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(二十八)在らざる剣



激闘の続く

ゴルトラ洞穴門


              ――領都側出口付近





 先手をとるのは霊鬼の首魁(オーネスト)

 ヤツの鉄砲を束ねるがごとき威力のジャリ攻めをどうさばく――?

 その命題を頭に置いていたからこそ、ヤツが地面を蹴りつけるのを目にした刹那、弦矢は反射的に左斜め前へ跳んでいた。

 

 ――ぼっ


 わずかの差で土砂玉が真横を飛び去れば、間髪置かずに次の土砂玉が目前に迫ってくる。


「!」


 一歩も進めず脇へ避けさせられる弦矢。

 それを見越したように合わせて飛来する土砂玉の連撃。



「くっ」

 ぼっ


     「つ――」

      ぼぼっ


  「……っ、!、くぁ!!」

    ぼっ ぶん ばぶぁ!!!!!!





 早すぎる――





 まるでその場に立入禁じの線が引かれているように弦矢は前進を阻まれる。

 だから“左”に重心を預けてカマを掛け――



 即座に逆の右斜め前へと跳び込んでいた。



 そこで初めて土砂玉の攻撃がズレをみせ、ここぞと弦矢が虚実を織り交ぜれば、さらにズレは大きく広がり、ついに的を絞りきれなくなった首魁が呻き声を上げた。



「ムゥ……」

「――――」



 土砂玉による抑止効果の破綻――直後、わずか三手で両者の距離がぐんと縮められ。

 刀の間合いに残り一手と迫った時、「小癪な真似を」と首魁は珍しく憤りを露わにし、弦矢はたたみ掛けるように鋭く寄せきった。

 しかし勝負を決めたはずのその一瞬、首魁の蹴り足が、これまで以上に振りかぶられている差異を弦矢は見咎め、察する。



 ――誘われた(・・・・)



 本当に小癪だったのは首魁の演技(・・・・・)

 追い詰められたとみせかけ、その実、弦矢の踏み込む位置まで半歩とズラさず誘ってみせた。

 そうでなければ死角を盗りにいったはずの踏み込みで、こんな無防備な――“首魁と正対する形”になるわけがない――感付いた時には弦矢は横っ飛びに身を投げていた。





「つおっ」

 バンッ――――





 これまでにない破壊的な蹴り込みが洞穴の地盤に叩きつけられ、刹那、首魁の足下が破裂したように大量の土砂を飛び散らせる。

 だが皮肉なことに殺傷力を高めるために指向性をもたせた爆裂は、首魁の前面のみに威力のすべてを解き放ち、真横に飛んだ弦矢までを捉えることはできなかった。

 それでも激しい烈風と炸裂音が弦矢の肌感覚と聴覚を瞬間的に麻痺させる。そんな無防備な状態にありながら、弦矢の戦闘本能が訴えるのは“好機”の二字。



「――っ」



 軽やかに前回りして素早く体勢を立て直してみせる弦矢。対する首魁も避けられたと知ってすぐ、気配で探り当てたのか、迷わぬ視線をピタリとこちらへ向けてくる。




「ぬうっ」――下から足の付け根を狙う弦矢に、

「……っ」――再び蹴り込み姿勢で迎え討つ首魁。


 


 その瞬間、互いに“斬りつける前に蹴り足が先”と<同じ結末>を感じ取れば。

 だから首魁は迷わず蹴りぬき、弦矢は――






 ――――トス






 咄嗟に掲げた首魁の左腕に、刀が深々と刺さっていた。

 本来なら難なく弾いていたはずの攻撃だが、それをわざわざ受けてしまったのは、まさかこの土壇場で、弦矢が切り札であるはずの武器を手放すなど思いもよらなかったからであろう。

 そして勝利を確信した首魁のわずかな油断。それらが勝負の天秤を狂わせたのだ。 


「……っ」


 おそらく久しぶりに味わうであろう激痛に首魁は身を震わす。

 元は病弱であったという優男が痛みに耐性などあるはずもなく――硬直したようにカラダを強張らせる絶好の機会を弦矢は見逃さずに間を詰めて。 

 



「ふっ――」




 狙うは首魁の首でも両ノ眼でもなく。

 呪術刀によって動きがにぶっているであろう、左の手首に斬りつけ、するりと断ち切った。


「――っ」


 表情には出ないが首魁も驚いたに違いない。

 弦矢はしごくあっさりとやってみせたが、瞬足で動き、刀を持ち替え、仕上げに土砂玉づくりでもろくなった足場での斬撃――その流れるような一連の動きは超難度。

 剣士であれば今すぐ土下座して弟子入りすべき技倆を弦矢は見せつけていた。

 だけでなく、さらに右目を狙う連続突きへと弦矢は繋げていた。


 一撃。

 二撃。

 

 それを左右に首振るのでなく、バックステップするように大きく一歩退いて避ける首魁。そうするのは連撃を防ぐためばかりではない。

 「調子に――」と軽く腰を沈める動きは次撃の予備動作にもなっていた。




「――乗るな!!」




 残された右爪で放たれる【峻烈の魔爪】。

 蒼きスキルの斬線が、渾身の突きを放つことで死に体となっていたはずの弦矢の身に襲い掛かる。

 




 ――――ッキィ……ン





 小気味のいい音とともに弦矢の刀が折れていた。

 なのに当の弦矢は折れた刀を宙に残し、無傷で首魁の懐深くにもぐりこんでいた。先の“死に体”と見えた動きは錯覚――真相は前への飛び込み動作であり、しかしそれは首魁も承知とばかり、彼の足技が狙い澄ましていたように迎え討つ。



 この至近距離で?

  ――獣化ならではの驚異的な柔軟性ならば可。

   


 それも【獣技二連】であれば、タイムラグなしに弦矢の死角からスキルを叩き込める!




 【峻烈の蹴鉈】――――

 


 

 その威力は帝国黄金騎士団が自慢の魔術剛盾グレイター・シールドすらぶち抜くS級の破壊性能を誇る――蒼き破壊の閃光が、弦矢の後頭部を刈り取りにかかる。

 その軌跡がまさか、半月を描く途中でふつりと絶え、弦矢の掲げる剣に(・・・・・・・・)よって(・・・)受け止められるとは。




「……?!……」




 それがどれほど奇異な現象であったのか、薄氷のように感情の薄れた首魁の顔に“困惑”の二字が克明に刻まれていたのだが、弦矢はその小さな奇蹟を見逃す。

 なぜなら奇蹟の体現者である彼自身、まるで敗北者のように額に汗の珠を浮かべて片膝着いていたからだ。


「……一太刀で、コレか」


 力ない声は首魁の決め技を封じた奇蹟の代償であったか。

 弦矢は斬りつけた一瞬に、体の奥から何かが根こそぎ奪われたのを感じ取っており、事実、体と心の平衡が崩れていた。

 ぼたぼたと地に滴る汗。

 顔を上げれずに目線だけは上向かせるがそこまでだ。

 今なら弦矢の命をとるのは容易いが、しかし首魁もそれどころではなかったらしい。




「……おまえ、何をした……?」




 声に滲むのは“困惑”か“驚愕”か。

 そのどちらであっても魔人と呼ぶべき首魁を大いに動揺させたのは確かである。


 今の攻防――弦矢の狙いが鏡心刀の確保にあったのは結果を見れば明らか。

 だからとはいえ、死角からのスキル攻撃を察知しガードを間に合わせ、かつ、刀をとるための二歩目がスキルの威力を殺すための重心移動にもなっているなど――


 “戦闘思考の瞬発力”ともいうべきモノが常人のそれを逸している!


 そしてそれ以上に、首魁自身が有する“力”を棚上げにしたくなるほどの超常的な現象の発生(・・・・・・・・・)


 アレはなんだ?

 ヤツは何をした?


 答えぬ弦矢になおも首魁は問いかける。


「その剣か? “スキルの強制解除”など……大陸広しといえど、そんなバカげた力を秘めた魔術剣の話は、噂にも聞いたことがないっ」


 そこでダンッと蹴り足を踏み鳴らすのは、弦矢の刃に叩きつけながら無傷で済んだ異常を知らしめる恣意行動。

 もちろん異常なのはスキル効果が消されただけではない。

 純粋な蹴り足のパワーさえも受け手である弦矢に伝わらず、はじめから攻撃がなかったように掻き消されていたのも異常に過ぎる。

 これで驚かない方がどうかしているのだが、弦矢は事も無げに応じてみせる。


「まあ確かにこの剣……この世のモノではないのだろう、な」

「どういうことだ?」


 訝しむ首魁はすぐに何かに思い当たったようだ。


「――漂着した武具(・・・・・・)、か」


 それならばと。

 ジョイオミナ翁と同じ知識を彼も持ち合わせていたらしい。


「神の定めたもう理術スキルも、異世界の道理に従う武具であれば付き合う必要はない(・・・・・・・・・)――詭弁だな」


 吐き捨てるように云いながら、唇を歪める首魁は事実は事実と受け止めるのだろう。

 現にスキル・キャンセルの怪現象を目の当たりにした以上、彼にとっては破壊力や別の特殊効果がある武器よりも厄介さでは最上になる。

 そのくらいのことは察して当然。

 だから首魁は忌々しげに口にするのだろう。


「ますます惜しい……いや、おまえを失ってもその武具を“戦利品”としていただけば、戦力の補填に成り得る、か」

「おう、それは無理な相談というもの」

「?」

「“儂を相手に”という条件では……な!!」


 語尾を強く発声するなり弦矢は刀を跳ね上げた。

 それをさらに下から爪で反らす首魁。大きく腕を振り上げ高々と反らすことで自然と互いのカラダが寄せ合う形となり、



「……っ」――首魁が膝をたたき込みにくれば、

「甘い!」――密着させたままの弦矢が回り込む!



 『鎧組み討ち』であっても一心流の体現は可。

 首魁のカラダを風車のように回転させ後頭部から叩き落とす弦矢。

 さらに投げる動作に合わせて刃を振り下ろすと、後頭部を揺さぶったにも関わらず、首魁の足刀に合わされる。


「――っ」

 

 だが半歩だけ退きざまに再度刃を閃かす弦矢。

 足を斬った。

 だが浅い。断ち切れない。

 首魁は蹴りの勢いを利用して後ろ返り、そのまま立ち上がって間合いをとろうとする。


(逃がさぬ――)


 けれども踏み込みに力が入らない。

 目の焦点がブレる。

 原因は気力の喪失――またしても斬りつけた瞬間に、歯止めなく気力が剣身へと流出する感覚を弦矢は味わわされていた。


「むう――」


 鋭く首を振って茫とする意識を強制的に覚醒させる弦矢。

 足に力が戻ったかと思えば、目の前に首魁が迫っていた。


「?!」


 咄嗟に弦矢は足を踏ん張り急制動。一心流の崩しによる反撃待ちを選択する。逆に見事に虚を突いた首魁は、最大の仕掛けどころと決めにくる。




【峻烈の魔爪――】


 【峻烈の蹴鉈――】

    【峻烈の蹴鉈――】




 云うなら【獣技三連】。

 高レベルの戦士系探索者でさえガード不能なスキル連撃に、死を直感した弦矢の肌が鳥肌立ち、





「――おおぉ!!」





 刹那に本能が反抗していた。

 




       ――ギ、


   キ、

     

      キャ!!!!

 




 剛閃と呼ぶべき蒼い稲妻に、朧霧を纏った刃がゆらめき迎え打ち、そのことごとくを虚宙にて断ち消した。



「――バカなっ」



 またも愕然と立ち尽くすのは首魁。


「ありえんっ。こんなことはっ。人ごときのフィジカルで、なぜに反応できる……っ」

速さだけなら(・・・・・・)、そうであろう」

「あ……?」


 バルデアなら、カストリックならば理解できる。

 しかし。


「ぬしは、剣士であるまい? ある程度の戦いには馴れているようだが、まだまだ……甘い」

「……」

「戦いの“速さ”には、色々な含みがある。ぬしはそれを知らず……儂は、知っておる」


 そういうことだと弦矢は訥々《とつとつ》と告げる。 

 浅い呼吸を繰り返しながら。

 

「……そうか。だがその“速さ”とやらにも限界があるようだ」

「……」


 首魁の指摘は、全身を汗みずくにしながら力なくたたずむ弦矢の様子を見たからだ。

 スキル・キャンセルの権能が、確実に弦矢の精神力を削り取っていた。

 消耗の精確な原因までは分からなくても、奇蹟の体現が弦矢のカラダに負担を強いていることくらいはさすがに首魁も気付くだろう。

 

(これ以上……はっ……)


 敵に情報を与えるし、また、こちらの活動限界にも達してしまう。

 霞む視界をはっきりさせようと、弦矢は剣柄を強く握り締め、口中の頬に歯を立てながら。


「ぬしが、そう思うなら……何度でも試すがよい」

「何度でも防げると?」

「防ぐばかりが、能ではあるまい」


 そうして弦矢は首魁の治らぬ傷を視線で示す。

 先ほど斬りつけた足の傷に、断ち切った手首。

 足の傷は治らず、普通の刀傷であるはずの手首でさえ、再生させるほどの力はないらしく、体液の流出のみを止めただけ。

 弦矢の“攻め手はある”との誇示は、首魁の琴線に触れたらしい。


「たかが傷をつけたくらいで、喜びがすぎる」


 ふいに憤る声を洩らしながら。


「我が力こそは、“辺境の希望”にして国防の要。(かなめ)その“救世の力”に分不相応な魔術剣を得たところで、おまえら一士族ごときが抗えるものか。

 そうとも、そんな易い力に己の命運を賭けたわけではないっ」


 そうして首魁は顔前で拳を握り込む。

 その力のあまり、濃縮された蒼き魔力が拳の間から洩れ出でる。


「……もちろん、これが互角の戦いであると勘違いさせたのは、ひとえに私自身の至らなさがゆえ。だがもっとこの力を感じとり、識り、そして我が身のごとく操れれば。――そう、もっと――――」


 




      もっと深く――――






 弦矢の示した鏡心刀の秘力が、皮肉にもオーネストに眠る原種の力を引き出すことになる――。

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