(十五)砦本棟攻略(2)
夕暮れ
領都側の砦門
――本棟正面口
砦唯一の両開きとなっている玄関口から入ってすぐの大部屋は、砦に駐在する一般兵士らの『食堂兼休憩所』になっている。そこに横倒しの大テーブルを“壁”として、戸口から伸びる“仮設の通路”が臨時に造り上げられていた。
それは、言うなれば“死の直通路”。
壁際の攻防戦で勝利した魔境士族らが、勢いそのままに正面口から突入すると、右も左も即席の壁と守備兵に挟まれ、端で途切れる通路奥へと脱出するしかない状況に陥れられる。
生を掴みとるための距離は、わずか10メートル。
突入の勢いと後ろから味方に急き立てられては、足を止めずに駆け抜けるしかないのが攻撃側の心理思考――しかしそれこそが守備側の狙い。
ズラリと壁を盾にする槍兵らが、列なす敵を左右から串刺しにするという寸法だ。
無論、ただの軍人にこのような手間のかかる戦い方を思いつけるはずもない。探索者の経歴があるエンデリオならではの発想であり、戦い方であった。
「もう一度云うぞ――」
場の仕切りを任されたエンデリオが、先ほど合流したばかりのギャラン兵を混じえ、念押しで段取りを繰り返す。
「敵を奥まで引き付けたら攻撃だ。それまではオレの号令をじっと待て。状況によってはタイミングを変えるから、絶対に聞き漏らすなよ」
そうして指示内容が兵たちの頭にきっちり染み込んだのを表情から読み取ると、締めるつもりで兵に活を入れる。
「いいか。探索者として『怪物』とも戦ってきたから云える。魔境士族とやらの武力がどれほどであろうと、この“仕掛け”と、上位ランクの探索者をきっちり活かしきれば、互角以上に戦えると。だから怯まず戦え。気迫で相手を呑み込んでみせろっ。――それがギャラン殿の、弔いにもなるだろう」
最後にあえて故人の名を口にしたが、槍を手にする兵たちは身動ぎもせずに沈黙を貫く。その鈍すぎる反応にエンデリオが不安を抱くことはない。なぜなら、
「いらぬ言葉は不要だ。それが“戦い”であるのなら、我らは常に全力を出す。そこで黙って『ギャラン隊』の戦いを見てるがいい」
武器を槍に持ち替えた彼らの身に、強烈な殺意がみなぎっていたからだ。
やはりこの隊はちがう。訓練を目にした時も思ったが、戦いに関する取り組み方に狂気的なものを感じる。
(今はむしろ、頼もしいくらいだが――)
ギャラン隊の戦意の高さにエンデリオが満足を覚えているところへ。
「――首尾はどうだ?」
吹き抜けとなっている2階の通路上に砦長が副官を従え現れた。
エンデリオは軽く頭を下げることで挨拶とし、手短に状況を報告する。
「ぬかりはない。正面口はギャラン隊が合流してくれたおかげで万全な体勢をとれている。北口もミュルド隊の穴をフェルド班に埋めさせ、南口はギルドレイ班に任せるだけ。負ける要素はどこにもない」
「おまえの言葉とその実力を疑うつもりはないが、ヤツらは『一級戦士』を倒している――はっきり言うが、『幹部』を倒したという話は、事実だぞ」
「それでも、だ」
エンデリオの自信にはヒビすら入らない。
かつて感じさせた探索者らしい場馴れした言動に“風格”さえ伴わせて。
「地力に差があるなら、それを埋めればいい。真っ向からぶつからず、“敵に不利となり味方に有利となる状況”を自分の手でつくり上げて差を埋め、あるいは――――逆転させればいいだけだ」
「それが“探索者の戦い方”か」
あらためて大部屋に構築された無骨な戦場を感慨深げに見つめる砦長に、エンデリオは口端をわずかに吊り上げて。
「俺たちはこの十年で経験を上乗せ、“遺跡帰り”にもなった。あの頃とはゼンゼン違うっ。……まあ、歳は食ったかもしれんが、弱くなったわけじゃない。だからもう一度云おう――――負ける要素はない」
実力に裏打ちされた確信をエンデリオは語気にこめる。
大戦終了後。
エンデリオ班や他の班は探索者としての活動を再開させたが、気付けば仕事に対する姿勢がヤケにストイックなものに変わっていた。あまりに厳格すぎて、ギルドや依頼者にまで煙たがられるほどに。
それは紛れもなく大戦のせい。
探索者の同僚や住民らに敗戦をイジられ責められて、より強く“もっとやれたはず”との悔恨を残しているからだ。
軍属としての窮屈さ。
隊員仲間の実力不足。
あの時逃走するしかなかった言い訳を思い浮かべる一方、北部エリアを失い、東部戦線が崩れた要因のひとつが自分たちにあるとの自責は、どうしてもぬぐえない。
いや、悔しさが。
だから“今、何がやれるか”を突き詰めた。
職業軍人ではない自分らが、隊に何かを求めるのは違う。ならばせめて、もっとフォローできる力を持つしかないと。
その結果が“ストイックすぎる”と評されてもエンデリオたちは気にせず、我が道を進んだ。
そうしていつの間にか十年、鍛えに鍛えて。
ふつうの探索者としては最高位になるレベル3を突破し『遺跡』では秘具を手に入れた。しかも高めた名声が陰口を消し、気持ちの余裕が誰とでも良好な関係を築けるようにさせてくれた。
順風満帆。
大戦前には望めなかった豊かな暮らしぶりの中で訪れた、オジトからの誘い。
当然ながらエンデリオたちは迷わず飛びついた。
それを“愚か”と人は云うかもしれない。
大戦とはちがい、誰かに任せられるものだから。
だが彼らには“受ける”以外の答えはなかった。
いや、待っていたのだ。
辺境のために、鍛え上げた己の力を使える日が、もう一度来ることを。
「連中には悪いが、あの時の鬱憤――晴らさせてもらう」
魔境士族の実力を承知でなお。
臆することなく、まるで十歳は若返ったような精気をみなぎらせてエンデリオは表情を引き締める。
その身から、探索者の壁――レベル3『三羽』を踏み越えた者の“凄み”が発せられていた。
◇◇◇
本棟南口――。
鷹木が手にするそれには“刃”がなかった。
斬ってこその刀――その存在意義を真っ向から否定する得物を使う彼に、はじめは当たりも強かったが今では文句を口にする者はいない。
剣の怪物たちを黙らせたその“剣理”――“波ノ太刀”と呼称する妙技とは、いかほどか――?
それは間もなく披露することになる。
「……」
無言でうなずく手伝い役がそろりと扉を開け、ひゅうと微風が屋内に入り込む。
中は薄暗く、夕暮れであっても外との明暗差が激しいために見通しは悪い。
さて、いかなる罠が張られているのやら。
少なくとも、いきなり矢が射かけられることもなく、鷹木は刃引きの愛刀片手に歩みはじめる。
「……」
戸口をくぐって目を慣らす。
壁に取り付けられた蝋燭のみを頼りにするが、鷹木の目にはくっきりと見える。
そこは割と幅のある廊下で、ふたり並んで歩けても剣を振り回しての戦いまでは難しいと思われる。精々ひとりが暴れられる程度。
壁は漆喰でなく剥き出しの石造りで、床は木材。
少し進んだところの両側に扉。そこから一歩進んだ先に――
「よう」
立てた槍を手にする兵がひとり待っていた。
防具は胴鎧に腕当てと脛当ての軽装だが、その佇まいは一兵卒のそれではない。広さの制限があるとはいえ、奥に仲間を控えさせ、ひとりでこちらに対峙する豪毅さは、実力に裏打ちされたもの。
発する声も覇気にあふれていた。
「その人数でよく仕掛けてきたものだと思ったが、勘違いだったみたいだな。あんたらは強い。こうして直に対峙してよく分かった。――だからこのギルドレイが、全力で相手してやる」
そうして「来いよ」と人差し指を振る。
強さを認めた上での、この態度。
安い挑発――そうと知りながら普段の足取りで近づく鷹木。
「――っ」
ギルドレイが見えない圧力に押されたように大きく一歩身を退いて構える。それも“誘い”であると鷹木は見抜いている――右扉のわずかな隙間に気付いていたから。
ヒユッ――――
口笛のような風鳴りがして、扉の隙間から矢が射かけられる。それを一歩左前へ踏み込んで避ける鷹木。
――――ギャッ!!
狙い澄ましたように黄金の軌跡を引いて槍が突き込まれた。
それが速さも威力も段違いの槍技と呼ばれる必殺技であることを鷹木は知らず、されど初見で刃を合わせ、
――――リィン!!
反らしきる。だけでなく、
「……がっ」
攻めたギルドレイが呻いて膝をつく。
交差法による一撃。
その手応えに鷹木が違和感を抱く間もなく、続けて左右の扉から人影が飛びだしてくる!
「オェアッ」
「ウラァ!」
鷹木は動じず、鍛え抜かれた目の“周辺野”で動きを把握し、
かがんだギルドレイを飛び越え、左手から斬りかかる剣に刀身を合わせて右に流す。
「「……っ」」
そいつは右から躍りかかる敵にぶつかり、諸共に床へと転がった。そこで鷹木は終わらず、そばのギルドレイに追撃するが転がり避けられて。
「このっ――」
先ほど転がした右手から。
驚くべき身のこなしで片膝立ちとなり、そこから切り上げてくる刃に鷹木は苦も無く合わせ、
「……っ」
首筋に打ち付けた。
まただ。
伝わる手応えに不審感を強めたところで、ギルドレイのいる方から「****」呪言のような言葉が聞こえた。
「……むぐっ」
何か向けられてると察した刹那、身構えるも意味はなく。
猛烈な風圧が全身に叩きつけられ、鷹木は宙へ飛ばされた。そのまま廊下の壁に打ち付けられ、ずるりと落ちる。
「鷹木殿っ」
二番手に控えていた播磨の声。
いいから奴を討て――思いはすれど声をかける余裕はない。
隙は見せられぬと痛みを堪えて敵を見やれば、敵は3人ともが通路の奥へ駆けだしていた。判断が早い。事前に決めていた動きだろう。ただ、鷹木にやられたふたりの足取りはにぶい。
「逃がすか!」
手負いとみて追う播磨。
「用心しろっ」
あれが演技でなければ仕留めるのもありと、判じて鷹木も続く。後詰めの判断は鬼灯がいれば心配しなくてよい。
見る間に播磨が追いすがる。
しかし前方には、通路を塞ぐように何かを積み上げた防護柵のようなもの。逆にそのせいで敵3人は逃げ場をなくす。
――しめた!
喜んだところで、なんと敵が壁を蹴って大きく跳躍した。
二人目、三人目と。
そこまできて、壁に打ち込まれた杭状の何かを蹴っているのだと気付く。
「えいっ」
三人目の跳躍時に、播磨が斬りつけた。
鷹木と違い、刃引きでないためか、すっぱりと斬り込みが入る背中。
それでも敵は防護柵の向こうへ飛び越え、ただ着地に失敗したらしい。柵向こうで慌てる声が聞こえてくる。
辛うじて一矢は報いたがそこまでだ。
柵で待ち構えていた敵が弓を構えるのをみて、播磨は追うのを断念する。
「――くっ」
射かけられた矢を必死で避けながら、播磨は急ぎ後退る。
ならば自分がと鷹木も壁蹴りを狙うと、柵向こうで別の不穏な動きがあるのに気付く。
それはギルドレイが自分に向けてきた筒。
そこから突風が迸ってきたのだと思い起こせば。
「先の術が来るぞ!!」
鷹木は叫んで壁に身を寄せた。
間髪置かずに放たれる――――炎!
「「「…………?!」」」
間違いなく後続も含めて誰もが度肝を抜かれたろう。
突風と思えば、赤く燃えたぎる炎の塊。
酒樽に近しい大きさのそれが、鷹木たちに向かって放たれていた。




