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(三十三)よみがえる剣



激闘の続く

ゴルトラ洞穴門


              ――領都側出口付近





 逆巻く炎。

  振り下ろされる刃。

     血しぶく――――――父



 これまでに幾度、この光景を繰り返し見たのか。

 いや、これからもそう望む。

 そうあらねばならぬ。

 父や母が遺した“志”を、わずかも薄れさせぬために。



 ああ、そうとも。

 一心流の名手だった父は、受けるために(・・・・・・)刃を振るい、迷わず古老に我が身をかぶせ、最後まで護りに徹した。


 母もその意に添った。

 父の名を呼ばず駆けたのは、賊が古老も始末しようとしたのを察したがため。

 武も知らぬ女の身でありながら、いまだ古老に覆いかぶさったままの父をさらにかばわんと、その身を投げたのだ。 


 迷わず、ためらうこともなく。

 ふたりは己が信じる道を貫いた。

 その姿に――。




 ――――それほどまでに(・・・・・・・)、と弦矢は息を呑み。

     同時に、己が為すべきを悟る。



 

 そうだ。

 諏訪の在り方を示した――だけではない(・・・・・・)

 もうひとつの意味も(・・・・・・・・・)、その行動には込められていた。



 父母は分かっていたのだ。

  そうすれば、逆賊に油断が生まれると。

 そして信じていた。

  その隙を見逃す息子ではないと。



 そこまで、この弦矢を――。

 胸の奥から熱い昂ぶりがこみあげる。抑えきれぬ情動に目がしみてまぶたを震わす。


「……っ」


 思わず声が漏れそうになるのを歯を噛みしめこらえ、視線だけ地に伏した父母に向けて、弦矢は人知れず誓う。






 その念い――――しかと、このせがれめがっ。






 滾るほどの熱がカラダを燃え上がらせると、紅に染まる舞台がはじけ飛ぶ(・・・・・)

 弦矢の視界が一瞬で開けていた。




 ◇◇◇




 その目覚めは、ただの目覚めではない。

 恐るべき秘術によって、己をも壊しかねない力さえも目覚めさせるがために。


 その秘術とは『幽玄の一族』において失伝され、同じく『幽玄』の一字を冠する『一心流』においても、弦矢ただひとりが継ぎ得た心法の極み――






       奥伝――『死転生握してんしょうあく






 肉体の防衛本能によって制限されていた力を、何かの一事を“鍵”として解き放つ両刃の刃。

 そう。

 今この時、弦矢の感じている“限界”とは、あくまで“安全幅をとった状態”での話にすぎず、本当(・・)の限界はまだ先にある(・・・・・・)

 つまり、弦矢のカラダはまだ動かせる。

 動きさえすれば、その剣は――よみがえるっ!!




 ――――!




 視界の隅に何者かの足先が映り、空気の流れや切り裂く音、さらには気配の動きで首魁の急襲を刹那に感じとる。

 すでに右爪で攻撃していることも。

  その道筋と、

   重なり走る真空刃の影響範囲さえも――!



 察知すると同時に弦矢は膝の力を抜いて右前に転がった。

 後ろ髪を切り裂かれながらも躱しきり、転がる勢いのままに立ち上がる――左に一歩踏み込む形で。



 ――――ゴゥ!!!!



 一瞬遅れで走り抜けたのは首魁の拳。

 当てるためだけに、ただ横に振った拳が風を巻いて盛大に空ぶる。

 間髪置かずに首魁のカラダが回転――





       『魔爪の旋風』――        




 首魁を中心につむじ風が巻き起こり、稲妻が走るようにスキルの蒼き刃光が閃いた。

 回転力も手数も先ほどの倍。

 探索者なら最高レベルの到達者でさえ受けきれぬ攻撃は、首魁もまた、己のカラダが壊れるのも構わず限界突破で力を振り絞っていると思わせる。


 だが、またしても弦矢はそこにいない。

 

 この攻撃の前もそうだ。

 さすがに異常ではないか?

 我に返ってからの三手で、回避の力が段違いに鋭さを増している。

 いや、鋭すぎる。

 これも『死転生握してんしょうあく』の為せる業?

   ――それでも説明はつかない。


 なぜなら、洞穴内の暗がりで“見”を利かせるにも限度があり、“聴”や“肌感”を総動員しても、得られる“先読みの利”など今や死力を尽くす首魁の神速に押し負けるが道理。


 なのに、結果は異なる。


 もはや現界を逸脱し神域へ迫らんとする首魁の身体能力を、予知に等しい先回りの動きで弦矢は凌駕するっ。

 それほどまでの“域”に達人とはあるものか?

 あるいは、まだ見ぬ境地が武術には残されているというのか―― 

 




 【感ノ極(かんのきわみ)】――――

 戦いの経験が豊富な者ほど相手の視線や表情、肩や足先の動き、あるいはクセを読み取り、そこから動きを予測する。


 そして攻めや守りの“動き”が全身運動であると解する熟練者ともなれば、あらゆる肉や骨格の動きが見逃せない情報の塊であると気付き、相手のカラダすべてから探り出さんとする。


 さすれば“見”が鍛え上げられ、

 足音や衣擦れ、空気を裂き、あるいは抉る音、そして呼吸音を聞き分ける“聴”も磨かれ、

 果ては全身の“肌感”が研ぎ澄まされて“気配”すらも感じとれるようになる。

 それは古今東西の戦闘士が辿り着く武の到達点。



 ――――それで終わりか(・・・・・・・)


 

 “殺意”を察する“直感力”を忘れていまいか。

 五感に頼らず技術を越えたそれこそが、真の強者に相応しき高みとは云えまいか。

 いや。

 いや――本当に“殺意”だけか?

 人の限界とは、本当にそこまで(・・・・)なのか?


 ならば、弦矢は「否」と断言する。

 我が『幽玄一心流』には、その先がある(・・・・・・)、と。





 人の“意”を感じとる境地が――。




 


 外殻そとがらの動きよりも骨肉の動きを、骨肉の動きよりも殺意と気配を、それよりも先に動く“意”を感じとるのが一心流の真伝者。

 奥伝の行使が条件とはいえ、今の弦矢は、刀神の誉れ高き剣人たちに並ぶほどの剣士であると断言できよう。





 そんな“起こり”の前の前に気付く超察知力を、さすがの魔人オーネストも気づけるはずがなく、ただ後手を踏まされるのみ。

 

 いや、だから攻勢をかける。

 攻めているのは自分。

 圧倒的な力に避けるしかないのが弦矢と、そう思っているのだから。




 ヴォオオオオオオオオオオ!!!!




 首魁はカラダの回転を止めることなく、さらに回転を積み増し、つむじ風を数倍の勢力に強化して弦矢へと放つ。

 だが弦矢はすでに別の位置へ。

 もはや、それすら折り込んでいたように地面を蹴りつけ範囲攻撃を仕掛ける首魁。




 ――――キキキキ!!!!!!




 超速のジャリが襲うも、すでに端まで避けていた弦矢はゆるりとした動きで刃を踊らせ、幾つものジャリを叩き落とす。

 ――どころか、勢い殺した石つぶを首魁の目に放っていた!


「――ッ」


 そんな小技がどうしたと。

 手で無造作に払った首魁の眉間にしわが寄る。

 ほんの一瞬、意識を外しただけで弦矢が間合いを詰めていたからだ。

 それでも首魁に動揺は見られない。この間合いなら首魁にだけは攻撃手段があるからだろう。その思惑を弦矢は外してやる。


「……ちぃ」


 首魁の足や手がぴくりと動くも、そのまま。

 攻撃を意識した瞬間に弦矢の身が左に右にと移り変わり、タイミングを外すためだ。

 首魁を巧みに踊らせ弦矢は間合いを詰める。

 刀の間合いまでもう少し。

 首魁の苛立ちを察知した時には、こちらの居場所などお構いなく、強引に攻撃を仕掛けてきた。


「――っ」


 間合い外から振るわれた左右の爪撃を、真空破ごと見極め躱し、さらに一歩詰め寄る弦矢。

 

 殺った――そう感じた刹那。


 たった今振り切った爪撃の左手が返されていた。

 それは弦矢も認識している。

 ただし、その意味までは理解していなかったが。




【魔影の掌撃】――



 

 首魁の左爪が弦矢の面貌に禍々しい影を映し出すことの意味。それを理解できず幾度も叩きのめされてきた弦矢に回避するすべはない。

 そのはずだった。




「?!」




 あまりの驚きに首魁が身を強張らせたのは、一度ならず二度三度と魔影の攻撃を弦矢が回避してみせたため。


 ありえないっ。

 仮に技の正体を知ったところで、感知し避けられるものではない。


 そう首魁は思っているはずであり、事実、そうなのだ。首魁は知らないが、原種たる『魔狼リュカオーン』の戦歴において、魔術か何かの策を弄さず魔拳から逃れた者は確かにいなかった。

 百戦百勝を誇る無敵の魔影拳――そのはずが。




「それでも負けられぬっ――――!!!!」




 本心では劣勢を認めたのだろう。それでもゆずれぬモノが首魁にはあったのだ。己のすべてを捧げてでも果たしたい誓いが。

 眼窩の蒼き灯明が燃え上がり、首魁の全身が漆黒に塗り込まれる。それは全身の影を拳に見立てた全力の魔拳。

 その溜めによる一瞬を、その隙を弦矢が見逃すはずもなく。




「――ようやっと、おぬしの“はく”を盗めたぞ」




 首魁の背後に立ってささやく弦矢。

 その意味を首魁に理解することはできまい。それが剣士において『無刀取り』と双璧を為す秘技を差しているなど、闇の力に頼った者には感得できない力であるために。

 だから今、唐突に背後を盗られた首魁の脳裏に閃くのは別の思考。


 いつの間に?

 今の今まで『魔狼眼』で捉えていたはず。

 瞬きする隙さえ与えていなかった!!


 そんな困惑と驚きを見事なまでに抑え込み、電光石火の反応速度で振り向く首魁。いや、そのつもりで動いたカラダに神速の凶猛さは見る陰もない。先の魔技で首魁のカラダは限界を迎えていたのだ。

 だから。 






 ――――――とさり






 邪魔されることなく弦矢の刃が疾り抜ける。

 これまでの凌ぎ合いがウソのように、首魁の――魔人オーネストの首は、あっさりと落とされた。

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