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(九)忍びの流儀



領都側の砦門


               ――砦正門の内側





 スピードも技のキレも何もかも。

 あの時、小柄な男に一枚も二枚も上をいかれて無様に屈するしかなかったレシモンドであったが。



 今はちがう――



 因縁の相手を圧倒している事実に、レシモンドは自然とにぎり拳をつくり、知らず唇の端を大きく吊り上げさせる。



 どうだ。



 これがオレ――レシモンドだと。



 今日ここで“受けた屈辱”を倍にして返してやると意気込むのに対し、相手はどうかと思えば、




「……なるほど」




 ガードした腕をゆるく振ってほぐしながら、口にするのはその一言。まるで“どうとでもなる”と云わんばかりの態度がレシモンドのにかんに障る。


「何が“なるほど”だ?」

「別に」


 そう素っ気なく応じる相手は、さらに煽るような言葉で返してくる。


「今のおまえがどれほどか……おおよそは掴めた」

「――そうか?」


 たかが数手を合わせたくらいで何が分かると。

 先よりも数段声を低ませたレシモンドが、目を鋭く尖らせ、まだ現実を分かっていない相手にそろりと告げる。




「どうにも危機感が足りないようだな、ステマル」




 ならば、ぐうの音も出せないほどに分からせてやると、レシモンドは『魔力感知マジカル・センス』の能力第二層セカンド・ゾーンを発動させる。

 途端、目に映るすべてが白と黒のモノトーン描写に変換され、ステマルの身中よりあふれる魔力オドの銀流線が際立つ世界となった。


(――やはり、な)


 あの時と同じ。

 ステマルの魔力は通常のそれより線が細く、小柄なカラダよりあふれる分は霧散してすぐに消える。


 これはわざとだ(・・・・)


 一部の優れた『陰者シャドー・フット』がそうであるようにヤツもそのように見せる(・・・・・・・・)すべを持つのだとレシモンドは察する。

 現に、こちらの異能アビリティ発動を察したようなタイミングで、急に気配を先細りさせ、さらに魔力の流線を薄めてしまっていた。間違いない。ヤツはこういうレベルでの駆け引きに熟達した者として対処している。


「……なるほど(・・・・)


 そう、お返しのように口にするレシモンド。

 ステマルの高い技倆を認めた上でなお、その自信はわずかも揺るがず口端のキレ角をさらに鋭くさせて。


「それが、おまえの限界というわけだ――」


 その声にのぞかせる絶対的な自負。

 ステマルがいかなる術を使おうとも、我が“感知の目”からは逃れられぬと。




 【霊脈世界レイ・ライン・ワールド】――。

 同類の能力所持者が“魔力の大まかな位置と量”を感じとるだけなのに対し、レシモンドのそれは実戦で磨き抜くことで可視化するほどの領域に至っていた。

 それほどの優れた能力が、眷属化によって強化されたら――たとえば魔力や生命力の感知解像度が大幅にアップしたらどうだ?

 その答えこそが、能力第二層として展開するレシモンドの新たな視界(・・・・・)(世界)。

 たとえ魔力や気配を隠せる達人が相手であろうとも、塵のように薄れたそれを星屑のように輝かせて確実に捕捉する。だから。




 ふっ




 速い。

 ステマルの動き出しが一段速くなっている。それに反応が一瞬遅れるも、薄い星屑の尾で当たりを付(・・・・・)ける(・・)レシモンド。


「――そこっ」

「!」


 攻撃を止めて身をかがめるステマル。すぐ次の動きが予兆となって銀流線でわずかに示されて――そこへ人外の反応速度でレシモンドは強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「……っ」

「どうした?」


 運良くガードしたようだが、それだけだ。

 態勢を崩すステマルに詰め寄って、


「掴んだんだろ?!」


 レシモンドは転化によるフィジカルを活かし、肘先だけの剣振りで小刻みかつ威力ある斬撃を繰り出す。


「……っ」


 ステマルは短剣でいなし、身を反らして最後には転がりながら必死に避ける。そうすると分かってい(・・・・・)()レシモンドが踏み込んでさらにたたみ掛ける。


 ステマルは後方宙返り――


 ガードも考えず反射的にそれを選択したことこそ恐るべき――しかしレシモンドはそれが当然と追いかけ斬りつけていたっ。



「けいっ」



「――ぃあ!!」



 一撃で止まらぬレシモンド。

 旋風のような連撃で一手ごとに刃を迫らせステマルの服を、肌を切り裂いていく。そうして追い立てられるステマルのカカトが、すぐにでも硬い壁と触れあってしまう。

 “先読み”の呼び名はダテじゃない――レシモンドの狙いどおりに、ステマルはいつの間にか壁際にまで追い詰められていた。なのに。




「……“なるほど”か?」




 窮地なはずのステマルの表情が変わらないことを皮肉るレシモンド。

 澄ましてみせても無駄だ。

 今ので分かっただろう。

 おまえの本気など、オレには通用しないと。




「……」

「……」




 レシモンドの仕掛ける無言の圧力に一歩も動けないステマル。


「どうした、動いてみろ」 

「……」

「先手をゆずってやると云っている」

「……」


 レシモンドが煽るもステマルは動かない。

 戦いが長引いて困るのはそちらだろうに、自ら動く気配はまったくない。


「これでハッキリしたな――」


 レシモンドは優越感を噛みしめながら、勝利宣言する。




「おまえより、オレが“上”だ」




 ◇◇◇




 レシモンドによる勝利宣言など捨丸は聞いていなかった。脳裏を過ぎるのはただ一事。



 読まれている――。

 それも“戦いの経験”だけでは説明できぬほどの鋭さが、捨丸にとっては一番の関心事。


(“音”か“臭い”か……何を目印にこちらの動きを察知している? それが“気配”というなら、オレでは兄弟子たちのように殺しきれぬ)


 己の未熟さを痛感すると同時に、敵の飛躍的な成長ぶりに驚かされる捨丸。


(しかも以前よりも、さらに――)


 これがバケモノに身をおとしめてまでレシモンドが手にした対価というわけだ。一度の敗北にそこまで神経を尖らせる感覚が捨丸には理解できないが、厄介な敵に成長したことは理解できる。

 ただし、と捨丸は小さく笑う。


「……おぬしは思い違いをしている」 

「何がだ?」

「某はおぬしと“強さを競うつもりはない”ということ――」


 



          だ!!





 捨丸が放つ裂帛の気合いに、咄嗟とっさに敵は剣を掲げていた。




 『忍び五道』の『心法』がひとつ――【刃氣】。

 殺意を練り込みキリのように尖らせて、相手の急所に差し込み意識をそらせる小技。

 あくまで駆け引きの技法にすぎないが、殺気を感じ取れるレシモンドの目には本物の針武器として映り、右目に迫る殺気の針を剣で受ける動作を誘われてしまう。




 その一手で十分――捨丸が剣を掲げることで生まれた死角にもぐりこむ。

 見えているように迎撃するレシモンド。

 敵正面へと位置をズラしながら躱す捨丸が、腕をふる。


「――?!」


 当然攻撃がくると思っていたレシモンドの動きが一瞬止まる。

 視界に広がる布に戸惑ったためだ。次の刹那。




「――!!」

「――っ」




 正確無比に鳩尾を捉えた蹴りで捨丸が後方へ跳ばされる。いや、そうなると分かっていた捨丸自身がすでに後ろへ身を退いてはいた。

 それを手応えで察していたレシモンドが、布を払いながら前へ踏み込んで――




「――ぐぅ?!」




 大きく顔をしかめていた。

 足裏に走る鋭い痛みで彼は気付いたろう。そこにいつの間にか、“何か”がばらまかれているのを。

 それが『まきびし』と呼ばれる罠武器であることを知るのは捨丸のみ。ただしはじめから、これが狙いであったことはレシモンドも理解しただろうが。

 当然、生まれた隙を捨丸は見逃さない。

 しかし仕掛けようとして、傷ついた足を掲げるレシモンドの何気ない動作を見た瞬間、直感的に思い止まる。


「ふんっ」


 レシモンドが傷ついた足の膝下のみを、こちらへ向けて鋭く振っていた。ただそれだけのことで怖れることなど何もない。そのはずが。

 ぶんと飛来するヒシにはとてつもない威力がこめられていた。捨丸が突っ込んでいれば頭をざくろのように爆ぜさせていただろう力は、レシモンドの全力攻撃。

 それを辛うじて首をかしげて躱す捨丸が、自身の前面に『まきびし』を派手にばらまいた。




 【ささめ結界】――。

 罠武器により敵の足運びできる位置を限定させることで、敵のできることまで限定させる小細工だ。相手が先読みに特化するなら、こちらの読みも早めて純粋な“速さ勝負”に持ち込めばいいという発想だ。

 もちろん、捨丸の狙いは“身体の速さ”より先にくる“判断や思考の速さ”で競うことにある。敵の土俵で戦わず己の得意とするところに誘い込む――それが忍びのやり方なれば。




 さて、どう出る――。

 そう捨丸が構えたところで。


「昼日中に出歩けて便利だと思ったんだが……」

「?」


 戦いの緊張をはぐらかすように、ふと視線を空に向けたレシモンド。気付けば傾き弱まりはじめた陽射しに目を細めながら。


「……このカラダでも(・・・・・・・)、痛いものは痛いのか」


 つまらなさそうにしめくくる。

 傷ついた足をグリグリと地面にこすりつけ「治るからいいが」と具合を確かめたらしい。

 そうだ。

 眷属となった者には不死性があると聞いている。こいつの場合はその異常な治癒力なのだろう。

 だからこそ(・・・・・)、レシモンドの異常ぶりを目にしたところで捨丸は動じもしない。


「痛みを感じるなら、十分だ」

「そうか?」

「そうだとも。カラダが壊せぬのなら――狂い死ぬ(・・・・)まで(・・)痛めつけるまで」


 淡々と凄まじいセリフを口にする捨丸に、


「なら、やってせろ!!!!」


 吼えたレシモンドが地面をえぐるように蹴り込んで、ひと息に跳んだ――。

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