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(四)防衛達成の条件



領都側の砦門


              ――外壁上部(南)





 外壁南に急ぐギャランは、蛮族とは思えない智恵回る敵の戦い振りに、焦りを覚えるどころか、期待に胸をふくらませていた。


 昂ぶる、と云ってもいい。


 あの戦術にうるさいミュルド相手に痛打を受けることなく戦線を保ち、逆に陽動の策で裏を取ってきた。それは『幹部クアドリ』相手に戦力を残していた可能性を示し、ならば、この先に待ち構える戦力がどれほどなのかと身震いさせられる。


 そうとも。


 これほどの連中を相手にするのが、木っ端の任務なわけがない。


 上の連中は、もうひとつの主戦場に(・・・・・・・・・・)オレ達を送り込んだのだ。つまりこれは、命を張るにふさわしい戦い。


 戦功を声高に主張できる絶好の機会――


 だからこのチャンスを逃すつもりはない。

 敵の陣頭にリーダー格を目にしたら、自ら刈り取るつもりでギャランは闘志を腹に蓄える。


 そうして、いつでも反応できるように走らず早歩きするギャランが向かったそこには、予想に反して小柄な影がひとつあるだけだった。




 物見は――?




 不審人物よりも気になるのはそこだ。

 殺られたのは間違いないとして、隠れるところのない壁上で姿が見えないのは、なぜなのか。

 違和感を抱いた時点で歩みをゆるめながら、ギャランはチラと壁の外を見やる。


 敵影がない――


 奇襲は?

 こいつひとり、だけ……?


 無表情の下で心の眉間にシワを寄せるギャラン。それもすぐに、あっさり思考することを放棄した。




「先ずは排除が先だ――」




 そうすれば敵が何を目論んでいたとしても、何もできなくなる。ハナから敵の意図など知る必要などないと。


 ギャランの無機質なつぶやきに応じて4人の隊員が前に出た。

 正確にはふたりづつ。

 この狭い壁上でギリギリ剣を振るえる人数だ。

 残りのひとりは万一にそなえて後方警戒する。それくらいのことは指示するまでもなく勝手に動く。


 そんな手慣れたギャランたちの動きに影は何も感じないのか、身構えることもせず。


 ――いや。


 ギャランには分かる。

 無構えのような姿こそ、こいつの構えなのだと。 それは隊員も同じ意見らしい。

 一段と切れ味鋭い緊張感を放ったかと思えば、次の瞬間には一言も発さず斬りかかっていた。――ふたり同時に。




 ――――!!




 やられたっ。

 北魔征伐を生き抜いた精兵が、実に呆気なく。

 その理由は、上下に分かれて構える(・・・・・・・・・・)影の姿(・・・)にあった。



「……ちっ。小細工しやがって」




 倒れた隊員にきっちりトドメを差すふたりの敵にギャランは舌打ちする。

 はじめから重なるようにひとりが隠れていただけの単純なトリック。子供だましもいいところだ。ただし、その隠れた方の陰形レベルが異常すぎたが。


 これは隊員の落ち度じゃない。

 ギャランも欺かれたほどだ。


 だからこそ、先ほどとは別の意味で身震いする。

 こいつらは手練れも手練れの暗殺者。

 だからたったふたりで奇襲しているのだと、ヤツらの脅威度を改めるとともに、ギャランはようやくこの状況を理解した(・・・・・・・・・)

 その上で、彼の足は前に出る。




「――どいてろ。こいつらはオレが殺る」




 ◇◇◇




 そいつの接近はミュルドのイヤな予感を刺激して止まない。

 

 見た目の凡庸さ。

 手に持つ細身の棍。

 

 目を引く武具を持ち、魔導具を身に付けるでもないのにミュルドの胸騒ぎは大きくなる。その理由に思い当たるものがないわけではない。


「壁下の見張りは4人でいい。残りは、今からやってくる蛮族だけに狙いを絞れ!」


 『北魔』には段違いの強さを誇る“諱持ち(ホルダー)”がいた。同じ蛮族ならばそういった類いの強者がいても不思議でない。




「だから活躍の機会など与えん。来てすぐで悪いが舞台から消えてもらおう――」




 ミュルドは距離を測って手を振り上げる。

 あと10歩。

 5……


 ――なんだ?

 ――目を閉じて……盲目?


 盲目の者が戦地に走り込んでくる異様に、ミュルドはさらにイヤな予感を増幅させたが、刻すでに遅し。




 ――――!!!!!!!




 放たれた30本を超える矢が、盲目の蛮族に向かって急激に収束される!

 そこでミュルドは見た。

 うねりを上げる棍が、すべての矢を叩き落とすのを。




「――――やはり、躱すのか」




 大きなため息をつくように。

 仏頂面でぼやくミュルドは静かに現実を受け入れる。

 “諱持ち(ホルダー)”なら当然。あのくらいやってのけると。

 欲を言えばもう少し包囲する形で放ちたかった。

 そうすれば結果は変わっていただろうと。

 今のはあくまで腕試しであり、そして攻略の目があるからこそ、ミュルドは冷静を保つ。そして見極めもする。


「盲目ゆえの聴力特化……矢の位置を精確に把握する力は脅威だが、果たしてどこまで捉えきれる?」


 挑むように唇を吊り上げるミュルド。

 ギャラン隊に目標を固定させ、配下に射撃術【天空】を命じる。


 空に向かって打ち上げられる矢の集団。

 そうとも。

 たとえ壁上に自分たちが固定されていても矢の角度を変えることはできる。

 やがて天空から降ってくる矢の雨に合わせ、ミュルドはギャラン隊に射撃を命じる。




「いまだ!!!!」





 同時二方攻撃。

 それに一瞬遅れて【天空】を放った隊による第二波の追撃。

 言わば変則の三段――“諱持ち(ホルダー)”といえど躱せるすべなど、あるはずもなかった。





「な゛――」





 ミュルドの咽が異様な音を洩らす。

 矢を放った隊員らも同じ気持ちだった違いない。


 その盲目の蛮族はほぼ何もしなかった(・・・・・・・・・)


 いや、じっくり思い返してみれば、軽く立ち位置を変え、身をよじり、自身に当たる矢だけに狙いを絞って棍を構える角度を変えていた。

 すべてを目で追い切れたわけではないが、何となくそのようなことをしたのだとは分かる。




 だが、そのようなことが本当にできるのか――?




 まるで矢の雨をすり抜けたかのような事象を目の前で見せられてなお、全員の胸に疑念のみを残す。

 あまりの異常さに壁上が静まり返る。

 壁上に吹くそよ風の音さえ聞こえるほどに。


「――っ」


 そこではじめに我に返ったのは部隊長。

 その途端、ぞわり、と全身を凄まじい悪寒に襲われたミュルドは思わず絶叫していた。






「もう一度ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」






 腹の底から絞り出す恐怖。

 その感情は場にいる部下全員に伝わり、ケツを蹴り上げ、奇跡的な確度と速さで先の変則攻撃を再現する。


 再び天空から死の雨が降る。

 血走ったギャラン隊が目一杯に引き絞った弓で百に一回の命中精度を生み、同じくミュルド隊も威力を上げた矢を放つ。

 さらにさらに、壁下を担当していた者達も察したように参戦していた。しかも。


(今度は、【惑わし】付きだ――)


 耳の良さで矢の位置を精確に察する蛮族殺し――音を響かせる矢羽根付きの矢をまぎらせることで攪乱する音ダマしの戦術を組み込む。

 先の繰り返しとみせた展開だからこそ、効かせられる攻撃をミュルドも険しい目付きで見守るが。






 フゥ――――……






 盲目の蛮族もまた、同じ展開と見せて今度は先に棍を振り回しはじめた。

 前後左右斜めにと自身を覆うように棍を回転させてゆき、それが矢の接近に伴い、突然スピードを上げる。いや、そんな生ぬるい表現では足りない。






 …………ォォオオン!!






 盲目の蛮族の足下まわりで草の葉が、塵が、散り消えた。

 ミュルドたちにもそれ(・・)が視えた。

 蛮族の身を包むように生まれた防護のまゆが。

 その不可視の膜に矢が触れた途端、チュチィと針と針が触れ合うような独特の金属音が響き渡り、その者はまたしても無傷で切り抜けた。






「……ぁ……がっ……」






 

 ミュルドは食い入るように蛮族を見る。

 言葉は出ず、次の対処法どころか何も考えられなかった。



 

 ――――バカな。




 バカな。


 バカな。


 バカな。




 それ以外の何を感じ、何を思えばいい。

 今のはスキルを使ったわけではない。真理の輝きは何も見えず、なのに上級スキルを思わす非常識なレベルの防御効果を発揮してみせた。

 これは認められないし、あってはならないっ。

 こんなデタラメを認めてしまえば、戦術も何もあったものじゃない!

 こんな理不尽など――


 ミュルドはぎゅっと目をつぶり、何かをこらえるように顔をうつむける。やがて。




「………………ふん」




 片唇を引き攣らせるように吊り上げ、あくまで余裕の笑みを浮かべて。

 無様などさらせない。

 さらせるものか。

 他の連中とちがい、指揮官としての資質を示すことで成り上がってきた自分だ。

 力がすべての『俗物軍団グレムリン』において異質な伝説をつくりあげたのが、このミュルドなのだと。




「まだだ。まだ何も失っていない。弓で仕留められずとも、ただ、それだけのこと」




 ミュルドは自身にも向けて声を出す。




「どうやら蛮族にも特殊なスキル(・・・・・・)があるようだ(・・・・・・)。口惜しいが、手持ちの矢で破るのは無理だ。そこは認めよう。だが我らの使命は何だ? 壁を守ることだ。まだ、戦いに負けたわけではない。そこを勘違いするなよ」


 そうとも。

 本命である“壁を守る戦い”に破れたわけではない。だから。


「今はヤツの実力を確認しただけで良しとする。想定内だ。現状、このミュルドの想定の枠にあるっ。だからよく聞け。聞いて指示を守れ。いいか、今後はヘタな手出しはせず、しっかり防壁を守ることのみに徹する――」


 あくまで堅守のスタンスに戻すだけ。

 それだけだ。

 強引にでも理屈を並べて隊員らの士気を保つミュルドであったが、それはある条件を満たしてからの話であることを失念していた。

 そう。

 “敵の奇襲を防ぐ”という前提条件を。

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