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(一)守る者たち



 洞穴内の戦いを“主戦場”とするならば、それ(・・)は傍流で起きた小競り合いにほかならない。

 暗闘としながらも“主戦場”での出来事は裏で各国首脳陣の知るところとなるのに対し、傍流のそれは、誰の注意も払われることはない。


 それでも、その日その戦いは現実に起きている。


 それがたとえ、大陸史においては塵にも等しき出来事であったとしても、その日その場において、命の炎は確かに燃えていた――。




           *

           *

           *

           *




刻を少し遡る

ゴルトラ洞穴門


               ――領都側の砦門





「先ほど、巨石門グレイト・ストーンによる洞穴門の封鎖を完遂させました――」


 報告に顔を出したのは岩窟族ドワーフを思わすヒゲ面に筋肉質な短躯の初老。

 受けて砦長のオジトは満足げな声音で返す。


「腕はにぶってなかったようだな、ボルジ」

「“はい”と胸を張りたいトコですが、誉めるべきは『遺構』の技術と……それを造った者たちをですな」


 そう仏頂面を皮肉げにゆがめるボルジの声には感嘆だけでなく口惜しさも含まれる。


「放棄されて久しいというに、メインの仕掛けに補修すべき点がないばかりか、実際に動かしてみても完全閉鎖までの実に滑らかなこと。これなら、黙ってあと100年は使えると請け合えます」

「そうでなくては困る。このためだけに領都の動力源を奪ったようなものだ」


 オジトも声音に自嘲をにじませるのは、本作戦を仕切るオーネストからの指示だったとはいえ、公共井戸の汲み上げや都壁門の稼働などに使われる中型の紫水晶オド・クリスタルを接収してきた罪悪感があるからだ。

 領都の鬱たる空気は耳にしていた以上に悪いもので、そこへ生活インフラにダメージを与えるような行為をすることに、他部族のオジトでもかなり気が引けた。


(以前のベルズ候であれば……いや、なぜネイアス様はお諫めしなかったのか……)


 本音を言えばオジトにも思うところはある。その心情を察したようにボルジも疑念を口にする。

 

「隊長殿……洞穴門封鎖にしてもそうですが、このような真似をする必要がありますかね? 中央のヤツらに我らの矜持を示して堂々とぶつかりあい、勝敗を決してこそ“辺境人”では――」

「云うな」


 同意を示さないオジトはボルジの背後にある扉へ視線を向けながら説く。


「ネイアス様が本作戦への参入を決め、協力も惜しまぬと発言された以上、ただ従うだけだ。それに忘れていまい? はじめからこうなることを予測していたかのように、中央の“別働隊”がこちらに迫っているとの話もある」

「……それが、どうにも信じられん話ですが」


 ボルジは気難しげな顔をより気難しげにして。


「辺境を庭にするわしらでさえ、山岳行軍には苦労しよる。まして、フィエンテを抜ける本隊と同じかそれ以上のペースで迂回してくるなんて……中央の“痩せモロコシ共”にそんな体力があるとは思えませんなぁ」


 ついつい昔のノリに戻る年上の老兵に懐かしさを感じつつ、オジトは冷静に返す。


「別働隊は中央の人間でなく『魔境士族』で構成されていると云ってたろう。あの魔境に棲んでいるとの話が本当なら、ここの山くらいで足が鈍ることなどあるまい」

「ふむ……ま、確かに」


 その目で確かめないかぎり納得しないのが昔のボルジだったが、疑念を振り払うように首をふる。そうさせる経験が老兵を襲っていたからだ。


あの大戦(・・・・)でもそうでしたな……敵は常にこちらの想像を超えてくる」

「そうだ」


 十年前。

 『鬼謀』が仕掛けてきた“山抜け”の奇策。

 これによって多くの兵と辺境屈指の精兵であるギドワ族の主力を失った手痛い経験が、ふたりの心に刻まれている。

 だからオジトは自身にも向けて云う。


「別働隊が迫っている情報の確度は高い。ここは事実と受け止め、備えておくのが最善だ」


 オジトの言葉に今度はボルジもはっきりとうなずく。


「ならば山岳を抜ける実力も“本物”と見るべきですな。策を弄するに足るほどの“敵”――復帰した介があるってもんだ」

「いや、おまえには門を動かす“技師”としての力を求めただけだが……」


 上官の困惑に対しボルジは分厚い胸をどんと叩いてカッカと笑い飛ばす。


「隊長が復帰されるのに副隊長がいないのは片手落ち――“戦士”としても腕がにぶってないと見せますぞ。それに――戦争を知らない若造共に“本物”を教えてやるのも、わしらの務めでしょう!」




 ◇◇◇




 幸いというべきなのか、ボルジのやる気が空回りする時を置かず、“敵影発見”の報せが砦に緊張感を走らせた。

 すぐさま指揮所に砦長であるオジトと副官ボルジのほか、『俗物軍団グレムリン』から守備隊の要として置かれている2部隊の長が集められ、対応について話し合いをはじめる。




「――とっとと蹴散らそうか」




 そうボルジよりも戦意猛るのは、両手が異様に長く頬骨を浮き上がらせる顔つきがカマキリに似た、痩せぎすの部隊長。

 「同感だ」隣に並ぶ二重アゴの部隊長も強気に討って出るべしと推す。それに待ったをかけるのは意外にもボルジだ。


「そう焦らんでもいいだろ。こちらには砦があるんだ。ゆっくり敵の出方を見させてもらえばいい」

「みるも何も」


 痩せ男がすかさず反論する。


「相手はたかだか10人ちょっと……『魔境士族』かなんだか知らないが、こちらに“数の利”もあると考えれば『俗物軍団おれたち』の勝ちは確実だ。様子見など無用」

「……本当にそうか?」

「あ?」


 ボルジのつぶやきに片眉を上げる痩せ男。

 副官相手に不快感も隠さず威嚇すらしてくるのをボルジは気にせず世間話をするように返す。


「先日、おまえさんトコの幹部が、2名も出張って返り討ちにあっただろう」

「……っ」

「いや――わしも『幹部クアドリ』の逸話は耳にしてるから、その強さを疑ってなどおらん」

「なら、なんだ?」


 茶化されたと思って当たり前。辛うじて軍規を守って怒りをこらえる痩せ男にボルジは続ける。


「強者であったのは事実。しかし負けたのも事実。これは受け止めるべきだろう……ヤツらの実力を。その兵力を」

「……」

「そう、ヤツらは侮れん。むしろ、あの魔境を住処とするなら怪物級も同義。1:1の兵力ではこちらが負けるとすら考え、ならば、正面からぶつかる手段はゼッタイに避けるべき。――そう思わないか、ギャラン殿?」

「……」


 いつの間にか、ボルジの口ぶりがひどく真剣なものに変わって重みを増し、それがために痩せぎすの男も一考に値すると冷静になったか、怒りを抑えて腕を組む。それをみたボルジは今ひとりの部隊長へさじを向ける。

 

「では、ミュルド殿の考えは――?」

「ふん」


 怠惰が肉付きのよさに表れているようなミュルドだが、智恵まで怠けることはなく、冷静に返してきた。


「『幹部クアドリ』の強さを信じるというのなら、“ただ負けるはずがない”とは思わないか?」

「……」

「私からすれば、あの『幹部クアドリ』が相手に五体満足な状態で勝たせるとはゼッタイに思えない。辛勝も辛勝――100人か50人はいた部隊を10人少しにまで減らされながら、ようやっとこの地にたどりついた――ヤツらの状態を私はそうみるがね。いや、そうみるべきだ」


 ミュルドが示したのは別の視点。

 むしろ『俗物軍団』の立場からすれば当然の見方であり、その言い分はもっともだ。


「ついでに言えば、あんたらは“大戦の経験者”だと自負しているだろうが、こちらも“北魔討伐”の自負がある。蛮族のフィジカル強度とその狂気がどういうものかは、あんたらよりも知っている」


 だからこそ、“どちらが正しい”ではないと。

 経験値からくる絶対的なミュルドの自信がボルジの口を閉ざさせる。

 それで気をよくしたのか、「私には見える」と演技がかった口ぶりで続けるミュルドは、先日境界付近で起きたであろう戦いを再現してみせる。


「はじめは蛮族ならではのフィジカルで戦線を押していた魔境士族に対し、『幹部クアドリ』が圧倒的個人戦力で打開。

 戦局が覆ろうとしたところで、敵の捨て身の集中攻撃が『幹部クアドリ』を襲い文字どおりに圧し、勝敗を決定づけたに違いない。それだけの戦果を上げるため、おそらくは100人ほどいたであろう隊員を8割潰すことを良しとする蛮族の狂気――たとえ『幹部クアドリ』であっても足を掬われることはある」


 確かな証拠はなくとも、妙な説得力はあった。それでも足りぬとミュルドも思ったのだろう。


「……ああ。満身創痍になってもあえて身をさらした連中の思惑か? 別に難しい話じゃない。やつら別働隊にとってはそれも戦略的な意味がある。

 砦の注意を自分達に向けること――効果の程は知れているが、陽動の策としてやらない手はない。いや、連中に残された手立てはそれだけだ(・・・・・)

「荒はあるが、それほど間違った見立てじゃないだろう」


 そう同意を示すのはギャラン。


「もちろん、まがりなりにも『幹部』を喰ってる連中を侮るつもりはない。だがここに詰める団員は、北魔遠征で鍛え抜かれた強兵だ。それに、砦の周囲は見晴らしがよくてヤツらが奇策を仕掛ける余地もない」


 つまり、手負いの上に丸裸で立ってるようなものだと。『幹部』が戦った状況とはまるで違っていると。


「ヤルなら今だ。大人数で囲んで袋だたきにすれば圧倒できる。砦側有利な状況なら“待つ”のもいいが、今回にかぎっちゃ“攻めるが勝ち”だ」 


 自信を持って力説するギャラン。

 戦功を重視する彼らの在り方はボルジも分かっており、勝てる見込みが十分にあるのなら、ヘタに抑え付けるよりも有効な面はある。

 「ふむ」とうなるボルジが判断を仰ぐようにオジトへ視線を向けると。




「それが本当だとしても、討っては出ない」




 オジトの回答はにべもない。


「なぜだ?」

「慎重になりすぎても、いたずらに状況を膠着させるだけだぞっ」


 ふたりの部隊長が遠慮なく食ってかかるが、


巨石門グレイト・ストーンを守るのが俺達の役目だからだ。もっと分かり易く云うのなら、敵と戦う必要すらない(・・・・・・・・・・)

 

 指揮トップのオジトはふたりの熱に当てられることもなく、冷静に受けたオーダーを遵守する。この正論にふたりははじめ黙り込んだが、すぐにガマンができなくなったらしい。


「……せっかくの戦うチャンスだぞ」

「射程に入ってきたら射かけるのを許す」


 ミュルドの押し殺した声にオジトがそう答え、


「功を狙ってナンボの軍職だろ?」

「役目を果たすのが最大の功だ」


 青筋立てるギャランに本作戦の第一功が何かを言い聞かせて。


「対処方針の第一はあくまで“防衛”だ。ゆえに砦から討って出ることは許可しない。――何か異議がありますかな、監査官殿?」


 そこではじめて、陽の差さない部屋の隅にて軍議を見守っていた男にオジトは話をふった。




「よしてくれ。オレはそんなんじゃない……」




 やけに蒼白い肌の男は低い声で陰気に否定する。

 士官四名が肩書きに相応しい武具を身に着けているのに対し、その男は革製防具に剣を差しているだけの簡素な身なりをしていた。

 やや目を引くのは剥き出しの腕に刻まれた枝模様の彫りモノか。


 一見して暗殺者。

 そう納得させるだけの死臭が男には漂う。

 だが俊敏さをウリにする陰者が剣を得物にすることはない。


 オジトが知るのは男も『俗物軍団』の所属だということ。だから水違いのオジトらと距離を置くのは分かるとして、ふたりの部隊長と言葉を交わすこともなく影に徹しているのが不気味でならない。

 オジトからすれば、この機会にさぐりを入れる腹もあったのだ。


「そう云われてもな」


 納得できんとオジトがギャランたちへ顎をしゃくる。


「このふたりはオレの指揮下に組まれているが、あんたはフリーだと云われてる。責任者として、所属不明の者を砦内で放置するわけにもいかん」

「立場は理解するが、あいにくと“フリー”てのが『一級戦士』の特典でな」


 グレムリンに特殊な上位階級があるのはオジトも聞いていたが、詳しい内容まではわからない。


「悪いが“今は戦時”という認識だ。『俗物軍団』に所属しない俺がトップである以上、団の規律よりも砦長である俺の判断が上にくる」


 そうオジトが大戦時に培った覇気を声に乗せて詰めてやれば、


「まあ聞いてくれ」


 男は微風と受け流して冷静に片手を上げる。


「指揮系統の話であれば、オレの役目は“こっち”と“あっち”の情報をつなげるコトだ。そう現地作戦トップの団長様に仰せつかってる」

「……」

「そう、トップ・オブ・トップからだ。あくまで伝令にすぎないオレが、指揮官殿の邪魔をするはずもないし、万一そんなことになれば首を飛ばされる。だから、気にせず指揮官の役目をこなしててくれ」

「――そうか。では、そうさせてもらおう」


 逆に男の方が身動ぎするくらいには、あっさりと引き下がるオジト。別に相手の言い分を鵜呑みにしたわけでないが、オーネスト卿が独自の伝令を持っているのは聞いている。男がそのひとりと云われればそうなのかもしれない。確かめるすべはないが。


「――いや。そういえば名を聞いてなかった」

「レシモンドだ」


 男は隠すそぶりもなく、さらりと答える。

 レシモンド。


 一級戦士のレシモンド。


 ボルジをちらと見やるが知らないらしい。

 今の『俗物軍団』については大戦経験者の彼らでも分からないことの方が多い。あの頃は同族の者も所属していたが、昔の話だ。

 『一級戦士』などという上級戦士の肩書きがつくられたのも昨今の話で昔とはちがう。


(そうだ。こいつらは『英雄』じゃない。魂を分けあった彼らは、もう――いない)


 一瞬、胸に去来した何かを顔に出すことはなく。

 オジトは気持ちを切り替え軍議に意識を戻す。


「皆も承知のとおり、オーネスト卿も洞穴の中に入られ、この戦いの終わりも見えてきた。陽が落ちきる頃にはケリも着くだろう。それまでこの砦を守りきれば、我らの勝利。決して個人の功に焦らず、守備に徹せよ――」


 オジトの命にボルジは胸に手をかざして応じ、ふたりの部隊長は無言で仏頂面をさらす。守備体制の空気としては最低だ。


(……これで砦を守るか。――いや)


 敵がどれほど強くても少数であり、こちらは50人体制の砦で守る側。そして、まがりなりにも実力者が集まっているのは確かだとオジトは思い直す。


(ネイアス様に憂いなく戦ってもらいためにも) 


 そう決意を胸に抱きながら、オジトは窓外へ目を向けた。

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