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(十一)破格の資質



ある日ある時

陸奥南部


                 ――津島の庄





「あぐっ」


 首がもげそうな勢いで殴り飛ばされた少年は、自分が一回転して地べたに転がされたのすら分からなかった。


「……」


 気付けば視界がゆがんで渦を巻くように回っている。

 ジンと痺れる頬の痛みは不思議とにぶく、しかし火が出るように熱を持っていた。


「……っ」


 すぐに起きねば。

 じっとしていれば追い打ちされると痛みで分からされていた少年が、反射的にカラダを動かそうとして――脇腹や腕に肩など、カラダの至るところに激痛が走って声にならない呻き声を上げる。

 それでも歯を食いしばり、自分を見下ろす相手をにらみつけながら起き上がろうとするのへ、




「どういうつもりだ、捨丸――」




 先の強烈な一撃を放ったとは思えない小柄な農民が、本当に関心があるとは思えない平坦な声音で問いかけてくる。


「与えられた“お題”を忘れたか? なにをそんなにムキになっている」


 農民は腰にくくりつけた“狐の尾”をこれみよがしにぽんと叩いてみせながら、


「今日でもう二十日目――他の者はとうに成し遂げ次に移っておるぞ。遅い者でも十日――ここまで手こずっている“鈍くさい者”など過去にもおらん。

 はじめに云うたが、これはほんの小手調べで本番は次の“お題”から。こんなもので苦心するようでは、これまでの出来・・も疑いの目で見られるぞ――」


 そう淡々とイヤミの言葉を並べたてる。

 これまでの三年――あらゆる基本修練において、常に一番が捨丸で二番が拾丸と“格付け”がほぼ定着し、中忍の関心を集めていたことは、少年――捨丸も何となく感じていた。

 なので、今度も一位通過は確実と誰もが予想する中での、まさかの手痛いつまづき(・・・・)に、指導する立場の農民が思わず檄を入れてしまう(・・・・・・・・)のもやむを得まい。


「ちなみに、拾丸は三日で終わらせた――」


 そんな露骨な煽りにも捨丸は何ら反応を示さず黙って立ち上がる。

 すすった鼻血を呑み込んで、口中に残った不快な鉄臭さをツバにしてはく。


 痛い。


 だるい。


 息苦しい――。


 右のまぶたは腫れ上がって見えにくく、手の力も弱まり膝も笑って踏ん張りがきかなくなってきた。

 それでもまだ。

 それでも、だ。

 

「……っ」


 捨丸は“お題”の標的である“狐の尾”を見ずに農民の顔をぐっとにらみつける。

 その視線に込めるは純粋なる闘志。

 力の差がありすぎると分かった上で真っ向勝負を挑み続ける。

 その、まったくこりる(・・・)様子のない若き忍び見習いに、根性を買ったのか何なのか、農民の方が考えを変えたらしい。

 呆れることも嘆くこともなく、ただ短く「好きにしろ」と。


「この“お題”で求むるは“獲物の入手”それのみだ。じゃから成し遂げるまでは相手してやる――」


 それ以降、農民が小言を口にすることはなく、ひたすら捨丸の挑戦に向き合い続けてくれる。捨丸が目的を果たすか諦めるその日まで。

 結局、捨丸が“狐の尾”を手に入れるのに季節がふたつも移り変わっていた――。




 ただし。

 中忍の間で捨丸に対する評が割れることになった事実を本人は知らない。

 原因のひとつは、その驚くべき執念と手練れの下忍から力で奪い取ってみせたこと。

 そしてもうひとつは、二度目も懇願し、その時は湯浴みの隙を狙って難なく奪ってみせたこと。


 彼ははじめから、搦め手による攻略法――つまりは“忍びの流儀”を学ぶ狙いに気付いていたのか?


 その答えを知る者は、本人だけである。

 あるいは――最後まで「やらせてみろ」と押した秋水は理解していたのかもしれない。




 捨丸の内に秘める――――を。

 



 ◇◇◇




そして現在。

砦門中庭での対レシモンド戦――





 左は壁。

 前面はまきびしによる結界。

 敵の選んだ道は――




 左!!




 跳躍の勢いそのまま壁を一、二歩と歩いて迫り、剣先で鋭く突いてくるっ。 

 直前、捨丸は反射的に『手印』を切る。




ウン!)




 鍵言によって瞬間的に“氣”を高め、残り香のごとく“気配の人形ひとがた”をその場に生み出す――それは奇しくも秋水のみが実現する【偽体】の秘術に近しく。

 生死に迫る実戦をくぐるごとに捨丸の才は急激な覚醒を遂げていた。




 突きを放った姿勢で敵の動きが一瞬止まる。




 その目には確かに貫いたはずの捨丸が、二重にズレ重なっていた幻身としてかき消えて映ったにちがいない。

 実際は頬を薄く切り裂かれただけの捨丸が、突き出された敵の右腕を内から裂き返し、そのまま首筋へとクナイを突き立てる。


 ――避けたっ


 だが捨丸の攻撃も終わらない。

 決めるつもりで脳裏に四手先まで描いていたからだ。


 半歩踏み込んでノドに抜き手を放ち――

 払われてすぐ、他方の肘を腹部に叩きこん――




「――ぅ゛っ」




 体術スキル『崩山』――。

 先読みと反射速度で上回る敵の技が、連携の隙間に割り込んできた。

 しかも、あの時(・・・)とは比べものにならない強烈な衝撃力が捨丸の体内を背中まで突き抜ける!


 小柄なカラダが凄い勢いで吹き飛び――正門に激突――先のダメージと合わさりベキリとイヤな音を立てた。


 守備側としては思わぬミスのはずだが敵は気にしないらしい。


「何か着込んでいるようだが、オレの『崩山』は芯まで通す」


 力なく地べたに腰を落とした捨丸へ自信たっぷりに告げ、それでいて慎重に負傷の度合いを見定めようとする。それだけ捨丸を警戒している証だが、その様子見は半分正解であり半分不正解でもあった。

 なぜなら捨丸は、辛うじて意識を保っているだけですぐに動ける状態ではなかったからだ。

 軽く咳き込んで、


「……ふ、ぶっ」


 ゆるりと唇の端から血を垂らす。

 呼吸するだけで胸に鈍痛が響き、折れてはいなくともヒビが入っているのは間違いない。

 それでも上出来だ。

 敵の速さと怪力を考えれば、攻撃を喰らうあの一瞬に呼吸術で凌いだ自分を誇りたくなる。




 呼ノ技法『剛息』――

 己の身や感覚を徹底的に鍛え上げる修行者は、呼吸と身体操作が密接に繋がっていると気付き、やがて連動させることに熟達して、これまで以上の力を引き出すすべを得る。

 『剛息』とはその一技。身にあるすべての肉の部位、その筋繊維一本に至るまで――瞬間的に収縮させることで、一瞬だけ己を剛体化させる技法。

 『幽玄の一族』では修得必須の技であり、たとえば肉を“硬化”させて防御を高めることも、姿勢を固めて強固な受けをとることも可能となる。

 先の捨丸は咄嗟にこの技で身を守っていた。だから敵が様子見するのもさほど間違っているわけではない。




「――よせ。見た目ほどダメージを受けてないのは分かってる」


 敵はあくまで演技と見たようだ。

 それでも優勢であるのなら、追い打ちをかけるが正解を、そうはしない。捨丸の戦い方(・・・・・・)に警戒しているのは確かだが、それ以上に思うことがあるからだ。


「さっさと立て。おまえが望まなくても、オレはおまえを叩きのめし、“オレが強者である”と示したい」

「……だれに?」

「このオレに」


 やけに真剣な顔つきで敵は己の胸をたたく。

 他者にとってバカバカしく聞こえても、それは敵にとって譲れないことなのだろう。


今ので(・・・)おまえの“役目”は果たしたはず。なら、次はこっちに集中し、おまえの全力をぶつけてこい。そのすべてをこのオレが、たたきのめしてやるっ」


 拳をゴキリと鳴らし、冷たい息しか吐けぬ敵が熱を帯びた言葉を放つ。

 ひとり勝手に盛り上がる相手の様子に、


「……勝手なことを」


 捨丸は不満を洩らすも、好機を逃さないのが忍びだと両膝に力を込めて。

 ゆるりと立ち上がり、後ろ手に正門をドンドンと強くたたいた。外への合図だ。ただし、さすがにこの状況での合図など取り決めしていないため、味方が察してくれるかどうかは分からない。


(まあ、ダメならダメでいい)


 自力で障害を排除するつもりの捨丸は、正門の件を一度頭から締め出すことにする。合図を送ったのは“好み”よりも“責務”を優先させたため。

 だから。


「お望みどおり、すこしだけ相手しやる」

「ああ――」


 応じる敵は笑ったのかもしれない。

 軽く踏み込んだ敵の二歩目が地を削り飛ばし、猛烈に加速した。



「――手間はとらせねえよっ」




 ◇◇◇




(シャラくせえっ)


 何度剣を振るっても攻撃の芯がズレてしまうことにレシモンドは苛立ちをつのらせる。

 原因は分かってる。

 攻撃の直前に標的の身がぼやけ、二重にズレてこちらの狙いを惑わせるせいだ。


「――!」


 また。

 その次も。

 こんなことは初めてだ。

 いや、こんな対抗術を使う相手がそもそもいなかった。

 これまでにも己の生命波動を体内で循環させ、練り上げた力を攻めや守りに駆使する者はいた。しかしカラダの部位や全身を象って幻術のように使うなど、ひとりもいず、想像すらできなかった。


 他のテクニックにしてもそうだ。

 小賢しいが、憎らしいほどに実戦的な技の数々。

 この身が驚速の治癒能力を有していなければ、何度敗北していたかは分からない。




(なんなんだ、おまえは――)




 驚きと戸惑いで攻撃の手を止めそうになる。


(こんなことが……っ)


 いま攻めているのはレシモンド。

 少しとはいえ刻み、叩いてダメージを積み重ね、着実に勝利へと近づいているはず。

 なのに決定的な一撃が入らない。

 斬りつけた刃は動脈や腱からズレ、あるいは届かず、叩いても骨を砕く感触にまで至らない。


 クソッ


 クソッ


 クソッ




 どうしてそれができる――?




 人外のパワーやスピードを練り上げた技術でいなし、【命脈世界】の異能さえ波動の磨き抜かれたコントロールで狂わせてくる。

 これほど高いレベルで人体を極めているのは、噂に聞く『修道士』のハイ・クラスくらい。


(ちがう。コイツはそこまでじゃない。現に技のひとつひとつは……だがっ)


 使う技は凄いが、まだ荒い。

 だから避けきれずダメージを負う。

 その身はあちこちに腫れものをつくり、傷から血を流し、埃と汗にまみれて息もあがっている。

 それでもレシモンドが厳しい戦いを強いられるのは、攻防がひと息つくたびにステマルの動きが変わっているからだ。

 間違いない。

 

(はじめより……キレが良くなってやがるっ)


 驚きが、薄れたはずのレシモンドの感情を揺さぶる。

 確かに実戦で化けるタイプはいる。

 かくいう『俗物軍団』の育成方法がそうだ。団員を実戦の場にどんどん放り込んで、ひたすら叩き上げる。常に命を賭けさせ、死に物狂いで戦闘力を身に付けさせれば、非常識なスピードで成長を遂げられるのだ。それを身を以て経験しているレシモンドだから分かる。


 ステマルが戦いの中でこちらの戦術やクセを見抜き対応力を増していると。それに技の精度も向上して刹那の攻防がスムーズになっていた。そうしたことが疲労やダメージによる失速を補ってあまりある成果を出しているのだと。――この短時間で。

 そうだ。

 ステマルは『俗物軍団』の育成常識すら覆すスピードで、そしてレシモンドの“眷属化によるアドバンテージ”すら帳消しにする勢いで――成長していた。




「ふざけるなっ」




 レシモンドは焦燥を振り払うように叫ぶ。


「この戦いで強くなるのは、オレもなんだよ!!」


 狙いがズレるなら剣の平身でなぐる。

 ボッと空気を抉る打撃にステマルが踏み込んで力点をズラし、肩で受けた。


 拮抗――それでもレシモンドの全力は次の瞬間に骨を砕く――はずが、受けきられるっ。


「ぐむぅっ」


 ならばと、そのまま力任せに首を刈りにゆく。

 瞬間、ステマルの身が風車のごとく猛スピードで横回転して回避する。




「――は?」




 バカげた回避法に思わず口を半開きにするレシモンド。その隙に何かが投げつけられる。

 咄嗟に切り捨てた。

 冷静でいれば、そうはしなかったろう。


「む……!」


 飛び散る粉末が白煙のようにレシモンドの視界を塞いだ。

 またそれか(・・・・・)

 今度は乱りに踏み込まないし、その場に留まるマネもしない。

 そう思ったところで鼻腔を強烈な刺激に襲われ、レシモンドは思わずむせていた(・・・・・)


「~~~~っ」


 気付いたときには、白煙から抜けてきたクナイを顔面に受けていた。

 治癒力があっても激痛は人並みに感じる。

 痛みでカラダが強張るところへ人影が迫る。





 ――――!!





 『命脈世界』の予測と人外の反応速度が致命の斬撃に対抗するっ。

 このまま振り切ってヤツの体勢を――




 どうして人外のパワーに拮抗できる?


        ――いや、多少の崩れはある。




 だからヤツの次撃に余裕を持って対応し、その上で渾身のカウンターをぶちこむつもりだった。

 それが。




 レシモンドが構えたそこに(・・・)刃はなかった。




 異なる角度で走ってきた刃が胸に深々と突き立てられる。


「……っ」


 生命波動のコントロールによる眩惑。

 それを“回避”だけでなく“攻め手”にも応用したというのか? 戦いはじめた時には、そこまでの技倆など間違いなくなかったはずなのに。

 その瞬間、レシモンドの胸に本当に突き刺さったものは無機質な鉄の刃ではない。


 敗北の二字――それだった。

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