(五)銀髪の鬼①
抗戦か、あるいは城落ちか。
こらえがたき葛藤に、当主がその身を震わす中、
「――――取り込み中、まこと申し訳ない」
言葉ほどの気遣いを微塵も感じさせない声色で、話に割り込む者がいた。
皆の視線が、隻眼の下手に座する小さき影にて結ばれる。
「どうされた――?」
そう対面の美丈夫に案じられるも、
「………」
なぜか試すような視線を向けられる。とはいえ、頭を丸めたその老爺の目は、白く濁って何も映しはしないのだが。
「御坊……?」
様子がおかしい。
浅く刻まれる呼吸と禿頭ににじむ汗。
先から座したままの老爺が不調をきたす理由はなく、だからこそ再び美丈夫が声をかければ。
「やはり、ぬしらには視えぬのか――」
末席にありながら、不遜とも言える物言いで、老爺は独り勝手に得心する。
まったくもって何が何だか分からない。
さすがに焦れた美丈夫が鋭く質す。
「御坊。何が見えると?」
「云うても分かるまい」
なんとも無下に返したところで、
「故に論より証拠――」
禿頭が音もなく立ち上がり、廊下に面する障子戸をするりと開け放った。
「む、これは――?!」
「若!」
困惑と驚きと、そして当主を案じる誰かの声。
禿頭が言葉にできなかった理由を、その瞬間、誰もがはっきりと理解した。
理解したところで為す術などなかったが。
――――――――――……
堰を切ったように大量の白き靄が室内へと流れ込み、瞬く間にその場にいる全員をひと呑みにしてしまう。
救いは、互いに見失うほどの濃度がないことか。
辛うじて室内の様子程度なら透けて見え、それより離れた範囲は、乳白色の海に溶けて判然としなかった。
「どうなっておる?!」
「誰か――」
見えぬは抑えきれぬ“恐怖”を生み、恐怖は人をたやすく“混乱”に陥れ、その混乱も極まれば、自滅さえ招いてしまう。
「皆、狼狽えるでない――――っ」
靄の中、弦矢の清冽なる声が響き渡り、場が混乱の荒波に呑まれんとするのを抑えつける。
居並ぶ四名も俗人と異なり肝の据わった者達だ。当主の一喝で我に返り、すぐに落ち着きを取り戻してみせる。
「無庵、これはどうしたわけじゃ?」
弦矢に詰問調で質されたのは、靄を室内に招き入れた張本人。その禿頭もまた、隻眼と同じ名を持つ奇妙さを誰も指摘することはなく。
「さて――」と変わらぬ落ち着きぶりで応じる当人は、とぼけたセリフとは裏腹に、しごく真面目に状況を分析する。
「月が翳るに合わせて出てきたようだが……条件が合わぬ」
それは靄の発生する気象条件を差してのものか?
いやそれ以前に、行灯に照らされた室内にいながら、どうして月の翳りを知り、それに合致して靄が出たと知ったのか。
それも閉ざしていた両の眼で。




