(八)銀髪の鬼④
亥の刻
羽倉城
――御寝所前の庭先
「何者だ――」
誰何すべきは我らの方だと。
いつの間にか部屋を抜け、廊下に毅然と立つ美丈夫が、一段高見から不遜なる侵入者共を睥睨する。
それが普段着かと驚かされる異質な白小袖に、肩に触れんばかりの黒髪姿が、月明かりに映える。
一見して芸妓を匂わす柳身で、滑らかに抜き放った刀身を先頭の異人にぴたりと突きつける様は、一幅の画を目にする美しさがあった。
だが対峙する側からすれば、たまったものではない。
「「「…………っ」」」
大して力が入っていると見えぬのに、まるで切っ先から迸る剣気にでも当てられたかのように、異人達は身動きひとつできなくなっていた。
そして今ひとり、廊下から下り立つは影衛士。
美丈夫に並ぶを不遜と辞したかのごとく、一段低い位置で不埒な訪問者に対峙する。
この者もまた、非凡なる武を潜めていたらしい。
「「「――!!」」」
異人達が一斉に彼へ向きを変えたのは、惣一朗の身より、不可視の殺気が放射されたがため。それもあえて自身に注意を向けさせた献身を美丈夫のみが承知する。
だがこれで大人しく引き下がるような相手ではなかった。
惣一朗の殺気に反応すると同時に、先頭の異人が奇妙な構えをみせた。
「?」
かすかに眉をひそめたのは、惣一朗だけでなく美丈夫も同じ。
異人が剣持つ右手を正面に伸ばして二本指を突き出し、そこから左で何かを摘まむようにして、右の肩口から胸元を通して左脇まで一直線に引き絞った。
それはどこか見覚えのある動作。
そう――“弓”だ。
「月ノ丞――」
ただひとり察したらしき弦矢の声が寝所奥から掛けられるも、刻既に遅く。
異人の突き出した右の指先に、目に見えぬ“殺意”が凝集したところで、何かが放たれた。
「――っ」
美丈夫――月ノ丞自身、それは無意識の反応だったに違いない。
惣一朗へと疾駆する不可視の何かを、肌感覚を頼りに横合いから斬りつけ、合わせて惣一朗が、座り込みながらクナイの刃を拝み打ちに斬りつけていた。
手応えあり――――。
膝着く惣一朗の頭上でパンと空気が爆ぜ、突風が逆巻き、煽られた黒髪が乱れ散る。
「***?!」
「**っ」
何かを放った異人だけでなく、愕然と口を開けたのは他の異人達も同様だ。
よほど信じがたい出来事だったのか、あからさまに狼狽え、呻きながらも、他のふたりに協調を促し一斉に第二射を放たんとする。
だが、それを黙って見守るだけの月ノ丞と惣一朗ではなかった。
――――たんっ
すでに月ノ丞が間際まで踏み込んでおり、逆に迂回行動をとる惣一朗がクナイを飛ばして巧みに牽制する。
二手に分かれたことで異人達の狙いに迷いが生まれ、その隙に一歩詰め寄る月ノ丞が、異人ふたりを剣の間合いに捉えていた。
抜き放たれる剣の一閃。
――キ――
――ヒュバンッ
針剣の反応が間に合ったひとりを除き、二人目の異人が血風を巻いて崩れ落ちる。
ただ一太刀で二人。
卓越した銀の剣筋を夜気に残して、月ノ丞は怜悧な瞳を、偶然か否か、見事に受けきった異人へとゆるりと向けた。




