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(十六)砦本棟攻略(3)



夕暮れ

領都側の砦門


                 ――本棟南口





 壁際に身を寄せ、やり過ごすつもりの鷹木であったが。

 火球から放たれる熱波の強さは凄まじく、まるで顔面を焼くように炙られ、


「……っ」


 咄嗟とっさに前方へ跳び込むように転がり逃げていた。

 ゴォウと凄まじい音を立てる炎熱の塊が通り過ぎ、後方で壁にぶち当たって爆散する。


 炸裂音にまぎれる仲間の苦鳴。

 かと思えばハッキリ響く必死の呼び声。


 これは突風どころの騒ぎでない。局所的に巻き起こった思わぬ火事騒ぎに、しかし鷹木が後続を案じる余裕など持たされるはずもなく。


「~~~~!!」


 背中に飛び火したらしい人影が、両手をばたつかせ飛び跳ねながら鷹木の横を追い越してゆく。爆散の余波に巻き込まれたのだ。


「播磨!」

「ぅお、ぁあ?!」


 必死の形相で踊り狂う播磨の姿は、ある種滑稽にさえ見えた。だがこのまま放置すれば火は消えず、深い火傷か悪くすれば焼死もある。

 そこで鷹木が慌てて火消しに向かおうとすれば。


 一瞬。


 ほんの一瞬だが、播磨と目が合った。

 その怜悧な目付き(・・・・・・)に。


 鷹木は察して行き先を変える。

 大騒ぎする播磨の後ろをすり抜け、前方左の壁に向けて。


 そうだ。

 今なら敵に見咎められない。

 見苦しいほどの播磨の狂乱ぶりと燃え立つ炎の陰に隠れてしまい、鷹木の存在は薄められている。それを企図した播磨の機転を称賛し、その想いを汲んで、鷹木は迷わず攻撃に踏み切った。


「――っ」


 さほど助走を必要とすることなく壁の杭を蹴り込んでカラダを宙に躍らせる。


 体術『猿身』――。


 敵は身のこなしによほどの自信を持っていたのだろうが、抜刀隊にとってもこの程度の軽業は何ほどのものでもない。

 鷹木は中空で敵の動きをしっかと見定めながら、ひとり柵向こうへと攻め入るのであった。




 ◇◇◇




 ちょうど誰もいない敵チームの空いたスペースで()()が打ち上がるのを見て、ギルドレイはきつく顔をしかめた。


 使った秘具に込められていたのは『火蜂の炎巣』という範囲攻撃タイプの精霊術。一日一回きりの制限付きだが、術士でなくても発動できる手軽さと、一定範囲に大ダメージを与える威力は切り札とするに十分な力を秘めていた。

 だからこそ、防護柵で袋小路に仕立てたこの場、このタイミングで、遺跡由来の秘具を惜しげもなく使った“第2の策”。

 まさかそれが。




「――狙いすぎだな」




 敵に当てることにこだわる必要はなかったと。期待値を大きく下回る結果にギルドレイが苦々しくつぶやくと、


「いや。敵もどうして――動きがいい」


 逆に“やむを得ない”と受け止めるのは、ギルドレイと同じく秘具や弓を使ったふたりの後ろで戦況を見守っていた元傭兵。


「見たか? 直前の動き――それに斥候と後続の適切なポジショニングも被害を最小に抑えたポイントだ。やつら、遺跡攻略の経験があるのか……これじゃ同業を相手にしている気分だな」


 興味深げに感想を述べていたが、そこでふと言葉を途ぎらせ、真顔になってつぶやいた。


「ひとりで行かせるべきじゃなかったか……?」


 それが右扉から向かった陰者シャドー・フットディンバーの身を案じての発言であるとはギルドレイも分かっている。

 隊としてディンバーに託したのは“待ち伏せ”と“範囲攻撃”に続く“第3の策”――窓から窓へと見えざるルート(・・・・・・・)を使って敵の後続近くへ忍び寄り、爆裂の混乱に乗じて奇襲をかけるというもの。

 ここまで2つの策が振るわず、敵の実力を思い知らされる結果となれば、元傭兵だけでなくギルドレイも不安を覚えはする。

 だがリーダーとしてそれは見せられず、だから振り払うように吐き捨てる。


「いまさらだ。それより――」


 柵に近づきすぎた敵を処理しろと命じかけたところで、元傭兵がそれ(・・)に気付いた。


「お?!」

 

 服を燃え上がらせて大騒ぎする敵の陰から、何かが飛び出し、あっと思う間もなく、こちらへ向かって跳躍していた。


 敵だ。


 仲間を見捨て攻めのチャンスにするだと?

 敵ながら正気を疑うその行動に、しかし、ギルドレイも怯まず強気に討って出る。 




「戦るぞっ――」




 意気込んで踏み込むギルドレイの一声で、秘具持ちに弓士、そして元傭兵の3人が想定される着地点に一瞬で向き直る。

 これぞ“遺跡帰り”の凄み。

 ダンジョン攻略で鍛え上げられた連携力が、打ち合わせなしに最適な戦術を取らさせる。




 【瞬間集中フラッシュ・コンセントレーション】――


 先手は弓士の射撃。

 必中の射撃スキルで着地前を狙うも敵の剣に矢が弾かれ、




「ぬあっ」


 着地と同時に斬りつけた秘具使いは瞬速のカウンターで首を砕かれ、



 

ついばみ(・・・・)】――


 別方から敵の足を狙った、威力よりも“引きの速さ”に特化したギルドレイのジャブ突きをも剣で合わされ、反らされた。




(――こいつ、二度までもっ)


 歯噛みするギルドレイの脳裏では、戸口近くで繰り広げた初手の攻防がよみがえる。

 あの時タイミングもドンピシャで放った『瞬突』は、武器スキルの中でも最速を誇る技であり、先手をとった時点で“必中”が約束されていた。

 それがまさか、反らされただけでなくカウンターで合わされてしまうなど、前代未聞。

 もし、遺跡から持ち帰った防護の指輪がなければ、終わっていたのは自分の方であったろう。




 発掘品『慈愛のひとしずく』――。

 単品では少しの防護効果しかもたらさない低級の秘具であるが、数によって割り増し、一定距離の範囲内でも有効となる特徴に、ギルドレイたちは効果的な使用法を見出した。

 すなわち、皆で複数所持し共に行動(・・・・・・・・・)することで(・・・・・)、生身の剛性と耐久力を飛躍的に高めることを。

 だからあの時、致死性のカウンターにも辛うじて耐えられた。背中を斬られたバルモアも骨まで断たれず生き延びた。




 そうして今。

 敵の圧倒的武力の前に諦めが表情によぎっても不思議ではない状況で、ギルドレイの両眼が鋭いままな理由は、別のところにあった。


 そう。


 ここまでの3人攻めは強敵をその場に留めるための全ブラフ(・・・・)

 胸に秘した本命の一手は、別にあった。






 ダガンッッッッ

「……っ」






 次の瞬間、盾を構えた元傭兵の全力突貫ハード・タックルが敵のカラダにぶち当てられた。

 敵は猛烈な勢いで柵まで吹き飛び、残骸をまき散らしながらカラダを埋もれさせる。

 ここですかさず秘具に込められた精霊術をぶち込めば、さすがの強敵も確実にひとり葬れる。



 だが、それは叶わぬ夢。



 飛ばされたと見えたのは、思い過ごし(・・・・・)

 ド派手な衝撃音も期待に震える心が聞かせた、()だの幻聴(・・・・)





 恐るべき敵は、まだそこにいた(・・・・・・・)――!





 巨躯を誇る怪物『猪鬼オーク』すら弾き飛ばすタックルを、実際には物音立てず、剣身で()()()()()受けきっていたのだ。




 波ノ太刀『引き波』――。

 それがただ2つの術理でつむがれる珠玉の剣理によって為し得た奇蹟であるとギルドレイが知るはずもない。

 それも浜辺で育った漁師の小せがれが、海に向かって棒きれを振り続けた末の開眼であったなど。

 実際、“打ち寄せる水をもって剣の手ほどきをしてくれたのは、大いなる海の意志である”と鷹木はそう受け止めている。

 いやむしろ、そのような心持ちであった彼だからこそ、実は日々示されていた“海の教え”に気づき、会得できたのかもしれない。


 寄せては返す、その繰り返しに。

 幼き彼は剣を重ね、心も重ねるに至った。


 そう。


 波のように、あらゆる攻撃を懐深く受け入れ、呑み込んで――



 時にそのすべてを、押し返す(・・・・)






       ――【押し波】――






 バオッという風切り音を打ち鳴らし、元傭兵のカラダがタックルを仕掛けてきた方向へ正確無比に弾き返された!

 猛烈な風圧にギルドレイは頬をたたかれ、驚き目を見開く。

 それも一瞬。

 すぐに、今のが未知なるスキルの威力と判じて、




「――――上等だ」




 逆に闘志をたぎらせる。

 そうだ。

 “未知なる敵やワナ”に心躍らせずして何が探索者か。

 少なくとも、これまでにない強敵の出現に高揚し「やってやる」と意気込むのがギルドレイ。それは仲間も同じであったらしい。


「〜〜〜〜っ」


 息巻くギルドレイの視界で、歯を剥き出しにして食い下がる秘具使いの姿が見え、


「――――」


 同じく殺意を放ちながらククリ・ナイフに持ち替えた弓士が躍りかかる。


(そうだ)

(そうでなくては“遺跡帰り”じゃないっ)


 この場には『慈愛のしずく』が20個もある。それが相乗効果をもたらして即死攻撃の免罪符を俺たちに与えている!

 だから痛みと恐怖を気力でねじ伏せさえすれば、不死身の連携攻撃を何度でも繰り返すことができるのだ。これには、


(どんな強敵だろうと呑み込まれるっ。それはコイツとて、例外じゃない!!)


 経験則からくる確信を持ってギルドレイも足を広げて踏ん張り、再び攻撃に参加する。




「おおおおっ」




 その感覚が、遺跡でネームド・モンスターを相手にしている時と同じであることを彼らは気付いていなかった。

 それほどの敵であると、彼らの“探索者としての本能”は察していたのだ――。

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