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(六)非道のマルグス

 辺境伯と大公代理の静かな戦争は、ゴルトラ洞穴門で最後の決着を迎えようとしていた。

 決戦の一番手は急遽№2に抜擢された凶人マルグス。

 味方をも巻き添えにするマルグスの騎馬特攻に戦力を激減させる送迎団一行。さらにバルデアはマルグスの策略によって秘具を封じられ、毒にまで冒される。しかし獣闘士の一群にはばまれ助力できない弦矢達。窮地に陥るバルデアに、マルグスはなおも次の手を仕掛けようとしていた――。



現在

ゴルトラ洞穴門


             ――中心部の戦闘区域





「おい聞こえてるのかぁ、魔境の蛮族共!!」


 麻痺毒に苦しむバルデアから目を反らさず、獣闘士と激しくやり合う異人に声を掛けるマルグス。


「それ以上抗ってみろ、こいつの腕一本、切り落とすぞっ」


 そう牽制しながら、さりげなく横へ身を移す。それは次の一手に繋げるための予備動作。当然ササッと二度振るわれた腕の動きにも意味はあったのだ。




 ――――!!




 マルグスの合図に呼応して、洞穴の奥にて発せられる鋭い擦過音。

 それに誰かが注意を払う間もなく、闇を切り裂いて帯状に広がる鉄矢の列が、白髪の騎士だけでなく魔境士族をも巻き込んで襲いかかっていた。

 ここでマルグスが注視するのは『三剣士』への与ダメージ。今後の展開を占う一撃に誰よりも神経を尖らせる。



 ――ガッ

     ――キ!!



 命の危機を前にして、ケイレンする肉体で反応してみせるバルデアの底力。

 しかし致命傷となる二本の矢を弾いたまではよかったが、強い反動に耐えられず、あっさり剣を取り落とす。

 その原因が腕の痺れのせいばかりでないことを、「どうだ、すげえ威力だろ?」とニヤケヅラを深めるマルグスには分かっていた。


「そいつは軍用弓と比べても段違いに強力な“クロスボウの矢”だ。そのスピードは一流剣士の斬撃並み――破壊力はヘボい術士の障壁程度なら、紙切れのようにぶち抜くスグレモンよ。たとえ一発二発を防げても、五発十発ならどうよ――?」


 そう腕を振り上げ送る合図は、洞窟の奥にて待機させていた部下に対してのもの。そこに上下二列に並んだ鉄弩クロスボウ隊が、装填済の二挺目を手にして待ち構えていた。

 その合図を受け、瞬間的に膨れ上がった殺意を鋭敏に察したバルデアが剣へと手を伸ばし――遅いと嘲るマルグスが、断罪の執行を宣するごとく腕を振り下ろす。


 またも闇奥にて響き渡るクロスボウの射撃音。


 直後、魔獣の牙を思わす矢の群れが、弱りきった獲物の騎士に食らい付く。



 バシッ

   シュ

  シ

 ギッ

  ――「ぐうっ」



 矢を弾く音にバルデアの呻き声が混じり込む。

 その確かな手応えに、「くははっ」とこみ上げる喜びを抑えきれないマルグス。別のところでは、流れ矢を受けたらしい獣人たちの怒声までが聞こえたが気にすることもなく。


「どうしたぁ、三剣士。さっきより動きが鈍ったなあ?!」


 両手を広げてのけぞる彼の胸を震わすのは、バルデアの脇腹や腕に突き立つ二本の矢。それが感情の機微を見せぬ騎士の面貌を歪ませ、与えたダメージが軽微でないことを露わにする。

 マルグスが一手仕掛けるごとに、バルデアは確実に追い込まれていた。


「そんなんで次も耐えられるのかぁ? 我がマルグス隊主催のもてなしは、始まったばかりだぞっ」


 思い切りよく、振り上げられた右手に合わせて三射目が放たれ、


「じゃんじゃんイクぜぇ!!」


 続く左手の振り上げで四射目の矢が放たれる。

 マルグスが部下にストックさせた小型クロスボウは一人六挺まで。それが尽きるまでの間、狙われた者は連続射撃の猛攻を耐え凌ぐしかない。

 しかし、一矢が一流剣士の一撃に匹敵する攻撃を同時に数本撃ち込まれるとあっては、いかなる武人も無傷でいられるはずがない。その戦闘力を徐々に削り取られ、いずれは力尽きるのみ。

 それは公国武人の最高峰である『三剣士』の一人であったとしても例外ではない。


(まして激アツな麻痺毒を喰らってるんだ。ここまで追い込んじまえば、俺の“勝ち”は絶対に動かねえ――)


 そんな確信がマルグスを優越感に浸らせる。


「死ぬほど足掻け、三剣士!! 足掻いて藻掻いて這いずり回って――俺の手のひらで、力尽きるまで踊り狂えっっっっっっっっっっっっ」


 まるで美しき天夜を仰ぎ見るように、恍惚の表情で顎を突き上げるマルグス。

 その両眼は閉じられ、交響楽団を導く指揮者のごとく流麗な手つきでサインを繰り出す。

 それはバルデアを地獄へと誘う不吉なサイン。

 そのサインに招かれ顕現するは、冷たい鉄の矢が群れを為す悪魔の一撃だ。


 五度目。

 六度目。


 その撃ち込みに耐えるのが、いかに鋼の騎士鎧であってもグズグズになるほどの猛射を浴びせられ、気付けば矢を弾く音が途絶え、動く者の影さえ消え失せていた。



 見えるのは周囲に散らばる松明の揺らめき。

 これまで鼓膜をこすり続けていた、弩隊が奏でる狂的な葬送曲が終わりを告げ、

 死の舞踏を演じさせられた者達が、吐き出す乱れた呼吸の音さえ聞き取れぬ静寂の中。



 今ひとりの主役であったマルグスが、ふっと肩の力を抜き、心地よさげにゆるりとひと息つく。 


「……おい、まさかまだ生きてるよな? これでくたばってもらっちゃ、逆に興醒めだ」


 ちらと視線を向けた先に佇む人影はただひとつ。

 そこから、今は見えないふたつの人影があった位置へマルグスは目を凝らし、


「まあ、魔境士族様の方は……くくっ……むしろ頑張ったと褒めるべきかい」


 そう満足げに笑みを洩らす。

 仲間である獣人部隊の気配までが絶えていることを気づけぬわけでもあるまいに。


 だが狂気の影を張り付けるマルグスが思うのは別のこと。


 実にいい買い物をしたと。

 元はあの『鬼謀』により、高レベルの超人対策として考案されていたという幻の新型兵器――強化型弩をアレンジして完成させたという商人自慢の逸品は、マルグスにとってうれしい誤算になった。


「テキトーに戦闘力が削れりゃいいと、思ってたんだがな。そう思えば――やっぱ、『三剣士様』はひと味違うよな?」


 そうしてマルグスが視線を向けるのは、カラダのあちこちに鉄の矢を生やしながら、なおも立ち続ける白髪の騎士。


「……よく、しゃべる」


 ようやっと絞り出される言葉に、


「ああ、気分がいいんでね」


 上機嫌で応じるマルグス。

 対するうつむき加減のバルデアは剣を杖替わりに立っているのがやっと。口を動かすのも辛いと思われるのに、それでも問わずにいられなかったのだろう。


「……で、終わりか?」

「あん?」


 意味が分からずマルグスが眉根を寄せて、すぐに気がついた。

 クロスボウによる攻撃完了を確認されたのだと。

 いや、気付いたのはそれだけではない。


「味方を巻き添えにし、毒やケダモノを使い、また矢で闇討ちをする……それがかつて“救国の英雄”と讃えられた者達の、やり方か……」


 朽ち果てる寸前の古木を思わす佇まいにありながら、ぼそぼそと呟かれる声には、なぜか力強さを感じさせる。


 それは憤りだ。


 真っ向から立ち向かわず小細工を執拗に仕掛けてくる姑息さに、バルデアは騎士として剣士として、大きな反発感を募らせているのだ。


「貴様の、貴様らの……そこまで歪んでしまった背景を思わぬでもない」


 ただ、と。


「昨今、耳にする噂は下劣なものばかり。そこへ公都での傍若無人な振る舞いといい、この戦い振りといい……もはや、語るに堕ちたな『俗物軍団グレムリン』」


 見るに堪えないと。




「だから、そんなのどーでもいいって」




 説教臭いセリフに飽き飽きだと吐き捨て、マルグスは眉をきつくしかめる。


 いい加減にしてくれと。

 そんなのはただの負け惜しみにすぎないと。


 これまで幾人、幾十人もの自称強者共が決まって口にする泣き言に(・・・・)、たっぷりと不快感をあらわにして。


「別に俺達ははじめからこうだ(・・・)。死んだやつらも含めてな。戦いは勝つか負けるかで、そして勝つために最善を尽くすのが、戦士の本分だろーがっ」


 マルグスは呆れた顔でバルデアの非難を邪険に突っぱねる。そして「いいか――」と言って聞かせるように人差し指をグイと突きつけて。


「“上”の連中がどんな建前並べようが、これは規模がちっさいだけの立派な(・・・)戦争・・()。負ければ死――現場で戦ってる俺達にとっちゃ、しょせんはただの(・・・)殺し合いよ(・・・・・)

 だったら、頭ぁ使って機転利かせて、敵を出し抜いてナンボだろ。そこに正道だ邪道だグダつく余地なんざ、あるわけがねえっ。逆にそんな眠たいもんを持ち出してくるから、そのザマなんだよ!!」


 土埃にまみれ、麻痺毒に冒され、さらに矢傷や刀傷でぼろぼろになっているバルデアの姿。

 戦いに余計な考えを持ち込んだ結果がそれだと、マルグスはもう一度、騎士の顔面を突き抜く勢いで指を差す。


「おまえは本当の意味で、理解が足りてねえ。このシンプルだからこそ、非情で酷薄な“現実”ってもんがな。

 いい加減、気付かねえか? 何も難しくねえ話だろ。この世界は寝床の確保も、旨いモンにありつくのも、いい女抱くのも何もかも――いや、生きてくことそれ自体が、誰かや何かと戦って手に入れるものなんだよっ」


 そんなの“辺境のガキ”なら誰でも知ってると。

 いや、知らずに自然と身につけていく。

 負ければ手に入らないだけでなく、奪われることもあるからだ。


「まあ、それでも気付かねえヤツは気付かねえ。特に負けるのが当たり前になってヤツ、あえて戦いから目を背けてるヤツなんかは、な。むしろ戦うことが“悪”だと忌避するズレっぷり。だがよ――」


 俺は気付いたと、マルグスの底光りする瞳がそう告げる。


「逃げれば不戦敗。負けが確定するだけ。この世界が、戦って勝つことを至上としている連中に牛耳られている以上、オレ達の逃げ場なんざ、どこにもねえんだよ……」


 だから、戦うしかないのだと。

 そうして、いつだって真剣に戦ってきたのだとマルグスは胸を張る。

 「どんな戦いだろうとゼッタイに勝ち、俺が俺として、生きるために」と自分の頭に人差し指をぐりぐり押しつけながら。


「脳汁しぼって策を練る。ほかの誰よりも必死で真剣に策を練る。ただ勝つことだけに集中し、脇目も振らずに全力で、俺のすべてをぶつけてるっ。いつだってな!!」


 マルグスは声を腹の底から絞り出し、拳を握り込む。


「俺はおまえらのように道徳だ正義だとおべんちゃらばかり並べ、戦いから逃げてる腑抜けとは違う。俺は逃げねえ! 手を抜かねえ!! 俺はいつだって、誰よりも――――本気で戦ってるんだよっ」


 そう歩み抜いた道を誇示するように剣を高々と突き上げて。

 マルグスは挑発的な笑みをぬぐい去り、ひどく真剣な眼差しで騎士を睨み付けた。


 ただ勝つことだけを――その一念を貫く純粋な意志をバルデアに叩きつけて。


 同時にその動きが死の兆しであると、察したバルデアの表情が強張り――しかし何らかの対処をするより早く、マルグスの腕が鋭く振り下ろされた。

 再装填の時間は十分。



 これで七度目、仕上げの弩攻撃が襲い掛かる――――――!!



 しかも魔境士族が倒れた今、約二十挺分の凶弾すべてがバルデアひとりに集中することになる。その破滅的な攻撃より満身創痍のバルデアが逃れる術などなかった。なのに――。




 ◇◇◇




「……なんだ、そりゃ……」


 拍子抜けしたマルグスの感想を引き出したのは、バルデアの身代わりで蜂の巣になった人の影。

 一斉射撃と同じタイミングで、バルデアと弩隊の間に誰かが割って入り、死霊の手招きを代わりに受けていた。その正体にいち早く気付いたのはバルデアだ。



「……なぜだ……?」



 ひどくか細い呟きは、それだけ困惑が深いことを意味していた。

 人影の正体を察するのは当然として、なぜそこにいて、そのタイミングで立ち上がったのかが理解できない、そんな声。

 いや、バルデアは逃げろと命じたはずだ。



「……か……?」



 仁王立ちする人影が何かを呟く。

 むしろ絶命していないのが不思議なほど。

 かすれて力のないその声に、バルデアが思わず名を呼んだ。



「ロイディオ!」



 経験不足をやる気で補おうともがく若き騎士。

 常に眩しいほどの純粋な瞳を向けてきて、懸命に支えようと奮起する熱量に、バルデア自身、背中を押されるような感覚があったのを認めよう。


 ただの憧れで済ませられない意気。

 熱を感じさせる念い。


 だから古参も随行の栄誉を譲った。

 この若き騎士なら、必ずやその任を全うするであろうと。



「だいじょ……です、か……?」



 今度は聞き取れた。

 だからこそバルデアのくすんだ灰色の瞳がはっきりと見開かれる。

 身を案じるべきは、こちらの方だと。


 

「おまえ――」



 バルデアの言葉は続かない。


 “おまえのすべきは、自分の身を守り抜くこと”

 “団長である私を戦いに集中させることが、その役目”


 そう、機会あるごとに言い聞かせたはずだ。

 同じような話は、公都での戦いに赴く前にもしているのに。

 なのに、どうして分かってくれない。

 どうして、おまえたちは(・・・・・・)――




「――――私を生かすっ」




 バルデアの口から洩れ落ちる、黒い塊。

 それは彼女にのしかかる耐え難い重責と苦痛そのもの。

 誰がそんなものを望んだ。

 常に「生きていてほしい」と望んでいるのに。


「…………っ」


 バルデアは、咽に何かがつかえたように言葉を途ぎらせ、青臭さの残る部下の顔をただ凝視する。そんな彼女の苦しみを知らぬげに。




「団長……さぇ……いれば」




 信頼しきった無垢なる瞳。

 幾本の矢に貫かれ、異形のケモノと化した彼女のシルエットを目にしながらも揺らぐことなく。

 そうして頬をゆるませたように見えたものは、安堵の表情であっただろうか?

 次の瞬間、若き騎士の表情が抜け落ちる。



「ロイ――」



 急速に薄れてゆく彼の気配。

 それはコリ・ドラ族領の遠征で厭というほど体験してきた“人の死”だ。

 クスリも術も意味を為さず、その者の魂を死神が一度でも手にすれば、取り戻すことはできない。


 今またバルデアは、消えゆく命をただ見つめることしかできなかった――。




 ◇◇◇

 



「あーあ」


 ふいに、息苦しくなった空気にあまりに似つかわしくない気の抜けた声が上げられる。その無神経すぎる行為にケリ飛ばしたくなるが、その者による不愉快な言動はそれだけに留まることはなかった。


「……こーいう茶番を見せられちまうと、カラダがかゆくなってしょーがねぇんだワ」


 平然と人の神経を逆撫でするのはマルグスだ。しかも大げさに喉元を掻きむしりながら、「まあ、俺もしくじったけどよ」と言葉だけは反省をちらつかせて。


「もっとおまえと打ち合って、毒をたっぷりまき散らしとけば、こんな冷めた状況も生まれなかったのになあ」


 俺もツメが甘ぇわと。

 拳で『銀霧剣』をコンコンと叩きながらマルグスはわざとらしくため息をつく。


「ま、そんなわけで――」


 たるそうに片手を掲げる八度目のサイン。

 口元の小さな苦笑に、若者の献身が無駄死であったとの皮肉を込めて。

 それを目にしたはずのバルデアは、しかし、表情筋をわずかも動かすことはなかった。まるでリアクションすること自体が、それこそ無駄になると予期していたように。


 実際、何も起こらない。


 矢の装填が間に合ってないというわけではない。

 その時間経過をきっちり見計らった上でマルグスはサインを送ったのだから。

 にもかかわらず、騎士を追い詰めるはずの凶矢が一本も放たれることなく洞穴内を沈黙が守り抜く。


「――いいかげんにしろよ?」


 低い声に怒りを滲ませながら、腕を何度も振り回すマルグス。

 それでも弩隊からの反応がない異常事態にようやくマルグスが一歩足を向けたところで、



「――さすがに、そう何度もやらせはせぬ」



 ふいに、横から割り込む誰かの声。

 そこでようやくマルグスは気が付いた。魔境士族が倒れたはずの位置に人影がひとつだけ佇んでいることに。

 新手か?

 いや違う。


「……ちっ、俺としたことがガラにもなく興奮しすぎたか」


 あの『三剣士』を手玉に取れる優越感にマルグスは夢中になってしまった。だから“死んだふり”という古典的な策に欺され、その隙を突かれて弩兵を倒されたのに違いない。バルデアが動じなかったのもそれを察していたがため。


 事実、弩隊を潜伏させていた方角から冷貌の異人がゆるりと現れる。


 彼はマルグスを無視して、立ち尽くすロイディオに近づくと後ろから両肩を掴んだ。

 途端に力尽きたようにくずおれる若き騎士。

 その身を異人は素早く抱き留め、そっと横にならせた。それを邪魔することなくシラケた様子で見ていたマルグスがもう一度舌打ちする。


「そちらさんも“姑息な手”が好きなようだな?」

「目には目を、姑息には姑息をだ」


 そう応じたのは冷貌の異人に非ず、威風堂々たる物腰のもうひとりの異人。マルグスが得ている情報では、魔境士族の長が直々に随伴しているという話だが、その者がそうなのだろう。


「過激を売りとするのもよいが、使役するケダモノまで巻き添えにしたのは失策じゃ。おかげでこちらはやり易かったがな」

「ああ、確かにミスったな。もう手駒も底をついちまったよ」


 士族長に対するマルグスの態度は横柄だ。

 敵対する者の権威など、無価値だというように。

 ただし士族長にも気分を害した様子はない。


「ならば三対一……なのじゃが、ずいぶんと余裕そうだな?」


 近づいてきた士族長がバルデアと並び立ち、奥にいる冷貌の異人と共にマルグスを挟み討ちにして追い詰める。


 なのに対するマルグスはどうだ?


 送迎団筆頭のバルデアをあと一歩のところまで追い詰めたものの、さすがに手は尽きここから先は劣勢となるだけだ。たとえバルデアが動けなくて二対一になったとしても、客観的に送迎団側の優勢は揺らがない。

 それでもマルグスの悠然たる態度は崩れない。

 魔境士族手強しと思えども、自分が負けるほどの相手とは思っていないからか?


「別に。ピンチじゃないからな」

「これは甘く見られたものだ」


 士族長の言葉に「そうじゃない」とマルグス。


「あんたらが三対一なんて卑怯なマネをするとは思えないんでね」

「非道には非道で応えるが……?」

「それをそこの騎士さんが望めばな」


 マルグスの言葉は、ゆっくりと構えをとろうとする騎士の姿を差している。


「ばるであ殿」

「…………ひとりでやる」


 ただ一言。

 なのに他者の介入を許さぬ思いが、吐き出された語気の強さに表れる。それが若き騎士の献身に報いられる唯一の手段と信じているからなのか。


 静かに怒気を立ち上らせるバルデアに、士族長は黙して身を退き、逆に平然と嘲弄し揶揄するのはマルグス。

 黙っていれば一対一を続行できるチャンスに、それをフイにしかねないセリフをさらりと口にする。


「ほんとにいいのか? 城にこもってばかりの甘ちゃんが、根性だけでオレに勝てるとでも? やめとけよ、ぷるっぷるっじゃねえか」


 必ず受けるとの確信が挑発をさせるのか。

 バルデアも分かっているはずなのに、懸命に足を踏ん張り、剣先の高さを保持しながら生真面目に受け答えする。


「ふたつ……おまえは、勘違いをしている」

「何がだよ?」

「道具を利用するのは、ある男を倒すためだけのもの。おまえを相手に、ハナから必要はない」

「ほう……?」

「それに、外道非道を認めていないだけで、それを知らぬ初心うぶでもない。『三剣士』とは……誰よりも血の海を渡った者が――至る極致っ」


 語尾で強く叫んだバルデアが、ふいに動いた。

 間合いを一足跳びに潰して、同時に剣を叩きつける。


「ぅおわ?!」


 思わぬ反撃にへっぴり腰で受け止めるマルグス。

 そこから胴斬りへと繋がれる刃を必死に転がり辛うじて躱す。

 さらにたたみ掛ける振り下ろしの剣を『銀霧剣』の平で受け止め、ふらつくバルデアの膝を夢中で蹴りつけた。


「……っ」

「うひゃあ!!」


 膝裏を傷めて顔を歪ませるバルデア。

 強引な攻め手で体勢を崩しながらも、さらに追い撃ちをかけるように斬りつけるマルグス。

 防がれてもいい。

 受ければ毒の霧が騎士を追い詰めるのだから。


 だがバルデアは受けずに身を退く。


 それを隙と捉えてマルグスも素早く体勢を立て直し、ワンテンポ遅れで踏み込んでくるバルデアに対し『銀霧剣』を顔前で叩いてみせた。


 ブアッと派手に舞い散る緑銀の粉。


 咄嗟に踏み止まったバルデアの鋭い眼光を、笑み細めて見返すマルグス。

 その間を妖精が舞い躍ったように、松明の明かりを淡く照り返す銀粉が、ゆるやかに降り落ちる。

 麻痺毒の影響範囲ギリギリのところで二人は再び対峙した。



「……ふぅ……ふぅ……」

「…………へへ…………」



 控えめに言っても今のは無様な攻防であったが、片方はまがりなりにも『三剣士』のひとりであり、その剣筋に対応しているマルグスの動きも常人のそれを越えている。

 その厭らしい手口の数々に目を奪われがちだが、『一級戦士』の肩書きはダテではない。むしろ軽口を叩いてみせる態度に説明できない底知れなさを漂わせて。


「……ったく、おかしな粘りをみせるなよ。思わず本気になっちまい(・・・・・・・・)そうだ(・・・)


 そうして下唇をべろりと舐め回すマルグスの言葉は真実か否か。

 対するバルデアは「なら、出し惜しみしないことだ」と冷淡に返す。


「すぐに終わらせるからな」

「あー、なに云っちゃってんの」


 理解に苦しむと首をかしげるマルグス。


「そもそも、おめえの体調が最悪だってコトはバレてんだよ。親子対決だって? 三剣士同士で? もう心も体もボロボロだって話だろ。そこに秘具の力を奪われ、毒に身体を冒されダメージもたっぷり受けちまっちゃ、おまえはただのお嬢ちゃんだ。そうだろ、バルデア嬢(・・・・・)?」


 意地の悪いマルグスの揶揄に、「そこまで知ってるなら、言うまでもないな」と動じぬバルデア。


「あ? 何がだ?」

「この剣のことだ」


 震える腕で剣を構えるバルデアに、ますます眉をしかめるマルグス。


「だから、それがどうしたって――」

「この剣は、父に託された剣。そして散っていった者に託された剣でもある。いや、私にとってはそうだ。この剣は今や――私ひとりの剣ではない」

「てめぇ……頭ワイてんじゃ」


 そこでマルグスの言葉が途切れる。

 その視線は吸いつけられたように剣身を捉えて離さず、口を半開きにしたまま固まる彼に、察したバルデアが相づちする。



「そうだ。お前にも見えるな? ――刃に宿るものが」



 事実、マルグスにはそれが見えていたのだろう。

 言葉に出来ぬ圧力を、無意識に身を強張らさせる何かの“力”を。


「――ハッ。死霊使いでも気取る気か?」


 否定しようと歪める頬は引き攣るだけ。

 笑おうと震わす咽からは、かすれて何も発することができなくなり。




「……あーそうかい」




 その顔に浮かべていた余裕と嘲笑をすっかりぬぐい落とし、ひどく納得したような声でマルグスが吐き捨てる。


「もうボロ雑巾のくせに。痩せても枯れてもそれが『三剣士』というわけか」


 侮蔑はすれども油断だけはしない。

 だから気持ちの切り替えも早く、戦士としての本能が感じるままに危機感だけはしっかりと受け入れるマルグス。


「こんだけ追い込んでても、それでも万にひとつが頭に過ぎっちまうんだから、笑えねー話だな。けどよ……」


 一瞬、マルグスの両眼がひどく充血したように赤く染められたが気のせいか。

 少なくとも、彼の中で何かのスイッチが入れられたのは間違いない。マルグスは剣をしっかと握り締め、揺るぎない覚悟を瞳の奥で光らせ、声に出す。




「――それでも、俺が勝つ」




 すべてを掴むために。

 掴んだその姿を見てもらうために。

 そうでなくてはいけない。

 

       そうでなくては――――

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