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(五)侵入者の実力



領都側の砦門


              ――外壁上部(南)





 ――ぬるいな(・・・・)

 労せず南の壁までたどりついた時、拾丸ひろうまるは率直にそう思った。


 敵を侮るつもりはない。


 ただ、『抜刀隊』による正面攻撃に身をまぎれさせ、敵の意識がそれる機を逃さず忍び込むなど、彼にとっては児戯に等しいだけのこと。

 まして、『忍び返し』の隠密を置かず、物見の心得さえなっていない守備体制に脅威を感じるはずもない。


 それでもここは異境の地――新たにやってきた6名の敵と対峙し、彼らのまとう一種異様の雰囲気を感じとった時、拾丸の中に“慢心を捨てよ”との教えが呼び起こされたのは事実。

 それは相方も同じであったらしい。




「……こやつら、どこかおかしいぞ(・・・・・)……」




 はじめのふたりと手合わせて感じた異様。

 斬り伏せてすぐ、次の敵に襲い掛かって混乱を生み出すのが常道を、そうせずトドメを差していた。

 そうしなけれ(・・・・・・)ばならない(・・・・・)と本能で察したからだ。




「つまり――ここからが“本番”ということ」




 こちらの侵入を察してからの迅速な派遣。

 そして少数ながら強兵をぶつけてくる判断力。

 むしろ、こうなる形で対処することを敵はあらかじめ決めておいたのだろう。

 そうだとすれば、受けに回るのはマズい。他にも何か仕掛けてくる可能性もあり、せっかく功を奏したはずの陽動の策を潰されかねない。

 だから敵が隊列を入れ替えるのを目にして、




「先にゆけ、捨丸すてまる――」




 拾丸は近距離の敵にも聞こえぬ特殊な咽の震わせ方で相方を促す。


「ここは俺が残る」

「……アレを相手にか」


 いつもなら黙って去る相方が、珍しく懸念を口にするのは昆虫顔の痩せ男。


 両の指先が膝まで垂れるほどの異様な長さは猫背のせいとは思えず、その長腕が手にした得物は両刃の剣。しかも剣先が長めの十字形となっている特殊な武器だ。それを2本。二刀流――?


 まさに異境の地らしい変わり種の剣士登場に、強さの底が掴めず相方が不安を抱くのも分かる。




だから(・・・)、俺がやる――」




 拾丸がわざとらしく自信たっぷりに告げると相方が不平を返してくる。


「……おい、それはオレの言葉だ」


 いつも兄貴風を吹かす相方が逆にやられてどう思ったのか。かすかにため息ついてすぐ、腹をくくったのは確かだ。あえて別れを口にすることもなく、その気配を壁の内側へと消していた。


 これでいい。

 これでいいのだ、が。


「動じず、か……」


 先へ進んだ相方の動きを気にも留めず、こちらに視線を貼り付ける痩せ男の思い切った判断と集中力に拾丸は目を細める。

 今のでこちらの狙いが正門のかんぬきにあることを知ったはずなのに、痩せ男は誰かに呼びかけることもせず、こちらの隙だけをうかがっていた。


 まずは目の前の侵入者じぶんを抹殺すること。


 そう割り切る大胆さに、やはりコイツは厄介だと拾丸はあらためて気を引き締める。


(それでも、俺が上だがな――)


 ただし、その自信は少しも揺るぎはしなかった。





 ◇◇◇





「……ハッ。ひとりでオレらとやるつもりか」


 二手に分かれた人影にギャランは「バカが」と目を細める。配下を倒したくらいでイキガリやがったかと。


「それで都合がイイのは、おまえなの――」


 か、でギャランが踏み込んで剣を振る。

 下がって避ける人影。

 間を詰めて別の剣を振るギャラン。

 また下がる人影。


「シィィ――」


 すぐに同じだけ詰めて右、左とギャランは交互に斬りつける。そのスピードが一撃ごとに速くなり、コンビネーションの切れ味も鋭くなってゆく。




 ブン!



 ブブ!!



 ブブブン!!!!




 リーチ任せの振り回しではなく、回転力重視のコンパクトなフォームで攻め立てるギャラン。

 それでも避け続ける人影。

 左右交互に弧を描くすり足はよどみなく、常にギャランに対し半身となるため攻めにくい。しかもカラダのブレなさが最速にして最小の見切りを実現させるため、崩れる気配すらない。


(コイツ――)


 蛮族とは思えない洗練された動きにギャランは大きく戸惑い、すぐに脳内の敵戦力の修正を図る。




「なら、これはどうよ?!」




 ギャランは攻め手を変えて外側の防護壁に足を掛け、斜め上方から斬りつけた。そこへ人影に向かって跳び込んでくるのは後方にいたふたり。




「「「おおおっ」」」




 正面左右からと空中の三方攻撃は、奇しくもミュルドが放った回避困難の射撃変則三段を想起させるもの。


 だから結果も同じになるのか。


 なんと人影は、正面に向かって空中前転することで刃の隙間を縫い、後ろ蹴りにつなげて配下の首を刈り取った。

 

 ねじ切る勢いで首を回転させた配下が崩れ落ち、別のひとりが着地する人影の背を狙うも、すでにさらなる後方へ跳んでいた。


 そこへ立ち塞がるのは最後方にいたひとり。

 並外れた反応速度を誇る北魔相手に磨き上げた連携力が、人影を確実に捕捉していた。


「――っ」


 まるで予測していたように狙い討つ剣が、前回りして起き上がる人影に吸い込まれ――否。先に延ばされた人影の足に剣持つ腕を蹴られて狙いを反らされる。

 見事、蛮族狩りの包囲を切り抜けた人影。

 それをひとり置き去りにされていたギャランは歯噛みしていただけなのか?





 【孤月刃】――――





 届かぬはずの間合いから、黄金の斬撃が人影を襲った。

 地べたに叩きつけられる人影。

 もちろん、やったのはギャラン。




 彼の能力アビリティ柔軟フレキシブル』は手の長さに加え、関節をはずし、筋肉と靱帯を無傷で伸長――武器の間合いを自在にする。それは地味ではあるが上級者同士の戦闘においては絶大なアドバンテージをもたらす。

 並外れた実力を持つ侵入者に対し、先制の一撃をヒットさせたのも偶然ではなかった。




 その手応えから、辛うじて剣で受けたのだと知るのはギャランのみ。それでも隙すら見せなかった敵が大きく態勢を崩している。これ以上ない仕留めるチャンス。


「――下がってろ」


 すぐさま剣を横構えにする隊長を見て、察した配下が急ぎ距離を空ける。

 その間もギャランは人影を睨み付けたまま。静かに息を吐いて飛び起きる瞬間を狙う。なのに。


「!」


 飛び跳ねる動作の途中をすっ飛ばして(・・・・・・・・・)、人影が立っていた。

 瞬時に「だろうな」と受け入れ――戦闘力の修正はそれを呑み込んでいる――ギャランはスキルを放つ。





 【満月陣】――――





 自身を中心に強力無比の斬撃円を描く範囲攻撃なら、この狭い壁上で逃がすことはない。

 無論、“上”も潰す。

 さすがに威力は落ちるが二剣同時に上下にズラして放つ、ギャラン・オリジナルの【半月陣】――ダブル。

 初見の蛮族に躱せる理由はなかった。




 ?!




 だからギャランは目を疑った。

 壁上にスペースがないなら壁の外へ――あっさり身を投げた人影の大胆すぎる決断に思わず口を半開きにする。

 勢いつけた人影の身が高々と上がり――



「――くぉ?!」



 逆光にまぎれて何かが投げつけられた。

 咄嗟に剣で弾いたのは、これも北魔征伐で鋭くなった直感力のたまものだ。

 その間に人影は宙を飛んでギャランに向かってくる。


 どういうことだ?


 いや、壁と人影を結ぶ縄に気付けば疑念は解かれる。それでもここまで届かず人影は壁の下へと吸い込まれたが。


「逃がすかっ」


 ギャランと共に配下も壁際に飛びつく。

 いきなり刃が下から突きつけられた。

 人影だ。

 片腕だけでカラダを軽々と持ち上げ、攻撃してきた。


「……ッ」


 のけぞりながら剣を振るギャラン。肘をしならせ手首を曲げて、角度のキツイ人影にありえない威力の斬撃を見舞う。


 避けやがった!


 目についた壁にかけられた指に向かってもう一方の剣を叩きつける。


 何で分かるんだよっ


 歯噛みするギャランの前で人影が盾壁の上に膝立て舞い戻る。

 とんでもない技倆だ。

 なのに間近で見て「若い」と感じた。


 どこぞの暗殺稼業を生業とする集団は、幼き捨て子から教育しているため、若い実行者が多いと聞いたことがある。こいつもその口か。


「だが経験が浅いっ」


 そんな場所でこちらの様子をうかがっているのが何よりの証。

 ギャランは足下を狙って水平斬りにする。

 幅狭な盾壁の上では逃げる場はない。上か。




「――そっちにな(・・・・・)!」




 再び人影が壁外へ跳び上がった。ギャランも配下もいない方向へ。新たな鉤縄をそちらへ投げつけるつもりだろう。

 だからギャランは唇を吊り上げて。




「付き合うぜっ」


 

 

 迷わず盾壁を踏み台にし、人影に向かって跳んでいた。

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