(七)銀髪の鬼③
「よもや、敵の『刺客』では――」
一時の沈黙を破るのは近習長。
これしかないと、半ば確信をこめるのへ、
「こんな馬鹿げた『暗殺』があるものかっ」
弦矢がよく考えろとたしなめる。
城壁を消し去ることを前提とした策など、『暗殺』どころか『諜略』にすらなっていないと。
だから弦矢は常識的に判断する。
「これはおそらく、まやかしだ――」
なぜか、そうあってほしいとの願望を声音に感じさせながら。
弦矢をはじめ、誰もが判断にあぐねた表情で注視する中、それは確実に城に近づいてきた。
「!」
「――!」
夜気を切り裂く金切り声は人影の叫びか、はたまた、その足下より蹴散らされるようにして飛び立つ夜鳥のそれか。
身も世もない叫びには、死ぬことに怯えるだけでは済まされぬ恐怖が滲み出て、気が触れたように慌てふためく様子が、誰の目にも明らかであった。
「***っ」
「**!!」
近づく影は三つ。
近づくほどに声が明瞭になるも、なぜかその意味が分からない。
それが緊張感をはらむ怒鳴り声だと察しても、初めて耳にする言語であったなら、当然のこと。
「――――くる」
緊張をはらむ弦矢の警告。
ほぼ同時に影共が城壁があった場所を駆け抜け、庭先にまで踏み込んできたところで、ようやくその正体がはっきりとする。
誰もが目をしばたたかせた。
「異人か、あれは」
「『白縫』や『犬豪』でなく――?!」
困惑がその場に広まって、
「だから“異人の刺客”では――」
近習長がそらみろと云わんばかりに鼻息荒く吐き捨てる。
だがその見解に賛同する者は誰もいない。
異人のあまりに異様な容姿を目にしては。
その者達は、皆がよく知る金髪や噂に聞く紅毛とも異なり、月夜の下で輝くような銀の髪と彫りの深い整った顔立ちが目についた。
見た目の華やかさとは裏腹に、灰色にくすんだ肌色の悪さは、土埃にまみれ、どこぞの腑でも病んでいるせいなのか。
それよりも、どこか禍々しさを感じる赤みがかった異形の瞳が、対面する侍達に腰の物へ手を掛けさせた。
「こやつら――」
「鬼人か」
これでも霊峰白山にまつわる怪談話を寝物語に育ち、実際に山神を奉る儀式を行っている者達だ。
かような存在が実在したとしても、辛うじてではあるが容認できる。
こうして、己の目でしかと見たならば。
「御坊――?」
それでも、この場にいる者の中で、最も適任であろう者へ美丈夫が尋ねれば、
「儂は『修験者』でも『調伏師』でもない」
分かるものかと、禿頭より望んだ回答は得られず。
「しかし――」
「探るのは後にしろ」
粘る美丈夫を弦矢が制するのは、翔び駆ける速さで庭を横切ってきた異人が、蜂の一差しに似た鋭さで、長大な針を思わす不思議な剣先を向けてきたからだ。
「***っ **」
詰問するような声に呼応して、素早く両脇を固めるふたりの異人。
その戦い慣れた身のこなしと肌斬るような殺意の切れ味に、対する侍達の反応も負けてはいなかった。




