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(二十)若さゆえのたぎり



夕暮れ

領都側の砦門


                 ――本棟南口





 ひとり敵陣に飛び込んだ鷹木であったが、逆に敵の包囲攻撃にさらされてしまう。

 しかし彼は卓越した剣技でくぐりぬけ、盾持ち突撃してくる兵をも【押し波】の妙技で吹き飛ばす。


 普通ならこれが敵の守備体制を突き崩す決定的な一打となる――はずなのだが(・・・・・・)


 そう。

 ここにいる敵は単なる一般兵ではない。


「……ぐぅっ」


 初手で仕留めたはずの敵が倒れることなく背後で粘りづよく息巻いて、


「――っ」


 逆側では弓持ちが曲刀片手に躍りかかって来ようとし、さらにそのふたりに呼吸を合わせる形で槍持ちまでが、穂先に殺意を込めてゆく――。




 ――――くるっ(・・・)




 そう感じた刹那、鷹木は一瞬早く、背後の敵に身を寄せた。


「――おっ」


 その敵が驚く間もなく鳩尾に剣先をたたき込み、それでも不足と感じてすぐ、体重を上乗せして深く突き入れて。




 ――――しゅいっ




 ほぼ同時に差し込まれてくる槍の穂先に剣身をあてがい、弓持ちの方へ導くように反らす。


「――!」


 しかし驚くべき反応で、のけぞり躱す弓持ち。それがスキル『瞬間集中フラッシュ・コンセントレーヨン』によるものと知らぬ鷹木は、素直に体勢の崩れを好機と捉え、今度はそちらへ素早く身を寄せる。

 逆に寄せ付けまいとする弓持ちが曲刀を振り回すのを鷹木ははねつけ、直後に身を触れ合わせ背後へと回り込む。そうまでして近接することこだわる狙いはただひとつ。

 

「ぐ、む……っ」

「――」


 必死にもがく弓持ちの首に鷹木の腕がするりと回され、きっちり頸動脈を締めていた。

 そう。

 斬るも打つも効かぬというのなら、いっそ締め落としてしまえばよい。 

 そもそも『抜刀隊』は戦場で華々しく活躍するような部隊ではなく、特異な舞台で、特殊な任務をこなすことに存在価値を見出している。

 ゆえに隊員は、敵をただ斬り捨てるだけでなく、静かに眠らせるすべ(・・・・・・・・・)も身に付けていた。だから、これくらいの芸当など造作もない。


「スニート!」


 そいつの名であろう。 

 叫ぶ槍持ちが助けようと穂先を向けるが、右から狙えば左へ、左から狙えば右へと鷹木は巧みに弓持ちを盾にして身を隠す。

 

「このヤロゥ……」


 焦れた槍持ちが歯噛みするのへ、


「こちらとしても不本意ではあるが、剣にのみこだわっておれる状況でもない――」


 あくまで場の制圧こそを優先するのだと。席次に関心の薄い鷹木らしい、良く云えば柔軟な戦い方で(・・・・・・・)長引くかと思われた状況を一変させてしまう。

 いや――終わらせた、が正しいか。

 事実、今の今まで抗っていた弓持ちの両手が、急に力を失い、だらりと垂れ下がる。これでこの場に立つのは槍持ちただひとり。

 



「……てめぇっ」




 仲間を奪われた怒りか、あるいは何もできなかった己の無力さにか――槍持ちが呻いて握りこんだ槍の柄に低い苦鳴を洩らさせる。

 つい先ほどまでは予断を許さぬ攻防だったはずなのに、気付けば防衛拠点が崩される窮地に立たされている。そんな急転直下の展開に思考は戸惑い、すぐには動けぬ槍持ちへ、鷹木は無情の言葉を投げ掛ける。


「どうする。まだあるか(・・・・・)……? なければ、ここで終わりにしよう」


 彼からすれば、そうであろう。

 だが逆の立場からすれば、どう思うか。


「……」


 槍持ちは一度開いた口から一言も発しないまま、また口を閉ざす。

 何も云えない。

 云えるはずもない。

 だから無理に、余裕の笑みを浮かべようとするのか。




「オレはまだ、何の痛みも感じちゃいねえ――」




 そう言って自身の胸をドンと叩いて。


「このカラダは無傷で、キレイなままだ。……だったら、まだ、終われねぇだろ?!」


 最後に精一杯叫んで槍を突いてくる。

 だが鷹木にとっては目をつぶってても避けれる凡庸極まりない力攻め。

 刀身を合わせることなく半身で躱し、交差の一撃で刀を叩き込むだけ。

 



「!」




 ふいに槍持ちが転げて、それがために回避した。

 自ら躱したのでなければ、偶然何かにつまづいたわでもない。そもそも、転んだ本人も何があったか当惑した表情をしているではないか?

 それでもそこに、代わりに立っている何者かの姿を見て納得した表情に変わる。

 どうやら自分は“仲間”に助けられたのだと知って。


「ルアド――」

「すまない」


 希望がこめられる呼びかけに、その者は謝罪の言葉で返しつつ。


「――けど、待たせた分は取り返す」


 裾をギザギザに乱切りしたような特徴的なマントに身を包む無精髭の中年は、何を根拠にそれほどの自信を持てるのか、強気に言い放つ。

 すこし離れた床には、先ほど播磨に手傷を負わされた者が横たわっており、その治療を今まで行っていたから参戦が遅れたのだとは分かる。

 だからこそ、医の心得があっても攻撃の要になる人物ではなかったと察せられるのだが、当人にことさら大言を吐いている様子はない。事実、

 

「――」


 鷹木はルアドと呼ばれた人物の佇まいに、強者の空気を感じとり、警戒心を高めて身構える。

 対するルアドはマントの下に何かを隠しているのか、構えを見せず立ち尽くしたまま。

 たった今、仲間を圧倒した鷹木を相手に何も感じないのか、武器すら構えぬその落ち着き振りには、鷹木にも覚えがあった。


(この感覚――藤五郎殿、か)


 それは第八席次の“手裏剣の名手”のこと。

 実際には無手による組み討ちも得意とする“間合い自在”の恐るべき武人であり、こちらが武器を手にする有利さを感じさせない――そういう意味ではルアドも同じ匂い(・・・・)を漂わせていた。

 だから鷹木はあえて問いかける。


「まさか、“素手”で拙者と戦るつもりか……?」

「それが『修道士』だ」


 当然のようにルアドが返し、


「だが心配は無用。なぜなら我が“イェン派”は己の四肢こそを“黄金の武器”とするからだ」


 そうしてグイと突き出される腕は太く、まるで黒鉄のように黒みを帯びていた。

 さらにズシリと床を踏みしめて腰を深く沈める姿勢は、テコでも動かせぬ大岩を思わせる。仮にこの男を床から引き剥がそうとするのなら、大の男共が10人束になる必要があるだろう。

 そしてこの“重量感”こそが、あらゆる組み手においていかに“肝”となるかを、鷹木も扇間から聞き及んでいたため、さらに警戒心を一段高めずにはいられない。

 ただしそれは、相手の方も同じであったらしい。


「気をつけろ。蛮族とは思えぬ妙な剣技を使うぞ」


 槍持ちの助言にルアドは「見たとも」と。


「スキルとはちがう、鍛錬によってのみ練り上げられた“技”の結晶というべきもの。――久しぶりに身震いがした」


 それで“臆した”とでも疑念を過ぎらせたのか、槍持ちがルアドに念を押す。


「勝てるな?」

「今のオレは、あんたの知ってるオレではない」


 プライドを傷つけられたように、ルアドは応じる声にわずかな怒りを滲ませて。


「この6年――死に物狂いで“武”の道に励んできた。鍛錬した“イェン派”の修徒がどれほどの実力を持つのかを、あんたもその目で確かめるといい」


 これは鷹木の知らない話だが――。

 本来、神に仕える者が『修道僧』として身を守るすべを学ぶのは、3年で事足りる。ただし、『修道士』として本格的な戦闘術を学ぶ者は7年から10年は必要だ。

 つまりルアドの修練は“道半ば”のはず。

 なのに、その声には己の武に対する揺るぎない自負がこめられていた。

 それだけの鍛錬を彼がこなしてきたからだろうと察するが、教会の基本的な事情だけを知る槍持ちであっても興味がそそられるところだろう。

 そこまでの自信をつけさせる“イェン派”とは、いかなるものなのかと――。




 ◇◇◇




 ところ変わって本棟北口。

 剛馬の率いる突撃班――。


 突如として吹き荒れた暴風により、先陣2名があっさり倒されるのを目の当たりにして、誰もが唖然と立ち尽くす。それも束の間、




「――おい待て、水音みずね!!」




 番手を守らず勝手に飛びだした娘剣士を、気付いた先輩剣士が慌てて呼び止めようとする。それを剛馬は「好きにさせてやれ」と逆に抑える。


「あの奥手・・が、危険を承知で前に出た――今はその意気込みを汲んでやろう」

「ですが葛城殿」


 即座に先輩剣士が異を唱える。


「先も己の未熟さも分からぬ風吾ふうごを“上”に向かわせたことといい、あまり若手に好き勝手させるのは、いかがなものかと」

「それの何が悪い。あの“剣才”に対抗心を燃やすがゆえに危地を欲してやまぬ風吾。その危ういほどの熱量に、多少なりとあてられた(・・・・・)水音。そんな黙っていられぬふたりの血気に、ぬしは――席次以外ぬしらは何も感じぬのか?」


 そう剛馬が問いかける先で、水音の剣が敵の矢を断ち。

 さらなる矢の雨もなめらかな流水のごとき体捌きで悠然と躱しきる。

 自らも並みの剣士でないからこそ分かる、その動きの冴え(・・)に。




「「……!!」」




 剛馬以外の誰もが息を呑み、驚愕する気配は敵陣からも伝わってくるほどだ。


「やはり抑えていたな(・・・・・・)、あの娘」

「まさか、これほどとは。しかし、なぜ我らに隠す必要が……?」

「事情はそれぞれだ。あるいは――ただの“気遣いする娘”なのかもしれん。そういうところが、あやつにはあるだろう?」

ただ控えていた(・・・・・・・)、と?」


 剣士としての資質を疑われる話だが、それでも彼女が皆と同じ鍛錬をこなして遅れることなくついてきたのも確かである。

 いやむしろ、ハッとさせられる剣使いや足運びをこれまでに何度目にしたか。その反面、常につつましく控えめであった姿を思い起こせば。


 彼女の“本心”はいずこにありや――?


 何とも判断がつきかねる先輩剣士に「さあな」と剛馬は素っ気なく応じて。


「とにかく大事なのは、ここであやつがひと皮むけるかもしれん、ということだ。そしてそれは風吾に(・・・)も云える(・・・・)


 今度の指摘は想定内であったものか、先輩剣士に特別な反応はみられない。


「……」

「そうだ。皆も薄々感じていただろう。風吾の“野性”はあの“剣才”に近づけると」

「その上で、強さに対する飽くなき渇望……正直、風吾がどこまで近づけるか、興味はつきませぬ」

「それでよいのか?」


 剛馬は先輩剣士に水を向ける。

 「何も感じぬのか?」と投げて宙に浮いた先ほどの問いを、ここでもう一度繰り返す。


「ぬしらは若手の成長を、ただ見守っているつもりか? やつらが先ゆく背を黙って見送るつもりか。それは“諏訪の剣”たらんとする者として、正しい姿なのか――?」

「!」


 剛馬の問いかけは、先輩剣士だけでなく他の者の表情をも変えさせる。


「もう一度、“剣”を手にした理由を己に問え。そしてなぜに諏訪の地で、今なお“剣”をとり続けようとするのかを思い起こせ」

「何を――分かりきったことを」


 目付きを変え、憤りをあらわにする先輩剣士。

 ならばと剛馬。


「水音を止めるのでなく、共にゆけぃ。あえて危地に飛び込み、己を研ぎ澄ませ。そこまでせねば、この地の妖術奇術と渡り合えぬと分かっていよう。それほどに儂も含めて危うい状況にあるのだと。それをしっかと、肝に命じよ――」


 剛馬は隊らの背を叩き、己にも聞かせる。

 この機に飛躍的な成長を遂げねばと。

 誰よりも強く危機感を抱いている剛馬ゆえに語気を強める。




「分かったら、ゆけい――」




 前方では敵陣から人の気配が遠ざかり、水音も歩を進めていた。

 舞台が移る。

 さらなる激闘が待つであろう、ところへと。

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