(十)銀髪の鬼⑥
「月ノ丞様――」
「待て。まずは見極める」
切迫した惣一朗の声に、月ノ丞は視線を反らさず目を凝らす。
そのそばで、それが何かを承知しているであろう異人が、黙っていられず針剣を震わせわめき出す。
「****――!!」
それは仲間への警告か叱咤だったのか。
あるいは悲鳴であったのかもしれない。
いくつもの影にたかられた異人のひとりが苦鳴を上げ、足をもつれさせて倒れた。
ひとり、またひとり――。
ひとつふたつと影に飛びつかれた別の異人が背中をやられ、足に齧り付かれ、鈍化したところで瞬く間に多数の影達にたかられ藁山と為す。
くぐもった苦鳴が藁山の内から洩れ聞こえても、仲間を助ける異人は誰一人いない。
次は自分の番だと理解し恐慌をきたしているからだ。
異人達は、その正体不明の何かから、必死に逃げていた。
「あれは――」
「餓鬼だ」
それが惣一朗の呻きと気付いて月ノ丞が横目で見やる。
「腹は膨れ手足は短く、決して満たされることのない飢えに苦しみ、苛まれ続けるだけの小さき鬼……あれは正しく、“餓鬼道の住人”そのもの」
「戯言を」
月ノ丞は言下に切り捨てる。
「その餓鬼が六道輪廻から外れて、この世に彷徨い出たと申すか」
「……」
無言は肯定の意。
少なくとも惣一朗はそう信じた。
これまで何事にも動じず、無表情を貫いていた一線級の影衛士が、はっきりと畏怖を覗かせていた。
「バカな」と月ノ丞はもう一度、強く否定する。
「ならば、そこな異人をなんと見る。黄泉の獄卒とでも? 亡者に反抗され、現世へ逃れてきたのか? 彼の国でとてつもない変事が起きたと本気で思うのか――」
「――そこまでは」
さすがに答えに窮する惣一朗。
「そうとも。そんなことはありえん」
だが、いくら否定したところで、目にしている悪夢はなくならず、今もこちらに向かって近づいているのだ。
だめだ。早く、何かしないと。
だが、何をどうする――?
「敵襲じゃ――――!!」
背中を激しく打ち鳴らすその声で、月ノ丞達は我に返った。
そうとも。
まずは城内に警鐘を鳴らし、こちらの戦力を整える。
人智を越える事態に思考が凍り付いていた月ノ丞は、己の未熟を自省すると共に、頼もしきあるじの行動力に心から安堵を覚える。
「若――」
ああ、だが。
思わず振り返るその眼に、またしても、信じがたいものが映った。




