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(二十一)彼らなくして



激闘の続く

ゴルトラ洞穴門


              ――領都側出口付近







 ――――殺った




 角度を異にする四つの刃が、ディフェンス限界の死守線を越えた時、血しぶき倒れる敵の姿をオーネストは確信した。

 だが。




 一陣のつむじが生じて、確定された未来をねじ曲げる。




「なんだ、今のは……?!」




 人外のオーネストに驚嘆の言葉を吐かせたのは、二度目のつむじが生じた直後。


 思わず一歩身を乗り出すオーネストの目には、為す術なく首を刎ねられ、倒れ伏す四人の疑似真人が映っていた。

 

 ありえない。

 あそこまで迫られた刃の回避など剣技スキルでも使わない限り絶対不可能。

 当然魔境士族にその術はなく、実際オーネストの動体視力で捉えたのは、敵の円を描く刃が四つの刃に触れていく動きのみ。

 なのにただそれだけで、人外のパワーがこもる斬撃は乱され、振るったカラダまでをも泳がされて疑似真人四名が無防備な状態に陥った――オーネストに分かるのはそこまでだ。

 起きたことは分かっても、そうなる理屈がまるで思いつかない。それこそ魔術でも使われたかと疑わせる驚くべき技巧。

 まさか。




「……それが“伝承されし秘技”か?」


 


 北方魔境にまつわる話を思い起こすオーネスト。

 それが必然であるかのように“別の話”と結びつけた推測を、もはや確信するように口にする。


「あの『狂ノ者』にのみが体得するという未知なる絶技――それを魔境士族おまえたちも使うというのか」


 それは、あくまで噂話のはずだった。

 だがこうして、信じざるを得ない妙技を見せられた今。

 確かめずにはいられないオーネストに、「その話は分からぬが」と魔境士族が静かに応じる。


「儂が遣うは『幽玄一心流』――幼少のみぎりより祖父に叩き込まれし“剣を終わらせる剣”」


 剣を終わらせる?

 剣士が耳にすれば不審を抱き、不快げに眉をひそませるその大げさに過ぎる言葉の真意とは。





 そも武器の種類に応じた多くの流派によって技の数々が編み出され、今なおどこかで探求熱心な武人の手により新たな技が誕生し続ける武の世界。

 そうした武の発展スピードに追いつき追い越し、そのすべてを網羅して対処法を身に付けるなど、いかな才ある剣士であっても見果てぬ夢。

 その叶わぬ夢物語を現実にすべく“攻防の根源”に狙いを絞り込み、術理を見出し、ひとつの技術体系にまで昇華した剣術こそ――『幽玄一心流』。諏訪家のみに伝承される秘伝の剣である。

 その剣が目指すところは、


 万物が有する重さを感得し、そこに生じる力の流れを捉え、自在に制すること。


 武具の種や流派を問わず、あらゆる技には力の流れがあり、それを見極め制すれば、いかなる技であろうと己が身を侵されることはない。

 つまりオーネストが目にしたものは、剣術におけるひとつの終着点――刃を触れ合わせた一瞬で相手の重心を崩して死体しにたいにしてみせた一心流の一技に他ならなかった。




 

 ただしこの世界、剣術の体系化など一般的な話ではない。いわんや、剣術の学び舎もない辺境に住むオーネストにとってみれば、魔境士族が口にした剣士界を揺るがす言葉の重みなど理解できるはずもなく。


「……」


 自分が目にしたものを今一度見定めようとオーネストは疑似真人を数名けしかける。


 だが先に動いたのは魔境士族。


 その動きで仕掛けた疑似真人が一対一を強いられ剣を合わされて、気付けば他方より詰め寄る味方側に放り飛ばされ――そのふたりを背にする魔境士族が、残るふたりの剣を相手取る。

 結果は見るまでもない。

 ふたりの剣ごと絡め取られ、新たに迫る攻撃者たちの壁にされて、連携までが壊された時点で、つい先ほどまで猛威を振るっていたはずの波状攻撃はあっけなく瓦解した。


(やはり、刃が触れるだけで――)


 どれほど信じがたい事実でも、今度こそオーネストも認めるしかない。

 不可思議な事象のすべてが男の意図した“技”なのだと。

 


 

「もういい」




 生き残った疑似真人が起き上がり、取り巻く数名が仕切り直そうとするのをオーネストはムダだと止めさせる。


「まさか、そんな魔術じみた技で『血縛陣』が破られるとはな」


 変性儀式の過程で疑似真人に我が血を呑ませ、遠隔による一定の意志疎通を可能とさせるフォルムによる秘術。

 これにより部隊は練度だけでは到達できない集団の一体化を実現――実戦経験を積ませて馴らせば大陸の名だたる部隊とも渡り合えると期待していた。

 十年前、尋常ならざる戦意に支えられ、『不死の部隊』と帝国兵に怖れられた『俗物軍団グレムリン』の真なる復活も夢ではないと――。





         *****





十年前

夜明け間近


          ――帝国『西部侵軍』本陣前





「――折れるな、まだやれるっ」


 部隊の先頭で誰よりも返り血を浴びながら、オーネストは肩に抱く馴染みの従卒を横目で見やり、そのまま押し黙った。

 そっと身を横たえさせ、胸内で黙祷を捧げて。

 感傷に浸る間もなく、これで幾つ目になるかも分からぬ敵部隊1000に向けてオーネストは全力で飛び込んだ。


「……っ」


 無心で振るう刃は敵の剣を折り、鎧を砕く。

 蹴れば敵数名を玉突きに転がし、首根っこを掴んで振り回せば、さらに多くの敵を弾き飛ばした。そこへ、




 ――――!!




 横殴りの強烈な一撃を受け、オーネストの無双劇場が止められる。


 しかし驚いたのは敵の方。


 魔力の微光を発する大剣が、オーネストの剛毛に包まれた腕を浅く斬り込むのみで受け止められたと気付き目をみはる。


「貴様……その目は?!」


 真実はオーネストの正体を知ったがため。

 その一瞬の硬直を見逃さず、振るわれる爪撃。




「「「ガイスト様――?!」」」




 愕然と立ち尽くす帝国兵。

 宙を飛び、危険な角度と体勢で地面に激突する部隊長。


「長躯族とも力で渡り合える隊長が?!」

「なんなんだ、コイツはっ」

「公国辺境にこれほどのヤツが……」


 オーネストの圧倒的な殺傷力に帝国兵は大きく士気を削がれ、たちまち場が静まり返る。それを許さぬと激しい檄が叩きつけられる。


「止まるな、たたみ込め!!」

「そいつを潰せば終わりだ、臆するなっ」


 間髪置かずに襲い掛かるのは、押し分けるように現れた騎士長二名と装備が桁違いの逸品物に飾られた黄金騎士の集団。


 まぎれもない総司令付である護衛騎士団の登場。


 帝国軍の損耗軽微な戦況で、虎の子の戦力を前線へ送り出す指示はあまりに早過ぎる。

 それでも彼らが派遣されたということは、オーネストら小数部隊による本陣への食い込みを“無視できぬ変事”と『鬼謀』が捉えたことを意味する。


「さすがは――」


 戦場に対する肌感覚が尋常ではない――そう感心する時さえオーネストに与えられることはない。



 ――――っ



 目の前に迫る黄金の一線をのけぞり躱し――そう(・・)させられた(・・・・・)と察したのは、剣を構える別の騎士長を横目に捉えた時。



 騎士長二人によるスキルの二連撃。



 人外のパワーとスピードを誇るオーネストでも躱せる道理はない。その騎士長らの目論見を越えるオーネスト。




 ――――キンッ




 死に神が宿る黄金の円撃を蒼白い閃光が下から打ち上げ、はるか天空へと剣が飛ばされた。


「青のスキル……?」


 剣を失った騎士長が唖然と呟いたところで首が飛ばされる。そこへ驚愕を張り付けた表情で次々と飛び込んでくる黄金の騎士たち。


 『風鳴りの魔爪』


 オーネストの心臓が力強く拍動し、左腕に幽鬼の血を集中――筋力を異常発達させ、爪同士を適度に狭めた状態の手のひらを全力で振るった。




 ピュン――――




 研ぎ澄まされた口笛の音が鳴り、次の瞬間、襲い掛かる黄金騎士の一画が崩された。


 その胴を上下に両断されて。


 跳びかかる者たちは、ぐるりと回される右腕に弾かれて、二周目の円撃を受け止めきれず――いや反応できた者もパワーでねじ伏せ、地面に叩きつけていた。

 その短時間で繰り広げられた蹂躙劇を目の当たりにした生き残りの騎士長は、死を覚悟した表情で口早に唱えていた。


開封リリース。全解放」


 輝き出す三つの指輪。

 部隊長クラスに支給されるものとは別格の魔導具により、騎士長のまとう威圧感が高まって三つの身体能力が飛躍的に底上げされる。

 手にする魔術剣は【+2】の業物。

 威力を重視する先の大剣とは異なり、切れ味特化の術が施された上級武具だ。

 これなら魔術の防御も抜けるだろうとの自信が、騎士長の発声に込められていた。



「そのケダモノのごとき武器ごと――」



 本来の間合いよりも深く踏み込む騎士長。

 思った以上に詰め寄るその動きにオーネストは戸惑い、反応が遅れる。

 戦闘経験の浅さを見抜いた騎士長の妙手だ。

 放たれるスキルにオーネストは『魔獣化』の一部変体を発動――『魔獣眼』による体感速度の中で振り下ろされる剣を軽くつまんだ(・・・・・・)



「……くうっ」



 まるで宙に舞う羽毛をつまむように。

 剣を止められた驚きに歯を食いしばる騎士長。

 刃先に全力をこめるも微動だにせず、そのまま為す術なく胴を断ち切られてしまう。



 

「……そんな……」

「鋼をも断ち切ると言われた、あの斬撃を……」

「あの護衛騎士団がっ」



 

 帝国の護衛騎士団が破られた事例はない。

 なのに目の前で黄金の騎士は血に染まり、地にまみれていた。

 その事実が帝国兵から戦意を完全に奪う。


 棒立ちになり、あるいは膝を着く者。

 オーネストがゆるりと歩を進めれば、その分だけ帝国兵が後じさる。




「――ようやく調子がでてきたようだね、団長殿」




 ふいにかけられた声はローブの盟友のもの。

 だがオーネストは生き残っていたことを喜び合うこともなく無表情で応じる。


「皆を失った――馴れなくてどうする」

「それはいい傾向だが、ひとつ助言を」


 開戦時に比べ、より表情を欠落させたような団長の横顔を観察するように見つめながら、ローブの男は告げる。


その痛みは錯覚だよ(・・・・・・・・・)。仲間を失う苦しみや肉体の痛みから、すでに君は解放されている」


 そこにこそ馴れるべきだと。

 確かに開戦当初は戦いに馴れず傷を負っていたが痛みを感じたわけではない。

 次々と仲間たちが囮となって足を止め、護衛兵も倒れる中、無我夢中で道を切り開いてきたが、頭のどこかは常に冷めていた。

 思い起こすと、同行してくれた父の腹心数名も最後のひとりを失った時、哀しみは湧かず、そうすべきと思った祈りを捧げただけだ。





(……そうか。私はもう……)





 言葉もなく立ち尽くすオーネストにローブの男が諭す。


「早く現実を受け入れたまえ。それが力を十全に発揮させるコツだよ」

「……」


 その現実とは仲間の死。

 寄せ集めでも念いは同じであった仲間の死だ。

 共に『俗物軍団』の団員として過ごしたであろうと睨み返すオーネストが目にするのは、言葉どおり平静そのもののローブ男の姿。


「おまえは……」

 

 言いかけてオーネストは口を重く閉ざす。

 それをローブの男はどう受け止めたのか。


「敵を薙ぎ払え。本陣深く攻め入って、総司令官の首を獲れ。その栄誉は部隊の栄誉となり、死んでいった者たちの栄誉になる」

「言われなくてもっ」


 反発するオーネストの目に、ローブの男が掲げる軍団旗が映り、言いようのない気持ちで胸を締め付けられる。


 それも錯覚だ。

 もはや己の胸には空虚しかない。

 だが、そうであっても。


「言われなくても、『鬼謀』の首は獲る――」


 オーネストは力強く前へ進む。


「そして世に知らしめよう。彼らなくして勝利はなく、彼らなくして民の平和は守られなかったと」






 彼らなくして――――。









         *****




現在

ゴルトラ洞穴門


              ――領都側出口付近





 十年前、確かに目的は遂げた。

 同時に新たな目標が生まれ、その一歩がようやく“真人部隊の誕生”という形で実現した。

 ここからだ。

 失った仲間たちと共に歩むはずだった栄光の道を真人部隊を軸に『新生・俗物軍団』で歩いていく。

 そのつもりだったのだが。



(それが最初の実戦で、つまずかされるとは……)



 それもただひとりの魔境士族のために。

 なのに不思議とオーネストには憤りなく。




「『俗物軍団グレムリン』の団長――オーネストだ」




 駄賃のつもりで名乗りを上げる。


「はじめは忌々しくも感じていたが、こうしてみると、この出会いは必然だったのかもしれない。おかげで大陸の猛者たちと殺り合う前に、部隊の練り込み不足を知ることができた。ならば当然、もうひとつの疑念も浮かぶというもの。……今度は、この身で学ばせてもらおうか」


 オーネストが意志による命令を伝播させると、音もなく疑似真人たちが脇へ身をひいて、戦いの舞台を整える。

 そうした意思表示に相手もよく通る声で名乗り返してくる。


「スワ=ゲンヤだ。……この因縁はおぬしら『ぐれむりん』が招いたもので、当然、偶然ではない。さらに言えば、ここで長同士がまみえるのも然り」

「同意だな。皮肉なことにこの呪わしきカラダとなりて、はじめて神の思し召しを受けるとはな」


 うすく自虐的な笑みを浮かべるオーネストに、ゲンヤと名乗る士族長は「そうではない」と断じる。





「“いずれ、ぬしを叩き斬る”――この胸に抱き続けた儂の一念が、そうさせたのだっ」







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