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(十一)マルグスの提案



同刻

ゴルトラ洞穴門


             ――中心部の戦闘区域





「……これは思ったより、厄介であったな」


 弦矢は刀を青眼に構えたまま、目の前でうねうねと新たな形に(・・・・・)変容してゆく“人形”の評価を素直に見直した。


 はじめは本当に脅威と呼べるものではなかった。


 屍体が動き出すことに驚きはしても、あらかじめ『動く遺骸(リビング・デッド)』の知識はもたらされており、また敵対してもその動きはにぶく、武器を手にするわけでもない。

 生身で触れないように気をつけてさえいれば、容易に斬り捨てられる相手。

 

 事実、バルデアが部下の遺骸に引導を渡したのを皮切りに、弦矢や月ノ丞など生者側の誰もが戦いを優勢にすすめ、数だけは多い動く死者のバケモノをうまくあしらっていたのだ。


 その流れが変わったのは、きっちりバラした上に留めを刺したはずの動く死者たちが、再び起き出していると気付いた時。


 断ち切られた腕や足、あるいは首や胴体がいつの間にかつなぎ合わされ――それが別人の腕などであったとしても――歪な形で再生する話など聞かされていない。しかも単調だった動きに、ある変化までが。


 真っ先に挙げるべきは武器の使用(・・・・・)

 それどころか、手練れである弦矢たちを相手に、たどたどしくも攻防のすべ(・・・・・)を披露してみせたのだ。


 ただし、その腕前は弦矢たちにとうてい敵うべくもなく、二度目の死を容易く迎えることになる。

 それが三度目の再生で(・・・・・・・)劇的に変化する。


 ぴうと空気を切り裂く刃の音。

 堂に入った受けの構えと微動だにせぬ剛力。

 踏み込む蹴り足の強さは獣のそれ。


 はじめの手合わせ時に比べれば、数段飛ばしで強さを増した動く死者に、弦矢の苦笑が引き攣れたものに変わる。


 いや、まだやれる。


 どういう理屈か不明だが、倒すごとに再生する者の強さが増していくものの、個体数だけは明らかに減っていたのが幸いした。そうでなければ、数の力で押されかねない強者への変貌ぶりであったのだ。

 

 そうして繰り返されてきた六度目の再生(・・・・・・)


 いまだ生者側で脱落した者はいない。

 ただし、ひとりだけ立つのもやっとなのはバルデアだ。

 その身はとうに限界がきており、果たしてこれ(・・)を相手に凌げるかと弦矢は不安を抱かずにはいられない。



 ななめに生えた(・・・・・・・)崩れ面貌の首に、

 剣を握るふたつの左腕(・・・・・・)

 同じく二本の足が木の根のごとく縒り合わさった極太の右足は、どれほどの突進力を秘めているかと警戒せずにはいられない。 



 もはや誰と誰の部位が繋ぎ合わさっているのか分からない死者の肉体は、部位ごとに伸び縮みを繰り返しながら、本物かと見まがう硬い岩肌に覆われ、正しくバケモノの様相に変じようとしていた。


 それが各人に一体づつ。


 今や他人を気遣う余裕は弦矢にない。

 その表情からはとうに余裕が消えていた。




「――やってられねえな」




 吐き捨てるのは、この状況をつくった張本人。

 目の前で変容を終え、立ち上がりかける三つ首(・・・)の奇人を忌々しげに睨みながら愚痴をこぼす。


「『召喚者』であるはずのオレまで巻き込まれるのは、予定にねえ」

「儂らもこのようなバケモノを相手にする考えはなかった」


 ガラにもなく皮肉を口にする弦矢。

 思わず恨み節を口にしたくなるほどに目前の奇人から感じる威圧感には凄みがあった。

 それは武人の強者が放つものに酷似して、倒せば倒すほどに、状況が改善されるどころか悪化の一途を辿っていることを突きつけてくる。


 ふいに弦矢が軽く身震いしたのは、今度も倒した場合の次の再生(・・・・)を想像してのもの。

 そうだ。

 倒すほどに強くなるというのなら。


そのまた次あたり(・・・・・・・・)――さすがにいつまでもは付き合えぬ)


 そこではじめて額に浮かべる冷たい汗の珠。

 死ぬことの畏れではない。

 月ノ丞ならば戦いで果てるを本望と申すかもしれぬが、自分には生き残ってやらねばならぬことがある。


 それは皆を元の世界に返すこと。

 そして今は、異界の姫君を救うこと。


 年少ながらに民を思い、無駄な争いを避け、大公家の歪みを正そうと懸命に戦い続ける少女。

 たとえ力なくとも、心の強さのみで立ち向かう姿に、剣たらんと申し出たのは弦矢自身だ。


(それが肝心の“力”も示さず、このような処で朽ち果ててよいわけがないっ)


 刀を持つ手に力が入り、猛るままに踏み出そうとした寸前で、弦矢は奥歯を噛みしめ思い止まる。

 勢い任せではダメだ。

 闇雲に倒しても一時凌ぎにしかならず、むしろバケモノの力を増してやるだけ。

 ならば。


(――何かの策が必要じゃ)


 そう思ったところで、意外なところから声がかけられる。




「なあ、ここはいっちょ――協力しあおうや」




 呼びかけてきたのは本来の敵(・・・・)

 送迎団側だけでなく自分の味方をも巻き添えにして、この場にどうしようもない混乱をつくりあげた異界の狂人だ。

 そいつが、信じられない戯言を口にする。


「このままおまえらが殺られるのを待ってると、オレの命もあぶねえ。だからよ、このバケモンを倒す手段を教えるから、協力しろよ(・・・・・)

「倒す? 倒せるとな? いや、それ以前に――ぬしを信じて協力なぞ、すると思うのか」

「なに言ってんだ? 信じる必要があるかよ(・・・・・・・・・・)


 バカにしたような狂人の返し。


「互いに利用しあうだけの話だ。生き残りたきゃ、そうするしかねえ。違うか?」

「……」


 腹立たしいがそのとおり。

 本当に倒せるというのなら、話に乗るしかない。

 空気的にほかのふたりにも異論はなさそうだ。


「……それで、どのような手だ?」


 決断を避けて答えを先に促す弦矢に、意外にもあっさり答えが返される。


「逃げるのさ」

「?」

「この洞穴の出口には、もう一匹の(・・・・・)バケモノがいるんだよ。オレらの団長様だ。そいつにこのバケモンを当てるのさ」


 団員とは思えぬ愚弄な口をきき、手段とは思えぬ手段を提示する。しかも言葉どおりなら、自分のあるじすらも利用するという。


「このバケモンはな――オレの考えじゃ、探索者が『這いずる液体(スライム)』と呼んでいる魔法生物のスペシャル版だ」

「ばるであ殿と同じ見解か」

「あ? 何だって――いや、いい」


 それどころじゃないと手を振る狂人。


「とにかく、だ。こいつの産み出された時代を考えりゃ分かる。おそらく創造主は、今では失われた力や技術を有する“古の錬金術師”だ。連中の秘術は現代のそれとは比較にならねえからな。当然、弱点でもある『核』を必要としなければ、銀や魔術的な攻撃に優れた耐性を持つ魔法生物の創造など、お手のもンだろう。

 だから真っ当な攻撃をしたところで効くはずもねえ。効いたところで、ひと掘りが“ムギ粒くらいの分量”で“山を削る作業”に等しい行為だ」

「??」

「つまりよ、やり遂げる前にこっちがくたばっちまうって話しさ」


 そこで「けどな――」と期待を持たせるように目を細める狂人。


「――ウチの団長様は半分あっち側の(・・・・・・・)住人だ」


 効かせる攻撃があるだろうと。

 弦矢には内容の半分もわからない。それに、どうやら予測で口にしていることに呆れるが、だからといって、ほかの対処法を自力で思いつけるわけでもない。


「毒には毒。バケモノにはバケモノを……そういうことか」


 分かった風な声は月ノ丞のもの。そして付け加える。

 

「ただ、ひとつ問題がある」

「何だ?」


 耳を貸す狂人。

 月ノ丞の問題提起は当然のものだった。


「出口までの長さだ。今のこやつらの動きは並みの速さではない。戦いながら逃げるにしても――」

生き餌(・・・)は必要だな」


 当然のように告げる酷薄さ。

 言葉に笑みすら含ませるが、場のシラケきった空気に気付いたか、「“ケツ持ち”だよ」と言い直して。


「順番でやるのはどうだ? 隊列を守ってゆっくり退散するのさ。もちろん、言い出しっぺのオレが、はじめにやる。――オレがミスったら、あとは好きにすればいい」


 いい条件だろと、語尾には自信を含ませる。

 それも『三重増強トリプル・ブースト』がもたらす絶対的な強さの効果があっての話だろうが、先陣を切る度胸は認めてもいい。いや、こいつの場合。


「おぬし、相当にイカレておるな」

「褒め言葉ととっておく」


 強まる含み笑い。

 分かっているのか、場合によっては四匹の奇人を相手取るになることを?


「それで、どうだ? このマルグスと手を組むか」

「断る」


 考えることもなく。

 弦矢のあまりにあっさりした回答に、さすがのマルグスも反応が遅れる。


「――おいおい。状況は分かってるよな?」


 マルグスが慌てたように確認してくる。


「おまえらにはあれを倒す手段がねえ」

「うむ」

「それに次の再生で限界だ」

「それはぬしの話だ」

「そういうことじゃねーだろっ」


 苛立つマルグスが口を開きかけ、そのまま表情を固めた。


 奇人たちの変容が終わっていた。


 話している間に、逃げるのもありだったかと今さらながらに思う弦矢。



(ああ、まことにこれは、厄介だ……)



 それほどにバケモノから感じる威圧感が先より高まっていた。

 これはすこし目論見が外れたかもしれない。


 いよいよ本気で白髪の騎士に助力せねばと弦矢が思ったところで、月ノ丞が動いていた。

 先手必勝で片付けるつもりだ。

 逆に、そうすべしと諏訪最強の一角に思わせたことになる。

 バケモノが、その真の力を現しはじめていた。




 ◇◇◇




 月ノ丞を動かしたのは直感だ。

 相手に力を出させず終わらせる――戦いの極意を思い起こさせる何か《・・》を感じたのは確かであった。

 音もなく対峙していた奇人の眼前に詰め寄って。


 ――ビシッ


 鋭く反応した奇人の左腕を鉄杖で打ち据え、流れるように生身のやわらかな咽を突き抜く。


 普通ならそれで決まり。


 激痛で悶絶するのがオチなのに、奇人は構わず左腕による攻撃を再び繰り返す。

 それを読んでいたように月ノ丞は身を退き皮一枚でやり過ごし、もう一度、強烈な突きを叩き込む。


 今度の狙いは左胸――大きな裂傷を塞ぐように張り付く“辺境兵士の面貌”を攻撃する。


 奇人の速さはこれまでと比べて段違い。

 それでも奇人に防御を許さず、鉄杖が深々と突き込まれ、心の臓にまで達した。

 まだだ。

 致命傷を受けてなお、奇人の反撃は止まらない。

 月ノ丞は躱しざまに別の急所を狙い打つ。

 やはり止まらず、終わらない。


 さらに二度。


 わずかな時間に、計六度の攻防を繰り返したところで、



 ブォン!!!!



 二本の腕をより合わせたような極太の右腕による攻撃。左腕よりなお速く、初めて見せた攻撃が完全な不意打ちとなって月ノ丞を捉える。

 いや、鉄杖でいなすように受け、身体ごと回転した勢いを攻撃に転化していた。



 ――――ボッ



 空気を抉り抜く速さが刃物の切れ味を与え、バケモノの首を根元から斬り飛ばす。

 だがそれだけで月ノ丞の攻撃は終わらない。



 ヒュボバッ――――



 鉄杖の勢いを殺すことなく、霞む月ノ丞の腕が凶器の先端を左腕の付け根へ、さらに凶悪な右腕に導き、切り落としてみせた。


 それでようやく動きを乱す奇人。


 切り口から、伸び縮みする何かを噴き出させ、うねらせたかと思えば、ひくひくと身を震わせ足をもつれさせて倒れ込んだ。




 ◇◇◇




「見事」

「あぁ、倒しちまいやがった……」


 弦矢の讃辞を掻き消したのはマルグスの嘆き。

 これで“次”は手が着けられなくなるとの敗色感を漂わせる。そうして大げさにため息までついてみせ、一言。


「――なら、こっちも好きにやらせてもらうか」


 構えを解いて一歩、二歩と踏み出し。

 かと思えば奇人の動きに合わせて大きく後退る。


「――あやつ」


 意図に気付いた弦矢がバルデアの下へ走る。

 その動きに弦矢付きの奇人までが反応して追いかけてくる。


 バルデアを目指すマルグスと弦矢。

 それに誘われるように集まる三匹の奇人。


 殺戮の舞台が一点に収斂される中、いち早く駆けつけられるはずだった弦矢は、不運にもバルデア付きの奇人に狙われる。


「くっ」


 詰め寄ってくるのも速ければ、横殴りの一撃も速かった。

 弦矢は腰を落とし、上半身を前に寝かせてギリギリのところを躱しきる。しかしその急制動で追跡してきた『左二本』の奇人に捉えられてしまう。


「――むぉ」


 振り向きざま、一本目(・・・)の左腕を頭をかがめて躱しながら、二本目を肩に担いで奇人をカラダごと投げ落とす。

 放り投げるのではない。

 頭から地面に叩きつけるように導くのだ。それもバルデア付きの奇人に向けて。


「ちぃ」


 思わず打った舌打ちは、皮が剥がれたように血に濡れた、自身の手のひらや剥き出しの腕を見たためだ。


「やはり、こうなるか」


 弦矢にとって角度の悪すぎる連携技に、無意識に投げ技を使ったのが災いした。どうしても咄嗟の判断では、肌身に浸みた術がでてしまう。


 だが、後悔も反省するのも今ではない。


 弦矢は痛みをこらえてバルデアの姿を捜す。

 二匹の奇人は弦矢の投げ技でもつれ合っているのですぐには襲ってこない。ただし、そのおかげでマルグスが危なげなくバルデアの下まで辿り着いていたが。

 もちろん、『三つ首』の奇人を引き連れて。

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