(一)覇道の終焉①
その禁足の地に訪れたのは3組
ひと組はガルハラン帝国の要人
ひと組は大陸最凶種
ひと組は歴史の修正者
本来交わることのなかった3組の遭遇は、大陸のみならず【世界の理】さえ歪ませるキッカケとなる。
それは神であっても予期せぬ事象であったにちがいない。
異なる世界、異なる大地
とある山奥にて――
見上げれば、仲睦まじく寄り添うふたつの満月。
その異様なほど白い輝きを放つ双月の美しさに、眉間にしわを寄せ、なぜか深い憂慮のまなざしを向ける三つの人影があった。
「……嫌味なくらい、濁りがないな」
どこか皮肉を帯びる言葉に、
「いつもなら、呪力したたる満月を手放しで歓迎すべきだが」
もう一人が苦い声で応じる。それへ無言で同意を示し、目前の古き石段へ視線を移すのは、最後のひとり。
彼らが何を憂い、こうして人の『支配地域』から遠く離れた山奥にまで足を運んだのか、その“理由”は石段を上った先にある。
そこでコトの善し悪しに関わらず、大陸史に影響を及ぼしてきた“とある物語”について、ひとつの区切りが着くことを彼らは知っていた。
このまま流れに任せれば、世に大きな歪みが生まれてしまうことも。
「この先は、言うなれば歴史の転換点――進めば、我らが歴史を動かすことになる」
「いつものことだ」
「いつもの比ではないと云っている」
同輩に語気強く返され、そこではじめて、影のひとりが不審げな空気をまとう。この期に及んで――臆病風に吹かれたかと。
無言のまま、視線だけを交わし合う二人。
ただそれだけで周囲の樹々がざわめいたのは、二人から洩れた殺気に、鳥や獣たちが鋭く反応したためだ。いや――
彼らを『探索者』の格付けで計るなら、そのレベルは“雲上に至る者”――人外の領域に達する者達だ。
鳥獣どころか爪の先ほどしかない羽虫一匹に至るまで、二人を中心に半径百メートル内のあらゆる生き物たちが、生存本能の命じるまま“逃げの一手”を打っている。
「――これでヤツに気取られたな」
まるで波紋が広がるように、急速に遠ざかる気配の群れを感じながら、呆れ混じりにため息つくのは三人目。
それへ意地か自信か、にらみあう二人が強気で抗弁する。
「別にかまわん。むしろコトを軽んじる『闇手』めに、今宵の重要性を分からせる方が大事よ」
「笑わせる。俺からすれば、役目に差異をつけるお前の考えにこそ、疑義を感じるぞ――『闇足』」
そうしてさらに険悪さを増す二人に、「コトの大小に関わらず――」と見かねた三人目が、先を促すように石段へと足を掛ける。
「――我らは我らの信じるもののため、ただ、己の役目を果たすのみ」
そう背中越しに語りかけながら、今さら何をくどくと叱咤する。
そんな童のごときケンカなぞ、している時間があるものかと。
「今宵の相手はひと味違う。腹をくくって『位階二位』くらいを相手にする覚悟で望まねば、コトを成し得ぬぞ」
「……別に臆したわけではない」
やや不満げに洩らしたひとりが、あっさり緊張を解いてなかまの背を負い、残された者も慌てたように続く。
三人が三人とも、その一歩が大陸史を左右する一歩になるとは毛ほども感じさせない軽やかさで、あっという間に百段ほどを登り切る。
途中、野外探索では滅多に見かけぬ『庭園級《レベル4》』の『怪物』――ジャイアント・マンティスの死骸が数体、石段脇に転がっていたが気に留めることもなく。
登り切ってすぐ――事切れている門衛にも視線を向けることなく、朽ちかけた門をくぐり抜けたところで、煤けた臭いが彼らの鼻を刺激した。