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(十九)フェルド班の戦い



夕暮れ

領都側の砦門


                 ――本棟北口





 ティエリが回避モンスターの少年剣士に苦戦を強いられている頃。

 階下の通路では侵攻してきた魔境士族に対し、フェルドらによる迎撃戦がはじめられていた。




 ――ドドドドッ




 一斉に放たれた4本の矢は狙い違わず敵の先頭を襲うも、盾に使われた頑強な資材に刺さって防がれる。


「ありゃダメだ、リーダー。堅すぎるっ」

「ぶちぬくなんて、ムリですよ」


 片目のシーレンに新人・・も同意して、2度目の斉射が徒労に終わったことをわざわざ言葉にしてくれる。そんなことは歩みを少しも止めない敵さんの着実な進軍を見ていれば分かる。

 だからフェルドは次善の策を命じる。


「だったらアレで止めればいい」

「もう、かよ――」


 シーレンの呆れ気味なツッコみに、


「遠距離戦が弓士の“華”なんだ。開戦してすぐ用無しにされるんじゃ、さすがにカッコがつかないだろ――」


 応じてフェルドは属性羽矢をつかみとる。


「おっと」


 これから何が起こるか察したシーレンが身を低めれば、


「「え、ホントに――」」

「いいから、耐衝撃姿勢!」


 じゃっかん狼狽する新人2人に対し、素早くバリケードを支えた盾士が対処を促す。そんな切迫した状況にあると知らない敵は、


「進め、進めぇ!!」

「「おうっ」」


 盾材の向こうから檄と喊声を響かせ、果敢に歩を進めてくる。すでに彼我の距離は半分ほどにまで縮められ、さらに歩むスピードが増して勢い込む。そこへ、『怒り風神の息吹』が込められた矢が盾材に突き刺さり、戦術級の精霊術が炸裂した。






 ゴォオオオオオオッッッッゥゥ!!!!!!






 炸裂点を中心に凄まじい豪風が渦巻いて、弓矢の一斉射に耐えていた盾材や敵を枯れ草のようにあっさり蹴散らす。




 ……――――ビュゥゥ……




 隣にいても声が千切れて話せないほどの風鳴りが納まった時には、割れてバラバラになった盾材と床に倒れた敵がふたり残されているだけだった。


「……どうだ?」


 内心、予想以上の威力に少しだけ動揺しつつもフェルドが自慢げにつぶやけば、


「「おおっ」」


 新人ふたりが難敵の撃破に感嘆の声を洩らす。

 これにはシーレンも「確かに正解だ」と口元を大きくほころばして。


「――バリケードまで崩れてビビったが、な」

「敵を倒したならプラス・ポイントだ」


 “終わりよければすべて良し”的に言い切るフェルド。事実そうだろう。魔境士族を相手にするなら戦果こそがすべて。

 その認識が正しいことを表すように、前方を油断なく注視していた全員の目に、新たな敵の姿が早くも現れる。それもたったひとりで(・・・・・・・)




「――細いな(・・・)




 身長190で体重100の盾士からすればそうだろう。


 その敵はわりと小柄で、弓士のフェルドからみてもあまりに線が細すぎた。

 戦士というよりは食の細い精霊術師か魔術師を思わせる。


「けど、かなりやる(・・)ぞ――」


 シーレンの見立てに、


「うむ。生粋の『剣士』だな」


 盾士も同意する。

 幾百の探索者を見てきたから分かる。

 カラダに馴染む“怜悧な刃”を思わす空気は、卓越した剣士の纏うそれ。シーレンと盾士が危機感の種類を間違えるはずもない。

 それにたった今、圧倒的な暴力術で叩きのめされたにもかかわらず、敵が即座に送り込んできたほどの人物だ。ただの剣士であるはずがない。

 

「――だから、もう一発だ(・・・・・)


 ふたりの見立てに同意するフェルドが本日2本目の属性羽矢をつかみとる。

 闇オークションなら、最低でも1本で金貨2000枚クラス。それを笑顔ひとつで消費しようとするフェルドにシーレンがひきつった笑みを見せる。それほどに剛胆な決断をしてみせたのに。




 ――――カッ




 その足下で炸裂するはずの秘矢を、その剣士は飛び込み、切っ先を斬り飛ばして無効化してみせた。

 もちろん、刃の届かない位置を狙っての一矢。

 しかも気付かせないように“早撃ち”までして。

 なのに剣士は気づき、ただ一度見たきりの脅威に対し見事な回避手を披露してみせた。


「……ぉ……」


 信じがたい対応力に愕然と立ち尽くしそうになる自分を叱咤するつもりで、


「なら、一斉射で押すぞっ」


 語気荒くフェルドは次なる手を打つ。


「シーレン合わせろっ」

「オーライっ」

「カウント・スリー!」


 全員に向けて秒読みを発するフェルド。

 このタイミング合わせが意図することに気づけないメンバーはいない。全員が同じ矢は選ばず、さらに新人たちは同時2本の『束ね撃ち』を、シーレンとフェルドは『曲撃ち』を狙う。


「――2、1、てぇ!!」


 6本の凶矢が細身の剣士に襲い掛かった。

 それも先の斉射と異なる気的な(・・・)矢走りで。


 6本のうち4本は、まっすぐでありながら、小刻みに震えて飛翔ラインを見極めさせず。


 別の2本は、それぞれが異なる角度から回り込んで剣士の常識外から(・・・・・)牙をむく。




 射撃戦術【咬合オクルージョン】――



 

 怪物であれ戦闘士であれ、“格上の個体”を相手にする時のフェルド班必中戦術。

 角度の異なる、二種以上の矢走りに襲われれば、すべてを防ぐのは不可能。そうしてたとえ1本だけでもヒットさせ、確実にダメージを積んでいくのが狙い。

 だからこそ効く。

 幾十、幾百の矢傷が、届かぬと思わせた強敵の膝を折り、いずれはその首を差し出させる。

 今は地味すぎると嘲笑えばいい。

 この一度、一度のかすり傷が、いずれおまえの命に死を届かせるまで。



 だからユルリと――。



 剣士が細身を揺らせただけで凌ぎきった(・・・・・)事実を、その目で見ておきながら、フェルドたちにはどうしても受け入れることができなかった。



「――なっ」 

「!」

「……」



 言葉に詰まる新人たちと黙り込むシーレン。

 そして半開きにしたままの唇から、


「……ウソだろ……」


 フェルドがそれだけを絞り出す。それほどにガードもせずに躱された事実は、弓士たちの理解を超えていた。


「バカヤロウ、ショックを受けるのはあとだ!」


 この時弓への矜持を持っていない者がいたのは、幸運と呼ぶべきなのだろう。

 盾士の大きな掌で背中をぶっ叩かれ、むせて我に返ったフェルド。


「敵は目の前だ! さっさと立て直すぞっ」

「……もちろんだ」


 こんな状況は一度や二度ではない。

 だからヘソに気合いを込めるだけで無理矢理に気持ちを引き締め、フェルドは剣士への対処を模索しはじめる。

 ここで幸いだったのは、相手も警戒しているのか慎重に歩を進めていることだ。このまま突撃するのが最善と気付かれる前に何かをひねり出さねばならない。

 眉間にシワを寄せるフェルドに新人たちが案を出す。


「続けましょう! あんな“芸当”が、そう何度も続けられるわけがない」

「確かに。当たるまでヤるのも手じゃ?」


 その提案に「いや」フェルドは首を振る。あれはマグレなんかじゃないと。新人たちも内心では分かっているはずだ。焦りが安易な策を取らせようとしているにすぎない。それほどの緊迫した状況だからこそ、フェルドは腹をくくって盾士へ話をふる。


「悪いが、おまえの手を借りるしかなさそうだ」

「はじめからそのつもりだ。――それでどーする」

「いつもどおりに」


 導き出した答えはシンプルだった。


「それがオレ達の“必勝スタイル”だからな」

 

 待ってたぜと唇の端を吊り上げる盾士に、


「おまえが“力”で押してヤツの足を止め、あとは弓組おれたちが仕留める。これまで積み上げてきたことが、ヤツに対する最適解だ」


 冷静さを取り戻したフェルドが、馴染みの段取りをあらためて伝える。

 そうとも、やりようはある。

 あの手の剣士はスピードの切れ味が異次元級で厄介だが、パワーの無さに付け入る隙がある。

 魔境士族といえど、探索者としての経験内に収まる相手のはずだと。


「じきに“エース”も戻る。それまでの辛抱だ」

「――だとよ」


 もうひとりのエースであるシーレンに目を向ける盾士が、


「頼むぜ“ダブル・エース”さまっ」


 景気よく背中を叩いて、「ごふっ」と咳き込ませる。


「……この、バカ力が」


 涙目のクレームが付けられるも「ハッハッハ」と笑い飛ばす巨漢の耳に入ることはなく、彼の注意は強敵の対処に向けられる。


「それで? こっちに誘いこむのか?」

「そうしたいが、ヤツの嗅覚は鋭いだろう。だから一度、本気の撤退(・・・・・)をする」


 フェルドはバリケード陣を放棄して大きく後退することを決める。そうすれば、ティエリとシーレンの二枚看板で仕留められると信じて。




 ◇◇◇




 一方、本棟正面口では――。

 パーティ後衛組の支援術を受けたエンデリオが、敵の先頭に斬りかかっていた。

 

 できるだけ殺意を抑え、近づいて。

 斬りつける際も無心で刃を振る。


 そうすれば、【聖者の包容セインツ・エンブレイス】の効果で敵は自分を見ても仕掛けようと思わず先手を譲ることになり、さらに敵と認識したあとでも、その刃先を鈍らせてしまう。


 この戦い方を続けたおかげで、エンデリオの剣には限りなく殺気がこもらなくなり、巷で“暗殺者よりも暗殺者”などと評されるようになっていた。

 そんな彼を最も怖れたのは傭兵たちだ。

 彼らの戦場で馴らした“直感”がエンデリオの剣相手には働かず、トラブル相手になった名のある傭兵が数名倒され、傭兵団が解散してしまった事件が起きたのだ。

 “無殺”という異名が流れはじめたのもこの頃からであり、十年ぶりのレベル4昇格者と認められた時期とも重なる。




 だから当然――。




 こちらの間合いに捉えても、いまだ相手の敵意は何も感じられず。


 肩口に斬りつけた両手剣ツーハンデッドが敵の右肺まで断ち切ることを確信しきっていた。


 なのに。




 ――――キィ




 敵は刃の峰でエンデリオの剣を反らしていた。

 だが驚きは一瞬のこと。

 エンデリオは踏み込んで右肘をカチ挙げる。


 ――これもかっ


 躱されてなお、肘をスライドさせて剣身を敵の顔面にさらしてみせて。


「!」


 さすがの敵も咄嗟に目をつぶる。

 【燈明の宿り木ミスルトゥ・オブ・ランプ】の術により発光する刃が目くらましとなり、その隙を突いてエンデリオの左膝が敵の腹部にめりこんだ。


「ぐっ」

「もういっちょ――」


 続けて頭突きを喰らわそうと軽く上半身を引いたところで、



「つっ――」



 兜の端に何かが当たって軽いめまいを起こさせられる。


 なんだ今のは。

 攻撃か――?


 敵の背後から何かが飛びだしてきたのは間違いない。それがエンデリオの兜に当たって連続攻撃を止められた。ならば援護であったと思うべきだ。

 おかげで首をふって強引にめまいを振り払うも、敵もとっくに体勢を整え直していた。


「やるな。今ので勢いを殺された……」


 エンデリオは苦々しく吐き捨て、再び先頭の敵に斬りかかる。

 やはり手強い。

 並みの相手なら三撃も持たず地に伏すのに、先陣を切るだけあって耐え続ける。


(しかも刃先をにぶらせたのは最初だけ――)


 まさか蛮族が術の対処法を知っているはずもないのに、見事に殺意を消した刃がエンデリオの首に襲い掛かる。


(それに時折くる、この――)


 敵背後からの援護。

 これがなければ、支援術を含めた総合力でこちらに軍配が上がることは確かに感じられる。

 その差によって徐々に相手を追い詰めているのも事実。

 だが戦いの均衡がほころぶたび、タイミングを見計らったように敵の背後から的確なフォローが入れられるのだ。これにエンデリオはつまずき、結果的に苦戦させられる。

 このつまずきが影響を及ぼしているとは思わないが、こちらが絶対有利なはずの広間戦場に、望まぬよどんだ停滞感を漂わせる。


「……マズいな。一発、味方に刺激を与えないと」


 そう考えるのは敵も同じであったらしい。




「――退けい」




 まるで先頭の働き手としては不足だと、咎めるように押し退け、前へしゃしゃりでてきた者がいる。

 

 かぶりものは紫の頭巾。

 そのくせ、袖口も裾もすりきれた乞食くさい服に身を包むその者は、鍔のない細身の剣を手にした女であった。


 だが、その者を目にしてエンデリオが眉をひそめたのは、剣士がただの“女”だからではない。

 目は切れ長で、朱の紅を差して美しくはあるものの、刻まれたシワが目立つ明らかな“老婆”であったからだ。



 なのに、剣先から滴るようなその剣気。



 それ以上に、どこか艶めかしささえ感じさせる、瑞々しいまでのその精気。 



 その妖異なる姿を目にした味方が、思わずゴクリとツバを呑み、あるいは錯覚かと目をこする者がいたのは当然だろう。

 だからエンデリオも問わずにはいられなかった。





「――――何者だ?」





 たとえ“老婆が敵である事実”に変わりがなかろうとも。

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