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(二十六)未来へ導く手



刻を少し遡る

ゴルトラ洞穴門


              ――領都側出口付近




 伝道師が『転血骨創』の能力アビリティを暴走させてしまったその爆心地では。

 本能が発する警告に従い一瞬速く場を離れた月ノ丞であったが、それで済まされるような事態ではなかった。





 バキメキクキョコキャミキクキョバキャバキメキクキョコキャミキクキョバキャバキメキクキョコキャミキクキョバキャバキメキクキョコキャミキクキョバキャバキメキクキョ…………!!!!





 爆発したように膨れ上がる針玉の勢いは衰えを知ることなく月ノ丞を追い立て、それどころか、洞穴内にいるすべてのモノを巻き込んで圧し潰そうとする。

 こうなれば敵や味方の区別などない。

 誰もが平等に公平に一切の差別なく、“死”という無慈悲な結末を呑まされるのみ。


(とんだ置き土産を……っ)


 あまりに想定外で強烈すぎる反撃に内心驚きを隠せない月ノ丞。

 とにかく今は逃げるしかない。

 月ノ丞は歩を止めずに二歩、三歩と地を飛ぶような勢いで俊敏に後退するのだが。


 迫る骨槍の先端が目と鼻の先に……っ


 さらに力を込める月ノ丞。

 それでも鼻先に迫る一本だけには詰められ。


(届く――)


 そう見極めると同時に月ノ丞は足を止め、下から突き上げるように『夏紋』で迎え討っていた。純粋に打撃力のみを重視した一撃で。




 ――――ッキィ!!




 小気味よい音を響かせて骨槍が折れた。

 それでも止まらず伸びてくる骨槍が、そこでふいに、勢いを衰えさせる。


(ようやく、か――)


 飛ぶがごとく勢いのあった骨槍の伸びは、見る間ににぶって歩き相応となり、やがて月ノ丞の胸にゆっくり触れたところで、ぴたりと止められた。

 軽くまわりを見やれば、荒れ狂っていた能力の暴走そのものも完全に収まっている。



 

「……悪あがきと云うには、タチが悪い」




 構えを解いた月ノ丞がどこか呆れたように息をつく。

 その目に映るのは、洞穴いっぱいに広がる骨槍の森。深部になるほど縦横無尽に走る骨林に視界を妨げられ、暴走の発現点となった伝道師がどうなっているか判別する事は不可能だ。

 その穢れし魂を捧げることが“呪い”と呼ぶべき災厄の発動条件だったのか。


(あるいは――)


 別の想像も頭に過ぎらせた月ノ丞であったが、ゆるりと首をふる。

 『吸血鬼』と呼ばれる存在について、自分が耳にしたことがすべてとは限らない。所詮はうわべだけの知識にすぎず、その程度で何がわかるはずもなしと月ノ丞は切り捨てる。

 それよりも彼が胸に抱くのは別のこと。


「骨創自在の術とは恐れ入るが……その恐るべき妖術も力を十全に引き出せていたとは言い難い。おおかた、その力に胡座をかいていた口であろう?」


 おそらくは芯部の骨棺にて眠るであろう者に語りかけながら、月ノ丞は自ら叩き折った骨槍の一部にそっと手を伸ばす。




「残念だ――」




 終わってみれば完勝という結果に相応しくない惜しむ言葉。ただそれは、武の高みを目指す彼の、偽らざる本心であった――。




 ◇◇◇




 弦矢にモーフィア――骨柱乱舞の災厄に場を乱されたのは、中盤の戦線をなんとか維持しようと努めていたカストリックもまた、同じであった。

 それまで隙を見せなかった敵の集団戦術に乱れが生じ、その好機をさすがに見逃せないとカストリックは作戦を変更――精霊剣のスキルで攻勢に転じ、戦いを終わらせにかかった。


「……ふう」


 最後のひとりを仕留めたカストリックは、さすがに疲労を滲ませ、ひと息つく。そのまま後ろを振り返らずに、


「……様子見をするのではなかったか?」


 皮肉を投げつけすぐ、「だがゲンヤ殿を救ってくれたことには礼を云う」と言い直す。それを受け止めるのは、つい先ほどまで士族長と共に前線で戦っていたジョイオミナ。いつの間にカストリックよりも後方へ移動していたのか、暗がりの一画にて姿を現した。


「ちと、見込みが外れたようでな。となれば、見知った者のピンチにだんまりともいくまい」


 どうやら観察の結果に手応えはなかったようだ。それはカストリックからすれば朗報であり、振り返りながら聞き返す声も自然と明るくなる。


「それでは“シロ”と?」

「別に危険視はしても、断罪対象とまで考えていたわけではないぞ」


 老人は人聞きが悪いと前置きしたうえで。


「まあ、あのように追い詰められた状況で『戦気』すらも使わず、何らかの悪念を洩らしもしないとなれば……“厄災”に例えるほどの脅威になるとは、言えぬだろう」


 それでも老人の歯切れがイマイチ悪いのは、観察で見極めたものが魔境士族の一面にすぎないと理解しているからか。

 そうであればと、カストリックは指摘する。


「貴殿の懸念は察するが、少なくとも、彼らの心根に警戒すべき悪想のかけらもないとはっきりしたのなら――それは十字軍の、いや『聖市国』の懸念するところでないのでは?」

「……うむ。確かに。まったくそのとおりだ」


 老人も自覚はあったのか、弁明ひとつせずカストリックが肩透かしを受けるくらいにあっさりと指摘を受け入れる。

 「なので、まあ」と老人は不本意さ半分、ばつの悪さ半分を声に滲ませながら。


「とりあえず最後まで様子を見るつもりだが、さすがに“転化モノ”が相手では、あの若い族長も荷が勝ちすぎよう。なにせダメージを受けてもすぐに再生させるバケモノだ――」

「それなら対策は講じてある。公国の特級司祭より賜った『聖水』を持たせておいた」


 カストリックが自信を持って応じると、老人は役不足と切って捨てる。


「ただの眷属相手ならばそれでもよかったが」

「ちがうのか?」

「やつの目を見たが、あれはまぎれもなく『蒼燐の眼』――」

「?」


 知らないワードにカストリックが訝しむと、それを見た老人がため息をつく。別に相手の無知に呆れたわけではないらしい。


「“吸血鬼の国”は知っているな?」

「ありきたりな情報なら」


 何か関係があるのかとカストリックは訝しみながらも、関連する情報を思い浮かべる。





 帝国侵攻期。

 いくつもの国が覇王の腹に呑み込まれる中、あえて直接統治から外されたことから、その存在が明らかになった大伯爵領があった。

 当時各国を慄かせたのは、貴族数家分の広い領土すべてを『吸血鬼』の一族が支配しているという悍ましき事実。

 知らせを受けた帝国重鎮も悪鬼への嫌悪というよりは怖れから、即滅ぼすべしと帝国兵10000による伯爵城襲撃を断行――次の日の朝陽を見ずして帝国軍壊滅の憂き目に遭う。

 この時何があったかの詳細は語られておらず、この機を境に伯爵領と帝国、あるいは周辺国との不可侵条約が結ばれることになったとの見立てが、各国首脳陣の統一的な見解であった。

 とまれ、世界を動揺させる一時的なパニックも収まり、吸血鬼領という異物の存在を受け入れながらも平穏にかえることになる。だが――





「彼の国を知ってから、人類に真の意味での平穏は失われてしまった。働いている時、酒を酌み交わしている時、一家の団らんを楽しんでいる時も……物影や暗がりを視界の端に捉えるだけで、ふと不穏な気配ありと警戒してしまう」


 そこにやつらがいるのでは、と。

 死霊系との戦闘経験豊富なカストリックでさえ思わず声に気持ちがこもるほど。


「不可侵条約が守られるなど本気で思っている者はいまい。まして貴国からすれば邪悪に魂を売り渡す愚昧なる行為――だが、当時は覇王健在だ。絶対者の意に反する旨を表立って声にできるはずもなく、水面下で色々あったであろうことは容易に想像がつく。

 つまり……そういうことか? 誰よりも彼の国を意識してきた貴殿らだからこそ、この異形化した部隊との関連に気付いたと?」


 話しているうちに合点がいったとカストリックが回答を求めれば、「これはあまり公言してほしくない話だが」と老人が情報の秘匿を願った上で。


「世間を動揺させないために伏せられているが、伯爵領のトップは『吸血鬼』ではない。“一族”の上に君臨する上位存在が数名確認されておる。その者たちを我らは『蒼月鬼』と呼んでいる」

「……それも種族名なのか?」

「悪いが詳しく言えぬ。いや、ワシらも分かっていることは少ないでな。それでも言えるとすれば、種族の見極め方くらい」


 ああ、そういうことか。

 

「そうだ。その特徴こそが“蒼燐の眼”。今ここで対峙している敵のリーダー格と思しきモノは、『蒼月鬼』の眷属ではないかということだ。この意味が分かるな?」


 異端の国を統べる死霊系最上位の存在。

 その眷属に俗物軍団の幹部がされているならば。

 カストリックにも『断罪官』としての老人が危惧しているであろう“陰謀論”が見えてくる。


「――つまり、辺境領にやつらの息がかかっているとでも?」


 あるはずのない話だ。

 辺境子息が闇に転んだ経緯は、帝国の侵攻を食い止めるためのやむを得ない手段だったはず。


(――しかし、その禁術を辺境伯が知った経緯までは聞かされていない。いや、大公代理殿もそこまでは分かっていないようであった)


 その不明瞭な点がカストリックの胸に抗いがたい不安を沸き上がらせ、焦りを生む。


「それだけで眷属と断言できるのか? バケモノの種類は多く、冥府の灯明に似た瞳なら死霊系に見られる特徴でもあり、狼に変体するなら獣化人ライカンスローピィも当てはまる」


 さすがに聞き捨てならないとカストリックが気色ばめば、「残念ながら」とシブイ顔をつくる老人。


「死霊系ならば自我があるはずもない。獣化人ライカンスローピィだというなら、金色の皿に縦長の黒瞳のはずで、どちらも不適格。そもそも『断罪官』であるワシとまともに戦りあえる相手だぞ? まして魔術を消し去るスキルなど初めて目にしたわ。その一事だけでもアレが常軌を逸した存在なのは間違いない」


 何をどう考えようとも、『蒼月鬼』の系統であることは確かだと老人は結論づけているようだ。それでもカストリックは反論を試みる。


「しかし――いや、フィエンテ渓谷で傭兵の類いを使ったことといい、先ほどは古代の魔術的遺産を掘り越したりと、あらゆる策を講じる手合いだ。ならば、大陸の影に潜む“危険な集団”を雇ったとしても不思議はない」


 あまりに苦し紛れの発言だ。

 カストリックとしては、公国の重鎮が闇に手を出したなどと直接的な結びつきを避けたいだけ。

 幸運にも「まあそれもあり得る」と老人は肯定も否定もすることなく。

 

「いずれにせよ、今すべきはバケモノの正体暴きにあらず。まずはこの戦いを終わらせることに集中することよ」


 そう経験の豊富さを見せる老人は、そこで気持ちを切り替えるように表情を引き締める。


「とはいえ、テストをやめるつもりはないから、あの族長には踏ん張ってもらわねばな。そのために、我々も出しゃばらない程度の支援はする。ただし、もう分かってくれたと思うが『聖水』だけで何とかできる相手ではない」

「――そうか」


 カストリックからすれば『吸血鬼』でさえ特級のモンスターであり、それを越える存在の力など、眷属レベルであっても想像すらできないのが正直なところ。まして、そんな存在が相手と急に云われても戦闘プランはすぐに浮かばない。


「話は分かった。分かったが、『聖水』以上の対策などしていない。だから、あるもので何とかするしかない」

「道理だな。して、何がある?」

「無論、己が身に付けたモノ」


 カストリックは愛剣を掲げてみせる。

 『精霊之一剣』――大陸で最強の一画として常に名が挙げられる森妖精の血統剣術。これならば、神話級眷属の超再生にさえ穴を穿ちえよう。


「そもそも手練れを相手するのはこちらであり、魔境士族にはそれ以外を相手してもらう作戦だった。ズレた予定を直すだけのこと」


 だからとゲンヤの下へ向かうつもりのカストリックを老人が止める。


「――待て」

「悪いが約定はここまでだ」


 今さらながらに傍観の約定を結んだことに後悔を感じながらカストリックは拒否を示す。


「こちらとしては、彼らの秘めた暴虐性の存在を懸念していただけだ。それが払拭されたとなれば、何も問題はない。早く助けてやらねば」

「いや止めておるのではない。あやつには――すでにとっておきの“刃”を授けてあると云いたかったのだ」


 安心せいと老人。


「刃?」

「そうだ」


 と自信たっぷりにうなずく老人に、





「――そのはずでしたが」

「――――――――ん?」





 姿を見せた白い女が謝罪して、老人は思わず表情を強張らせた。

 今、なんと云った?

 額に汗の玉を浮かべ耳の穴をほじくりながら老人が聞き返す。


「すまん。聞こえなかったが」

「“刃”を授けていないのです」


「……つまり?」

「武器を強化する付与術の行使をとりやめました」


「…………え、なんで?」

「“女の勘”です」


 これ以上の根拠はないとする、にこやかな返事に老人は大口を開けて逆上する。

 




「そこで働かせるモノじゃないよねぇぇぇぇ?!」





 色恋とか、浮気とか。

 男と女のアレなときに働くものじゃない?

 ガチのバトルで働くのは“戦士の勘”!!

 そう信じる老人の焦り狂う声を背にしながら、カストリックは疲れたように重いため息をつく。


「……忘れたか? この地に闇のモノ共がいたならば、戦いは我ら、貴殿らには『見届け人』を任せると。そうするはずだった。つまりはじめの予定に戻っただけで、問題はない」


 それは自身にも向けた言葉。

 何も問題は、ない。

 例えこちらの想定を上回るバケモノが現れたとしても、戦い、倒すまで。

 士族長とふたりでならそれが可能と信じてカストリックは足を踏み出した。




 ◇◇◇




 唐突に明かされた公国に迫る危機。

 その真偽を、情勢に疎い弦矢が判断できるはずもなく。ただ、暴挙ばかりが目に付く外道軍団の長であるオーネストが、彼なりに故郷を救う手立てを考えていた話に軽い驚きを覚える。


(じゃが、やつのしてきたことは――)


 赦しがたい。

 しかも現実味に乏しく傲慢にさえ感じられる対抗策を聞かされ、


「大した自信よな」


そんな平たい感想が洩れるのみ。


「その一軍だけで他国の脅威に張り合えると?」

「そのようなおごりはない。だが潜在的な力は国内において群を抜いている。だから、その力を引き出し伸ばしてやるのが最善の策。これはまぎれもない事実だ」


 問題はその策だ。

 誰もが効果に疑念を抱く斬新すぎる兵器や戦術の登用でなく、あるいは才ある兵に命懸けとなる修行を課すのでもなく。

 闇に手を伸ばし、人の道を外れる策――。


「団員すべてをバケモノに変えてか?」

「平時であれば、倫理も問おう。だが今は――力の“引き出し方”を色好みしている余裕などない」


 込められる非難の十倍、百倍をぶつけられてきたようにオーネストは微塵も揺るがない。


「その躊躇による遅れが、百人千人の人命を失わせることになる。それは大戦当時も今も変わることはない」


 実感のこもるオーネストの声音が弦矢に口をつぐませる。

 やらされたのではなく、自ら決断した者の声。

 “決断の苦しみ”という点において、乱世に生きる弦矢もまた味わってきたことだ。


「……困ったことに」


 弦矢は渋面をつくりながら続ける。


「その言葉すべてを儂には否定することができぬ」

「ならばこちらに降れ」


 その機を待っていたようにオーネスト。

 すでに刃を交え傷つけあった状況で離反を弦矢に促してくる。


「先も話した国の現状を踏まえれば、力ある者を悪戯に失うことを望んではいない。すべては愛すべき地を守るため――今は敵対者であろうとも、我が軍に益となる人材であれば積極的に重用する」

「これは大胆な。他の者が納得するとは思えぬが」


 当然の疑念に「するしかない」とオーネスト。


「その原因がなんであれ、こうして国の瓦解ははじまっている。こちらが動かずとも、別の形で内戦は起きていた。それを機とみて周辺の狼どもが見過ごすと思うか? この地を拠り所にする者は、好き嫌いを云わず共に戦うしかない。

 おまえたちも我らに降り生き残れば、公国が直面している現実をいやでも体験することになる」


 だから降れと。

 

「魔境という井戸の中では味わえない激動の時代をみせてやる。その新しい流れの中心に『俗物軍団』があり、おまえらもその一翼として大陸に名を轟かせることになる。

 断言しよう。これからは“武”で統率し導くことが必要になると。その新時代の荒波で舵取りをできる者は中央にあらず――我らのみ。この手が導く先にだけ、未来がある」

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