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(二十)一進一退



夕暮れ前

ゴルトラ洞穴門


              ――領都側出口付近





 開始早々に8人首をあげた弦矢であったが。

 上々の滑り出しに気をよくする余裕は与えられなかった。


 敵陣深くへ潜り込んだ佇む弦矢を襲うのは、全身の産毛が総毛立つほどの異様な気配。

 そこに渦巻くはずの猛る熱気はなく、むしろ冷たい骸に囲まれたかと錯覚させる妖異なる冷気が肌をなでる。

 事実、その場にいる敵すべてが、鬼火を思わす蒼白い灯明を瞳に揺らめかせているのを見れば。


(こやつら――)


 首魁どころか従卒すべてを霊鬼の類いに変えてしまったのかと呻かずにはいられない。


「なぜに、そうまでして……」


 思わずこぼれた呟きは、視線の先にいる霊鬼の首魁らしき人物にぶつけたものではない。仮にぶつけたところで答えなど返されるはずもなかったが。


 集団より少しだけ離れた位置。

 そこに佇む人物は、ケモノのように腕や胸元に剛毛が目立つ優面の異人。


 その双眸に灯る蒼き燐光は霊鬼兵のそれより力強く、そして話に聞くよりも禍々しい。それ以上に妖気を吹きつけてくる梟雄なる気配が、弦矢の危機感を壊れるほどに打ち鳴らし、決して慢心など起こさせない。


 おそらく、やつこそが『ぐれむりん』なる凶兵団の首魁。


 少なくとも、そのひとり。

 いや、どちらであっても、えるね姫に害を及ぼす元凶には変わりない。

 そこでふと、弦矢の脳裏に情景が浮かぶ。




 初顔合わせで果敢に交渉してきた年端もいかぬ少女の面影。

 

 疲労で倒れ込み、

 醒めては剣に精進し、

 時に同志を助けるのが先と説きながら。


 厳しい試練を乗り越え、

 ついには目指す叔父御がいるであろう部屋の目前で――目的を果たせぬまま消え去った少女の背。




 腹の奥からこみあげるのは、防げなかったことの悔恨。

 無粋すぎる横槍を入れた不届き者への怒り。

 内より噴き出す念いのままに弦矢は告げる。







「ぬしは――――斬らねばな」






 一瞬、その身内より洩れ出でた鋭利な殺意。

 視界からまわりの雑兵は消え去り、首魁の姿のみがくっきりと映る。


「……」


 その漂うかすかな殺気を感じたか、首魁が何か呟いているのだが弦矢には届かない。


 たとえ届いていたとしても。


 聞く耳持たずと地をにじり、弦矢が足を向けたその時、ふいに首魁が嗤ったように見えた。

 そして今度ははっきりと届く声で。




「次は、こちらのターンだ――」




 今からが戦いの幕開けと言わんばかりの通る声を発し、その燐光をさらに輝かせる。


 ある異変が生じた。


 声を合図に、倒されたはずの霊鬼兵がむくりと起き上がってくる。

 やはりそうか。

 首魁が『不傷不倒』というのなら、シモベであるはずの霊鬼兵も近しい能力を持っていて不思議ではない。その上、胴を薙いだ際の手応えは、鎖帷子の仕込みを弦矢に伝えてもいたのだ。

 だからこそ注意すべきなのは――あっさりと再起した連中を含めて、弦矢をとり囲む集団の気配が変(・・・・・・・)わったこと(・・・・・)




「行け」




 首魁の命に応じて、間近な三人が弦矢に迫る。

 身をズラして己と敵三名――四者の間合いを崩しにかかる弦矢。

 その動きを咄嗟に織り込んで、寸分の狂いなく、同時に斬りつけてくる霊鬼兵。


「ちっ」


 弦矢がひとりに狙いを絞って踏み込み、強引に間合いを崩す。

 体重をかけながら剣で受け、刹那に流して相手と体を入れ替えて。


「!」


 態勢を崩した敵の胴を薙ごうとして止め――さらに奥へ踏み込んで、新たに襲いくる三方攻撃を弦矢は置き去りにする。

 そのために同士討ちの一撃が入るも敵集団は構わず怯むこともなく波状攻撃を仕掛けてくる。


「――くっ」    

  キンッ


 一剣を反らして右へ跳び、


    「はっ――」 

      ブンッ


 続く一剣を半身で避けながら、


 「……っ」


 踏み込んだ先でも次なる四方攻めを受け。

 それでも休まらない霊鬼兵による怒濤の攻め。




「つっ……」



          「!!」



  「――ふっ」



 

 次も。

 その次も。

 そのまた次も、敵どころか味方さえも息をつかさせぬ狂気じみた連携攻撃の大旋風。


(ぐぅ……っ)


 四度や五度なら易い話。

 それが二十、三十もと続けば、さすがの弦矢も息が持たなくなり、視力や判断力までがにぶくなる。

 なのに、勝機とばかりに攻めの速さが一段階キレを増す!

 もはや視認・判断・反応の処理すら赦さぬ敵の高速重攻に弦矢はすぐさま“判断”を放棄――経験則による“反射”のみで対処した。

 



 ――っ


   ――!!


 !


  ――! ――!




 弦矢は生死を分かつ一瞬のすべてを“絵”として捉え、骨髄反射で最適解を決定。

 これによる常人の域を越えた弦矢の反応速度にしかし、霊鬼兵はもはや驚き戸惑うこともなく必殺を期した剣で攻めてくる。


 攻める!

  攻める!!

   攻め立てる!!!!


 驚くべきは、時と共に攻防の切り替えが洗練されていく弦矢の対応力に非ず、連携を乱さず切れ味をいや増す霊鬼兵の意志疎通力。

 いや、以心伝心と言うべきか。

 個体差や訓練による限界を超えた超常の一体感はある意味で“集団戦闘の完成形”と呼べるもの。

 明らかにはじめと異なる動きは、あえて隠していたものか?

 まわりこむ動きに互いの攻め角度が練り込まれ、さらに波状攻撃の速さを増すために、味方のカラダを切り裂きながら最短最速の狂剣を振るう。

 霊鬼兵ならではの超攻撃型の戦術に、弦矢の攻防は少しづつ息苦しいものになりはじめる。このままでは。




「どうした――」




 その戦い振りをみて優勢と感じたか、自信を深める首魁の言葉が投げられてくる。


「それが魔境士族の限界か? ここまで『幹部クアドリ』を倒し、我が軍を瓦解寸前まで追い込んでみせた力はこんなものではあるまい。さあ、出し惜しみせずにその力を見せてみろ。血を吐き骨を削られ、その身に真の限界がもたらされるまで己を振り絞れ。そうして、まだ幼生にすぎぬこの『真人部隊』が、最強の部隊へと脱皮する贄となれ――」


 首魁の声に昂揚はない。

 あるのは敵を踏み台にして部隊練度を高めようとする冷徹な算段のみ。

 まさか敗北するなど露とも思わぬ声であった。


 その傲慢すぎる物言いに、


「“最強”と謳われては、問わずにおれん」


 思わず失笑を洩らした弦矢の足が止まる。

 その致命的な“停滞”を逃さず、完璧な四方攻めを繰り出す霊鬼兵たち。

 だが、弦矢の異様に底光りする瞳は首魁のそれを捉えたまま、静かに問う。





「ぬしらの方こそ、これが限界か――?」








 ◇◇◇




 あまりにか細い水晶灯の光明では、モーフィアが戦況を把握するのには不十分すぎた。

 それでも目を凝らしながら、出遅れたカストリックが士族長の加勢に走ったことを知る。


「なら私は――」


 もっとよく見えるようにと右へ数歩。

 そこで不可思議なポーズで硬直しているツキノジョウの姿を捉えた。その彼へ悠然と近づくローブの人影も目にしてゾワリと総毛立つ。



「――っ」



 モーフィアの悪寒に感応して、まわりにいた精霊たちが一斉に身を退くような感触。

 それこそがことわりを乱す死霊だけが放つ負の力。

 正(聖)の存在を相殺せずに退けるほどのパワーがあることを示しており、それだけローブに身を隠すバケモノが高レベルの存在であることの証。

 そんなバケモノがツキノジョウのすぐ間近まで。


「応じて――」


 気付けばモーフィアはしゃがんで地に手を着けていた。


「――地よ、避けよ!!」


 威力よりも自分ができる最速最短の手続きで発現できる術を行使――ただ、ローブの足下を軽く凹ませる。

 それは、もはや術とも呼べぬ『形質変化』を促すだけの“呼びかけ(ヴォーク)”。

 これしかない。

 それしかできなかったのだ、彼女には。




 ◇◇◇




 その瞬間、なぜかガクリと悪鬼が膝を折り、月ノ丞は九死に一生を得た。

 間一髪でそれた槍爪によって再び切られる額。

 流れる血がまつげにかかったところで氣の練り込みが成ったと彼は知る。刹那。




「――――!!」




 月ノ丞が放つ声なき気合い。

 意の力で臍下丹田より強力な練氣を解き放ち、一瞬で悪鬼の呪縛を消失させる。


 それを感得したようにサッと顔を上げる悪鬼。

 見返す月ノ丞。


 咄嗟に討って出るのはふたり同時であった。




 ――――!!

  ――――――!!




 虚空に十本の銀槍が乱れ飛ぶ。

 一瞬早く悪鬼の肩を突いた月ノ丞の鉄棍により、猛烈に回天した悪鬼が、タイミング遅れであらぬ方向に攻撃させられた結果だ。


 今ので悪鬼の右肩は完全に破壊した。

 だが、先ほど潰したはずの手は完治している。


 超回復の特殊能力。

 相手が団長、副団長のどちらにせよ、同じ類いのバケモノであればうなずける話。


「面倒な力だ」


 月を思わす表情の薄い月ノ丞の面立ちには、驚きも戸惑いもない。もちろん悲愴感も。


「一撃入れたくらいでは何も変わらぬか」

「仲間に助けられて、何を調子づいたことを」


 今のささやかな逆転劇は運がよかっただけにすぎないと。

 冷静に判断してみせる悪鬼は、「また勘違いされるのも癪だ」と肘を支点にして右腕を振るう。


「――先に、ハエを潰す」


 


 ◇◇◇




 その時、モーフィアは何が起きたのか分かっていなかった。


 仮に目が追いついていれば、悪鬼の右手より放たれた槍爪が、鋭く伸びながら横薙ぎの一閃となって彼女に迫り、そこへ幾筋もの蜘蛛の糸が列を為して立ち塞がるのを見たはずだ。


 しかし、鉄の硬さを誇るはずの糸は支障とならずにたやすく断ち切られ、そのたびに二重、三重の糸で編まれた防御幕が屹立――次々と突破され、やがて勢いを失った槍爪を絡め取るに至る。


 そのすべては数瞬の攻防。


 そしてモーフィアが気付いたときには、無数の蜘蛛の糸に絡め取られた鋭利な刃らしきものが、鼻の先でビタリと止まっていた。




「……ぁ……」




 たった今、九死に一生を得た実感も湧かず。

 当然ながら、誰が放った凶刃なのか、それを食い止めた蜘蛛糸の両端をふたつの人影が掴んでいることも目に入らず。

 ただ、鼻先で小刻みに震えている凶刃の迫力に魅入られる。


「そこに突っ立っていると危ないんだけど」

「早く退けと言っている」


 苦笑交じりの少年の声に苛立ち混じりの女声がモーフィアを我に返す。


「――っ」


 ハッとして数歩後退るモーフィア。

 力の拮抗が崩れる前に槍爪が引っ込んで態勢を立て直すふたり。

 頭が混乱しているモーフィアは感謝よりも疑念が先に立ち、尋ねずにはいられなかった。


「あ、あなた方は? 何がどうして、どっから現れたの?!」

「その話はあと」

「まずは敵の刃が届かぬところまでお下がりを」


 少年と女に説得されるが、「それはダメ」と即座に拒否するモーフィア。


「ここから退いたら支援のタイミングが遅れるわ」

「ならば死ぬだけです」

「……!」


 気遣い無用のストレートな言葉にモーフィアは黙り込む。

 そのくらい分かっている。

 これまでと違って桁違いのバケモノが相手なのだということが。

 それでも彼女は拳を強く握り込んで。


「これは公国の未来がかかった戦いよ。そのために仲間たちも戦い、死んでいった。だから」


 そこでさらにグッと彼女は握りを強くする。


「だからっ――たとえ巨獣相手のハチの一刺しにしかならなくとも、何かの切っ掛けになれるなら、私には踏み止まる選択しかないっ。これは、はなから(・・・・)、そういう戦いなのっ」


 そうしてモーフィアは頬を引き攣らせながら、精一杯、唇の端を吊り上げてみせる。


「そういうわけで、もう下がってくれていいから。こんなおバカに付き合わなくていい」


 せっかく助けてくれたのにねと。

 気まずく謝罪しながらもモーフィアは、あらためて仲間たちの戦いぶりに意識を戻す。

 一度だけカストリックのいる方へ視線を向け、すぐにツキノジョウへと。

 

「……」


 恐怖を抑え込み、あらためて気合いを入れ直す視界の端で、女が小さく息をついたような気がした。そんな相棒の様子とその意図を少年は気付いたのだろう。 


「懸命じゃないね」

「そうね」

「琥珀の『剪髪』をあっさり断ち切ったバケモノ相手だよ?」

「ええ」


 そこで今度は少年が小さく息をつく。


「朱絹って、えるねの姫様も応援してたよね」

「……」

「靜音様のことも」

「……それが?」


 女の返事に棘が込められるのを察して少年は「いや」と一度は避けるも結局は思っていることを口にする。


「昔からそうだけど、意外にほだされやすいよなあ……て」

「別に」


 ただ嫌いなだけなのと。

 女は感情のこもらぬ声で返す。




「“女だから”――という男言葉がね」

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