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(十)誰が強者であったか



少し時を遡る

防衛戦開始直後


                ――砦門の中庭





(はじまったか――)


 壁上で発せられる緊迫したミュルドの号令を耳にしながら、ギャランは背筋を伸ばした隊員らに向けておもむろに口を開いた。


「――ぶっちゃけ、ここでの戦いがどなろうと、体勢に何の影響も与えることはない」


 ギャランはいつものように嘘偽りなく事実を皆に伝え、


「なぜなら相手がどこの誰だろうと、この砦が突破されて本隊が挟撃を受けようとも――団長が勝利するに決まってるからだ」


 そう本音で語る。

 これはいつも戦闘前に執り行うギャラン隊のセレモニー。ギャランの発する口上も、このあとに続けられる一問一答も全員の頭に刷り込まれているから小気味よく交わされる。


「ならば、“この戦い”は手をぬくべきか――ダリス?」

「いいえっ」


 指名された隊員は今以上に背筋を伸ばし、


「全身全霊で挑みます!」


 迷わず即答する。


「それはなぜだ、ヘイゲル?」

「“戦い”とは、生きとし生けるものすべてに神が与えた“使命”だからですっ」


 こちらも即座に大声で返すのへ、「そうだ」とギャランは相づちを打つ。


「何者であろうとも、この使命から逃れることはできず、拒否することも許されない。なぜならそこには神の深い意図があり、確かな意義が秘されているからだ。

 ならば我らはそれを知るべきではないか? 知ることで一層、戦いの励みとするべきだ。では、この戦いにおける意義とはなんだ、ネッド?」

「ひとつは、己のため! そしてチャンスを与えてくれたベルズ家への恩返し!!」


「それだけか、ヘンドリック?」

「いえ、さらには辺境の地位向上――そこに暮らす人々が報われるための戦いです!!!」


 誰もがはじめから受け入れたわけではない。

 ただ過酷な任務をこなし続ける中、善人や悪人の区別なく、いたずらに命が散らされる様を目の当たりにすることで、セレモニーで語られる言葉が真実味を増してきた。


 そうでなければ何なのか、と――。


 今や隊員の誰もが本心から声をあげ、受けてギャランはさっと両腕を広げ、隊員らを見回しながら全員に向けて投げかける。


「これ以上の意義があるか?」

「「「「「ありませんっ」」」」」


 打てば響く反応で隊員らは一斉に返答する。


「己を賭けるに不足ありか?」

「「「「「ありませんっ」」」」」


 次第に皆の顔から雑念が払われて、ギャランも啓示を受けたような厳かな顔つきで締めくくる。


「ならば、神の意に殉じて粛然と事を為せ――」






      「「「「「諒っ」」」」」






 全員が鞘に納めた剣を掲げ、掌で叩く。

 それは決して耳障りのいい音ではなかったが、彼らの胸には清冽な響きとなって届いていた。




 そうとも――。

 オレたちだけが(・・・・・・・)特別じゃない(・・・・・・)

 古参であろうと新規であろうと、それぞれにそれぞれの戦いが何度も訪れ、それは死ぬまで続く。

 だから戦いで悔いを残したのなら、それは戦いの中であがなうしかすべはない。納得できなければ何度でも。

 己が死ぬ、その時まで――。




 ◇◇◇




 ふいに、敵が一刀を手放し両手の突き構えに切り替えた。

 その途端に噴き上がる気配の圧力に、



「…………っ」



 自分はなんと未熟であることかと、拾丸は肌を粟立てさせながら深く自省する。

 自分が上だなどと、思い上がりもいいところ。

 背に感じる壁の圧迫感が、嫌が応にも己の窮地を実感させ、拾丸の脳裏に“戦いの心構え”を呼び起こさせる。



 体術や技術で劣るなら、智恵持ち相手をハメればよい。それでも敵わぬ相手なら、気概で相手を超えればよい――。



(それをいまさら、身を以て教えられるとは……)


 動けば殺られる。

 そう思わされた時点で拾丸の気は敵に呑まれたと云ってよく、事実、相手の瞳から攻めの没我状態にあることが察せられた。

 それほどの何が敵の胸内にあったのか、気構えという一点においては、まさに達人のそれ(・・・・・)であり、拾丸もうならされる。


(まるで片桐殿の秘剣を見るようだ――)


 剣術も型もまるで似てはいない。

 練度に至っては大きな差異もあるだろう。

 それでも、ひりつく剣先の危険さを拾丸は正しく受け止め、だからこそ、真剣に冷静に打開のすべを模索する。


「弱いのはそれがしで、おぬしが強かったと認めよう」

「……」

「ならば――」


 ――この身肉を切らせるまで。


 あなどりを捨て、小細工無用と即決。

 次の一撃に己を捨てると腹を決める。






「――――」

「――――」






 だが相手はまだ、動かない。

 満身創痍であるはずなのに、こちらの動きが気の揺らぎと考え、待っているのか?


 確かに、焦れた方が負ける。

 あるいは、先に気力が尽きた方が。


 状況を変えるには“何か”が必要だった。

 ほんのささいな出来事が。


 そしてそれは起きる。

 小雨やそよ風の天意によるものではなく、あくまで人の意志による介入が、ふたりの生み出す均衡を打ち破るっ。



「!」



 先に感じとったのは拾丸。

 かすかに風切り降ってくるそれ(・・・・・・・)に、平静を保つべく「オン」と胸内で印を切る。

 それ(・・)は何か?

 それは壁上にひとり残っていた敵が放った剣。

 拾丸の頭頂めがけてそれが降ってきていた!



「――――」

「――――」



 だが拾丸は避けれない。

 回避の動きを敵が許さない。



「――――」

「――――」



 されど剣が迫る。

 それでも拾丸はじっと敵を見据え、敵も驚くほどの集中力で構え続けて。





 ――――ザッ





 降り落ちた剣先が、わずかに外れて拾丸の頬骨を削った刹那。




 閃光のような殺気がほとばしり、




 恐怖も痛みも無視して敵を正視していた拾丸の両眼が、その“突き”を正確無比に捉え、わずかな体捌きで心臓の位置へと導いた。そこに――




「……っ」

「?!」




 敵の目が大きく見開かれる。

 自殺行為の動きと、鋼のような手応えに何が起きたかを察してすぐに表情をゆがませて。

 

「このっ――」


 即座に敵が剣を引き戻すのと、拾丸がクナイを放つのが同時。

 敵のノドにクナイが突き立つ。

 激痛でカラダを硬直させる敵の隙をみて、拾丸は目の前に突き立つ剣をぬき、敵の内股へと突き刺した。


「ぐぶぼっ……」


 ノドを押さえ、片膝つきながらも、敵は鬼の形相で剣を振らんとする。その気迫の凄まじさに拾丸が一瞬気圧されたのは確かだ。

 だが、敵の無茶な斬撃は途中で失速したため踏み込んで力点をズラすことで危うく難を逃れる。

 そして。




「……先の言葉は取り消そう」




 助けてやるなど傲慢であったと。

 地に伏す、まぎれもない強敵であった者へ、拾丸は短く黙祷を捧げる。

 もはやその事実を知る者はいない。彼の足が、わずかにあとずさりしていたことを――。

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