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(二十七)少女の価値



刻を少し遡る

ゴルトラ洞穴門


              ――領都側出口付近





 導き手に相応しきは辺境の士(じぶんたち)――。

 そうして自信たっぷりに差し出される手の力強さと頼もしさ。

 それのみを聴き、目にすれば、思わずその手を握り返してしまう者もいるだろう。

 しかし弦矢は「みくびるな」と突っぱねる。


「儂らのことではないぞ?――おぬしが“中央”と呼ぶ者たちのことを、云っておる」

「理解できんな。むしろそこまで肩を持つべき何かが、やつらにあるとでも?」


 あるわけがないと言外に含めるオーネスト。


「事実、ここまで送迎団が進めてこれたのも、おまえたち魔境士族の助けがあってこそ。今も――」


 そうしてオーネストは反対側の戦地へわずかに顔を向け、「こちらの手駒が落とされたようだ」と正しく戦局を読み解いて。


「あそこで戦りあっていた相手がどれほどのバケモノであったか分かるまい? これが戦争であったなら“偉業”といって差し支えないレベルの戦功だ。こと戦力という点において、おまえたちがどれほど優秀な存在かを示している。

 対して中央が誇る『精霊剣』は何をやっている。これが事実上の最終戦であるくらい分かっているはず。ならば、私の前に立つべきはヤツでなければ」


 それが筋であろうと。

 当然の指摘に弦矢の表情が気まずさ故に軽く引き攣るのだが、オーネストにその理由が分かるはずもなく。

 「これが中央の腑抜けた実態だ」と彼は辛辣に切り捨てる。


「政争にかまけた挙げ句、実の弟に大公の座をすんなりと奪われた脇の甘いトップ。その実弟も力が足りず、よそ者に協力してもらうことで何とか我らと対抗できた不甲斐なさ。

 むしろ我らに見くびらせたのは(・・・・・・・・)、中央の方ではないか?」

「そのような“流れ”を、企みによって生み出しておいて何をほざく。むしろそのような策謀を乗り越え、ここまで送迎団を進めた力量にこそ目を向けるべきと思わぬか?」


 弦矢も力説で返し黙ってはいない。


「国の内外が不安定ならばなおのこと、“力”だけで生き残れぬのが乱世の厳しさ。であれば、一時といえ敵対しあう中であった我らを受け入れ、不足する“力”を補ってみせた大公代理殿の器量は、決してそちらに劣っていると言えぬはず。それになにより――」


 視線を鋭くさせて弦矢は突きつける。


「ぬしがいかに口説こうとも、業深き闇についてくる者などおるものか。闇がもたらすものは闇でしかなく、そこに一条の光も差しはせぬ。

 事実、国を守ると云いながら、都での暴虐な振る舞いをどう釈明する? 罪なき娘をどれだけ連れ去りなにをした。挙げ句にえるねの姫君も――」


 そこで口をつぐむが遅かった。

 内心苦々しい気持ちで弦矢は平静を装うが、さすがにオーネストは聞き逃さない。


「……そういえば、おまえたちを魔境より連れ出したのは彼女であったか」

「……っ」


 弦矢は否定したいのをぐっと堪えるが、黙り込んだところで認めたも同じ。

 「そうか」と確信を深めるオーネスト。


「手を組む理由が彼女にあるとは思っていたが……まさかそこまで本気・・であったとは」


 非情にマズい展開だ。

 弦矢が何より怖れていたのは姫を人質に交渉されること。

 外道な『俗物軍団』であれば当然打ってくる策であり、ここまでそれをしなかったのが不思議なくらいだったのだ。

 だから弦矢は姫の安否を気遣う言葉はわざと避けてきた。魔境士族に対しても効果があると思わせないために。

 そう、姫との関係はそうであってはならぬのだ。


「……貴殿、何か勘違いしておるまいな?」


 見た目は平静を装いながら、弦矢は用意していた話を口にする。


「我らにとって“森外の民”はすべからく信のおける者ではない。なればこそ、我らの居に自ら赴いた姫君のみに“交渉の権利”を与えたのだ」


 それはつまり、魔境士族がエルネ姫に“信”をおいた証でもある。


「故に他国の姫君といえど、交渉役を害することは我らの“信”を穢したも同じ――この剣を以て侮蔑罪に処す」


 そう魔境の蛮人らしい有無を言わせぬ苛烈な意志をみせつけて。


「これで我らに対する誤解は起こり得ぬとみて、貴殿に尋ねるが。姫君におかなしな真似は――しておるまいな?」


 締めの言葉をひそませる弦矢がそう質せば、



「……ほしいのは“血”だ」



 なぜか不自然に一拍、間を置くオーネスト。

 その濁した言葉の裏にある真実を察し、弦矢の顔から表情が消え去る。


「まさかおぬし、姫を……?」

「愚問過ぎる」


 弦矢が想像した“最悪”を鋭く察し、きっぱりと否定するオーネスト。


「闇に転べば(・・・)稀血まれちの効能が消える。そんなマネをするものか。むしろ彼女には生者側にいてもらい、必要に応じて生き血をわけてもらうだけ」

「おぬしのために、か」

「ちがう。辺境の、ひいては公国のため――そう云ったはずだ。生身の(・・・)現存戦力では不足だからこそ、私を永続させ、さらには『俗物軍団グレムリン』を生まれ変わらせる必要があるっ」


 無理解に憤るような反応を見せるオーネストが、持論の正当性をあらためて訴える。

 しかし弦矢がハッとさせられたのは別のこと。エルネの血を必要とするのがオーネストだけではないという点。


「!……ぬしら全員がっ(・・・・・・・)


 それだけの人数を転化させるのに、どれだけの血を姫から奪わねばならぬのか。想像しただけで弦矢の体温が一気に下がり、ぶるりとカラダが震える。

 逆に昂揚したようにオーネストの声はトーンを跳ね上げる。


「そちらも誤解しているようだが、私以上にエルネ姫の価値を見出している者はいない。確かに彼女はまだ幼く、戦地に立てもしなければ、国の未来も語れはしない。

 しかしその生き血を分け与えるだけで“英雄たちの母”になることができる。これがどれほど凄いことか分かるか? 大公家の長女とはいえ、まだ年端もいかぬ少女の命に“一国に等しい価値”が――」





         だまれ――





 遮ったのは弦矢の低い低い声。

 ガラになく饒舌になったオーネストの弁舌を一割に満たない呟き声で断ち切った。


「ぬしが姫の何を知っておる? 若輩がどうした。 あの歳で魔境に挑み、試練をくぐりぬけて鍛えられた心の強さ、儂との交渉も見事にこなし、都の情勢に憂いを感じる見識の高さもある。何より肝心なのは、民のことも姫なりに考えておるということ。

 そんな国主としての素晴らしい資質を見せる姫の今を知りもせず、勝手に値を決め、輝かしい将来までぬしごときが奪ってよいものかっ」


 怒りのあまり弦矢は己の膝を平手打ちして、





「いや、この弦矢が赦しはせぬ――――っ」





 断固と言い放ち、弦矢の右手が何かを求めるように後ろへと伸ばされる。

 その掌へ合わせたようにスッと収められるのは、夜陰より差し出されたひと振りの剣。


 何者が介添えを――?


 無論、気にすべきはそこに非ず。

 今この時、何よりも注意を向けるべきは、大げさに注連縄を巻きつけられた朱塗りの鞘。

 そして、神札を幾重にも貼り付け鯉口が切れないように厳封された刀身の不穏なる組み合わせ。

 其はなんぞ――





 稀代の刀工円心(えんしん)作――――忍び殺し一刀





 それには幾つかの呼び名があるばかりで真名は明かされておらず。『幽玄の一族』をして久しく遣い手が現れなかった曰く付きの剣。


 古き時代、霊域白山の山神を鎮めるために行われてきた人身御供の儀式を終わらせるため、鍛治師の寿命とその娘の心血を文字通りに磨り潰して産み落とされた狂気の作とも伝えられる。


 その伝承の真偽は別にして、過去に名だたる忍びの秘術を打ち破ってきた実績と、同時に遣い手を狂わせ廃人にしてきた凶事が、呪術刀として一族に畏怖させたのはまぎれもない史実。


 故に“窮地の窮地にとる手段”として封印されてきた刀であったが、諏訪家当主の手によって、今また世に解き放たれようとしていた。

 果たして――




 ◇◇◇




「御当主、これなるは遣い手を選びまする――」


 暗がりの一室にて。

 久しぶりに顔合わせた老婆の言葉に弦矢は眉をひそませる。


「選ぶ? 刀がか……?」

「左様。『陰陽剣』、『九字切り』……円心が遺した呪術刀のいずれもが、この『鏡心刀』を生み出すための失敗作」

「なに?」


 いずれも業物として耳にしていた刀である。

 驚く弦矢を神妙な表情で見つめながら、老婆は枯れた唇をかさりと動かす。


「ほほ。人伝ひとづての話など血の色が白になるほど様変わりするもの。この刀においても同じこと。娘の血肉を混じらせたなど戯言たわごとにすぎませぬ。

 伝承の鍛治師めがやったのは、ただ己の精と根を尽くしぬき、三代に渡って(・・・・・・)一振りの剣を鍛え抜いたこと、ただそれのみ――」


 それのみと云いながら、鍛治師の所業は実に狂信的であると云わざるを得ない。


 斬れる剣を。

 より切れ味の鋭い剣を。

 触れるもの皆、紙を破るがごとく切り裂く絶断の権能を、この一振りに宿らし給え。


 その一念で打ち上げた刀は満足するにほど遠く、一族において鬼才とまで呼ばれた鍛冶師であっても失敗作を潰しては鍛えるを繰り返す。

 その辛苦により、髪は白くなり肌も白ちゃけた末に寿命削りて早逝し。

 弟子が継いで継いだ弟子も早死にし、ついには三代に渡る“円心派の宿願”となる。

 そこまでくれば、はじめ純粋であった志は執念へと転び、一族からも距離を置かれ、しかし鬼気迫る一念であればこそ、人では成し得ぬはずの奇蹟の一振りをもたらした。


「思うに、これもまた一種の『付喪神』。打ち手の妄執が刀に取り憑いた結果、皮肉なことに求めた切れ味の方ではなく、“求める念い”を宿す剣となった」

「つまり……どういうことだ?」


 眉間にきつく眉を寄せる弦矢に老婆が噛み砕いて教える。


「遣い手の心根を刀が写しとる(・・・・・・)……斬るると思わば斬れ、怖れ怯めばたちまちナマクラと成り果てる……そう云われておりますな」

「そのようなモノが……?」


 弦矢の声に不信感がたっぷりこめられるのはやむを得まい。なのに「ありまする」と老婆は自信たっぷりに請け合う。


「じゃが、ないとも言えまするなぁ」

「……」


 その茶化した物言いに弦矢が口をへの字に引き結ぶが、相手は一族の長――この流れで冗談は口にせぬと知っている。もちろん、云わんとしていることも。


「それもこれも儂の気持ち次第(・・・・・・・)……か」

「……」


 老婆の無言は正答の意。

 ただここで、剣の理解ができて良かったでは済まされない。切れ味にムラがある剣など遣い手を危険にさらすだけだから。

 例えば斬りつけたところから、剣が進むのか止まるかも分からぬままでは、次の動作をどうすべきかの判断がつけられない。

 寸法や切れ味に耐久性など、得物の特徴を掴むことは剣士の基本。それをさせない刀など、むしろ粗悪な打ち刀よりも厄介で実用的とは言い難い。


「じゃが――」


 噛み合えば、いかなる妖異も切り裂く秘力。

 それこそが今、弦矢の欲する武具。

 妖術奇術が飛び交うこの異境の地で、道を切り開くのもまた、同じ異形であると確信するがために。



(この先で己を曲げずに通すなら――)



 それが呪いであっても使いこなすまで。

 覚悟を新たにする弦矢の表情を読み取ったのか、「左様な剣でありますれば――」と念には念を入れる老婆。


「斬れぬより斬れてしまう方に注意なされ。刃と噛み合うほどに惹き込まれ、己を保てず流されてしまえば、戻れなくなりまする。

 決して一念に囚われませぬよう。このこと、ゆめゆめお忘れなきよう……」




 ◇◇◇




 ゲンヤが虚空より手にした一刀を抜き放つのを見て、オーネストは警戒心を一段高めた。


(魔術剣……だと?!)


 彼にははっきりと視える。

 まるで夏の陽気に冷え切った刀身をさらしたように、白いモヤがうっすらと揺らめき立つのを。


 そこに込められた秘力は何かとオーネストは目を凝らす。


 状態異常の付与なら問題ない。

 ダメージ強化であっても超再生の前には無意味。 唯一“神聖系”のみが超再生を阻止するダメージを与えるが、そのような忌まわしき力は感じられない。


(おそらく魔境で死した探索者の遺留品……そんなところか)


 精々が【+1】程度。

 そんな拾いモノごときに怯むかと。

 肩透かしを食らい、「それが切り札か?」とオーネストは余裕の態度で云ってやる。


「だとすれば弱すぎる。おまえに必要なのは――防具と思うがな!!」


 先の老人に見舞ったように地面を力強く蹴り抜いて、高速の土砂玉を士族長にぶつけてやる。

 VS魔境士族長のラウンド2がはじまった――。

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