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(三)ゴルトラ洞穴門の戦い②



同日の午後

ゴルトラ洞穴門


             ――中央部の戦闘区域





「さすがはバルデア卿麾下の騎士達だ。いい気概を見せてくれる」


 大戦越えの重みを声に乗せるのは老将ネイアス。

 向かってくる騎士をひと振りでぶちのめし、バルデアの前に自ら進み出る。


「だが戦場知らずの近衛兵に、後れを取る我らではない」


 その言動だけで荒れ気味だった場を自然と落ち着かせ、味方からは期待の目を、敵からは畏怖の目を自然と集める。

 これぞ歴戦の将ならではの存在感。

 ずいと突き出す槍先に濃密な殺意を込めて。


「悪いが尋常に勝負するつもりはない。これははじめから、表に出ることのない『暗闘』だ」


 戦人としての矜持を押し殺す宣言。

 その言葉を合図に、これまで後ろに控えていたらしい槍持ちが数名、バルデアの周囲に集まり出す。逆に他の者は皆、バルデア以外の者を牽制するように位置取りを変え、追い立てる。


 これはつまり、バルデア狙い(・・・・・・)


 厄介な相手を真っ先に、それも多対一で葬るは戦場で当然の知恵。

 矜持は殺しても経験を活かすネイアスの仕込みというなら、これは“単なる数合わせ”ではない。


 事実、槍構えに“格”を漂わせるネイアスを中心に周囲を固める槍持ちも、ただの手練れと思わせぬ剣呑さと落ち着きぶりを併せ持ち、もはや完成されたひとつの集団として『三剣士』に拮抗し得る強烈な群気・・を放つ。

 その者達にバルデアは覚えがあったらしい。


「……『百本』か」

「知っているのか?」


 バルデアの呟きにネイアスが意外そうな声で尋ねる。


「噂だけは」

「なに、ただの“飾り”だ。腕自慢だけを集めた実戦形式の槍仕合にて、百連勝した者にだけ与える葉だけの称号(・・・・・・)……辺境ではそういう荒っぽいものが好まれる」


 ネイアスは事も無げに説明したが、凄腕百人抜きなど荒行どころの話しではない。もはや“達成”よりも“過程”に意義を見出すレベルの難行だ。

 なのに、その取得不可能なはずの称号を得た超人が存在し、それがバルデアを取り囲んでいる者達なのだと云ったのだ。だが。




「――悪くない」




 バルデアが洩らした感想はその一言。常軌を逸した“槍の修羅達”に囲まれながら、白髪の騎士に表情の変化は見られない。それが彼らの自尊心を傷つけたのは間違いなかった。




 ヴィヒヒヒヒ――!!

  ヴヒヒッ




 周囲にいた馬が次々といななき、怯えて惑う。

 気付けば周囲の温度が下がっていた。

 いや、そう感じさせるほどの凍てつく殺意。

 それが『百本』と称された者達の身中に生まれ、戦場慣れしているはずの軍馬を怯えさせたのだ。

 

「……火を点けたのは貴殿だ。楽には死ねぬぞ」


 ネイアスが身構えると同時に、周囲の者達がバルデアを押し包むようにジワリと動き出す。ただそれだけで、殺意の圧力が白髪の騎士を締め上げる。

 当然、眼前の危うい展開に弦矢も黙っていられるわけがない。


「どうやら、儂の見せ場でもあるようだな」


 あまり感心しない動機を口にして、弦矢が慌てて歩み出せば、それを遮るように冷貌の士が現れる。

 月ノ丞である。


「おい……?」

「若が出るまでもありませぬ」


 そうではなく邪魔なのだ、と口を開きかけた弦矢に月ノ丞が先手を打ってくる。


「戦場では“臣下に露払いをさせること”が習わしとなっております」

「ん?」


 そうであったか、と思わず弦矢が首をひねったところで戦いが始まってしまっていた。




 ◇◇◇




 辺境組の意図的な動きに気付いたのは、ロイディオだ。

 彼の行動原理が“団長の補佐”にあり、当然戦いの最中であっても、その視線は知らず団長の影を追い求める。だから誰よりも早くその異常を察知することができたのだ。


「あいつら、何か仕掛けて――」


 包囲陣のキナ臭さを彼なりに感じて助けようとした動きに、「通すものか!」と敵のひとりが反応して激しく剣を叩きつけ合う。



 ――――ィンン!!!!



 金属音が鳴り響き、わずかも動かぬ剣。


「ぐうっ」


 強い。

 ひとり居残り修練に明け暮れた自分の剣を、容易く受け止める相手の力にロイディオは唸る。唸らされる。


 これが辺境の猛者。


 近衛兵としてのプライドでわずかも慢心すれば、次の瞬間に斃されているのは自分になる。だからなおのこと。

 ロイディオは骨も折れよと力を込め、無理矢理に剣を押し込みながら、檄を飛ばす。



「団長に援護を――」

   「「「うぉおおおおお!!」」」


「させるな、阻止しろっ」

   「「「おおっっっ」」」



 再び始まる激闘。

 敵味方が入り乱れる吐気と掛け声。

 鉄剣が唸り、鈍い打撃音が重なって。

 方々で暗がりに火花が爆ぜ、そこに混じり合う擦過音と呻き声。

 もはや誰が誰だか分からなくなる乱戦で、ひときわ焦燥に駆り立てられる騎士がひとり。



「どけ!! あの方は、まだ(・・)――」



 強引に前へ割り込まんとするロイディオを、敵は二倍三倍の人数で壁を築き、跳ね返す。それが二度三度と繰り返される。さすがに業を煮やしたロイディオが、思わず無茶な体当たりをぶちかました。



「くそっ、通せ!!」


「オレは団長の下へ――っ」



 まるで癇癪を起こした子供のように全力で殴り、蹴りつけて。


「卑怯者めっ。ひとりに多勢など、恥を知れ!」

「バカが。暗闘にキレイも汚いもあるか!!」

「ネイアス様の気も知らずっ」


 必死に剣を振り回し、わめき散らすロイディオを侮蔑の視線で応じる敵。


 分かっている。

 正しいのは向こう。

 自分は“力なき遠吠えをするだけの負け犬”だ。


 分かっていても焦りや歯がゆさが、ロイディオの気持ちを取り乱させる。


「くそっ、団長が……っ」


 ネイアスだけじゃない。

 敵の隙間から見えるだけでも、囲いを形成する兵卒の技倆が常人離れしていることが感じ取れる。


(あの連中、あの数――)

 

 言いようのない悪寒がロイディオの全身を震わせて、抑え切れぬ焦燥が募るばかり。

 何をやっているんだ、自分は。

 こういう時にこそ、誓いを果たすべきなのに。




「団長――――――っ」




 悔しさ滲むロイディオの遠吠えは、戦いの喧噪に呑まれて消える。

 一時はバルデアの檄と敵騎馬の兵種を喪失させる功績により、辛うじて均衡を保っていた戦いは、再開されてすぐ人数差が露骨に顕れ、気付けば辺境組優勢へと大きく傾いていた。

 早くもジリ貧。

 団長を支援するどころの話ではない。

 それでも自分達にできることといえば。

 ロイディオは必死に頭を回す。


「補佐殿、ここは――」

「ダメだ、持ちこたえろ! 退くんじゃない!! せめて、オレ達が健在だと――団長のお心を患わせるな!!」


 戦況を踏まえての進言をロイディオは拒絶し、尻を叩く。足だけは引っ張るまいと。しかしその心意気も虚しく、徐々に味方が減っていき、合わせて抗争の音もしぼんでいく。


(オレの檄ではダメだっ。団長のようには……)


 何と自分は不甲斐なく、足しにもならぬ存在なのか。これまでの鍛錬は、流した汗は、なんだったのか。

 激しい刃の競り合いで、中指が折れても気にすらならない。

 左胸を斬られ、右上腕を傷つけても。

 どこか茫漠たる意識の中でロイディオは思う。

 ならばどうせ、ただ殺られるだけならばと。



「ぅ……ぉおおおあっ」



 もはや保身など考えず防御を捨て去り、ロイディオは敵を斬り捨てることのみに全霊を注ぐ。

 結果、三つの重い傷と引き替えに二人を倒し、そこで初めて、確かな手応えを掴む。これならば。


「補佐殿、無茶はおやめ下さい!!」

「おい、聞いているのか?!」

「……いけるぞ」


 呟くロイディオの耳に部下の声は届いていない。

 馴染みの先輩が肩を揺さぶっても振り向くことはなく。


「痛みなくして、得るもの無し」

「ロイディオ――」

「補佐殿……?」

「甘すぎた」


 もはや会話にならない。返事の代わりに産み落とされる、慚愧にまみれた言葉。


「オレは甘えていた。本当の意味で(・・・・・・)己を差し出せば、差し出す分だけ望むがまま。その当たり前の真理をオレは――」


 見て見ぬ振りをしていたと。

 命懸けなど、しょせんは言葉遊びで自分は本気でなかったということ。わかっていなかったのだ。


 本気というものが。


 ゆるりとロイディオが顔を上げる。

 自身に対する憤りを募らせると共に、ようやく掴み取った手応えを胸に抱いて。立ち塞がる肉の壁を食い殺さんばかりに睨み据える。


「だが、これなら(・・・・)“一人三殺”……いや五人は仕留められるっ。そうすれば壁に穴が、団長まで届くっ」

「何を……?!」

「こいつ――おかしくなりやがった」


 唐突に妄言を吐き始めたロイディオに、その狂気じみた目付きに気圧される敵。いや、味方さえも怯えさせたため、逆転の流れを生むどころか、その場が異様な空気に包み込まれる。

 一時的に戦局がにぶりを見せる中、ロイディオは部下を呼びつける。


「ギルレイ」

「……は、ハッ」

「オレのすべてで、必ず、壁に穴を開ける。――団長のことを頼んだぞっ」


 口早に命じて部下の返答など待たない。

 聞くまでもない。 

 ロイディオは、立ちはだかる壁に向かって渾身の突撃を掛けた。

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