(二)覇道の終焉②
向かって正面奥には石造りの寺院本堂が。
壁の一部をツタが這い、屋根に草花を繁らせる姿は廃墟と化した空気を濃密に漂わせる。
目を凝らせば本堂入口より、月下の中でも白く細い煙が洩れ出でるのに気付く。
どうやら異臭の源は彼らの目指す場所にあるらしい。
「遅かったか――?」
白煙から連想される懸念に、
「いや、まだ間に合う」
なかまが冷静に判断するが、そのセリフには強烈な違和感が伴う。
なぜなら彼らが嗅ぎ取った臭いはもうひとつ――頑強なフル・アーマーを着込んだ数十人分の遺骸が、血と臓物の臭いを漂わせ、本堂前の広場に打ち棄てられていたからだ。
「襲ったのは一体か――」
確信に満ちた声。
広場の惨状を目にしただけで、そこで行われた激闘のすべてを脳裏に再現したらしい。
不思議なことに、導き出した襲撃者の数に「少なすぎる」と異論を唱える者はいない。むしろ当然と受け止めるセリフが出るほどだ。
「目立たぬ武防具を仕立てているが、装飾品の方は術式の刻まれた腕輪にネックレス……どう見ても軍事用に強化された『魔導具』だ。しかもおそらく全員がな」
「こいつらが彼の騎士団ならば、うなずけもする」
「だが戦場で無類の強さを誇る騎士の一団も、ヤツを相手に一矢報いることさえ、叶わなかったというわけだ」
そう皮肉る言葉に「しょせん道具は道具」と相づちが打たれる。
「例え『魔導具』でなく『魔術工芸品』を装備したところで同じこと」
そもそも強化の土台となる『身体能力』が低ければ無意味だと。
それは数で勝っていた騎士たちの不甲斐なさをなじるものでなく、むしろ相手の<規格外な強さ>を差したもの。
そして磨き抜いた己の五体に対する絶対的な自負の表れでもある。あらゆる敵対者を凌駕してきた実績が、彼らに断言させるのだ。
「だからこそ、俺たちが必要になる。――どれほど世界に忌み嫌われようとな」
そこで初めて、彼らの間に感情の機微が露わになった。胃の腑に“覚悟”という石を呑み込んだような重苦しい空気を伴わせて。
まるで彼らの瞳、声、表情――身にまとう空気さえも陰気を帯びる原因がそこにあると云わんばかりのセリフだが、その真意は誰にも分からない。
「おい、感傷は後回しだ」
「ああ、とにかく急ぐぞ」
誰かがなかまを急き立て、それが切っ掛けで彼らは再び動き出す。
大陸中のどの寺院でも見られない――考古学者が知れば狂喜する――幻想生物を模した彫像に見守られながら、本堂の入口前で合図もなしにそれぞれが同時に抜剣し、『闇削ぎ』の呪術で視界を確保する。
それが大陸史の闇に消えた『呪法術』であると誰かに気付かれることもなく、伝説の法術による効能は、この場にいる三人だけが秘めやかに享受する。
おかげで闇に呑まれた堂内であっても、彼らの視界にはっきりと煙の筋が示された。
「右だ――」
堂内に踏み込んですぐ、白糸のような煙を追って彼らは足早に進む。
「空気が重い……連中、とんでもないシロモノを当てたようだな」
「ああ」
古い文献でしか目にしない壁の彫刻を横目に誰かが応じる。
「ここは探索者でさえ滅多に踏み込まぬ地だ。しかも、この寺院など『深淵の探索協会』でも未登録の遺物。はじめから信憑性は高かった――何がおかしい?」
「いや。この大陸で、誰よりも鉄と剣を重んじる者が、相反する神秘学に拘泥しているとは、何とも皮肉な話しだと思ってな」
それはこの寺院跡に訪れた騎士団を差している。
いや、それを率いた者を。
推測するのは容易だ。
数十もの骸が身に付けたフル・アーマーに打たれていた紋章(削られていたが事情を知る彼らには推測できた)は、今や大陸を戦火に燃え上がらせ、怒濤の勢いで版図を広げ続けている『ガルハラン帝国』のものに違いなく、帝国騎士団に警護されるほどの貴人が、わざわざ出向いていることになる。
戦時下の重要事に、命を賭してまで。
考えれば、不審な点はいくつも浮かぶが、それらすべての答えを知る彼らの歩みに迷いはない。
むしろ気にするとすれば、別のこと。
「……これで四人目」
道行く途中にこれまでと同じく、斬り伏せられた騎士の遺骸が転がり、すべてが一太刀で終わっている事実に彼らは気付いていた。しかも。
「うなじのアザを見ろ」
「こやつら『六天』か――」