(十二)悪夢の防衛戦①
丑の刻
羽倉城
――御寝所前の庭先
「~~~~ッ」
断末魔が夜気を震わせて、逃げていた銀髪の異人さいごのひとりが息絶えた。
しかし絶えることなき飢餓感に支配された“餓鬼の群れ”が、止まることはない。そのまま、新たな獲物を見つけたと羽倉城に向けて襲い掛かる。
対する侍達は、弦矢ほか五名のみ。
どういうわけか、若き当主の警鐘に城内より応じて現れる者はひとりもおらず、この場にいる者と手近の得物を頼りに立ち向かわねばならなかった。
それでも彼らの顔に動揺はない。
「――いい」
惣一朗の重心が前掛かりになる寸前を、いかにして察したのか、月ノ丞がきっぱりと抑え込む。
「おまえには取りこぼしの始末を頼みたい」
まさかたったひとりで?
普通なら耳を疑う発言に、惣一朗の逡巡はごくわずか。
稀代の武人が帯びるひりつく空気で、本気であることを察した影衛士が、心得たように背後へと回り込む。それを待たずして、
「若――」
月ノ丞が澄んだ低声で見得を切る。
「“前陣”は拙者が受けまする」
そうして足を向ける先は、この世のモノとは思えぬ魑魅魍魎による血の饗宴。
血風うずまく戦場に幾度も身を置いた彼からすれば、阿鼻叫喚の声充つる地獄であっても馴染みの場――そういうことなのだろう。
その背を倍にも見せる頼もしき武人に眼を細め、「おまえもゆけ――」と隣人に声をかけるのは、後方にて陣取る諏訪弦矢。
「――は?」
思わず頑丈そうな顎をかくりと落としたのは近習長。
よもや警護の要たる自分が、庇護すべき者から離れて攻めを命じられるなど、思いもしなかったのだろう。
だが、弦矢は当然の指示だと尻をつつく。
「まさかこのような奧隅で、偉そうに高みの見物を決め込むつもりでおるまいな? 儂らに『強駒』を遊ばせておく余力など、ないのは分かっていよう」
「いや、しかし兄上――」
「当主様だ、弦之助」
慌てる近習長に、弦矢はこれみよがしに己の立場を知らしめる。その上で、「あの数をみろ」と今の切迫した状況を突きつける。
「いかな強者だとて、己に向かって来る者を倒せても、そうでない輩の進軍まで遮り、防ぎ、堰き止める真似はできやせぬ。
じゃから、前陣に張る強駒を二枚にすることでこちらの“受け”を強くする。“攻めながら護る”のが、この場合の最善策よ。よいな? 前に出ることで儂を護れ、弦之助」
最もらしくうそぶくが、弦矢の本性を知り抜く実弟からすれば、本音のひとつも洩れてしまう。
「単に、“攻め好き”なだけでは……」
「なんぞ?」
ぎろりと睨まれ、近習長はむっつりと押し黙る。
今は兄の嗜好にとやかく云う時ではない。
まして戦術に間違いがなければ、臣下の取るべき行動は、ただひとつ。
「…………分かり申したっ」
不承不承、一礼した近習長が速やかに場を離れていく。その少し前、軽く周囲を見回し「あとは任せる」と告げたのは、誰に対してのものであったか分からぬまま。
「……しかし、ひと風吹けば転びよる、か」
戦力の均衡はあまりにも微妙。
ひとり残された弦矢が、思案げに顎をしごくのへ声をかける者がいる。
「若、今のうちに御寝所へお戻りを――」
当主の身を案じ、縁側にて招く隻眼へ振り返ることもなく、弦矢は「馬鹿を申せ」と一蹴する。
「これほど愉しき状況を、どうして無下にできる」
「若――?」
聞き取れなかった素振りを示す隻眼が、困り顔で自分を見ていることは弦矢も承知。
同じく弦矢の背中しか眼にできないはずの隻眼にも見透かされているだろう。
若き当主の細い唇が、小気味よく吊り上がっているであろうことを。




