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(三)対応力の勝負



領都側の砦門


                 ――外壁上部





 射撃術【凝集】――

 それは対『北魔』の熾烈な戦いの中でミュルドが見出した遠距離戦術のひとつ。


 本来、開戦当初の数減らしや奇襲の初手として、矢掛けは効果的な常套手段だ。しかし当時対戦した北の蛮族にそれは通じず、貴重な一手を無駄にする愚行となる。それを少なくない数の仲間の命を代価にしてようやく、ミュルドたち遠征組は理解した。


 ヤツらはただの“辺境人”ではないと。


 ケモノのごとき目の良さとフィジカル、そして野生の勘――人が文明を手にする代わりに放棄した能力の真価を、敵として向かい合ってはじめて思い知ることとなる。


 結果として初戦から惨憺たるもので、まるで怪物の群れに襲われたように遠征組は恐慌に陥った。パニックが本来の実力を奪い、彼らはかよわき羊となり、ヤツらの贄に捧げられた。


 だが地獄の饗宴が終わっても逃げ場はなかった。

 一度敵対した以上、雪に閉ざされた大地で遠征組が生き残る道はヤツらに勝つことのみ。


 ならば、こちらもケダモノになればいい。


 他の部隊長らが早々に弓を捨て、人を捨て、一匹のケモノに還ることを目指すのに対し、ミュルドだけは弓を重視した。遠距離武器を使わないヤツらに対し戦術的有利を自ら手放すのは愚の骨頂と冷笑して。

 そうした血みどろの経験を経て、さらに剣とともに弓の腕を磨き、弓そのものを改良し、戦術に工夫を凝らして練り上げた超実戦弓術。文字どおり己の血肉でつくりあげた射撃術に対する自負は並みではない。だから。





「――ふん」





 ついに敵を捉えた時、ミュルドは心の拳をグッと握りしめ、表面ではさも当然の結果だと自信に満ちあふれた表情で強く鼻を鳴らした。

 隊員も同じ気持ちであったろう。

 それが“焦りの反動”からきているとは誰もが無自覚なまま。

 だからミュルドも他の選択肢など考えず、トドメの追撃令を出す。




「もう一度だ」




 受けて隊員らは遠征時をほうふつとさせる反応速度で、向かって右の負傷させた獲物2名に矢を射かける。

 そのキレのいい動きで魔境士族に立て直す隙を与えず、部隊長であるミュルドを満足させる。


(討って出なくても同じだ。我が隊なら、遠間からでも蛮族ごとき滅してやれる――!)


 抑えきれない自負が、意地が、ミュルド自身の視野を狭めているとも思わずに。

 だから左方の敵が、ミュルドの命令に合わせたように突っ込んでくるのを見て、虚を突かれてしまう。




 なに――?!




 剣しか持たずに何の真似かと。

 思わず意識を向けたところで、逆の右方でも想定外の事態が起こる。

 再度集中的に放たれた20本の矢弾に対し、負傷者もそのまわりの連中も逃げずに身を寄せ、数には数で対抗――白刃を閃かせ、正確無比に切り落としてみせたのだ。




「「「――」」」




 隊員たちが動きを止める。

 “破られた”という衝撃。

 その並外れた技倆と胆力は、あの北魔(・・・・)以上なのかと戦慄すら覚えたかもしれない。

 そしてミュルドもまた、

  



「――な、――くっ」




 左と右に目移りして混乱してしまい、平静を装う仮面を剥がされる。


 ――まさか。

 いや、こっちは壁に張り付いても。

 ならばもう一度【凝集】で……いや、一度仕切り直すのが――


 左右の局面に対し、瞬時にめまぐるしく選択肢を生み出しては消していき、そのわずかなミュルドの逡巡が、状況の流れから一手遅れさせる。


 外壁上部に硬いモノが当たる音がした。

 ミュルドがそれ(・・)を確認する前に、


「させるものかっ」


 素早く隊員のひとりが反応して外壁より身を乗り出す。

 よく見れば外壁上部に何かが引っかけられ、さらに隊員が下に向けて弓を構える様子でミュルドは状況を察した。


「下は任せて、おまえらは右方を――」


 敵の無謀な壁登りにはひとりで対処可能と判断。残りを別に回そうとしたミュルドの方針が、そこで早くも崩される。


「……ごっ」


 身を乗り出していた隊員がカラダを震わし、続けて声にならない声で呻いて壁内に倒れ込む。

 声を掛けるまでもない。

 その鎖骨近くと頬に2本の矢が刺さっていた。

 よく見れば、何かの葉で代用された矢羽根に細枝を切り出しただけの粗末な矢だ。

 いかにも間に合わせの武器ではあったが、この近距離なら敵を殺せずとも、ひるませられることをミュルドに証明してみせた。




「……あいつら……」




 手製の壁登り道具に手製の弓。

 連中の着込んでいた縫製のしっかりした衣服のレベルから考えると、先の小道具は、あくまで状況に合わせて現地調達したものだと分かる。


 だからこそ。


 ミュルドには分かる。

 魔境士族の対応力が並みではない、と。

 『北魔』と同じようにフィジカルの強さと命知らずの蛮勇を危険視していたが、とんでもないっ。

 ある意味で蛮族らしく環境と相手に合わせて柔軟に、そして狡猾に戦い方を変えられるのが、強さの秘密であったと理解する。




「ふん。やはり数で押すべきだったか……」




 敵の強さを知ることで冷静さを取り戻す切っ掛けとなり、“戦術の最適解が何であったか”を分析できた。

 とはいえ、今さらな話だ。

 だから忌々しげに洩らすミュルドは、すぐに唇を引き結ぶ。


「左方にふたりつけ! やつらにも弓があると注意しろ!!」


 分かっていればやり用はある。

 北魔征伐で鍛えられた対応力をみせてやると。

 ミュルドは手近の者へ指示を飛ばし、まずは残りの隊員らのケアをする。

 

「遊びは終わりだ。確実に仕留めるためにもっと引きつけるぞ」


 殊更ゆっくり歩いて言い聞かせて。


「安心しろ。ヤツらとてこの外壁の高さをそう簡単には攻略できん。悠長に縄登りをはじめたヤツから狙い撃てばいい」


 あらためて砦の強みを思い出させ、自分達が有利であると隊員らに分からせる。そして弓の有効性がなにひとつ失われていないと明言。

 さらに、ここで無意味に意地を張らないのがミュルドの強みでもあった。

 戦況の流れを不安視した彼は、砦の内側へ向けて声を張り上げる。




「ギャラン! おまえらも上がってこい。ヤツらは確かに手強いぞ!!」




 出し惜しみはしない。

 打てる手は打つ。

 ヤツらに“流れ”を掴まさせない自信が、胸の内で問いかけさせる。


 さて。

 四倍の兵力差をどう受け止める、魔境士族?


 意地や誇りよりも勝利のみを欲するミュルドが、戦意を昂ぶらせ壁上にて立ち塞がる――。




 ◇◇◇




「――おお、果敢に前へ出ましたね」


 ヒトゴトのように愉しげな声を上げるのは鬼灯ほおづき童蘭どうらん

 この感性のズレ具合はいつもの彼らしく、目下、魔人に魅入られてしまった問題児であるとは、とても思えない。


「左方の皆もやりますな。咄嗟の機転にしては上出来です」

「――だからと云って、出過ぎだ」


 そう吐き捨て、自ら飛びだしたのは月齊。

 組んだ腕の指先でトントンと叩いていたが、内心ではそれなりに苛立っていたらしい。無論、剛馬の強気な指揮に対して。

 「おや」と言葉だけは驚いてみせる鬼灯を尻目に月齊は戦線に急行する。

 止めても無駄なことは誰の目にも明らかだ。

 だからといって、見る間に遠のく指揮官代行の後も追わず、鬼灯は呑気に隣の大男に尋ねる。


「よろしいので?」

「いや。つまらなくなる」


 あるいは“修行にならない”と建前さえ云わぬ剛馬の本音に「ですよね」と同意する鬼灯。


「“試練”こそは神より与えられし“愛”。それを奪うのはどうかと思います」


 噛み合ってなかった。

 もちろん剛馬はそんなことを気にしない。


「なに、戦いは始まったばかり。これから厭でも盛り上がってこようぞ」

「そうでしょうとも。まるで天秤のつり合いをとるがごとく、さらなる試練がもたらされるでしょう」


 そんな未来をエセ預言者である鬼灯が見抜いていたはずもなく。しかし、そう刻を置かずして偶然にもその言葉は予言となる。




「おう。守備の兵がさらに倍になりおったぞ――」




 それは攻め手からすれば絶望的な光景だ。

 なのに剛馬は笑みをこぼす。

 ――待っていたように。




「これで“防壁の奪い合い”は我らの勝ち、です」




 今度こそふたりの話は噛み合っているようだ。

 鬼灯の宣言を合図に剛馬はゆるりと歩み出す。立ち位置を前へ移す段階に入ると見定めたからであった。




 ◇◇◇




「おい、分かってんだろうな。俺たちに弓の腕前は期待するなよ?」

「問題ない。数がそろえば立派な兵力だ」


 ミュルドは気にせずギャラン隊を壁上の一画に並べる。


「いいか、ギャラン隊に難しいことは云わん。指示された標的を全員で狙え。これを我が隊では射撃術【凝集】という。おまえらには、それだけを期待する。それだけで、おまえらの矢には明らかな効果があるっ」


 射撃術のキモはあくまで標的の定め方にある。そして一度でも【凝集】による痛打を味わうと、心理的プレッシャーが敵にかかる。

 そうして少しでも外壁の攻略戦意をくじければ、こちらの勝ち。いくさとはそういうものだ。それが分かっているからこそ、ミュルドの声には自信がみなぎる。


「よし、これからは攻勢に出るぞ。二人ほど、仮の備蓄小屋から、あるだけ矢を持ってこい。ここで使いきるつもりで戦場に矢の雨を降らせるぞ!」


 意気を荒げるミュルドに対し、


「お手並み拝見といこうか」


 遠距離戦ではゆずるギャランは大人しく副官のポジションにつく。

 戦功を競い合うのが当然の『俗物軍団』であったが、こうして部隊長の相性によっては自主的に連携もとれる。無論、それを把握しているオーネストの意図的な配置だったかもしれないが。

 状況確認のためだろう、ギャランが外壁上部に片足を上げ、戦場全体をゆるりと見渡す。


「――おいおい。まだひとりも殺ってないのか?」

「互いにな」


 イヤミはただのご愛敬。

 ギャランも口にしたことを忘れたように目を細めながら感じた違和感を告げる。


「……手抜きくせえな。本気で攻略するつもりがあるのか?」

「このままじゃ無理だとは、連中も分かってるだろう」


 だったらなぜ。

 ギャランの鋭い視線がミュルドに向けられたところで。






「奇襲だ――!!」






 別の壁面から声が上がる。

 こちらに戦力を振っていたから物見はひとりしかいない。それで十分であり、実際に敵の侵入を発見してみせた。

 懸念があるとすれば、奇襲をかけてきた敵の人数であり、それによってこちらの対処も変わること。そんなミュルドの問いたげな視線が向けられる前にギャランが応じる。




「――悪いな。早速、俺の出番だ」




 その声から感情がぬぐい去られる。

 カマキリ顔に張り付いていたニヤケ面が消され、戦士のそれに変わった。いや、感情の水面みなもを凪いだ面持ちは、どちらかといえば聖職者のそれに近い。


「5人ついてこい」


 それだけ命じて大股で歩き出す。

 あとに続く隊員の顔つきも変わり、殉教者のごとき空気を醸し出していた。


 己を“死”の中に置くことで“生”をひろう。


 それが北魔征伐で生き残った彼らが身に付けた精神闘法であり、他の戦士と一線を画すところ。ギリギリの戦いで相手を爪の先だけ上回るような戦いを積み上げてきた者だけがたどりつく死生観。

 特にギャラン隊はその一念をストイックに研ぎ澄ましてきた隊であるとミュルドは見ている。


 だからこそ、彼らは強い――と。


 その頼もしき6人の背に向けて、しかしミュルドは思わず声を掛けていた。理由は分からない。だが云わずにはおれなかった。




「様子見などするな。ここを北の大地だと思え(・・・・・・・・)

「言われるまでもない」




 あの時から(・・・・・)ずっと。

 元遠征組にだけ伝わる余韻を残してギャランは去った。

 なぜあんなことを。

 自分の言葉に戸惑いつつも、ミュルドは厳しい顔つきのまま視線を切る。


「……他人ひとの心配をしてるところではないな」


 ちょっと目を離しただけでこれだ。

 視線を戻せば、壁下の戦局が変わろうとしていることに気付く。

 敵の戦線後方で高みの見物を決め込んでいた者達が動き出していた。目につくのは、ひとり足早に参戦してくる者だ。

 その身のこなしだけでミュルドは感じとる。


 あれは厄介だと――。

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