬ標的を狙い続けられる。

 そんなシーレンに狙われた獲物が逃げられるはずもない。




 その細い影が、水音という剣才でなければ(・・・・・・・)

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