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(八)尽きぬ策



現在

ゴルトラ洞穴門


             ――中心部の戦闘区域





 マルグスが懐に手を入れるのを見て、バルデアは咄嗟に打ち払う構えをとった。

 これまでの陰湿なヤリ口を思えば当然の反応であったが、逆にそれが後手を踏ませることになる。


「ビビりすぎだぜ」


 そう云ってマルグスが手にしたのは三つの小瓶。

 それを投げつるのでなく、まとめて3つ飲み干すのを見て、『錬金術師』の調合した魔力薬マジック・ポーションの類いであろうとバルデアは推測する。


「知ってるか? 世の中にゃ、三日で内臓を腐らせる猛毒性を発揮する反面、鎧のように皮膚を硬質化させるトチ狂った毒草があるってよ。そういった劇物に適応し能力として取り込んだしたたかな生き物が『危険生物』だって話だ。――実にそそられる話じゃねえか?」

「つまり……おまえもそうだと?」

 

 気付いたバルデアにマルグスは自慢げに笑う。


「察しがいいねえ。そうとも。オレの異能なら、毒性だけを無効化し、オイシイとこだけ味わえる。うまい具合にクスリの開発に協力してくれる錬金術師もいてな」


 マルグスに手を貸すような輩だ。そいつも相当イカレた錬金術師に違いない。

 ある意味で出遭うべくして出遭ったふたりは、より過激な効能を求め、大陸中の奇草珍草と言われる毒草を集めたらしい。

 そこから原材となる特性の粉末を精製し、魔力水に溶かしこんで魔力薬のサンプルを数え切れないほど作り出したというわけだ。


「大変だったぜえ」


 それはそうだろう。

 毒であれ何であれ、その効能を抽出して薬にするまでが膨大な試行錯誤の繰り返し。さらに納得できる効果を探り当てるための試飲も、決して楽なテストではなかったはずだ。


 必要とする資金に設備、製造や研究に携わる人材や人数はどれほどで、それを調達し運用することも個人でできる範疇ではない。

 大変だったの一言で片付けられない労苦を、それでもマルグスとその協力者は成し遂げた。


 いかにして?


 その疑問も気になるところだが、目下の関心事は大規模プロジェクトの果てにマルグス達が見出した特性魔法薬スペシャリテがいかほどのものか、ということだ。


「その三種……筋力系に敏捷系、体力系もか?」


 カマを掛けるバルデアに、


「そら、受けてみりゃ分かるっ」


 ただ半歩の踏み込みで二メートル近くまで跳び上がったマルグス。

 勢いそのまま非常識なほどの大上段から、空気を切り裂く鋭い音を疾らせて、全体重を乗せた『銀霧剣』の一撃が打ち込まれる。



 跳躍どころか剣撃スピードまでが一段増し――



 それでもイケると『銀霧剣』の横腹を狙うバルデア。しかし繊細なコントロールが利かず強かにぶち当てる。


「!」


 これもやはり、筋力強化の効能か――想像を越える斬り込みの重さに相手の刃筋をズらすのみ。

 それでも反らせれば御の字。

 身を捻るようにして躱し様、バルデアはそこからコンパクトに、最速最短の斬撃でマルグスの頭部を狙う。


「――っざけんな!」


 ハデに仰け反るマルグスが、胸部を浅く斬られながらも回避してのける。

 しかし振り切ったはずの剣を瞬時に切り上げるバルデア。その恐るべき切り返しスピードに反応できなかったマルグスの胸から、血がしぶく。


「ちっ」


 倒れるがままにバックステップするマルグス。それへトドメとばかり踏み込んだバルデアが、そこで一瞬ふらつき踏み止まってしまう。


 やはり麻痺毒の影響が……?


 あるいは、地を抉り、蹴散らすほどの強烈なバックステップに、“マルグスに余力あり”とみて慎重を期したがためか。

 その点において、相手に驚いているのはマルグスも同じであったらしい。


「てめえ……何だ、今のは?!」


 胸にV字の刃傷を刻み込まれたマルグスが、すでにはじめの構えに戻っている白髪の騎士を不審げに睨む。 

 毒に冒されていると思えない堂々たる構えもマルグスを苛立たせている要因に違いない。


「何でさっきよりも動きがいい? 根性で何とかしたとか、つまんねえコトぬかすなよ?」 

「別に」


 大したことではないとバルデアは応じる。


「この身の血となり肉となっている『シルドネ流』は“受けの剣”。“威力”よりも“必中”を優先させる高速のカウンターが技の主体――その基本に立ち返っただけだ」


 だから力は要らず、極限まで単純化された動きだからこそ、そこに及ぼす痺れの影響も一瞬――結果としてかなり緩和できると。

 そう答える。


 無論、バルデアほどの技倆あっての話だ。 


 思うように力を入れられないことが、かえってバルデアの骨身に浸みている剣技を浮き彫りにさせた――それが麻痺毒対策につながるとは、マルグスどころかバルデア自身にも読めなかった話。


「“脱力”と“一瞬の力み”――心得ていたつもりでいたが、勘違いだと知った。ここにきてなお、己の剣が磨かれていると感じる。……おまえのおかげとは、認めたくないが」


 そう聞かされた言葉に、マルグスの頬がびくりと引き攣る。

 大きく顔を歪め、「ガード? 当てるだけのカウンター? おまえマジで云ってんのか?」と語られた技の要点を、消極的で惰弱であると口撃する。


「実戦はいつだって先手必勝――相手をパワーでねじ伏せるのが一番だ。まして、そんなヤワな攻撃で三重増強トリプルブーストしたオレを止められるかよっ」


 斬られてなお、マルグスの自信は揺るがず。

 自慢げにバンと叩いてみせる胸の傷は、気のせいか、すでに流血が収まりゆっくりと塞がっているようにすら見えた。

 いや、気のせいではない。

 バルデアは確信を持って口にする。


「……自己治癒の強化か」

「おう、それがふたつめの効能だ」


 隠しもしないのは、相手に徒労感を与えるため。

 知らず戦意を消耗させ、意識のゆるみが隙を生むことに繋がれば、ジ・エンド。

 小細工であれ何であれ、あらゆる手段を駆使して敵を追い込もうとするマルグス。


「『多種強化マルチ・ドーピング』が『真紅』だけの技だと思ったか? むしろ劇物を使うぶんだけオレの方が効果は絶大だ。三つ目が効き始めたらおまえはオレに触れもしなくなる。それが『真紅』をも越えた、オレの強さよ」


 そう“怪奇十傑クラスの強さ”を誇示するマルグスに、「勘違いするな」とバルデアがたしなめる。


「ヤツとは一度やり合ったから分かる。おまえのそれは、ただの三種。だがヤツのそれは互いに効果を及ぼし合い、三種が六種、九種になる重層的で深みのある秘術だ」

「何だって?」


 思わず聞き返すのは、マルグスにとっても初耳であったからに違いにない。

 単体の効き目でなく、“飲み合わせ”による薬の相乗効果をも狙う。

 まさに薬師ならではの発想であり、薬学の素人にすぎないマルグスでは、マネもできなければ考えの及ばない領域。


「それが本物の『重層強化マルチ・ドーピング』。ヤツが『怪奇十傑』に挙げられる所以だ」

「…………へっ、そうかい」


 バルデアの指摘を受け、口をわずかに開けて驚いていたマルグスが渋い顔をつくる。そこにたたみ掛けるバルデア。


「さらに云えば、おまえに実戦を講義される必要はない。これでもコリ・ドラ戦役の参戦者だっ」

「?!」


 叫ぶと同時に集中力を爆発させたバルデアの神経が瞬間的に回復――地を蹴ってマルグスに肉薄し、スピードを効かせて横一閃。



「……軽いなっ」



 歯を剥き、受けてみせるマルグス。その腕の筋肉がギチリと軋み、血管を浮きだたせる。


「そらよっ」


 力尽くで跳ね返されるがまま、バルデアは逆らわずに剣を流し、わずかに手心加えるだけで力の方向を変え、そこから最短最速で再び剣を走らせる。


「ざんねんっ」

「……っ」


 またも噛み合う剣と剣。

 当然、力で張り合わぬバルデア。

 あえて流され、勢い殺さず、返しの斬撃が一段と切れ味を増す。


「ワホッ」

「……っ」


「ノッテきたっ」

「……っ」


「くははっ……無駄無駄!」

「……っ」


 四度目、五度目と。

 切り返しのたびに剣筋を鋭くさせるバルデアに呼応して、はじめ危なっかしかった受けの精度が的確になっていくマルグスの剣。

 その均衡は破れず。

 まるで申し合わせたような組稽古に似た戦いに、洞穴内にリズミカルな剣戟の音だけが美しく響く。



 恐るべきは、麻痺していると思えぬバルデアの剣捌き。

 それを受けきってみせる身体増強ブーストされたマルグスの力だ。



 それは筋力強化だけで可能な話じゃない。

 そう、ついに。

 三つ目の薬が効き始めたのは疑いようがなく、マルグスの声も昂揚を抑えきれなくなってくる。


「見える。見えるぞ(・・・・)――おまえのトロくさい、なまくらな剣が!」

 

 言動が示す第三の効能。

 強化されたマルグスの視界では、三剣士の斬撃でさえ防御の許容範囲に落とし込まれる。


 強化視力で刃を認識し、

 強化筋肉で反応し、さらに跳ね返す。


 挑むバルデアからすれば、まるで城砦の壁。

 これもある意味で、


「どうだ、オレの“力尽くで行う受けの剣”は?」


 皮肉たっぷりなマルグスの卑しい笑み。

 そして守勢から一転、攻勢に出る。

 それも待ち構えて受けるのでなく、刃を刃で迎え打つ、強気も強気な受け方で。


 ぶつかり合い、激しく飛び散る火花。


 当然、力の差で軽々と押し負けるバルデア。

 巧みに衝撃を流そうとするが、流しきれず、横へ後ろへたたらを踏む。

 半歩でも離れれば逃がさず詰め寄り、その勢いで先制し続けるマルグス。

  

「ただの三種がどうしたって? その三種に歯が立たねえおまえは、何なんだっ」


 浅くとも、ついにマルグスの剣がバルデアを捉える。


 右の上腕。

 左の肩口。

 右の太腿。


 その傷は確実にバルデアの身に刻まれ、ダメージとして蓄積されていく。

 対してマルグスは無傷。負ったところで見る間に塞がってしまう強化治癒の力。

 その差は徐々に広まり、優勢なマルグスがより勢いづいてくるのも当然だ。


「他人の力を引き合いに出す前に、てめえの力でこのオレを凌駕してみせろよっ。剣士なら剣で語らねえとな――そうだろ、三剣士さんよぉぉぉ??」


 マルグスが両腕に力を込めて『銀霧剣』を激しく揺すぶった。その瞬間的な反動で飛び散る毒の粉。


「……くっ」


 邪悪な妖精粉フェアリー・ダストを避けようと移動するバルデア。その足がもつれる。

 最小限の動きで攻防することにより、肉体のにぶりを誤魔化していたバルデアにとって、こうした単純な動きこそ、避けたかった行為。

 それをマルグスは見逃さず勝機に繋げる。



「ここで根性みせろよ!」


 

 首を狙うマルグスの剣。

 それをバルデアは膝を落として身を屈め、同時に半歩距離を詰めることで反撃スピードを高めて返事とする。


 バルデアの突き。

   ――首を曲げて避けるマルグス。


 突きから切り下げ、喉仏を狙うバルデア。

 

「――ヒュウ!」


 上半身を仰け反らせ躱し、無理な姿勢から強烈な反撃を仕掛けるマルグス。

 躱したバルデアが一段切り下げての横薙ぎ。

 負けじとさらに腰を落とすマルグス。


「ウハウ!!」

「……まだっ」


 さらに一段下がり。

 瞬時に対応するマルグス。


 まだまだ――

 ――それすらも。




(――こいつ――)




 疾風の三連撃にも反応し、ほぼ地面と水平になる角度で上半身を寝かせるマルグスの離れ業に、さしものバルデアも驚き手を止める。その隙を逃すマルグスではなかった。



「――ばああああああ!!」

「……くっ」

 

 

 常軌を逸した筋力でグバンと上半身を起こしたマルグスが、片手で『銀霧剣』を振り回す――刃先でなく刃の平で叩くように。これは避けられない!


「……っ」


 猛烈な衝撃でバルデアの目の焦点が飛ぶ。

 その身体が吹き飛ばされなかったのは、マルグスが当てた瞬間に止めたため。それでも瞬間的に意識を飛ばすほどの衝撃がバルデアに二歩、三歩と横にたたらを踏ませる。


 耐えきってみせたのはさすがの三剣士。

 しかしそれこそがマルグスの狙い。


 大きく一歩踏み込んで、バルデアと間近で顔合わせになり。


「ふんっ」 

「……!」


 マルグスの拳が唸り飛び、反射的に動いたバルデアの剣が迎え討った。



 バルデアの意識は半分飛んだまま。

 染みついた動きが勝手に発動しただけだ。



 気付いたときには、バルデアは冷たい地の上に横たわっていた。

 それほどの衝撃を受ける拳の威力だった。

 ただ、そうさせた拳の方も無事では済まなかったが。



「……くそっ、躱しきれなかったか」



 悔しがるマルグス。

 その拳の端から滴る血。

 刃先で受け止めようとするバルデアの剣を、気付いて拳を反らしたがうまくいかなかった。

 そもそもバルデアの受けが、ギリギリすぎるタイミングで敢行されたためのやむを得ぬ事故。マルグスにとっては不運以外のなにものでもない。


「それでも勝負は勝負。あんたの悪運もすげえが、力も度胸もあるってのは認めてやってもいい」


 それもなければ生まれなかった事故でもある。


「……」

「おっと、さすがにトんじまったか」


 勝ちを確信するマルグスに、


「…………ずいぶんと……」

「!」

「…………殊勝な、セリフだな」


 まだ破れてはいないとバルデアの声。

 もはや力も入れられず、地面の上でもがき続けるバルデアに、


「なりふり構わず本気でやるヤツなら、“敬意”も払ってやるさ」


 とマルグス。そう言った口で、「そんなモノ持ってればな」と意地悪く笑う。とても指を何本か持って行かれた者の態度ではない。

 それでも痛みはあるのだろう。マルグスは欠損した手を顔前に掲げ、滴る血をしげしげと見つめる。


「これでまあ、なんだ……ようやく準備ができた(・・・・・・・・・・)ってわけだ」

「準備?」


 バルデアがもがくのを止め、どこかうんざりしたように反芻する。

 まさか、まだ策があるのかと。

 それはふたりの戦いを傍観している弦矢達も同じ気持ちだったに違いない。

 マルグスは云う。


「オレは勝てる戦いしかしねえ。逆に言えば、オレが戦うってコトは勝てるからだ。つまり、そのための仕込みが終わってるということさ」


 騎馬の特攻で送迎団の戦力を離散させ。

 さらに獣闘士で追い打ちを掛け。

 魔導具と毒でバルデアを封じ。

 新型クロスボウでバルデア諸共、生存者をできるだけ潰す。

 それら仕掛けられた策の数々は、効果的で確実に敵戦力を削り落とせるものだ。しかし一方で、勝利を確信させるほど決定的なものではない。

 だとすれば――


「これまでの策はすべて、“最後の策”を発動するための地ならしだ(・・・・・)。ただの前座だよ」

「……」


 信じがたい話で、はったりの可能性はある。

 それでも今までの言動を振り返れば、むしろ納得できる話でもある。

 考え込むバルデアに、マルグスは続ける。


「ここまでやり合った仲だ、信じろよ。信じたら、オレがこうして血を流すことにも(・・・・・・・・)意味がある(・・・・・)って気づけるだろ?」


 どういう意味だ?

 思わず眉を寄せるのはバルデアばかりでない。

 今度こそ、誰もが何かあると本気で気懸かりを抱いた時には、マルグスの血が止まる。


 回復強化の成果。


 そこに意味があるとは思えず、ならばと、掲げられた拳に目がいきがちだが、注目すべきはそこではない。



「「「……!!」」」



 その場にいる者がほぼ同時に異変に気付く。

 言葉にできない不快感。

 鍛え抜かれた直感が、この洞穴内にて何かの気配を察知する。

 つい今し方まで、感じることのなかった気配を。



「――来たな」



 それが何かと知るのはマルグスのみ。

 無言で質すバルデアにマルグスは隠すことなく得意げに語って聞かせる。


「洞穴門の両側出入口が、以前は大門で塞がれていたことは知ってるな?」


 突然のふりに、戸惑いつつも応じるバルデア。


「……ああ。中央から辺境を守るためとも……その逆とも、云われていることくらいは」

「あるいは、それぞれが片方づつ築いたなんて話もある」


 創設に関しては、不思議とその真実を知る者はいない。記録が残されていないせいだ。それでも特に問題はなかった。

 時代時代の所有者にとって“守る”という役目を果たしてくれればいいからだ。

 

「なのに大門は破棄された。時世もあるが本当にそれだけか? 今もこうして辺境と中央で争いがあるんだ。今後も必要ないと言えるのか? いくら何でも、最低限のメンテナンスをしながら維持することくらい、わけないだろう」

「……それはおまえの見解だ。為政者は、様々な方面を考えた上で、決断する」


 だから破棄されてもおかしくもないとバルデア。

 「本気でそう思うのか? 洞穴門は要衝だぞ?」と念押しするマルグス。


「だったら、他に破棄する理由があるとでも?」


 そうバルデアが言い返したのは、自信を持って否定できないから。その点マルグスは違った。


「あるとも」

「それは何だ? “役目を終えた”と判断された以外の何の理由がある」

「いや、“役目を終えた”と判断された点について異論はねえ」

「?」

「その役目が違う」


 バルデアの戸惑いは解消されない。

 このくだらないやりとりは何だ?

 また何か企んでいるのではと視線を周囲に走らせる。

 「まあ簡単に言うとだな」そう答えを口にするマルグスも、さすがにまどろっこしいと思ったのだろう。


「大門の役目は中央の脅威から辺境を、あるいは辺境の脅威から中央を守ることじゃない。この洞穴に(・・・・・)潜むモノから(・・・・・・)、中央や辺境を守るために築いたんだよ」


 それは盲点と云うべき理由だった。

 

「そんな話、初耳だ」


 呻くバルデアがはっきりと否定しないのは納得のいく点もあるからだ。

 マルグスの話はさらに核心へと迫る。


そいつ(・・・)を閉じ込めるためだから、両側の口を大門で塞ぐ必要があった。要衝でありながら軍備を強化せず、戦闘も起きなかった理由も、そいつ(・・・)を悪戯に刺激しないため。そいつ(・・・)は血や肉に異常な反応を示すからだ」


 マルグスの“そいつ”とは何なのか?

 先ほどから感じる厭な気配の主は、“そいつ”なのか?


「ここまでくれば、昔からあった“洞穴内での戦闘禁止ルール”の理由も納得だわな。恐れたのは落盤事故じゃねえ。そいつ(・・・)の興味を惹いちまうのを恐れたんだ」

そいつ(・・・)とは、何だ……?」


 たまらずバルデアが尋ねていた。

 今も背筋をゾクゾクさせる悪寒に耐えながら、はぐらかしは許さぬとマルグスを睨む。


「オレにもわからん」


 あっさり返すマルグスの態度が腹立たしい。


「前に、名家の熟女を死ぬほど喜ばせてやったら、家宝の巻物をもらってな」


 それが洞穴門の創設に関わる記録書であったとのこと。

 魔術書か古代文明の歴史本かと期待して解読を依頼した結果、それが判明する。“そいつ”の目撃例や戦いの記録に生態記録まで。


「正体があいまいでな。ただ使えるとは思ったぜ。なにしろ殺せた者は誰もいねえ。最後に地の精霊術士が撃退して条件付きの平和を勝ち取ったのは確かだが、そこまでだ。

 しつこく警告されてたぜ。“禁”を破れば封印の力が弱まり、復活するから気をつけろってな」


 当然、封印解除の手段も記してあったと。

 ここにくる直前、マルグスは『鍵言』を唱え終えていた。そして仕上げの行為が、マルグスの血を洞穴の地面に吸わせること。


「これが、ほんとにほんとの“最後の策”だ」


 マルグスが自ら傷口を開いて腕を振り回す。

 飛び散る血。

 反応して周囲の地面がゆるやかにうねり出す。


「……っ」

「む?」

「なんだ?!」


 バルデアが懸命に立ち上がろうとし、弦矢達が首を巡らせ身構えて。


「見物だぞ――今じゃ誰も見たことがない怪物だ。探索者のギルドなら、ランクをどう付けるかも愉しみだ」

「そんな……バケモノを制御できるのか?」


 剣にしがみつくバルデアがマルグスに問う。四肢に気力を注ぐため、自然と力強くなる声で、同時にマルグスの盲点を指摘する。


「仲間もっ……おまえ自身も巻き込まれるぞ!!」

「構わねえさっ」


 百も承知と吐き捨てるマルグスが歪んだ笑みで突っぱねる。


「むしろ望むところよ。おまえらも『グレムリン』もみんな、くたばればいい!!」

「?!」

「強者気取りのクソ共は、バケモノに食われりゃいいんだよっ。これまでさんざん好き勝手やった分、苦しんで死ぬのは当然だ。もし万が一生き残りでもしたら……トドメは、きっちり、このオレが――刺してやるから、安心して死ね!!!!!!」


 ツバ飛ばし喚き立てるそれがマルグスの本音か。

 仲間すら眼中にない彼の目には何が映るのか。

 今や狂気に揺れ動くその瞳は、バルデアさえも焦点に合わせず洞穴内をさまよい漂う。

 何かを探し求めるように、その何かに訴えるように、マルグスが両腕を高々と挙げて叫ぶ。




「さあ、伝説の力を見せてみろ、バケモノ! 俺の期待に応えてみせろ!!!!」

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