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(三十四)開かれる巨石門



激闘の続く

ゴルトラ洞穴門


               ――洞穴中央付近





「まさか、最後の最後にあのような戦いを観られるとは――」


 帰路を先導する白い女のつぶやきには、先ほど目にしたばかりの死闘の余韻を感じさせる。


「最大の敗因が“自滅”にあったとはいえ、ベルツ伯の継子が見せたあの力――フィジカルだけなら冥府の門番『魔狼リュカオーン』の再現に至っていたと思わせるほどでした」

「……」

「その魔人さえ凌駕してみせる、魔境士族の剣士殿――正直、こちらの“強さ”に関しては、もはや理解の外。未知のスキルやアビリティの存在を疑ってしまいますが、そもそも“圧倒的フィジカル差”の前では無意味のはず――」


 何かをする前に致命的な一撃を入れられて即戦闘終了だと。

 なのにゲンヤはそうならず、むしろ最後の方では魔人をも圧倒した。このカラクリの謎が白い女を戸惑わせる。


「これこそが“こちら側”と“向こう側”の違いでしょうか?」

「……」

「少なくとも、いまひとりの戦いぶりからも明らかなように、彼らには“独自の秘術”があるのは間違いありません。……いえ、実はあの動きを身近に見た覚えがありますね」

「……『燕剣』」


 ここにきてようやく老人が口にしたのは、仲間の二つ名。

 陰では『狂ノ者』とのつながりをささやかれる出自不明の剣士であり、現役の前任者を武力で引きずり降ろした逸話は語り草になっている。その稀代の剣士の動きに似ていると老人は口にする。

 それは白い女の考えとも合っていたらしい。


「あの方に尋ねたところで答えてはくれないでしょう。せめて『武極』殿がひとめ見ていれば違ったのでしょうが……」

「どっちも“無口の双璧”だぞ?」


 結果は変わらないと老人。

 それはそうだと納得したのか、「その点をすっきりさせられないのは残念ですが」と白い女は表情を変えることなく話を進める。


「今はあの者が経験を積む前に倒せたこと、そして魔境士族に『燕剣』クラスの戦闘士がふたりもいると知れたことを良しとすべきですか。ふふ……早く教えて差し上げねば。耳にした時の『聖痕の七賢(ジジババ)』の慌てぶりが目に浮かびます」

「ばかもの。こちらにも飛び火することを忘れるでない」


 清楚な笑みで歪んだ喜悦を味わう付き人に老人は呆れ顔をし、「それにだ」すぐさま顔を引き締め特大の釘を刺す。 


「仮にあのふたりが士族トップ級だとして、それに迫る戦士がひとりふたりであるはずがない。これがどういうことか分かろうな?」

「……つまり、それほどの戦士団が?」

「ある、と思うべきだ」


 延々と続く洞穴のさらに奥――そこにまだ来ぬ大陸史の一ページがあるように老人は目をすがめて。


「これから先の大陸は相当に荒れよるぞ。魔境士族という第二の『憤怒の十字軍(われら)』の登場によってな――」




 ◇◇◇




 自分を呼ぶ声にカストリックはすぐに応じることができなかった。

 息を吸うのも忘れるほど、魔人と超人による異次元の戦いに集中していたからだ。

 そんなカストリックの気持ちを汲んだのか、しばらくしてからもう一度声がかけられる。遠慮がちなその声はモーフィアのもの。


「――終わったのですか、カストリック様?」

「……」

勝ったのですか(・・・・・・)、我々は……?」


 半信半疑なのも当然だ。

 生き残りがわずかで実質壊滅している『送迎団』の状態に勝利の実感など湧くはずもない。




「それでも勝利は勝利」




 そう明言したのは月ノ丞。

 びっくりして振り向くモーフィアに目礼し、彼は死闘の跡地へ目を向ける。


「おそらく首領格であろうふたりを片付けた。これで『ぐれむりん』なる賊軍は壊滅。そして主軍を失った向こう側に、もはや抗う力はない」


 これを勝利と云わずして何が勝利かと。

 そう力強く諭されて安堵したのか、モーフィアが膝から崩れ落ちる。


「…………よかった」


 でも。


「……なんか、信じられない……」

「そうだな」

「!」


 思わぬ同意にモーフィアが目をみはる。

 確かに指揮官の言動としてはどうかと思うが、勝利した今ならとカストリックは心情を洩らす。


「……はじめあの方の力は、脅威度にたとえるならレベル8の『深層』クラス手前。こちらも勝つ見込みは十分にあった。それが戦いの中でレベル8に成長し、さらに別種の上位存在へと。自らの意志でこじ開けるなんて聞いたこともない」


 そんなことがあり得るのか――?

 さすがのカストリックもオーネストの底力には瞠目させられた。『精霊之一剣』を授かった者として“怯む”ことはなかったが、オーネストにはオーネストの念いがあり、その念いが“本物”であったことだけは認めざるを得なかった。


「あの時、おまえだけでも領都に送り込むしかないと、覚悟を決めたくらいだ」


 そうして目を向ければ、モーフィアもジョークでないと察したらしく息を呑む。その彼女へ「結果的にその必要はなかったが」と言葉を続けて。




「――――彼らのおかげだ」




 あらためて前方の人だかりに向き直る。

 その言葉に込められたのは感謝だけではない。

 目の当たりにした恐るべき力への畏怖とわずかなカラダの震え――それが強者に挑みたい闘争心であれとカストリックは願いながら。

 

「カストリック様……」


 モーフィアの呼びかけに応えることなく、カストリックは本決戦の勝敗を確定させた功労者の下へと歩み寄る。

 だがそこに立っているはずの勝利者の姿はなく、敗者と同じく大地に横たわっていた。そのまわりでうずくまる四人は例の護持者。


「容態は?」

「……そうだな。はじめの七日を断食し、次の七日では水断ちまでしたような衰弱ぶり、とでも云えばよいか」


 さらに精神的な消耗を考えれば、その程度であるはずがない。つまり、生きているのが不思議なほどの状態だ。

 それをやけに平静な口ぶりで応じたゲンクロウであったが、背中にみなぎる緊迫感から言葉以上の差し迫った状況を感じさせる。


「ならポーション――」


 言いかけてカストリックは口ごもる。

 スタミナのポーションを呑ませるべきだが、この戦いの前にて使いきっていたと思い出した。

 コハクが水を飲ませようとしているが、意識がなくては難しいだろう。そうなると。


「一刻も早く戻りましょう」


 コハクの訴えを「うろたえるな」とゲンクロウは退ける。


「原因は極度の消耗。それも血は薄まり脈も止まりがち、肉まで細る異常な衰弱ぶり。ヘタに動かせばもろくなった若のカラダは壊れ、二度と剣を振るえなくなる。いや、容態を悪化させれば――」

「ならばどうすると!」

「まずは意識を取り戻すまで休まれて、そのあと何かを口にいれてもらうのが最上。今我らにできるのは、若が快適に過ごせるように場を整えるのみ」


 そうして振り返ったゲンクロウが見るのは、あとからやってきたツキノジョウ。


「ハセクラ様。ご異存は?」

「ない――が、私は最後まで付き添わねばなるまいな」

「?」


 その物言いに眉をひそませるゲンクロウであったが、すぐにあるじへと目を戻し理由を知る。

 ゲンヤが目を開けていたからだ。




「「若っ――」」




 ゲンクロウとコハクの声が重なる。


「わし……も」

「なりませぬ」


 このような時でも冷たく諫めるのがツキノジョウだ。


「『ぐれむりん』の首領格を討ったのは若――これ以上の功など、ありませぬ」

「……える……」

 

 それでも必死の目で訴えるのは、少女の安否。

 いまだ剣を放さぬその手に目を向け、あるじの念いを察したのだろう。ツキノジョウは己の棍を水平にかざしてみせながら。

 

「僭越ながら、その名代――このツキノジョウめに務めさせていただきたく」




 交差する視線と視線。




 すぐにでも気を失っておかしくないゲンヤの眼力は衰えず、睨み殺す力で家臣をみる。

 抜刀隊『第一席』の力に不満などない。

 ただ誓いとは、口にした者が為して果たすもの。 譲ってやらせるものではない。


 だがそれは叶わない。

 今や骨が浮き上がり枯れ木も同然のゲンヤのカラダは指先ひとつも動かせない。

 その悔しさと折り合いをつけるための数秒だったにちがいない。

 血走らせるゲンヤの眼力から、すっと力がぬかれて。




「…………たぞ……」




 先に限界がきたとは思えない。 

 再び意識を手放したあるじに「必ずや」とつぶやくツキノジョウ。

 『グレムリン』を排除してもまだ、すべてが終わったわけではないとカストリックも気を引き締め、

洞穴門の出口を見やる。


「直近の問題はこの大石門だが……」


 どうしたものかとモーフィアを見やれば「いや、ムリですって!」と公国が誇る道士の拒絶にあう。


「……」

「あの、どれだけ見つめられても……」


 ごにょごにょと。

 いつもは凜々しいモーフィアが顔をうつむけたところで、ゴゴンと音が響いた。






 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………






 地盤から伝わる振動が強すぎて膝で吸収できずに内臓がゆさぶられる。

 バキメキという破損の音は扉に刺さっていた白い柱が壊される音。

 光の鋭い刃が闇を裂く。

 月の満ち欠けを思わす光の弧が暗宙に描かれ、外気がヒュルリと流れ込んできた。


「●●●っ」


 誰かが叫んでいるが凄まじい轟音に掻き消されて聴き取れない。

 それでも何が起きているのかは、誰にでも分かった。

 閉ざされていた領都への道が、再び開けたのだ。




 ◇◇◇




 ゴゴゴゴ…………


 馬車が通れるほどに大石門が開けられた頃、はじめまぶしく感じたはずの陽射しは弱まり、気付けば薄暮れの空が顔を覗かせていた。

 どうやら外の世界では、いつの間にやら昼の終わりが告げられようとしていたようだ。

 刻の流れに洞穴門決戦の激しさを感じつつ、そうして出口にて待ち構える集団に誰もが目を向ける。

 警戒して身構えながらも期待のこもる眼差しで。






「遅くなりもうした、若っ――――」






 第一声の野太い声はあちらから。

 いまだに轟く開門の音に負けぬ大音声は葛城剛馬のもの。ただし、そうと気づけるのはツキノジョウだけだ。






「どうやら、せっかくの宴を逃したようですなぁ」






 快活な声は続き、そこで反応が無いことを不審に思ったらしい。

 カストリックたちの間に流れる気まずい空気も察して。






「若………?」






 戸惑いと緊張感が剛馬に並ぶ者達へ伝播する。

 同時にカストリックたちの間にも声にならぬ驚きが広がっていた。






「なに、あれ……?」

「領都の方だっ」






 カストリックたちの目には、山肌を登った遠くの街影から放たれる、赤々とした明かりが薄暮れの空を照りつけるのが見えていた――。

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